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5話_ 自由すぎる仲間たちに囲まれて

 皆が揃ったわけではないけれど、部屋の空気はだいぶ和らいでいた。

 私がほっと胸をなで下ろしていると、ぽつりと低く、ドラグニアさんが腕を組みながら、少し眉をひそめて天井を仰ぐようにつぶやいた。


「あと来ていないのは、あの二人か……まったく、あいつらはマイペースというか、なんというか……」


 そのとき、ゆったりとした足音が廊下から近づいてきた。

 次の瞬間、堂々とした銀髪の青年が姿を現す。


「……マイペース、だと? やれやれ、またしても愚かな誤解だな」

 青年はゆるりと髪をかき上げ、微笑を浮かべながら続けた。


「この崇高なる存在を、あの放浪者と並べて語るとは――無礼にもほどがある」


 姿を現したのは、銀髪をなびかせた気品ある青年、エルフ族の代表――セリル=ミラシエル。

 ルミエル連合の魔導機関《アストレル局》の局長で、エルフと人間の混血だ。

 その見た目に反して実は九十歳を超えているらしい。

 いつもどこか芝居がかった話し方をする、ちょっと変わった人――でも、和平の立役者であり、実力は本物だ。


「遅いぞ、セリル。五分の遅刻だ」

 ドラグニアさんが呆れた口調で静かに言うと、


「ふふ……時とは、ただの流れに過ぎん。遅れたのではなく、時が、私の到来を待っていたのだ」


 自信に満ちた声音とともに、銀髪を一振りして歩を進める。


「うわ……始まった……」

 

 フィオナが小声でつぶやき、呆れたように眉をひそめる。


「あ、あの、セリルさん。お久しぶりです……」

 私は一歩前に出て、少し緊張しながらも丁寧に挨拶をする。


 するとセリルさんは、すっと手を胸元に当てて一礼した。


「我が麗しき後継の魔王よ。変わらずその瞳に曇りなき光を宿しているな――それを見られただけでも、今日ここに来た甲斐があったというものだ」


「うわぁ……」

 フィオナが小さく引き気味に声を漏らすのが聞こえる。


 でも、本人は気にする様子もなく、銀髪を優雅に揺らしながら悠然と円卓へ向かった。


 急にそんな風に言われて、私は何と返せばいいのか分からず、目をぱちくりさせてしまう。


「……え、えっと……?」


 言葉に詰まる私の肩を、すっと隣から軽く叩く手。


「だいじょーぶ、リリ。つまり『久しぶり、元気そうで安心した』ってことだよ」

 

 フィオナが優しく笑って、ウィンクする。


「……そ、そうなんだ……」


 ようやく意味が分かって、私は苦笑いを浮かべた。


「さて、あと来てないのは、ライオネルだけだな……」


 バスカさんが腕を組み、ふうっとため息を吐きながら天井を見上げた。


 ライオネル・ガルディア――ルミエル連合の代表のひとりで、人族の国の若き王。

 本来なら威厳ある立場のはずなのに、その人柄はまるで陽気な旅人。自由奔放で、やたらと行動力がある。

 なんでも、毎回こっそり城を抜け出しては、街の酒場を練り歩いているとか……。


「ったく、相変わらず時間にルーズなやつだ……」


 その言葉に、すかさずセレナさんが、円卓に腰かけながら爪先を眺めるようにして呟く。


「あいつのことだから、どーせまた酒場で飲み歩いてるんじゃない?」


 その口ぶりはさらりとしているのに、なぜか妙に確信めいていて、私は思わず苦笑してしまう。


「いやいや……流石にそれは……」


 自分でも否定しきれない気持ちを押し込みながら、ついそう口にしていた。


「いやいや、わかんないよ〜? この前なんて、ただお父さんと飲みたいがために、人族の国からグラディスまで走って来たんだから!」


 明るく笑いながら話すフィオナに、私は「えっ」と目を見開いてしまう。


 ――そのとき。


 扉の方から慌ただしい足音が近づき、息を切らした衛兵が一人、額に汗を浮かべて駆け込んできた。


「は、はあっ……失礼しますっ! あの、こちらにライオネル様はいらっしゃいますか?」


 バスカさんが腕を組んだまま、いぶかしげに眉を上げる。


「どうした? ライオネルならまだ来てねぇぞ」


「そ、そうですか……っ。実は、表にライオネル様の従者の方が来ておりまして……」


「……やっと来たのか」


 そう言いかけたバスカさんだったが、すぐに衛兵の歯切れの悪さに気づき、目を細める。


「……何かあったのか?」


「は、はい……それが……ライオネル様が昨晩から姿を消されておりまして……従者や使用人の方も、誰一人として出ていくところを見ていないそうで……『もしかしてこちらに向かわれたのでは』と……」


「……はぁ?」


 バスカさんの眉がぐいっと吊り上がる。その低く重たい声に、場の空気が一気に張りつめた。


 私は反射的に立ち上がりかける。


「そ、そんな……捜索班を……い、いや、でも、まだ遅刻しただけかもしれないし……!」


 自分でも焦っているのがわかる。言葉がうまくまとまらない。


「リリ、落ち着いて。まだ事件って決まったわけじゃないし」

 フィオナが落ち着いた声で、私の袖をそっと引く。


「そーだよリリ姉、ライオネルおじさんってそういう人でしょ? 変なとこで自由すぎるっていうか〜」

 ティナも困ったような顔で笑っている。


 そんな私たちの様子を、セレナさんは隅の席から余裕のある微笑みで見つめていた。

 ――まるで、なにか面白いことが起こるのを待っているかのように。


 そんな空気が、ふっと静まり返った瞬間だった。


 “ペタペタ――”


 場違いなほど軽い足音が、廊下の奥から近づいてきた。


 一同が反射的に視線を向ける。

 誰もが無意識に息を止めるなか、その妙に間の抜けた音だけが、張りつめた空気を遠慮なく踏み鳴らしていた。


そして、姿を現したのは――


「いや〜、遅くなってすまんな〜」


 どこか呑気な声とともに、部屋に入ってきたのは……パンツ一枚の男だった。

 ついさっきまでシャワーを浴びていたのか、髪はまだ少し湿っていて、上半身からは湯上がりの湯気すら立ちのぼっている。


 その人物は、金髪をかき上げながら平然と歩を進める、人族代表――ライオネル・ガルディアだった。


「昨晩のうちに城を抜け出して走って来たんだがな。思ったより早く着いちまってよ、暇つぶしに風呂入ってたら、うっかり遅れちまった〜」


 そんなことを、まるで寝坊でもしたかのようにさらっと言ってのける。


「え、ええええっ……!?」

 

 思わず声が裏返った。

 直後、足がもつれて――私はぺたんとその場に尻もちをついてしまった。

 

「な、なんて格好してるんですかライオネルさんっ……!!」

 

 動揺のあまり、反射的に両手で顔を覆ってしまう。

 顔が熱い。耳まで真っ赤になってる気がする。


「リリ、大丈夫!?」

 真っ先にフィオナが駆け寄って、私の背をそっと支えてくれた。


「もう、リリシア様が困ってるじゃない」

 にこやかな笑みを浮かべながら、セレナさんは冷たく言い放つ。

 

「……で? それが“人族の王の正装”ってわけ? 見苦しいにもほどがあるわね」

 

 セレナさんが涼しい顔で毒を吐くと、その横で腕を組んでいたドラグニアさんが、じっとライオネルを見据える。


「せめて……服ぐらいは着てこい。最低限のマナーだろう」


 低い声でそう言い放ち、ため息をついた。


 そんな中、ひとりだけ――まったく別の方向で盛り上がっている人物がいた。


「うわっ、すっご! めっちゃバキバキじゃん!?」

 ティナだけは目を輝かせ、興味津々でライオネルの腹筋を指先でツンツンと突きながら凝視していた。


「ははっ、やめてくれよ~。くすぐったいっての」

 ライオネルさんは笑いながら、あははと頭をかいている。


「まったく……とりあえず、ライオネルは早く服を着てこい」

 バスカさんは呆れたようにため息をつきながらも、どこか慣れた様子でそう言った。


 私はと言うと、顔の赤みは、さっきの衝撃のせいでまだ消えていないけれど――

朝から感じていたあの張りつめた緊張は、もうすっかりどこかへ消えていた。

 

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