表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
37/47

35話_ 異国の湯に、心ほどけて

 石畳の道を越え、白い門をくぐった先――そこに広がっていたのは、まるで絵の中のような世界だった。


 陽光を反射して輝く白い壁。精緻な装飾が施された高いアーチ。整えられた庭園の花々が、柔らかな風に揺れている。


 ここが、アルセリオ王宮――ライオネルさんの故郷であり、王国の中枢。


 威圧感というよりは、どこか静謐な気配に包まれていて。

 だけど、胸の奥では小さな鼓動が早くなるのを止められなかった。


「うわぁ……」


 思わず、フィオナとティナが足を止めて、ぽかんと見上げる。


「す、すごい……。白くて……なんか、きらきらしてる……!」


「……王族って、ほんとにこういう場所に住んでるんだね……リリんとこのお城とは全然違う……」


 二人の声は、どこか圧倒されたようだった。


 私も思わず、目の前の建物に目を見張る。


 白い石壁に、大理石の装飾。

 尖塔の先には金色の紋章が掲げられ、風に揺れる旗が光を受けてはためいていた。


 ――確かに、魔王城とはぜんぜん違う。


 重厚でどっしりとした造りの魔王城に比べて、アルセリオ王宮は、どこまでも優雅で、洗練されていて――


(……まるで、おとぎ話の中みたい)


 思わず、そんな言葉が浮かんでしまうほどだった。

 けれど、私は言葉が出なかった。ただ、この場所の空気に呑まれないよう、深呼吸をして自分を落ち着けようとするので精一杯で――


「緊張するな、リリ」


 背後からかけられた声に、私はびくりと肩を震わせた。


 振り返ると、ライオネルさんが少しだけ笑っていた。


「ここじゃ、お前は“お客さん”だ。肩の力、抜けよ」


「……はい、そうなんですけど……」


 思わず、そっと胸元に手を当てる。


 ――それでも、やっぱり落ち着かない。


 異国の王宮。知らない人たちの中。

 私は、“魔王”としてここに来たわけじゃないのに――なのに、どこかで意識してしまう。


(私がどう見られてるのか……)


 そんな不安が、喉の奥に小さな棘みたいに引っかかっていた。


 だけど。


「大丈夫よ、リリ」


 今度はリシルが、肩の上からそっと囁いてくれる。

 その言葉に、私は小さく息を吐いた。


(……そうだよね。緊張してても、私のままでいればいいんだ)


 私は小さくうなずいた。


 そのとき――


「お待ちしておりました、リリシア様、ご一行様」


 王宮の大理石の階段の下に、いつのまにか一人の使用人が姿を現していた。


 黒髪を後ろでまとめた、物腰の柔らかい中年の女性。

 けれどその佇まいは凛としていて、着ている制服の仕立ても美しく整えられている。


「長旅でお疲れのことでしょう。よろしければ、まずはお身体をお清めいただければと――湯殿をご用意しております」


「お、お風呂……ですか?」


 ティナがぱっと顔を輝かせる。


「やった~!おっきいお風呂!?泡とかあるやつ!?ねえねえ、リリ姉!温泉じゃないけど、温泉みたいな感じかな!?」


「ちょっ、ちょっと落ち着いて……!」


 私は慌ててティナを制止しつつ、思わずフィオナと視線を交わす。


 ――正直、ちょっと助かった。


 緊張して張りつめていた空気が、ティナの声と、使用人のやさしい微笑みで少し和らいだ気がしたからだ。


「では、どうぞこちらへ」


 使用人の女性が丁寧に一礼し、白い廊下の奥へと案内していく。


 私たちはそのあとを、そっと歩き始めた――そのとき。


「ちょうどよかったな。 三人とも、ちょっと匂ってたし」


「……は?」


 その瞬間、私とティナとフィオナは三人そろって足を止めた。


「ちょ、ちょっと!? 今なんて言いました!?」

「それ、私たちが臭いってこと!?」

「……汗かいたのは、そもそも長時間歩かされたせいなんだけど!?」


「いやいや、悪気はないって。ほら、実際こうして風呂に案内されてるし――」

「だったら黙ってればいいのにっ!!」


 ティナがぷくーっと膨れてる。

 フィオナはちょっと引きつった顔で、私のほうをちらりと見てきた。

 ……うん、たぶん私も同じ顔してる。


 けれどそのとき、落ち着いた声が静かに割って入る。


「ライオネル様」


 振り返ると、先ほどの使用人の女性が微笑みを崩さぬまま、ぴしりとした声で彼を見上げていた。


「淑女の皆様に対し、そのような表現は――いささか無神経かと存じます」


「え、あ、はい。すみません……」


 ライオネルさんはちょっとだけ気まずそうに頭を下げた。


 が――使用人の言葉は、まだ続く。


「それに、もし王宮にお迎えした客人に対し、“匂う”などと口にされたと“エリザベート様”がお知りになれば――」


 にっこりと、しかし目の奥はまったく笑っていない。


「……きっと、たいそうご立腹になることでしょうね?」


「……すみませんでした」


 今度は、明らかに青ざめてるライオネルさん。


(……効いた)


 私は思わず、口元を手で押さえて笑いをこらえた。


 ◇ ◇ ◇


 廊下を抜け、使用人の案内で通されたのは――王宮の大浴場。

 その手前にある脱衣所に入った瞬間、思わず息をのんだ。


 床はふかふかの絨毯。壁には金色の模様があしらわれた木製のパネル。

 ふんわりと香るのは、どこか花のような、上品な香油の香り。


「……ここ、脱衣所だよね?」


 フィオナが小声でつぶやき、ティナも辺りをきょろきょろ見回す。


「なにこれ……ホテルのスイートルームみたい……」


 部屋の隅には、仕切りのついた更衣スペースがいくつか用意されていて、そこにはあらかじめ――


「お着替えをこちらにご用意しております。リリシア様方のお身体に合わせて、ご用意いたしました」


 使用人が静かに一礼し、仕切りの中を示す。

 中には、柔らかそうなタオル地のバスローブと、リボンのついたルームウェアが丁寧にたたまれて置かれていた。


「……なんでサイズ分かるの?」


 思わずぽつりと私がつぶやくと、使用人は口元に手を添えて微笑んだ。


「王宮のもてなしに、抜かりはございませんので」


「……ちょっと怖いかも……」


 ティナが小声でつぶやき、フィオナも同意するように小さくうなずいた。


 ――けど、ありがたい。

 旅の疲れがじわじわと出てきていたし、汗もかいてたし……。


「それでは、どうぞごゆっくり」


 使用人は静かに退室し、脱衣所に残った私たちは、目を合わせて小さく頷き合った。


 私たちはそれぞれ仕切りの中に入り、そっと衣服を脱いだ。

 旅の間にまとった疲れと埃を脱ぎ捨てるような、そんな感覚。


 そのとき――


「……ちょっと、リリ」


隣の仕切りから、控えめなフィオナの声が聞こえた。


「……右腕、大丈夫? まだ痛んだりしてない?」


「あ……うん、大丈夫。もう痛くないよ」


声だけでそう返したけれど、実はちょっとだけ、触れるとひりつく。


(……ちゃんと気にしてくれてたんだ)


 ちょっとだけ胸があたたかくなるのを感じながら、私はタオルを体に巻いた。

 ――と、そのとき。


 ふと足元に目をやると、リシルはいつの間にか、床にちょこんと座っていた。


「リシルはどうするの? 入らないの?」


 私が声をかけると、リシルはちらりと顔だけこちらに向けて、そっけなく答えた。


「私はここで待ってるわ」


「えっ? だってリシルも汚れてるし、しっぽも埃まみれだよ? 一緒に入ろ?」


「気にしてないもの。それに、お風呂はあんまり好きじゃないの」


 ぷいっと視線をそらすリシル。

 でも、そのしっぽがちょっとだけ縮こまっているのを、私は見逃さなかった。


「だーめっ」


 私はくすっと笑いながら、しゃがみ込んでリシルをひょいっと抱き上げた。


「ちょ、ちょっと!? なにするのよ!? やめなさ――」


「はいはい♪ つべこべ言わないで! どうせ入ったら気持ちいいって言うんだから」


「や、やめてっ、やめてよっ、恥ずかしいってばーっ!」


 ジタバタともがくリシルを軽くいなしつつ、私はそのまま湯気の向こう――浴場へと向かって歩き出した。


 浴場の扉を開けた瞬間、ふわりと立ちのぼる湯気と、花のような香りに包まれる。


 視界の奥まで広がる、大理石の床と高い天井。壁には精緻な装飾が施され、天井からは丸い光玉がふんわりと宙に浮いて照らしている。


 湯船は、まるで小さな池のように広くて――


「……わぁぁ……」


 ティナの感嘆の声が、ぽつりとこぼれた。


 透きとおるお湯の表面には、花びらのようなものがいくつも浮かび、ほのかに光を帯びて揺れている。

 湯けむりの中に、静かなきらめきがゆらゆらと踊っていた。


 まるで、星空を映した水面のような、幻想的な湯船。


「すご……これ、ほんとにお風呂なの……?」


 フィオナも小声でつぶやき、そっとその場に立ち尽くす。


「うわっ、リリ、見て見てっ!天井、星みたいになってる! 本物じゃないけど、光の魔法かなっ!?」


「たぶん……でも、すごいね……」


 私はタオルを巻いたまま、静かに歩を進めた。

 浴場の壁の一角には、洗い場らしい場所が並んでいて、小さな腰掛けと桶、香油の入った瓶が整然と並んでいる。


 私はそのひとつに腰を下ろし、リシルを膝の上に座らせる。


「さーて、まずはリシルからっと」


「ちょ、ちょっと! 本気で洗う気なの!? やめなさ――きゃっ、冷たいっ!」


 しゃがみ込んでリシルのしっぽをお湯で湿らせると、リシルが小さく跳ねた。


「ほら、じっとしてて。動くと泡つくよー?」


「ぬぬぬぬ……これは屈辱……」


 文句を言いながらも、どこか諦め気味にされるがままになっているのが、ちょっと可愛くて。


 私はくすりと笑いながら、小さな手でしっぽをそっと撫でていった。


 ティナとフィオナも、少し離れた場所で体を洗っている。


「うふふふ……フィオナちゃん、背中流そっか?」


「う、うん……ありがとう、ティナちゃん……って、くすぐったっ!」


「えへへ〜、ちゃんと洗わなきゃだよ〜!」


 ……なんだか、いつもの調子だ。


 ほんのさっきまでの緊張が、まるで夢だったかのように、湯気の中にとけていく。


 私はリシルを洗い終えたあと、さっと自分の体も洗い流し、ようやく――


 その湯船の縁に、そっと足をかけた。


「……よいしょ……」


 お湯に浸かった瞬間、思わず小さく声が漏れる。


 やわらかくて、包まれるような感覚。

 身体の芯まで、じわじわと熱が染み込んでいくようで――


「……ふぅ……」


 肩まで湯に沈め、目を閉じると、旅の疲れがふっと抜けていくのがわかった。


 リシルはというと、隣でちょこんと浮いているような状態で、しっぽだけがぴょこぴょこと揺れていた。


「……意外と、悪くないわね……」


「でしょ?」


 私がにやりと笑うと、リシルはむくれた顔でぷいっとそっぽを向いた。


 けど、その頬はほんのりと赤くなっていて――


(……ふふっ)


 私はそっと目を閉じた。


 アルセリオの温かなお湯に包まれて、静かなひとときを過ごす。


 魔王でもなく、使者でもなく、ただの“わたし”として。

 ようやく、心の奥までほぐれていくような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ