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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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36話_ 元王妃の眼差し

 白く柔らかな布地に、淡い桃色のリボンがあしらわれた――

 それは、王宮が用意してくれた“ルームウェア”だった。


 ワンピースタイプで、裾はふんわりと広がっていて。

 胸元にも小さなレースがあしらわれていて……

(……これ、部屋着というより、なんだかお姫様みたい)


 私は鏡の前でそっと裾をつまみながら、小さく息を吐いた。


 フィオナは腰に手を当てて、「似合ってる」と笑い、

 ティナは自分のリボンをくるくる回してはしゃいでいた。


「でも、こんな格好で“謁見”とか大丈夫かな……?」


「だいじょーぶだって!これ、王宮の人が用意してくれたんだから!」


 そう言いながらティナは鏡の前でポーズをとってみせる。


(……本当に、だいじょうぶなのかな)


 落ち着かないまま、私は軽く深呼吸をして――

 そっと脱衣所の扉に目を向けた。


 そのときだった。


「リリシア様、フィオナ様、ティナ様――ご準備はお済みでしょうか?」


 扉の向こうから、先ほどの落ち着いた使用人の声が聞こえてきた。


 私たちは思わず顔を見合わせる。


「……は、はい!いま出ます!」


 フィオナがとっさに返事をして、私は小さくうなずいた。


 扉を開けると、そこには変わらず丁寧な姿勢のまま待っていた彼女がいた。

 その視線が、私たちの姿を一目見て、ふんわりと和らぐ。


「たいへんお似合いでございます。皆様、王宮の空気にもよく馴染んでおられますね」


「えへへ……ありがとうございます!とっても可愛い服で、うれしくなっちゃいました!」


 ティナが得意げに笑いながら言うと、使用人は微笑みを崩さぬまま、静かにうなずいた。


「お風呂はご満足いただけましたでしょうか?」


「うん!泡がふわふわで、なんか、王様になった気分だったー!」


「……それ、言い方合ってる?」


 フィオナが呆れたように突っ込む横で、私はそっとリシルを腕に抱きなおす。


(たしかに、贅沢すぎるくらいのお風呂だった……)


 あの広くてきらびやかな浴場。ほんの短い時間だったのに、緊張がすうっと溶けていくような感覚が残っていた。


 でも――


「それでは、よろしければご案内いたします」


 使用人は一礼すると、顔を上げて静かに続けた。


「先王クラウス様と、元王妃エリザベート様がお待ちでございます。どうぞ、応接室へ――」


 ……その言葉に、私の心臓がひとつ、大きく跳ねた。


(……ついに、ライオネルさんのお父様とお母様に会うんだ)


 私はそっと胸元に手を当てて、深く、静かに息を吸い込んだ。


「い、行こう、二人とも」


「うん……」


「よーしっ、行くぞぉ〜!」


 ちょっとだけ緊張しながら、私たちは白い廊下へと踏み出していった。


 白い廊下の奥、ひときわ重厚な扉の前で私たちの足が止まる。


「どうぞ、こちらでございます」


 使用人の女性が扉を開くと、その先には――


 淡いベージュのカーペットが敷かれた、落ち着いた雰囲気の応接室。

 高い天井には優美なシャンデリアが下がり、壁には淡い色彩の風景画が飾られている。

 柔らかな色合いのカーテンが窓辺でゆるやかに揺れ、全体的に穏やかで居心地の良い空気が流れていた。

 

(……あれが、先王クラウス様――)


 部屋の中央、ソファに腰を下ろしていたのは、年配の男性だった。


 白髪混じりの髪をきちんと撫でつけ、重厚な深緑の礼服に身を包んだその姿は、威厳というよりも――穏やかな風格に満ちていた。


 そのすぐ隣、窓辺に立っていたのは――


「おう。風呂、悪くなかったろ?」


 声の主は、ライオネルさんだった。


 彼は軽く手を挙げながら、にやりと笑みを浮かべ――

 けれどその次の瞬間には、ふと視線をこちらに向けて、一拍置いて口を開いた。


「……その、なんだ」


 珍しく言葉に詰まった様子で、視線が私たちの服に向けられる。


「……えっと。みんな、よく似合ってる。その……えーと、上品で、かわいい感じで」


「……?」


 私たちが目をぱちくりさせていると、クラウス様が小さく咳払いをした。


「ふっ……言葉を選んでいるな、ライオネル。成長したか」


「……親父、茶化さないでくれよ」


 ライオネルさんが気まずそうに頭をかきながら、軽く肩をすくめる。


(……なんだか、ちょっと和む)


 あの“デリカシーの無い”発言をしてきたライオネルさんが、ここまで言葉を選んでるのも珍しい。

 ……その空気が、今日という時間が“軽いものじゃない”ことを教えてくれていた。

 

 私はそっと両手でスカートの裾をつまみ、ふわりと広げるように形を整え、ゆっくりと膝を折って、静かに頭を下げた。


「改めまして、ディアヴェルドより参りました、魔王リリシア・ディアブロームです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 クラウス様は優しく頷くと、席を立ち、私に歩み寄る。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。……我が息子が、日頃から大変お世話になっているようで」


「い、いえっ……こちらこそ、ライオネルさんには助けられてばかりで……!」


 思わず焦って頭を下げると、クラウス様はくすりと笑った。


「なるほど。よい関係を築いておられるようだ」


 その優しげな目元に、どこかライオネルさんと似た面影が浮かぶ。


 すると――


 その空気を破るように、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ちょっとお兄様っ!ずるいっ!」


 元気な――けれど、どこか怒っているような高めの声が、部屋に響く。


 現れたのは、ふわりと広がる金色の髪をツインテールに結った、小柄な女の子だった。

 年はティナと同じくらい……もしかすると、少しだけ年下かもしれない。


 彼女は私たちの姿を見つけるなり、ぱあっと顔を輝かせて――


「きゃあっ、本当にリリシア様だぁ……っ!」


 まるで宝石でも見つけたかのように目を輝かせ、駆け寄ってくる。


「え、えっと……?」


 思わず戸惑って一歩下がると、彼女は足を止め、慌ててスカートの裾をつまんで優雅に一礼した。


「わたくし、アメリア・ガルディア! ライオネル兄様の妹です! はじめまして、リリシア様っ!」


「は、はじめまして……アメリア、様?」


「“様”なんてやめてください! わたし、ずっと前からリリシア様のファンだったんです!」


「ファン……って……?」


「えへへ……じつは……その……《ファンクラブ》にも入ってまして……っ」


 言いながら顔を赤くするアメリアさん。


(えっ、ファンクラブって、あの……え?)


 隣でティナが「……えっ?」とまったく同じタイミングで首をかしげたのが聞こえた。


 視線をそっとフィオナに向けると、彼女は小さく肩をすくめ、「……ここにも加入者がいたとはね」とでも言いたげに視線をよこしてきた。


「まったく……本当は、おまえのことは後で紹介するつもりだったんだぞ?」


 ライオネルさんが半ば呆れたように言うと、


「だって我慢できなかったんですものっ!」


 アメリアさんは頬をふくらませて、ぷいっとそっぽを向いた。


「……申し訳ありません。姫様は少々“ご自身のご意志”が強い方でして」


 後ろから使用人がそっとつぶやくように補足してきて、思わず笑いそうになってしまった。

 

(この子、なかなか手強いかも……)


 ティナがぽつりとつぶやいた。


 そのとき――


「わあ……っ!」


 アメリアさんが急にこちらを見つめたかと思うと、ぱっと顔を輝かせた。


「その子……リリシア様の肩に乗ってる、その子っ!」


 えっ、と私が思わず振り返るよりも早く、アメリアさんは小さく駆け寄ってくる。


「きゃ〜っ、なにこの子!銀色の毛に赤いおめめ、リリシア様にそっくりです〜っ!!」


 そう叫ぶなり、リシルに両手を伸ばし――


「あっ、アメリアさん、それは――」


「おい、やめとけって……!」


 私とライオネルさんの静止の声もむなしく、アメリアさんは勢いよくリシルを抱きかかえた。


「うわ〜〜〜っ、ふわっふわぁ〜〜!か、かわいすぎますぅぅ〜〜っ!」


 くるくるとその場で軽く回りながら、頬をリシルにすりすりするアメリアさん。


「う……ぅ……ッ……」


 その間ずっと、リシルは無言のまま、耳をぴくぴくさせていた。


 ――それは、明らかに“イラついている”ときのサインだった。


(や、やばい……!)


「アメリアさん、本当にそれ、ちょっと……!」


「いけません姫様っ、それ以上は――」


 慌てて止めに入ろうとしたそのとき――


 ――コツ、コツ。


 廊下から近づいてくるヒールの音が、扉の向こうで止まった。


 そして、静かに応接室の扉が開いた。


「……なんの騒ぎですか?部屋の外まで、声が聞こえていましたけれど?」


 落ち着いた、けれど芯のある声。


 入ってきたのは――長いブロンドの髪をすっきりと結い上げ、紫がかった青い瞳を持つ、気品ある女性だった。


 薄いグレーに金糸の刺繍が入ったドレスを身にまとい、姿勢は完璧で、視線には一切の甘さがない。


 ライオネルさんのお母様、元王妃エリザベート様。


「お、お母様っ……!」


 アメリアさんがあわててリシルを抱いたまま硬直し、そっと背を伸ばす。


 エリザベート様の視線が、リシルを抱く彼女から私たちへと、ゆっくりと移っていった。


 その目が、私の姿に留まる。


「あなたが……“魔王”ですか」


 静かな声。けれど、言葉にはっきりと“重み”がこもっていた。


 私は思わず、姿勢を正し、背筋を伸ばす。


「……はい。ディアヴェルドの魔王、リリシア・ディアブロームです」


 そう名乗ると、エリザベート様の表情が一瞬、冷たくなったように見えた。


「随分と……華奢で、柔和なお姿ですね。とても“魔王”とは思えませんわ」


 その言葉に、部屋の空気がひやりと変わる。


 ティナが「……」と固まり、フィオナが一歩前に出かけたのを、私は小さく手で制した。


「……それでも私は、魔王です。未熟かもしれませんが、皆に支えられて、ここに立っています」


 静かに、けれどまっすぐに言葉を返す。


 エリザベート様の目が細くなる。


 その瞳に、どこか“試すような色”が宿っていた。


「そう……そうですか。では、“支えられて立っている”魔王様が、どれほどの責任と覚悟をお持ちか――確かめさせていただきます」


 私と視線を交わしたまま、静かに応接室の中央へと進んでいく。


「さあ、皆さま。立ち話も何ですから、お座りになって」


 その言葉に、アメリアさんがようやくリシルをおそるおそる返してきた。


「ご、ごめんなさい……リリシア様……」


 リシルは“ぶすぅっ”とした顔のまま、すぐに私の肩へぴょんと飛び乗った。


 私はその額にそっと手を置きながら、小さくつぶやいた。


「ありがと、我慢してくれて」


 ……そのとき、リシルの尻尾が、ふいに優しく私の頬をなでるように動いた。

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