表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

6話_ 魔王、サイコロの洗礼を受ける

 ようやく――六人の代表たちが、それぞれの席に着いた。

 円卓を囲む空間には、魔石灯の淡い魔力の光が静かにゆらめいていた。

壁際に灯るその光が、場の空気をほんのり引き締めている。


 私も深く腰を下ろし、胸の内で小さく息を整える。


 朝から感じていた緊張は、さっきの出来事ですっかりゆるんでしまったけれど……それでも、今から始まるこの会議には、自然と背筋が伸びる。


 周囲を見渡せば、そこには獣人族、人魚族、エルフ族、竜人族、そして人族――

魔族である私を含め、六つの種族の代表が一堂に会している。


 これが、《六種族代表評議会》。

 中立国グラディスを導く、最も重要な会議だ。


 ……の、はずなのに。

 なぜかどこか、ピリッとした空気よりも、先ほどの混乱の余韻がまだ漂っているような気がするのは……私だけじゃないと思いたい。


 そんな中、バスカさんが「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめ、円卓を見渡す。


「全員揃ったところで、始めるとするか。資料は手元にあるな……リリシアも、問題ないか?」


「あ、はい!」


 私は背筋をぴんと伸ばし、思わず声を張ってしまった。


 その緊張が見て取れたのか、向かいの席からくすりと笑い声が届く。

 セレナさんは頬をついたまま、ゆるく目を細めて私を見つめた。


「ふふっ、リリシア様ったら……そんなに肩に力を入れなくてもいいのに。可愛い顔がこわばってるわよ?」


 その言葉に続いて、対面の席から穏やかな笑みとともに、響く声。


「――焦燥に囚われることはない。我が麗しき盟友よ。

 君が歩むべきは、誰かが敷いた威厳の道ではなく……君自身の輝きが拓く、唯一無二の軌跡だ。

 その魂に宿る純なる光は、偽りの仮面では曇らない。

 さあ、“リリシア”であれ。君は、君であることが、いちばん美しい」


 ――わ、わたしに言ってる……? でも……えっと、どういう意味……?


 困惑した私は、助けを求めるように後ろに控えたティナを見ると――彼女はセリルさんの方をぽかんと見つめたまま、完全にフリーズしていた。


「…………」


 ……やっぱり、分かってないよね。


 と、そのとき。


「もう……リリ、セリルさんの言葉を要約するとね――」


 すっと私のそばに歩み寄ってきたのは、バスカさんの後ろに控えていたフィオナだった。

 彼女は苦笑まじりに肩をすくめると、私の耳元で小さくささやく。


「“いつも通り、リリシアらしくいれば大丈夫”ってこと。ね?」


「……っ!」


 その一言で、胸の奥のもやもやが、ふっと軽くなるのを感じた。

 肩の力が抜けて、ようやく視界がまともに戻ってくる。


 ……と思ったそのとき。


「……ごほん」


 バスカさんの控えめながらも重みのある咳払いが、場の空気に区切りをつけた。

 会議を進めるぞ、という無言の合図。


 私は小さく頷いて、円卓の中央へ意識を向けた。


「――えー、まず、本題に入る前に、全員知っての通り、この評議会の新しいメンバーを紹介する。元魔王マグナスに代わり、新たに魔王になったリリシアだ」


 バスカさんの紹介に合わせて、私は椅子から立ち上がる。


「ご、ご紹介にあずかりました……リリシア・ディアブロームです。よろしくお願いします」


  一礼しながら頭を下げると、自分でも驚くくらい心臓が早く打っていた。

 その音をごまかすように、ぱち、ぱち……と控えめな拍手が円卓のあちこちから湧き起こる。


 顔を上げると、皆がそれぞれの表情で私を迎えてくれていた。あたたかく見守るような目、少しおどけた笑み、真剣なまなざし――どれもが、私の中の緊張を少しずつほどいていく。


 けれど、拍手が自然に静まると、空気が少しずつ変わっていくのが分かった。

 さっきまでの柔らかな雰囲気が、次第に張りつめたものへと移り変わっていく。


「さて、それでは……改めて本題に入ろう」


 低く落ち着いたバスカさんの声が、円卓の中心に静かに響いた。


「資料にある通り、近頃、魔獣の出没が頻発している。グラディスは街全体が結界で覆われているため内部は安全だが……国家間の移動には、確実に危険が伴う状況になってきている」


 円卓に視線を落としたまま、バスカさんが淡々と読み上げる。

 声の調子は落ち着いているが、内容は楽観できるものではなかった。


「現時点では、冒険者や各国の兵で対処は可能だ。だが……ここ数週間で、魔獣の出現数が確実に増えている。数だけでなく、個体の凶暴性や行動範囲にも、明らかな異常が見られる……と」


 一度言葉を切り、資料から視線を上げると、彼はセリルさんに向き直る。


「セリル。……結界の方は問題ないのか?」


 バスカさんの問いに、セリルさんは軽く頷いてから、真っ直ぐ前を見据える。


「結界に異常はない。地下の魔力流から安定して魔力を供給できているし、出力にも揺らぎはない」


 いつもの芝居がかった調子は影を潜め、代わりに研ぎ澄まされた視線が空気を引き締める。


「……ただ、魔獣の出現が国境付近に偏りすぎてる。偶然とは考えにくい。何かに誘導されてる可能性がある」


 短く、静かに放たれたその言葉に、円卓の空気が一段階、重たくなった。


 私はおそるおそる手を小さく上げた。


「あ、あの……結界って……す、すみません。資料を読んでも、いまいちよく分からなくて……」


 声が震えないように必死にこらえながら言うと、セリルさんはこちらを見て、すぐに柔らかく頷いてくれた。


「リリシアが気にするのは当然だ。あれは俺が設計したもので、正直、専門用語が多すぎたかもしれない」


 少しだけ反省したような表情で、セリルさんは手元の紙をくるくると指先で巻きながら続けた。


「まず前提として――この世界の地下には、“魔力流”と呼ばれる魔力の大きな流れが存在してる。川みたいなもんだな。その魔力流が交差し、集中している場所……それが、このグラディスだ」


 私は思わず「えっ」と小さく目を見開く。


「その魔力流を利用して、街全体を包む“防護結界”を張ってる。構造としては、魔族領の魔術基盤に、連合側の結界理論を組み合わせたハイブリッド構成だ。魔力の供給源は地下の魔力流だから、よほどのことがない限り、半永久的に稼働し続ける。」


「……じゃあ、グラディスの中は安全、ってことですね?」


 私がそう確認すると、セリルさんは少しだけ表情を引き締めて言葉を継いだ。


「……あくまで、“外からの侵入”に関しては、だ。魔獣の固有魔力はすでに解析済みだ。通常であれば、結界が即座に反応して遮断する」


そこで彼は、資料に視線を落としながら続けた。


「だが最近――結界をすり抜ける魔獣がいる。結界に反応せず、侵入の痕跡だけが残されていた。

おそらく、魔力を“隠す”か、“変質させる”ための何らかの魔術……あるいは、未確認の魔導具が使われている」


「まさか……魔獣を、内部に?」


「ああ。何らかの方法で“無害な存在”と錯覚させて結界をくぐらせたとしか思えない。詳しい術式の解析は進行中だが、まだ手がかりは少ない」


 セリルさんの言葉に、空気がじわりと重くなる中――低く、落ち着いた声が割って入る。


「……だが、まだ内部での被害は出ていないんだろ?」


 竜人族代表・ドラグニアさんが腕を組んだまま、視線だけをセリルさんへ向ける。状況を冷静に見極めようとするその目は鋭い。


「ああ、その魔獣は、痕跡も一瞬で消え、警報も鳴らない。だが幸いにも、今のところ被害はゼロだ」


 セリルさんは静かに頷くと、手元の資料に目を落としながら、続けた。


「……だが、奇妙なのはそこなんだ。侵入できる手段を持ちながら、なぜまだ“何もしてこない”のか――おそらく、“誰か”が結界の構造を観察している。慎重に、じっくりと、穴を探るように……」


 静まり返った円卓に、指先で頬杖をついたままのセレナさんが、ふわりとした口調で問いを投げかけた。


「ねぇ、その“誰か”ってやつの足取り――掴めないのかしら?」


 一見気怠げな声音なのに、その瞳は冴えた光を帯びていた。


 セリルさんは少しだけ目を細めてから、低く答える。


「……今のところ、確たる痕跡はない。だが、魔力のわずかな揺らぎを感じた地点はある。表に出るのを避け、裏から探っている……そんな印象だな」

 

 

 しばらくの沈黙が、円卓の空気に重くのしかかっていた。

 


 その緊張を断ち切るように――

「パンッ」と、バスカが両手を叩く。


「……話が少し脱線したな。セリル、その件は引き続き調査を続けてくれ。結界の維持と監視、頼んだぞ」


 セリルさんは無言で一度だけ頷いた。


「それと、外の魔獣については――ドラグニア、お前に任せる。警備隊の連携と動きも含めて、何かあったらすぐ報告してくれ」


「ああ、心得た」


 ドラグニアさんは短く答え、しっかりと頷いた。


 ◇◇◇


 その後も会議は続き、話題は各種族の現状報告や、今後の連携体制の見直しなど多岐にわたった。

 気づけば、窓の外はすっかり夕方の色に染まっていた。


「さて、今日の会議はこれぐらいにするか。リリシアも初の会議で疲れただろ」


 バスカさんが椅子から立ち上がりながら、こちらをちらりと見て言った。


「……あ、いえ、そんな……」

 私は慌てて首を振る。

 けれど、緊張の糸が緩んだ空気の中で、どこかほんのりと温かいものが広がるのを感じていた。


 ――と、その時。


「ちょっと待ってくれ」


 ゆるんだ空気を引き締めるように、ライオネルさんが手を上げた。


「次の会議のまとめ役を、まだ決めてないぞ?」


 一瞬でその場が静まり返る。


「え? バスカさんがまとめ役じゃないんですか?」


 思わず口に出した私の問いに、場の空気が再び動く。


 バスカさんは頭をかきながら、ちょっと気まずそうに視線を逸らした。


「……あー、いや、実は決まってなくてな。ここにいる奴ら、全員やりたがらないんだ……」


 「えぇ……」

 私は思わず声を漏らす。


 そんな私の反応など気にも留めず、バスカさんは「よし」と小さく頷くと、どこからともなくごそごそと何かを取り出した。


「――で、これだ!」


 彼の手の中にあったのは、見慣れないサイコロだった。


「……サイコロ?」


 私は思わず声を漏らす。


 ただのサイコロかと思いきや、その六つの面には数字ではなく、それぞれ《魔族》《獣人族》《人魚族》《エルフ族》《竜人族》《人族》の代表者の名前が記されていた。


「そうだ!これを振って、次回のまとめ役を決める!」

 バスカさんが自信満々に言い放つ。


「えぇ!?」


 あまりにも勢い任せなその方法に、私は思わず椅子からずり落ちそうになる。

 

 慌てて体勢を立て直しながら、周囲を見渡すと――

 誰もがそっぽを向いたり、お茶をすするふりをしていたりと、妙に静かだ。


「……あの、皆さん、これに異議は……?」


 おそるおそる問いかけても、返ってくるのは、気まずそうな咳払いと、かすかな視線の回避ばかり。


 えっ、なんでそんなに自然体なんですか!? まさかこれ、本当に毎回やってるの……?


「ふっ、これぞ混沌の秩序――古より伝わる運命の選定法……」

 セリルさんがどこか納得したように腕を組み、うなずいている。


 (いや、絶対今思いついたでしょそれ。)


「うふふ、決められないよりマシよ。まとめ役争いで喧嘩になるより、ずっと平和的じゃない?」

 セレナさんは肘をつきながら涼しげに微笑んでいた。


 なんでこんなことにだけ妙に慣れてるの!?


 私はひとり、静かに混乱していた。

 

「じゃあ、振るぞ〜。あ!リリシアになっても文句を言うなよ?」


 バスカさんがにやりと笑いながら、掌の上でサイコロを軽く転がす。


「ちょっとお父さん、それ前振りとして最悪だよ……!」


 フィオナが慌てて突っ込むが、バスカさんは気にした様子もなくサイコロを放った。


 ――コロコロ、カラカラ、と円卓の上を転がるサイコロ。


 私は、両手を組んでこっそり祈る。


お願い……わたし以外で……お願い……!


 緊張の中、サイコロはやがて“セレナさん”の面を上にして、ピタリと止まりかけた。


……よ、良かった……


 思わず胸をなでおろしかけた、その瞬間だった。


 ――ヒュン、と微かな魔力の気配。誰も気づかないほどの、ほんのわずかな風のような揺らぎ。


 サイコロが、カコン、と小さく跳ねた。


 そして次の瞬間――


「……リリシア様、決まりね♪」


 上を向いていたのは、《リリシア》の名前。


「えぇぇえええっ!?」


 私は思わず声を上げていた。


 ちら、と視線を向けると、セレナさんが肘をついたまま、口元に手を当てて上品に笑っていた。


 その目は――どこか、いたずらっ子のように輝いていた。


「おぉ〜!リリ姉かっこいい〜!まとめ役リリ姉、誕生〜っ!」

 ティナは無邪気に拍手を送り、目をきらきらと輝かせている。


 一方で、ドラグニアさんとセリルさんは――サイコロが不自然に転がったあの瞬間、確かに気配を感じ取っていた。

 二人は一瞬だけセレナさんに視線を送る。だが何も言わず、そっと目を閉じた。

 ……口出しをして再抽選になったら、それこそ面倒ごとの始まりだと、理解しているのだろう。


「よし、じゃあ次回のまとめ役はリリシアで決定ってことで!――今日はこれで解散!」


 バスカさんの軽快な声が響きで場の空気は一気に緩んでいく。


「ちょ、ちょっと待って……!」


 私は思わず立ち上がってしまったが、もう誰も止まる様子はなかった。


 こうして、私にとって初めての《六種族代表評議会》は、思っていたよりもずっと慌ただしく、そして予想外の“おまけ”つきで幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ