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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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34話_ 王都アルセリオの風

 太陽はすでに真上に登りきり、草原には影ひとつない。

 空は引き続き青く澄み渡り、風も心なしかあたたかい。

 草原には、ようやく日常の空気が戻りつつあった――私たちは、その風を背に、静かに歩き続けていた。


 ライオネルさんの言葉を信じて、ずっと。


「もうすぐだ」

「すぐそこだぞ」

「あと少し、あと少し」


 ……そんな言葉を励みに、足を前に出すこと、どれくらい経っただろう。


「よし、着いたぞ! ここが俺たち人族の国――アルセリオ王国だ」


 ようやく、ライオネルさんの声に本物の到着の響きが宿った。


 けれど――


「……おい、どうしたお前ら、そんな顔して」


 振り返ったライオネルさんは、立ち止まった私たちの様子に、思わず眉をひそめた。


「ねえ、出発してからどれぐらい経った?」

 フィオナがイライラした声で尋ねる。額には汗、口調には疲労感。


「わかんない……でも、太陽が登りきってるから、けっこう経つんじゃないかな……?」

 私も息を切らしながら、空を見上げた。真っ青な空が、なんだか少し憎らしい。


「もう疲れたよ〜、ライオネルさんの嘘つき〜……」

 ティナはぐでんと身体を傾け、私の背中にくっついてくる。


「おいおい、嘘はついてねぇぞ? この程度、散歩みたいなもんだろ?」


 ライオネルさんは首を軽く回して、まるで涼しい顔をして言う。


「……散歩って、こんなに脚にくるものでしたっけ……?」


 私が思わず弱々しくつぶやくと、ティナもその隣でふらふらしながら頷いた。


「うん……もう、足が棒どころか石みたいになってる……」


 そんな中、肩の上のリシルが小さくため息をついた。


「……あんたたち、体力なさすぎなんじゃない? これくらいでバテてどうすんのよ」


 その言葉に、フィオナがビシッと指を差す。


「あんたはずっとリリの肩に乗ってたからでしょ!」


「ぐっ……それは……サポートだから。ほら、癒し枠っていうか」


 リシルは言い訳めいた声でしっぽを揺らし、目を逸らす。


 そんなやり取りに、リーネさんが思わず笑い声を漏らした。


「あはは……実はね、出発前から気づいてたんだよね……そんなすぐ着く距離じゃなかったし」


「ええっ!?」


 ティナとフィオナが同時に振り向いて、リーネさんを睨むように見る。


 その横で、ユーマくんもどこか申し訳なさそうに頬をかいた。


「うん、俺も……王様が言うなら間違いないんだと思って、何も言わなかったけど……」


 そして一言、ぽつりと呟くように。


「……王様って、体力オバケだね」


「だれがオバケだ!」


 後ろから聞こえたツッコミに、全員が振り向く。


 肩をすくめたライオネルさんが、苦笑いしながら首を横に振っていた。


そんな笑い声が響く中、目の前に、ようやく“それ”が見えてきた。


 白い石造りの城壁が、ゆるやかな丘の上に堂々とそびえ立っている。

 風に揺れる王国の旗が、遠くからでもはっきりと見えた。

 その下には、大きな城門と、門の内側に広がる街並み――


「……うわぁ……」


 思わず、誰かが小さく息を呑む声が聞こえた。


 石畳の道がまっすぐ街の中心へと続き、その両脇には木造と石造りが合わさったような建物が立ち並んでいる。

 窓辺には色とりどりの花が飾られ、どこからかパンや焼き菓子の甘い香りが風に乗って届いてきた。


 活気のある市場の喧騒、遠くから聞こえる鐘の音、子どもたちのはしゃぐ声――


 そこには、魔族領とはまた違う、“人の暮らし”が息づいていた。


 城門の前には衛兵が数人、槍を手に立っていたが、ライオネルさんの顔を見た瞬間、驚いたように姿勢を正した。


「王――っ!? お、お戻りですか!?」


「おう、今戻った。みんな連れてるから、通してやってくれ」


「は、はいっ!」


 そのやり取りに、ティナが小さな声でこそっと呟いた。


「……王様って、ほんとに王様だったんだね……」


「ちょっと!? 今さら何言ってるのよ」


 リーネさんのツッコミに、みんながくすっと笑った。


 そんな空気のまま、私たちは――


 アルセリオ王国の城門を、ゆっくりとくぐっていった。


 城門の向こうに広がっていたのは、想像以上に賑やかで美しい街並みだった。


 通りには商人たちが元気な声を上げ、屋台の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 行き交う人々は、王族らしき一行が門をくぐっていく様子に気づいても、誰も取り乱すことなく、自然な敬意と好奇心を向けてくる。


 ……この国の人たちにとって、ライオネルさんは“身近な王様”なんだ――そんな印象が胸に残った。


 そんな中、足を止めたリーネさんが、こちらを振り返る。


「さてと、私たちはここまでかな」


「うん。ギルドに護衛任務が完了したって報告してくるよ」

 隣のユーマくんも、穏やかに笑いながら頷いた。


「……そっか。ありがとう、二人とも」

 私は深く頭を下げた。

「この旅、三人が一緒で本当に心強かったよ」


「な、なにそれ、急にかしこまっちゃって〜」

 リーネさんがちょっと照れたように笑いながらも、胸を張る。

「でも、そう言ってもらえるとやりがいあるね。また何かあったら、気軽に声かけてよ?」


「うん。今度はお礼も兼ねて、ご飯でもどう?」


「わぁ〜やった!それ楽しみにしてる!」

 ティナがぱっと手を挙げた。


「はは、じゃあ“王宮ディナー”ってことで」

 ユーマくんが冗談めかしてウィンクする。


「おいおい、そりゃハードル高すぎるぞ」

 ライオネルさんが苦笑しつつも、二人に親しげに手を振る。


「ほんとに、ありがとうな。バルドにも伝えておいてくれ」


「うん! じゃあね、リリシアちゃん、ティナちゃん、フィオナちゃん!」

「また会おうね!」


 リーネさんがにっこり笑ったあと、小声でこそっと付け加える。


「リシルちゃんもね」


 するとリシルは、ぷいっとそっぽを向いて顔をそらす。

 けれど――その尻尾は、ほんの少しだけ、ぴこぴこと揺れていた。


 そんな明るい声を残して、二人は人混みの中へと消えていった。


 ――ほんの一晩のことだったのに、不思議と、もっと長く一緒にいたような気がしていた。


「……また、会えるよね」


「うん。きっとすぐ会えるよ」

 私はティナの声に微笑みながら、小さく頷いた。


 リーネさんたちがギルドへと向かって歩き出したあと、私たちはしばらくその背中を見送っていた。


「よし、俺たちも行くか!」


 そんな余韻を吹き飛ばすように、ライオネルさんが明るい声で言う。


「ねえ、ライオネルさんのお城って、どこにあるの?」


 ティナが興味津々に顔を上げると、ライオネルさんは少し笑って、ゆびさした。


「あ? もう見えてるだろ? あれだよ」


 その指の先――

 城下町の奥、なだらかな丘の上に、それはあった。


 白い石造りの高い塔がいくつも天へと伸び、尖った屋根には金の装飾が光を反射してきらめいている。

 その優美な姿は、まるで空に向かって羽ばたこうとしているかのように堂々としていて――それでいて、どこか夢の中の風景のような、現実離れした美しさがあった。


 町の喧騒から少し離れた高台に立つその城は、王都アルセリオのどこからでも見えるように建てられているのだろう。


「わあ……」


 思わず、みんなの声が漏れる。


 その光景に、一瞬だけ時間が止まったかのようだった。


 ――アルセリオ王国の王城。

 風に揺れる旗には、光の紋章が描かれている。


私はその光景を見つめながら、そっと息を吸い込んだ。


(……ここが、ライオネルさんの国の、中心なんだ)


「うわぁ〜……」


 ティナが目を輝かせながら、ぽかんと口を開けて見上げている。


「なんか、絵本の中のお城って感じ……!」


「……あれ、どう見ても住むってより展示品だよね。磨きすぎでしょ」


 横でぼそっと呟いたフィオナも、その目にはしっかり感動がにじんでいた。


(……すごい。私の家より、大きいかも)


 そんなことを思いながら、私はそっと胸に手を当てた。

 見上げれば、白い城がまっすぐに空へ伸びている――その姿を目指して、私たちは城下町を通って王城へと向かっていた。


 石畳の道がまっすぐ延び、その両脇には整然とした建物が並んでいる。どの家も白い壁と赤茶色の屋根で統一されていて、窓辺には色とりどりの花が飾られていた。


「おっ、王様だ!」


「ライオネル様、お帰りなさい!」


 道を歩く私たちに、町の人たちが次々と声をかけてくる。子どもたちは駆け寄って手を振り、大人たちも笑顔で挨拶を送っていた。


 ――ライオネルさんは、町の人たちに本当に愛されているんだ。


「よう、元気そうだな」「畑は順調か?」「また寄るよ!」


 ライオネルさんも、ひとりひとりにちゃんと応えるように言葉を返していく。偉そうな感じはまったくなくて、まるで近所のお兄ちゃんみたいな、親しみやすさすら感じた。


 そんな中、私はなんとなく、周囲からの妙な視線を感じていた。


(……? なんだろう、なんか見られてるような……?)


 気のせいかと思っていたけど、すれ違う人たちの一部が、私の顔を見て小さくささやいたり、なぜか目を輝かせたりしている。


(ううん、絶対なんか変……!)


 肩の上のリシルも、周囲をちらちらと見回して、尻尾をピクリと動かしていた。


「……あ、あのさ、なんか……見られてない、かな……? わ、私たち……」


 思わず声が小さくなる。自分でも情けないくらい頼りない声だったけど、気のせいじゃないと思いたかった。


「んー、気のせいじゃなさそうね。けど、なんであんたが注目されてんのかは、こっちが聞きたいんだけど」


 リシルはちょっと不機嫌そうに目を細めた。どうやら、彼女も周囲の空気に気付いていたようだった。


 そのとき、フィオナがひそひそ声で私の耳元に顔を寄せてきた。


「……ごめん、リリ。今さらなんだけど――実は、人族の中で、リリのファンクラブがあるんだよね」


「えっ……!? ちょ、ちょっと待って!? “ある”ってどういう……っ!」


 思わず声が裏返った私に、フィオナは気まずそうに視線を逸らす。


「グラディスでもね……あったんだけど、あっちは規模が小さかったから、私とティナでこっそり隠してたの。だけど、こっちは……うん、ちょっと無理かも」


「む、無理って……何が……」


 動揺する私の背後から、呆れたようなライオネルさんの声が聞こえてきた。


「……まあ、俺は見て見ぬふりしてたけどな。どうせ騒ぐと思ってたし」


「ライオネルさんまで!? 知ってたんですか!?」


「そりゃあ、前に“リリシア様缶バッジ”とか“リリシア様クッキー”とか見せられたし。あと、リリシア様マグカップにコースター、まであったな。質は結構よかったぞ」


「ちょ、ちょっと待ってください!? えっ、そんなに!? ……これ、誰が許可を……」


「さあ? 俺もよく知らねぇけど……なんかギルド本部の近くでも売ってたな」


 恥ずかしさで耳まで真っ赤になった私は、ぐるぐると目を回しそうになりながら言葉を失った。


 ――そのすぐ側で、ティナがわくわくした様子で、ある屋台の前で立ち止まった。


「ねぇリリ姉っ! これ見て! “リリシア様クッキー”だって!」


「っ――!」


 視線の先には、私の顔?が描かれたクッキーが、まるで宝物のように並べられていた。笑顔でウインクしてるやつ、呆れ顔、照れ顔……ラインナップが地味に多い。


「この“照れ顔クッキー”とか、めっちゃ似てるよ〜!」


「似てなくていいからあぁああああっ!!」


 私は思わずティナの手からクッキーを引き離し、店主にバレないようにそっと台の奥に押しやった。


「なんでそんな商品があるのよ……っていうか、いつ撮ったのその表情!?」


 慌てふためく私の背で、ライオネルさんが大笑いしていた。


「いや〜、さすが“リリシア様”。人気者だな」


 肩に乗っていたリシルも、ぷるぷると身体を揺らしながら、必死に笑いをこらえている。口元を前足で押さえていたけれど、尻尾は小刻みに揺れていた。


「……リシルまで笑ってる!? うぅ、なんでこうなるのよぉ……」


 ひとしきり笑われたあと、私は頬を押さえながら小さく息をつく。


「……もう、ほんとに……」


「ま、いいじゃねぇか。愛されてる証拠だろ?」

 ライオネルさんが、どこか楽しげに肩をすくめる。


「……ファンクラブってだけで、別に悪いことされてるわけじゃないし」

 フィオナもさらっと言いながら、私の隣を歩く。


 肩の上のリシルは、小さく「ぷっ」と吹き出すように鼻を鳴らした。


「……うう……なんか、慰めになってるような、なってないような……」


 そんな私のぼやきをよそに、ティナはまったく気にする様子もなく、目をキラキラさせていた。


「でもね、リリ姉。わたし、本当に楽しみにしてたの!」


「楽しみ……?」


「うんっ! アルセリオって、すっごく食べ物が美味しいって有名なんだよ? 他の国にはない料理もたくさんあるって聞いて……絶対食べまくるって決めてたの!」


 お腹をさすりながらにっこり笑うティナの後ろで、フィオナが肩をすくめた。


「ま、あんたらしいよね」


「ふふん♪」


 ティナが得意げに胸を張る横で、今度はフィオナが話し出す。


「私はね――武器が目的だったんだ」


「武器?」


「うん。グラディスでも手に入らないことはないけど、アルセリオの職人が作る武器は性能が段違いなんだって。だから、実際に来て選びたかったんだ」


 その表情には、いつもの落ち着いた雰囲気の中に、確かな意志の光が宿っていた。


「特訓してた時にね、魔法よりも体を動かす方が向いてるって、ティリスさんとノワールさんに言われたんだ。だから、ちゃんと自分に合った武器を探そうって思って」


「……そうだったんだ」


 私が思わず見つめると、フィオナは少し照れたように目をそらした。


「それに、あのドラグニアさんの大剣も、実はアルセリオ製なんだって」


「えっ、そうなの!?」


「うん。すっごく重くて丈夫で、魔力の流れも計算されてて……やっぱり、本物は違うんだよ」


 言葉の端々から、武器に対する憧れと本気さが伝わってくる。


「……そっか。ふたりとも、それぞれに目的があって来てたんだね」


「うん!」


「ま、ついでにリリのお供ってわけ」


「ちょっと、なにその“ついで”感……!」


 そんな私たちのやり取りに、ライオネルさんがにやりと笑みを浮かべながら言った。


「ま、アルセリオは確かにいろんなものが手に入る国だけど――うちだけが特別ってわけでもないぜ?」


「えっ?」


 私は歩きながら、思わず彼に振り返った。


「他の国にも、面白い文化や名物はたくさんある。たとえばディアベルドなら“魔力細工”の宝飾品が有名だし、竜族の国なんかは、気候ごとに違う香辛料が手に入る。料理も独特で面白いぜ」


「へぇ〜、初耳!」

 ティナがきらきらと目を輝かせた。


「グラディスだと、あんたも知ってると思うけど、鍛冶屋通りが有名でしょ? いろんな国の技術が集まってるから、武器も防具もバリエーション豊富だし」


 フィオナがさらっと付け加える。


「へぇ……でも、そういうのってグラディス独自の文化なの?」


「っていうか、あそこは“混ざってる”んだよ。他の国からの職人や商人が集まって、いろんな文化が自然に入り混じってる。中立国ならではって感じ」


「……なるほど。グラディスって、そういう意味でも“特別”な場所なんだね」


 私が感心したようにつぶやくと、フィオナは小さくうなずいた。


「一つの国でも中は多様って言ったけど――グラディスは“いろんな国が混ざってる国”って言ったほうが近いかもね」


 私はぽかんとしたまま、二人の話に耳を傾けた。


(……知らなかった。全然、知らなかった)


 そのとき、少し後ろを歩いていたライオネルさんの声が、ふいに届いた。


「……でもな……昔は、こんな光景、ありえなかったんだぜ」


「え?」


 私が振り返ると、ライオネルさんは前を向いたまま、少しだけ口元をゆるめた。


「俺たちが一緒に歩くなんて、考えられなかった。お前の親父さん――マグナス様が和平を進めなかったら、今の世界はなかったからな」


「……パパが……」


「多くのやつが命を落とした。でも、憎しみじゃなく、“未来”を選んだ人がいた。……それを、忘れんなよ。お前は、その続きを歩いてるんだからさ」


 その言葉が、胸の奥に静かに響いた。


(……世界って、思ってたより、ずっと広いんだ)


 今まで私は、自分が知っている世界だけが“全部”だと思ってた。

 魔王城と、ディアベルドと、せいぜいグラディスくらい。

 でも実際は、それ以外の場所にも、私の知らないことが、見たことのないものが、山ほどあるんだ――。


 胸の奥が、わずかにちくりとした。


「……なんか、悔しいな」


「え?」


 ぽつりとこぼれた私の言葉に、ティナが驚いたように目を丸くする。


「知らないことがいっぱいあるって気づいたら、なんか……私、何も知らないまま“偉そうに”してたんじゃないかなって……」


 そう言った瞬間、フィオナがふっと笑って、私の背中を軽く叩いた。


「いいじゃん、それで。これから知れば」


「……っ」


「リリは魔王なんでしょ? だったら、世界のことをちゃんと知って、“一番かっこいい魔王”になればいいんだよ」


 その言葉に、私は一瞬だけ、心の奥がきゅっと熱くなるのを感じた。


「……うん」


 小さくうなずいた私に、ティナがぱっと手を挙げた。


「じゃあさ! 今度はいろんな国、いっぱいまわろうよ! ご飯食べて、お土産買って、冒険して――ぜんぶ体験しよう!」


「うんっ! それ、すっごく楽しそう!」


 私の声にも、自然と力がこもった。


 そんな私たちのやり取りを、少し後ろから聞いていたライオネルさんが、ふいにぽつりと口を開いた。


「……なあ、リリシア」


「なんですか?」


 思わず振り返って見ると、ライオネルさんはまっすぐ私を見ながら、小さく笑って――


「……いや、なんでもない」


それだけ言って、ライオネルさんはまた前を向いた。


 ――何だったんだろう。

 胸の奥に、ちいさな問いが残ったまま、私はそのまま歩き続けた。


 そのとき、ふとリシルの気配が変わった気がして、私はちらりと横目を向けた。


 ――なんとなく、今、リシルがライオネルさんを見ていたような……?


 けれど彼女はすぐに顔をそらし、まるで何もなかったかのように、しっぽをひょいと揺らしているだけだった。


(……気のせい、かな)


 私は小さく首を傾げて、もう一度前を向いた。


 そして――


「……もう着くぞ。あれが、王城の正門だ」


 ライオネルさんの指差す先には、白い石壁に囲まれた、堂々たる門が見えていた。


 王国の中心――いよいよ、アルセリオ王宮へ。

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