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【計画案その一】『慰謝料支払って円満解決ルート』

屋敷に戻ったその夜、俺は執務室に籠もった。「アンナ(うさぴょん)との未来」へのロードマップを完成させるためだ。

(まあ、興奮しすぎてすぐに寝落ちし、結局、今朝方になって慌てて走り書きした代物だが)


俺は、その「完璧な計画案」の羊皮紙の束を手に、腹心のコンラートを呼び出した。


「コンラート。昨日言ったように、私は現行の婚約を破棄したい」


だがその宣言に、コンラートは完璧な無表情をわずかにも崩さずに俺を見返していた。


……うむ。いかなる事態にも動揺を表に出さないポーカーフェイス。さすが、我がハイゼンベルク公爵家が叙爵じょしゃくした男爵家の嫡男だ。


ついでにこいつは、いつも無表情な俺の側近で、乳兄弟でもある。 昔から見慣れたその妙に整った顔が、こちらの腹立たしさを際立たせる。

ちょっと前からつけ始めたモノクル(伊達だてだと心から疑っている)がまた、腹立たしいほどにカッコいい。 (……くそ、俺もしてみようかな……)

しかも、とても俺の二つ上とは思えないほどの落ち着きようだ。だが見てろよ!俺の完ぺきな計画で、今日こそ、その鉄面皮を驚愕の色に染めてやる!


俺は、机の上に広げた数枚の羊皮紙の束を、勝利を確信するかのごとく指で叩いた。


この、中世ヨーロッパ風世界の人間は、伝統と慣習に縛られすぎている。だが、俺には「前世の知識」がある!

何を隠そう、前世の俺はラノベ大好物オタクでもあったのだ。毎夜、ネットでいくつもの投稿サイトをはしごしては貪るように読み漁っていた。

俺はそのラノベで出てくる転生者。そして転生者が持つ「知識」は、この手の世界では「チート」として機能する。それが鉄則だ。マヨネーズや石鹸せっけんを作る生活知識だけがチートではない。前世の俺が読み漁った、幾多の「悪役令嬢」や「追放」ジャンルのラノベ。その膨大なデータベースから導き出された「婚約破棄の王道パターン」こそ、この硬直した貴族社会のシステムを打ち破る、最高の「政治チート」のはずだ!


まぁ、これまでに修めた学問を振り返ったが、あまりに専門的過ぎて、こういう実世界の件をどう扱ったら良いか分からなかったから、前世のラノベの知識を総動員したのだが……


だが、何より! これらにはすべて「実績」がある!

この羊皮紙に書かれたパターンを実行した結果、あの物語の主人公たちはどうなった?皆、最後は幸せになっている!「ざまぁ」を成し遂げ、あるいは真実の愛を育んでいる!


そうだ、これらはその実績(=ラノベのエピローグ)によって、正しさが証明された完璧な行動指針なのだ!


俺は、この中世のシステムをハックする聖典バイブルを手に、成功への確信を深めた。


「承知いたしました。ですが、まずは理由をお聞かせ願いますか?」

コンラートは眉一つ動かさずに尋ねて来た。


「ああ。昨日の視察で、パン屋から出てきた少女がいたのを覚えているか?」


コンラートはわずかに記憶をたどる気配を見せて、

「……ああ。小麦粉で頬を汚しておられた、八重歯が特徴的な、平民の女性でいらっしゃいますよね?」

……よく覚えてるな、こいつなんでも記憶してるのか……などとちょっと怖くなったことなど、おくびにも出さず、俺も冷静そうな顔でつづけた。


「そうだ! 俺は彼女と――」

「承知いたしました」

(けっ、結婚という言葉も言わせてもらえなかった……コンラート、切れてる??)

……俺の言葉を遮り、コンラートは本題に戻った。


「では、アレスター様は、どのようにしてエラーラ様との婚約を破棄なさるおつもりで?」


表情は全く変わってないのに、コンラートの圧がみるみる高くなってるのに少し慄きながらも、俺はその「完璧な計画案」の第一枚目を、高らかに掲げた。


「コンラート! まずは【計画案その一】『慰謝料支払って円満解決ルート』だ!」


俺は、最も簡単で、最も穏便な策が描かれた一枚目の羊皮紙を指し示す。

「いいか? 難しいことは何もない。要は『契約違反』なんだから、違約金を払えばいい。ヴァルデン侯爵家が黙るほどのカネを積む。婚約時に取り交わした持参金の……そう、100倍だ!」

「……」

「もちろん、エラーラ嬢個人にも、生涯遊んで暮らせるだけの慰謝料を俺の個人資産から出す。これで誰も損はしない。円満な『合意の上での解消』。これぞWin-Winだ!」


どうだ、と俺が胸を張った瞬間。コンラートは、温度のない声で即答した。


「却下いたします」


「――は? な、なぜだ! 黄金を積まれて文句を言う貴族がいるか!」


「殿下」

コンラートは、まるで出来の悪い子供に言い聞かせるように、淡々と告げた。

「まずは第一に。それは、ヴァルデン侯爵家に対し、『お宅の娘の名誉と価値は、金貨〇〇枚だ』と値付けをされることに他なりません」

「なっ……」

「これは、彼らの顔に泥ではなく、汚物を塗りたくる行為です。侯爵家が望むのは金銭ではなく『名誉』。すなわち、戦争による決着です」

「せ、戦争!? たかが婚約破棄で!?」


「そして第二に。殿下は根本的な誤解をされておられます」

コンラートは、俺の持つ羊皮紙(ラノベ知識)を、まるでゴミでも見るかのように一瞥いちべつした。


「我々とヴァルデン家の婚約は『将来の約束デ・フトゥーロ』ではございません。三年前に交わされた誓いは『現在の同意デ・プレゼンティ』。教会法上、閣下とエラーラ嬢はすでに夫婦です。初夜を交わしていないだけの、法的な既婚者なのです」


「な……なんだと……!?」


「殿下。金銭で離婚(婚約破棄)ができるなら、教会の権威は不要になります。この策は『不可能』なのではなく、『論外』です」


この世界にも当然、宗教があり教会がある。

キトリスという、どこかの国の王子が厳しい修行で悟りを開いた後、海を割ってその間を歩いたり、大天使とおしゃべりしたりして、最後に人々の罪を背負って処刑されてしまったのだ。

なんだが色々混じってるが……その聖人キトリスを神の御子と定めた教会は、前世のそれと同じように権力を持ち、同じように人々を導く存在だった。


戦争はまずい……それに教会を相手にするのは同じくらいまずい……


一番簡単で、穏便なはずだった策が、一瞬で「戦争」と「教会への反逆」に繋がってしまった。 俺は冷や汗をかきながら、慌てて二枚目の羊皮紙をめくった。

「つ、次だ!まだ 次がある!」


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