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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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39話_ 静かな夜に叫ぶ(フィオナ・ティナ視点)

 あのままじゃ、絶対に納得できなかった。


 部屋に案内された直後――私は振り返って、ベッドに腰かけたティナと、荷物の上に座ろうとしていたリシルを、ぎゅっと睨んだ。


「……やっぱり、私……ライオネルさんに言いたいこと、まだ残ってる」


 ティナが驚いた顔でこちらを見上げる。


「え、でもさっき、けっこう……」


「足りないの。……まだ、ちゃんと聞きたいの。どうして止められなかったのか、どうしてあんなことを言わせたのか。……黙ってるの、嫌だから」


 リリがどれだけ頑張ってるか、あの女王様は知らないくせに。


 私の胸の奥に渦巻く想いは、言葉じゃ追いつかないほどぐちゃぐちゃで、それでも伝えずにはいられなかった。


「……あたしも、あの女には一言言いたいわね。あんたが行くなら、ついてく」


 リシルがひょいっと荷物から飛び降りた。


「じゃあ、私も行く! リリ姉はここで休んでて!」


 ティナが元気よくそう言って、勢いよく立ち上がる。


 こうして私たちは――再び応接室へ向かった。


 夜の王宮内は静かだった。

 廊下には誰の姿もなく、私たちの足音だけが響いている。


 ――どこかで、止めてほしかったのかもしれない。

 でも、誰もいなかった。だから、進んだ。


「……ここよ」


 私は応接室の扉の前で足を止める。

 拳を握り、深呼吸して、ゆっくりと扉を押し開けた。


 中には、ライオネルさんとアメリアさんだけがいた。

どちらも椅子に座ったまま、私たちの姿を見てわずかに目を見開いた。


「……フィオナ。戻ってきたのか」

 ライオネルさんが驚きつつも、どこかホッとしたように微笑む。


 アメリアさんは顔を上げかけたが、気まずそうに視線をそらしたまま、小さく肩をすくめた。

 ずっと沈んだ様子で、私たちに何かを言おうとしては、飲み込んでいるように見えた。


 ティナとリシルも黙って私の後ろに立っている。

 私は、正面からライオネルさんをまっすぐに見つめた。

 

「……ごめん。まだ、伝えたいことがあって……」


 私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 でも、心の中では怒りと悔しさが渦を巻いていた。


 ライオネルさんは、ほんの一瞬だけ視線を伏せたあと、再び私たちを見据えた。


「そうか。話してくれ。フィオナの気持ちを、ちゃんと聞かせてほしい」


 その言葉に、私はついに抑えきれなくなった。


「リリは……っ、リリシアは、あんなふうに言われるような人じゃない!」


 胸の奥に積もっていたものが、一気にこぼれ出す。


「あの子は……誰よりも、自分を犠牲にしてでも、魔王としてちゃんとしようって……毎日、努力してるの! 何度も何度も、失敗して、それでも立ち上がって……! 誰にも弱音なんて吐かないで……!」


 声が上ずる。でも止められなかった。


「ふざけてるように見えるかもしれないけど、違う! ……あの子なりに、必死に空気を読んで、周りを和ませようとしてるだけなの!」


 息が詰まる。


「ちょっと不器用だけど、それでも一生懸命で……! 自分が何を背負ってるのか、ちゃんとわかってて、それでも逃げずに向き合おうとしてるの! それを……」


 本当は、そういうところが、うらやましかった。

 リリは、誰かに頼ることを知っていて、それでもちゃんと、自分の足で立とうとしてる。

 私は――甘え方なんて、とっくに忘れたふりをしてたのに。


「それを、何も知らないくせにっ……!」


 拳を握りしめた。


「“お飾りの魔王”だなんて……!! 冗談でも、そんな言葉、言っちゃいけない!!」


 目の奥が熱くなる。涙は絶対に見せたくないのに、視界が滲む。


「リリがどれだけ頑張ってるか……私たちは、ちゃんと見てきたのに……。あの人は……あの女王様は、一体リリの何を見て、そんなこと言ったの……?」


 怒りと悔しさ、悲しさと無力感――全部がぐちゃぐちゃに混ざって、胸の奥からあふれてくる。


「私は……私は……っ、悔しいよ……!」


 ようやく言葉を吐ききったとき、私は肩で大きく息をしていた。


 ――ほんとは、ずるいなって思ってた。

 甘えられるリリを、うらやましいって思ってた。

 だけど、その強さに、誰よりも憧れてた。


 ……なのに、私は。

 

 * * *


 ……フィオ姉が全部、言ってくれた。

 私は何も言えなくて、ただその背中を見つめてた。


 ライオネルさんもアメリアさんも、真剣にその言葉を聞いてた。


 応接室には、しばらくの間、言葉のない沈黙が流れていた。

 

 いつもだったら、横から茶化したり、割り込んだりしちゃうけど――

 今日のフィオ姉は、なんか……すっごくかっこよかった。


 しばらくして、ライオネルさんが小さく息を吐く。


「……すまない。母上の言葉は、あまりにも一方的だった」


 その声音には、はっきりとした後悔がにじんでいた。


「……お父様も、お母様のことは時々話してくれました」


 アメリアさんが静かに顔を上げ、続ける。


「とても強く、誇り高い人だと……。でも、同時に、心の奥はとても繊細で、優しい方だったと」


 ライオネルさんはうなずきながら言葉を継いだ。


「母上は……昔からああいう人だったわけじゃないんだ」


 ライオネルさんは少しだけ目を伏せて、静かに続けた。


「若い頃の母上は、もっと――人に寄り添う優しさを持った人だった。けど……何かがあったんだと思う。あの人が“甘え”を強く否定するようになったのは、その後からだ」


「……詳しくは、親父からも聞かされていない。でも……きっと、誰かの甘えが、誰かを傷つけた。だから今の母上は、“王は甘えてはいけない”“強くあらねばならない”って、そう信じて疑わないんだと思う」


「……でも、その“強さ”が……今のあの人を、きっと、縛ってるんだね」


 思わず、そう口にしていた。


 ライオネルさんは、少しだけ目を細めて、やさしく言った。


「君は……優しいんだな、ティナ」


 えっ、と驚いて顔を上げると、ライオネルさんは静かに微笑んでいた。


「そういう目で、母上のことも見てくれる人がいてくれて、ありがたいよ。きっとリリシアも……君がいてくれて、救われてる」


 ……なんだろう。褒められたわけでもないのに、胸があったかくなった。


 私、リリ姉のために、ちゃんとそばにいられてるのかな。

 

 そのあともしばらく、ライオネルさんは穏やかな声で話を続けていた。

 気づけば――外はもう夜。夕方の淡い光がいつの間にか消えかけていて、廊下の奥からは誰の足音もしなかった。

 けれど、私の心は――いつの間にか、別の場所を向いていた。


(……リリ姉……今、どうしてるかな)

(さっきのこと、気にしてないといいけど……)


 ふと、胸の奥がぎゅっとなる。


 怒られても、嫌われても、それでもずっと誰かのために頑張っちゃうリリ姉。

 たぶん、今もまた、一人で悩んでる。


 ……そう思ったそのときだった。


「……ん?」


 足元から、小さな声が聞こえた。


 見ると、リシルがじっと動かず、扉の方を向いている。


「どうかしたの?」


 私が問いかけると、リシルは姿勢を変えず、静かに答えた。


「……リリシアの気配が、少し……遠い、気がするの」


「――え?」


 思わず声が漏れた、その瞬間。


 扉がノックされたかと思うと、衛兵さんが小走りで入ってきた。


「申し訳ありません。先ほど、リリシア様がひとりで城下町へ向かわれたのですが……。

その……よろしかったでしょうか?」

 

「……えっ?」


 わたしとフィオ姉が、同時に声を上げる。


「ひとりで……!?」


 ライオネルさんも驚いたように立ち上がった。


 城下町って、夜だよ!? まだちゃんと話し終わってないのに――

 ……リリ姉、またひとりで背負ってる……?


 そんな胸騒ぎが、わたしの中でどんどん大きくなっていった。

 

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