4話_ 円卓の間にて、再会とちょっとした混乱
円卓の間――それは、このグラディスの中心。
各種族の代表たちが集まり、外交や内政、グラディスの運営方針を決める場所。
最近は、魔獣の出没頻度が上がっていることもあって、治安対策の話題も多いらしい。
……そんな大事な場所に、私は“魔族の代表”として座る。
――正直、場違いなんじゃないかって思うけど……。
けれど、ここにいる意味を、ちゃんと見つけたい。
私は深呼吸をひとつして、円卓を見つめた。
広くて大きなその机は、まるでこの国の重みそのもののように思えた。
「リリ姉の席、ここじゃない?」
私の肩を軽くたたいて、ティナが無邪気に声をかけてくる。
張りつめていた気持ちが、ふっとゆるんだ。
「えっ! ああ、ほんとだ……」
あわててティナの指差す方を見ると、そこには“魔族代表”と書かれた席札が。
……気を張りすぎて、すっかり見落としていたみたい。
私は、ちょっとだけ気恥ずかしくなりながら、席へと歩み寄った。
「そお言えばさー、フィオ姉は何してたの? 半年ぐらい顔見てなかったよ?」
ティナが隣で首をかしげながら聞く。
……たしかに。私もずっと気になってた。
「ああ……ごめんね。実はちょっと引っ越しでバタバタしてて――」
「「えっ!?」」
私とティナの声が、ほぼ同時に重なった。
その勢いに、フィオナがびくりと肩を跳ねさせる。
「フィオ姉、引っ越してたの!? どこに?」
ティナが身を乗り出しながら詰め寄ると、私も思わず前のめりになる。
「えっと……グラディス、の中心街……かな?」
フィオナが視線を泳がせながら、小さく答える。
私は思わず手で口を押さえた。
「……えっ、ほんとに? そんな近くに……?」
思わず声が出てしまい、胸の奥がふわっと驚きで揺れる。
「い、言ってなかったっけ?」
フィオナがばつが悪そうに笑いながら、頭をかいた。
その様子につられて、私もつい吹き出してしまう。
「もー……聞いてないよ〜」
おかしくて、でもちょっとだけ安心して――
ふわっと胸の奥があたたかくなった。
「……ところで、バスカさんは? 一緒じゃなかったの?」
私は、そっと話題を変えるように問いかけた。
「うん! 実は朝、朝食の買い出ししてたら、ちょうどリリたちの馬車が通っててね。お父さんに言って、先に来ちゃった!」
「そっか、それで早かったんだね」
「もう少ししたら来ると思うよ」
フィオナが笑顔で答えるのを聞いて、私もほっと一息つく。
――でも次の瞬間。
「それにしてもリリさ、気持ち良さそうに寝てたよね~?」
「……えっ?」
思わず声が裏返る。
「だってさ、窓に顔当てて寝てるんだもん! 街の人、みーんな見てたよ? リリの寝顔。
せめてカーテンは閉めた方がよかったんじゃない?」
フィオナは意地悪く笑って、わざとらしく肩をすくめた。
「そ、それは……っ!」
顔が一気に熱くなる。
横でティナが「ぶふっ」と吹き出しそうになってるのが、視界の端に入った。
「ティ、ティナ……?」
おそるおそる名前を呼ぶと――
「……な、なに?」
ティナは必死に笑いをこらえながら、目をそらすようにして答えた。
「なんでカーテン閉めてくれなかったのよっ!」
思わず声を荒げると、ティナはびくっと肩をすくめて目をぱちくりさせた。
「お、起こしちゃ悪いかな〜と思って……」
ティナは視線をそらしながら、小さくつぶやく。
「……本当は?」
恥ずかしさで顔が熱くなってきて、思わず問い返す声にも、ほんの少し涙がにじむ。
「な、なんてゆうか……リリ姉の寝顔が可愛くて……
街の人たちにも見てもらおうかな〜……なんて、つい……」
苦笑いを浮かべながら、ティナは観念したように肩をすくめた。
「な、なっ……!?」
思わず言葉がつかえて、顔が一気に熱くなる。
ティナがまた笑いそうになるのを見て、私はさらに声を上げた。
「も〜っ! ティナのばかーっ!」
私は顔を真っ赤にしながら、くるっと背を向けた。
すると背後で、吹き出す気配が伝わってきた。
振り返らずとも、それがフィオナだと分かる。きっと今ごろ、お腹を抱えて笑っている――
背中に向かって、ティナが小さく「ご、ごめんってば〜……」と声をかけてくるけど、私は聞こえないふりをして、顔をそらした。
――その瞬間。
バンッ!
勢いよく扉が開いて、低くて朗らかな声が室内に響いた。
「おっ、何だか楽しそうな声が聞こえるな!」
入ってきたのは、大柄でがっしりとした体格の獣人族の男性。彼の明るい笑みが、部屋の空気を一気に変える。
「よっ! 久しぶりだな、リリシア、ティナ」
声に振り返った私たちの目に、見慣れた顔が飛び込んでくる。
「バスカさん!」
「バスカおじさん!」
ティナがぱっと顔を輝かせて駆け寄り、私も自然と笑顔になっていた。
「おー!ティナ、元気してたか?」
バスカさんが屈むようにして頭をわしゃわしゃ撫でると、ティナは嬉しそうに笑った。
「リリシアも――元気そうだな」
ふいに視線を向けられて、私はちょっとだけ背筋を伸ばす。
「はい、おかげさまで」
バスカさんは満足そうにうなずき、それからふと周囲に目を向ける。
「ところで……ああ、まだ誰も来てないな……」
彼の目が空席の円卓を一巡し、少し肩をすくめるようにしてつぶやいた。
「お、おじさん……っ、痛いよ〜……」
ティナが頭を押さえながら小さくもがく。
どうやら、バスカさんの“わしゃわしゃ”はまだ止まっていなかったらしい。
「おお、すまん、すまん」
バスカさんはようやく手を離すと、照れくさそうに後頭部をかいた。
「しっかし、せっかくリリシアの晴れ舞台だってのによぉ……みんな遅すぎるんじゃねぇか?」
冗談めかした口調に見えて、その声にはほんの少しだけ呆れも混じっている。
「そ、そんな……晴れ舞台だなんて――」
思わず目をそらしながら口ごもる私に、フィオナがにこっと笑いかける。
「いやいや、今日の主役はリリなんだから。そのドレスだって、今日のために仕立てたんでしょ?」
さらっと言いながらも、どこか誇らしげなその声に、胸がくすぐったくなる。
「そーだよ! こんな可愛いリリ姉を見に、早く来ないなんてもったいないよ!」
ティナが勢いよく続けて、私の隣にぴったりとくっついてくる。
「も〜もう、からかわないで……」
思わず頬が熱くなって、私はぷいっと顔をそむける。
すると、フィオナがふっと優しく笑った。
「からかってなんかないよ。本当にそう思ってるもん」
ティナもうんうんと頷いて、「ねー!」と声をそろえる。
――と、そこに。
いまだに扉の前に立っているバスカの背後から、涼やかで艶のある声が響いた。
「ちょっと、そこどいてくれる? その可愛いリリシア様が見られないじゃない」
その声に、バスカさんが「おっと」と小さくつぶやいて一歩横にずれると、姿を現したのは――
長く青い髪をふわりと揺らしながら現れた、美しい人魚族の女性。落ち着いた色合いのドレスをまとい、どこか上品な雰囲気をまとっているけれど……その目元には、確かな悪戯っぽさが浮かんでいた。
「やっと会えたわね、リリシア様♪」
にこりと笑う彼女の口調は丁寧なのに、どうにも挑発的で――私は一瞬、言葉を失ってしまった。
「お、お久しぶりです……セレナさん」
私は少し緊張しながら、ぺこりと頭を下げた。
セレナさんはゆったりと歩を進めながら、いたずらっぽく目を細める。
「いやだわ、そんなに畏まらなくても良いじゃない……。昔みたいに、もっと砕けた感じで呼んでくれてもいいのに?」
その声色は穏やかで、どこか甘ささえ感じられるのに――胸の奥が妙にくすぐったくなる。
見上げると、セレナさんはゆったりと微笑んだまま、すでに私のすぐ近くに立っていた。
「それにしても……そのドレス、すっごく似合ってるわよ、リリシア様」
そう言って、ひらりと私の袖を指先でつまんで持ち上げる。
「ふふ……思わず見惚れちゃった。これは、ますます護衛の数を増やさなきゃいけないかもね。ねぇ、バスカ?」
「おいおい、冗談じゃねぇだろ……」
バスカさんが肩をすくめると、セレナさんは楽しそうに笑った。
――やっぱり、ちょっと苦手だ、この人……。
「も、もう……セレナさん、からかわないでください……」
私が頬を赤らめて目を伏せると、セレナさんは片手で口元を隠しながら、いたずらっぽく笑った。
その空気を割るように、扉の外から低く落ち着いた声が響いた。
「――それぐらいにしておけ」
ハッとして扉の方を向くと、そこには長身の女性が静かに立っていた。
引き締まった体躯に、燃えるような赤髪。褐色の肌に鋭い眼差しを宿した、竜人族の代表――ドラグニア・ブラスタリア。
彼女はゆっくりとこちらへ歩いてくると、無言のままセレナさんに視線を送る。
私は思わず、胸の奥で小さく息を吐いた。
……助かった。
「……リリシアが困っているだろう。あまり過ぎると、からかいじゃ済まなくなるぞ」
その真っ直ぐな眼差しに、セレナさんは肩をすくめて一歩退いた。
「やだ、こわ〜い。まったく、あなたって昔から融通が利かないのよね」
「規律というのは、そういうものだ」
ぶっきらぼうなやりとりだけれど、どこか馴染んだ雰囲気が漂っていて――私は少しだけ、緊張の肩をゆるめた。
ふたりのやりとりには、どこか長い付き合いのような、馴染んだ空気が漂っていて――私は少しだけ、緊張の肩をゆるめる。
「はいはい。お堅いのは相変わらずね」
セレナさんは軽く片手を上げると、私のほうを振り返って微笑んだ。
「ごめんなさいね、リリシア様。つい可愛くて、からかいたくなっちゃうのよ」
その言葉に、私は恥ずかしさと戸惑いを隠せず、小さく頷くしかなかった。