きらきら
山の端に夕暮れの金色が沈みきらめく頃、桜乃は、いつもの古い石段を軽い足取りで駆け上がっていた。
今日は、年に一度の神社のお祭り。山あいの小さな集落に暮らす人たちが、皆そろって顔をそろえる日だ。普段は静かな境内も、色とりどりの提灯が風に揺れ、子どもたちの笑い声や屋台の呼び声がこだましていた。
「桜乃ちゃん、来たのね」
「あ、おばあちゃん。今日もわたあめ作ってるの?」
「もちろん。ほら、いちばんふわふわなの、あげるわ」
もこもこの甘い雲を手に、桜乃は胸がふわりと弾むのを感じた。
この賑わい、この明るさ、この日だけは、村全体がまるで大きな家族のように思える。
桜乃は、そんな空気が大好きだった。
境内の奥、杉の木々の間にひっそりと佇む本殿へ、彼女はそっと足を向けた。
祭りが始まる前に、必ず神様へお礼を言う。それは、桜乃の幼い頃からの習慣だった。
――神様、いつも見守ってくれて、ありがとうございます。
手を合わせると、ひんやりとした空気が胸の奥まで落ちてくるように澄んでいく。
祈りを終え、再び賑やかな境内へ戻ろうとしたその時だった。
ふわり。
頭から肩にかけて、まるで柔らかな羽根が触れたような、あたたかい空気が通り抜けた。
桜乃は思わず足を止め、ゆっくりと空を見上げた。
――きらきら。
ほんの一瞬。
夜の始まりかけた空に、小さな光の粒が舞ったように見えた。星でもない、虫の光でもない、もっとやわらかな、呼吸するような光。
「……神様?」
声に出したとたん、きらきらはすっと消えてしまった。
まるで最初から何もなかったかのように。
けれど桜乃は、その場にしばらく立ち尽くしていた。
胸の奥がほんのりあたたかくて、涙がこぼれそうなくらい嬉しかった。
――神様も、今日のお祭りが楽しいんだね。
――私も、とっても楽しいよ。
そう心の中でつぶやいて、桜乃は境内へ駆け戻った。
提灯の光が、今はさっき見たきらきらと同じように輝いている気がした。
その夜、村は遅くまで笑い声と太鼓の音に包まれていた。
桜乃は何度も空を見上げた。
もうきらきらは現れなかったけれど、胸の奥にはいつまでもあたたかな光が灯っていた。




