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8話_ 朝の光と魔法の板

 ふわりと、まぶたの奥にやわらかな光が差し込む。


 ゆっくりと目を開けると、視界に映るのは、見慣れない天井と、ほんのり温かな朝の気配。


……あれ? ああ、そっか。昨日はフィオナの家に泊まったんだ


 毛布に包まれたまま、私は小さく背伸びをする。

 寝心地のいい布団の感触。すぐ隣には、すぅすぅと寝息を立てるティナの顔。


 反対側には、フィオナの落ち着いた寝顔。


 三人で布団を並べて眠るのは、きっと久しぶりだったはずなのに――どこか懐かしくて、心が落ち着く。


……小さい頃は、よく私の部屋でこうして一緒に寝てたなぁ


 その記憶のせいか、眠っているあいだも、夢の中で三人一緒に過ごしていた気がする。


 布団の中で、私はゆっくりと体を起こした。

 まだ夢の余韻が残るようなまどろみの中で、小さく背伸びをする。


「……ふぁ……」

 

 その気配に気づいたのか、隣のフィオナがそっとまぶたを開けた。


「……ん、おはよう、リリ」


 眠たそうな声とともに、グレージュの髪がふわりと揺れる。


「おはよ、フィオナ」


 私はそっと笑みを返す。

 胸の奥に、ほんのりとしたあたたかさが広がっていく。

 私は布団の中で手を胸に添えて、小さく息を吐いた。


「……さっきまで、夢を見てたの。昔、三人で私のベッドに潜り込んで、夜中にお菓子持ち込んで……怒られたときのこと」


 そう言いながら、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。


「え、それって……ノワールさんにバレたときの?」


 フィオナが思い出したように笑って、私はこくんとうなずいた。


「あはは、そう。枕の下に隠してたのに、寝返り打ったティナが袋ごとガサガサ落としちゃって」


「そうそう! ノワールさんが無言でカーテン開けて立ってたやつ!」


 二人してくすくす笑っていたら、まだうとうとしていたティナがもぞもぞと動いて顔を出す。


「……うぅ〜、朝からなに笑ってるの〜?」


「ティナ、おはよ。リリがね、夢で小さい頃のこと思い出してたんだって。お菓子こっそり持ち込んで、バレた日のこと」


 ティナは半分寝ぼけたまま、ふにゃっと笑って「……あ〜……あったねぇ……」と、なんとも眠そうな声でつぶやいた。


 フィオナの微笑みを横目に、私はまだ眠るティナの寝顔に目を落とす。


 あの頃と同じ。今もちゃんと、隣には――フィオナとティナがいる。

 こんな時間が、ずっと続くと良いな……

 

 そんな思いが自然と浮かんで、私はそっと微笑んだ。


 すると隣で、フィオナがわざとらしく小さくため息をついて、冗談めかした声で言った。


「……も〜、また寝ようとしてるでしょ。ティナ、起きなさーい」


 その声に、ティナがもぞもぞと動いて、布団の中に潜り込もうとする。


「……ん〜、もうちょっとだけ〜……」


 私は苦笑しながら、ティナの背に向かって言葉をかけた。


「もう、今日は三人でお出かけでしょ? 置いてっちゃうよ?」


 その言葉に、ティナがぴくんと反応したかと思うと――


「……それは困る……!」


 バッ、と勢いよく体を起こし、寝ぐせのついた髪をぼさぼさのまま、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。


 そのあまりの素っ頓狂さに、私もフィオナも、ついくすっと笑ってしまった。


 ティナはすっかり目が覚めたようで、勢いよく布団を抜け出し、「着替えどこ〜?」と声を上げながら、部屋の中をきょろきょろと見回す。


「ティナ、昨日ママから直接渡されたでしょ? そこに置いたままだよ」


 私が笑いながら指さすと、ティナは「あ、そっか〜」と頭をかきながら、自分の荷物に駆け寄った。


 ――昨夜、夕食のあと。


 ママは、お城から持ってきた私とティナの着替えを、そっと手渡しながら「明日は楽しんでおいでね」と優しく微笑んでくれた。

 その言葉のぬくもりと一緒に受け取った荷物は、ちゃんと部屋の隅に並べて置いてある。


 そんな小さな心配りが、胸の奥にじんわりと染みて、私は思わず微笑んだ。


「これこれ! ありがとー、リリ姉!」


 ティナが自分の荷物を見つけて嬉しそうに笑うと、フィオナもくすっと笑いながら、支度を始めた。


 朝の光がそっと差し込む中で、今日の楽しい一日が、ゆっくりと動き始めていた。


 支度を終えてダイニングへ向かうと、テーブルの上には、温かい朝食の香りが漂っていた。


「おはよう、三人とも。朝ごはん、できてるわよ」


 リーヴァさんが穏やかな笑みで出迎えてくれる。

 その声に、ティナとフィオナがそろって「はーい!」と元気に返事をした。


「リリも、座って座って。お母さんが焼いたパンは絶品なんだから!」


 フィオナの言葉に背中を押されるようにして、私はテーブルについた。


 その瞬間、湯気の立ちのぼるスープの匂いと、焼きたてのパンの香ばしさに、思わずお腹が鳴る。


……あ、やば……


 照れくさくて何も言えない私の隣で、ティナが「わたしも鳴った〜!」と笑うものだから、思わず吹き出してしまった。


「ふふ、たくさん食べてね」


 リーヴァさんの優しい声に包まれて、私たちは笑いながら手を合わせた。


「「「いただきます!」」」


 その瞬間――


「おーい、すまんすまん、遅くなった!」


 にぎやかな声とともに、ガサガサと資料を片手に頭をかきながら、バスカさんが部屋の奥から現れた。


「お父さん、おはよー。……って、それなに?」


 フィオナが口をもぐもぐさせながら声をかける。


「ん? ああこれか。これはな、セリルに渡された“魔導端末”ってやつだ」


 バスカさんは片手に持っていた黒い板のような物体をひょいと掲げた。魔力の流れがかすかに揺れていて、何やらただの板ではない雰囲気を放っている。


「なんでもこれひとつで、魔法が使えないやつでも、遠くにいる相手と通信したり、手紙のやりとりができるんだとよ」


「なにそれ、すご〜い!」


 ティナが目を輝かせながら身を乗り出す。


「まぁ、まだ試作段階らしくてな。今のところ“通信”しか使えんらしいが……各種族の代表には先行で配られてるらしい」


「へぇ〜、ってことは……リリも持ってるの?」


 フィオナがちらりと私に目を向ける。


「え……ううん、まだもらってないよ」


 私が小さく首を振ると、バスカさんが「そうそう」と頷いた。


「ああ、それな。昨日セリルに“リリシアならうちに来る”って言ったら、『じゃあまとめて預けるからよろしく』ってな。ってわけで――」


 そう言って、どこからか小箱を三つ取り出し、テーブルに並べる。


「ほれ。リリシア、フィオナ、ティナ。お前たちの魔導端末だ!」


「え!? 私たちの分もあるの!? ありがとう、バスカおじさん!」


 ティナが目を輝かせて箱を抱きしめる。


「ふふっ……すごいのもらっちゃった……」


 はしゃぐティナと、嬉しそうに微笑むフィオナ。その姿に、私もつられてほっと笑みを浮かべた。


「……で、だな。もし使い方がわかったら、あとで俺にも教えてくれ。説明書が、なんつーか、こう……セリル語でな……」


 バスカさんが手にした分厚い資料をパラパラとめくりながら、難しい顔をする。


「“魔導波干渉距離内におけるエーテル同調の最適化条件”……とか書いてあってな、頭が痛ぇ……」


 思わずフィオナが吹き出す。


「お父さん、それ声に出して読むと余計にわかんないって!」


「だーっ、そもそも“タッチ起動”ってどこを触るんだよ、これ!」


 バスカさんが端末を指でつんつんと突っついている様子に、ティナまでお腹を抱えて笑い出す。


「じゃあ、さっそく開けてみよっ!」


 ティナが目を輝かせながら箱に手を伸ばした、その時――


「ふふ、開けるのは朝食のあとにしましょうね?」


 穏やかな声でそう言ったのは、リーヴァさん。

 ティナは「あっ」と手を止めて、少し恥ずかしそうに笑った。


「……はーい……」


 そんな様子に、周りのみんなも思わずくすりと笑ってしまう。

 

 食卓には、焼きたてのパンの香ばしい香りが、ふわりと広がる。

 リーヴァさんの手料理が並んだテーブルには、あたたかいスープに野菜のグリル、そしてこんがり焼けたパンが並んでいた。


「いただきますっ!」


 元気に手を合わせたティナが、パンにかぶりついて目を輝かせる。


「ん〜〜っ!ほっぺ落ちそう〜っ!」


 その隣で私も、焼きたてのパンをひと口――


「……おいしい……! これ、リーヴァさんが?」


 思わず顔を上げて問いかけると、リーヴァさんは照れたように微笑み、フィオナが代わりに笑顔で答えた。


「でしょ〜! 実はね、お母さんがパン作り始めたの、つい最近なんだよ?」


「えっ、そうなの?」


 私は思わず目を見開いて、パンをそっと見つめる。


「うん、商店街のパン屋さんで作り方を教えてもらって、それから毎日練習しててね」


 そう言って微笑むフィオナの横で、ティナが「すご〜い!」と頷いている。


「……うん、すごく美味しい……。ママのパンにも似てるけど、こっちはもっと香ばしいかも」


 思わずため息のようにこぼれた言葉に、リーヴァさんは少し照れたように笑みを返す。


「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいわ」


「わたしこのパン大好きー! ねぇ、もう一個食べていいよね?」


 ティナがうきうきとパンに手を伸ばし、フィオナが「どうぞどうぞ」と笑いながら皿を差し出した。


 焼きたてのパンの香りと、あたたかい笑い声が、朝の光の中にやさしく溶け込んでいく。


 食後のテーブルに並ぶのは、リーヴァさんが淹れてくれたハーブティー。

 ふわりと立ちのぼる香りに包まれながら、私たちはカップを手に、静かでやわらかな時間を過ごしていた。


 そんな中――


 ふと、ティナが顔を上げた。


「ねぇ、今日のお買い物、どこから回る?」


 その一言に、場の空気がふわりと動く。


「うん、雑貨屋さんとか見たいな。アクセサリーも可愛いのあったら欲しいし……」


 私がそう返すと、フィオナがちらりと窓の外へ目をやり、カップを静かに置きながら笑った。


「ん〜……お店が開くまでは、もうちょっと時間あるし。先に“魔導端末”見てみない?」


「さんせ〜いっ!」


 ティナが勢いよく手を挙げて、わくわくした笑顔を見せる。

 その様子につられて、私も思わず笑みをこぼし、カップをそっと置いた。


「……そうだね。今のうちに触ってみよっか」


 私は立ち上がると、テーブルの端――朝食の前に置いておいた小箱に手を伸ばす。

 フィオナとティナも自分たちの箱を手に取り、それぞれふたを開けた。


 中に入っていたのは、バスカさんのものとは違う、白くてつややかな端末だった。


「……え? 白?」


 思わず漏れた私の声に、ティナが身を乗り出してのぞき込む。


「ほんとだー! おじさんのやつ、黒かったよね?」


「おぉ、それな! セリルが“お前ら三人は白でいーだろ”ってよ!」


 バスカさんが大きく頷きながら、手元の黒い端末を振って見せる。


「へぇ〜……でも、白のほうがなんか可愛いね」


 フィオナが嬉しそうに白い端末を指先で撫でながら笑う。

 その清潔感のあるフォルムは、たしかに私たち三人にはぴったりな気がした。


 フィオナが嬉しそうに微笑みながら、自分の端末を手に取る。


「えーと……動かし方は……あっ! これかな?」


 フィオナが端末にそっと指を置くと――


「……あれ? 光らない……?」


 小首をかしげながら、端末を少し傾けて眺めるフィオナ。


「うーん……こっちじゃないのかな?」


「さっきバスカさんが言ってたみたいに、魔力を通すってやつ?」


 ティナがのぞき込みながら聞くと、フィオナは少し不安そうにうなずいた。


「やってみたんだけど……反応がなくて……」


 私も端末をそっと手に取り、そっと表面に指を置いてみた。

 そのとき――ふと、なにか“ぺたり”とした感触があった。


「……ん? これ、もしかして――」


 私は端末の表面を指先でなぞると、うっすらと光沢のある薄膜が貼られていることに気づいた。


「えいっ……」


 そっと端の方をめくって剥がすと、薄い膜がぺりっと音を立てて剥がれた。その瞬間、白い端末がふわりと淡く光を放ち、魔法陣のような模様が浮かび上がった。


「わっ、光った……!」


「えっ!? なになに!? なんで!? 今なにしたの!?」


 ティナが身を乗り出し、バスカさんも慌てて椅子を引いて立ち上がる。


「おいおいおい! どこ触った!? なんで起動したんだ!?」


「たぶん……これ? 表面に、なんか薄い膜みたいなのが貼ってあって……それを剥がしたら、光ったの」


「は、膜……?」


 バスカさんが自分の端末をガン見しながら眉をひそめる。


「……あぁああああああっ!! これか!? これだったのか!? くっそ、セリルのやつ〜〜〜〜!」


「ちゃんと書いてあったよ、“使用前に魔導封印膜を剥がしてください”って……ちっちゃく、端っこに」


 フィオナが苦笑しながら説明書を手にして見せると、バスカさんは机に突っ伏して呻いた。


「そんな細かいとこ見えるかあああああっ!」


「ふふっ、なんか“らしい”って感じだね」


 ティナがくすくす笑いながら、自分の端末の表面を確認して――


「……あ、わたしのも貼ってた! よーし、剥がすよー!」


 そう言ってペリっと剥がすと、彼女の端末もぱっと優しく光を灯した。


「わ〜いっ、ついたー!」


 楽しそうに目を輝かせるティナ。私も思わず笑みをこぼしたその時――


「ねえリリ姉、ちょっとだけ試してみてもいい?」


「……通話?」


「うんっ!」


 ティナが端末を操作すると、私の手元の端末から、ふわりと光とともに声が響いた。


『……リリ姉、聞こえる?』


 背面には淡い魔法陣が浮かび上がり、やわらかに輝いている。


「うん、ちゃんと聞こえてる。すごい……ほんとに通話できるんだね」


 目を丸くして答えると、ティナは嬉しそうににっこりと笑った。


「へへーっ、未来って感じだよね!」


 そんな様子を見守っていたフィオナが、ちらりと窓の外に目を向けてから、穏やかに声をかけた。


「ふふ、盛り上がってるとこ悪いけど――そろそろお店も開く頃かな。行く準備、しよ?」


「はーいっ!」


 ティナが元気よく返事をし、私たちはそれぞれ立ち上がった。

 魔導端末という新しい魔法具を胸に抱きながら――

 今日の街歩きが、少しだけ特別なものになる予感がしていた。

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