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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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30話_ 星降る夜の寄り道

 ――夕陽が、静かに世界を染めていた。


 馬車の小さな窓から差し込む光は、赤くて、やわらかくて、どこか儚い。

 地平線の向こうに傾いた太陽は、もうすぐ姿を隠してしまいそうだった。


 揺れる馬車の中、私はカーテンの隙間から外を見つめていた。


 草原の向こうに連なる森が、金色に照らされてきらめいている。

 空には細い雲が流れ、その端を橙色の光がゆっくりと溶かしていた。

 その景色が、まるで夢の中の一枚絵みたいに見えて――私は、ほんの少しだけ息をのんだ。


 ……そのとき、馬車のすぐ横に歩いている人影が、目の端に映った。


(リーネさん……)


 ゆったりとした足取りで、景色を楽しむように歩いている。

 軽く跳ねるような歩き方は、どこか楽しげで――どこか懐かしい。


 私の視線に気づいたのか、リーネさんがふいっと顔を上げて、こちらを見た。

 そして、ぱっと笑顔を浮かべて、手を振ってくれる。


 思わず、私も同じように手を振り返した。


 窓越しに交わした、短いやりとり。

 だけど、それだけで胸の奥が少しあたたかくなる気がした。

 

 前方の小さな窓から見えたのは、バルドさんの背中だった。

 静かに手綱を握りながら、夕陽の中で静かに揺れている。


 リーネさんの反対側――馬車を挟んで向こう側では、ユーマくんが静かに歩いていた。

 彼はときどき立ち止まって、草花や地形を確かめるように目を凝らしていた。

 その仕草が、まるで警戒しているように見えて、私は少し安心する。


 そのまま視線を足元に移すと、リシルが私の膝の上で丸くなり、すやすやと寝息を立てていた。

馬車の揺れに合わせて小さな尻尾がときどきぴくんと動いて、その様子が妙に可愛らしい。


 そのとき、隣から小さな声がこぼれた。

 

「リリ姉〜、お腹空いてきた〜……」


 私は思わずふっと笑いながら、視線を窓からティナへと向ける。


「まだ早いよ。さっき出発したばかりでしょ?」


「でも、日が暮れちゃうよ〜……お弁当は夕ごはん用なんじゃないの〜?」


 ティナがもぞもぞと体を動かしながら、不満げにお腹を押さえる。


 その言葉に、前の席から鋭いツッコミが飛んできた。


「ティナ、まさかとは思うけど、今日のうちに全部食べきるつもりじゃないよね?」


「うっ……そ、そんなことないよ?」


 ティナが目を逸らしながら答えると、フィオナはじろっとにらんでため息をついた。


「まったく……そのお弁当は、明日の朝ごはんの分もあるんだからね。計画的に食べなさいよ」


「うぅ……フィオ姉のケチ〜……」


 膨れっ面のティナを見て、思わずくすっと笑いそうになったところで――ライオネルさんが朗らかに笑いながら声を上げた。


「まぁ、そう言ってやんなよ。もう少し行ったら、ちょうどいい場所がある。そこで休憩しよ!」


「やったーっ!」


 ティナがパッと顔を輝かせて、ぴょんと跳ねるように喜ぶ。


 その様子を見て、私も笑顔になりながら、ふと気になっていたことを口にした。


「ところで……ライオネルさん。なんで急に、出発の予定が早まったんですか?」


「あっ、それ私も気になってた」


「わたしも〜!」


 私に続いて、フィオナとティナも勢いよく身を乗り出してくる。


 ライオネルさんは少し困ったように眉を下げ、苦笑いしながら答えた。


「ああ、実はな。妹に来週の話をしたら、“なんで来週なのよ〜!”って怒鳴られてな……」


「え……?」


 私たちがきょとんとしていると、ライオネルさんは少しばつの悪そうな顔で続けた。


「“せっかくの訪問なのに遅すぎる!”って言い出してな。こっちにだって予定があるって言っても、聞く耳持たなくて……すまん、巻き込んじまって」


 一瞬だけ、車内に静かな間が生まれる。


 けれど、次の瞬間――


「ぷっ……」


 フィオナが吹き出したのを皮切りに、ティナがけらけらと笑い始める。


「なにそれっ、朝から急に来て、どんな大事な理由かと思えば……!」


「ライオネルさん、実はシスコンなんだね〜!」


「はぁ!? 違ぇよ! あいつがわがままなんだ、一度言い出したらどうにもなんねぇんだよ! しかたなく、だ!」


 顔を赤くしながら語気を強めるライオネルさんに、ふたりはさらに大笑い。

 私も、こらえきれずに手で口元を押さえながら笑ってしまった。


 そんな私たちを見て、ライオネルさんは頭をかきながら、長いため息をひとつ。


「ったく……笑ってんじゃねーよ、ほんとに……」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、どこか諦めたような顔で続ける。


「あっ、それとさっきの話……妹には言うなよ。バスカにもだ。あいつの耳に入ったら、セレナに言いふらすに決まってるからな」


 その必死な様子に、今度はフィオナが肩をすくめた。


「確かに……お父さん、口軽いからね。セレナさんが知ったら……一生ネタにされるね」


「ほんとにな……あいつ、ああ見えて執念深いからな……」


 ライオネルさんが遠い目で呟くと、馬車の中にまた小さな笑いが広がる。


  馬車の中に、また小さな笑いが広がる。


 そんな空気の中で――私は、ふと考えこんでしまった。


 ライオネルさんは、前に言っていた。

 “妹はうるさくて、セレナみたいなやつだ”って。

そのときは文句ばかり言ってたけど、どこか照れくさそうで……でも、なんだかんだで、ちゃんと妹さんのわがままを聞いてあげてる。


 ……なんだろう、この違和感


 あの話し方。あの言い方。

 セレナさんのことを語るときも、なんとなく、同じような口ぶりだったような――


 ……まさか、ね?


 でも、気になってしまったから、思わず口を開いた。


「あの、ライオネルさん。ちょっと……変なこと聞いてもいいですか?」


 そう切り出すと、彼は警戒したようにぐいっと眉を上げる。


「……なんだよ、いきなり。こわいな」


「その……前に“妹さんってセレナさんみたい”って言ってましたよね?」


 ライオネルさんが「ん?」という顔で、こちらを見る。


「でも、今の話を聞いてたら……なんか、ほんとはすごく可愛がってるっていうか……」


 ちょっと照れくさくなって、言葉を選びながら視線を彷徨わせる。


「……お、おい、リリシア……?」


 不意にライオネルさんが声をかけてくる。

 ちょっと動揺してるような、そんな口ぶり。


 でも、気になって仕方がなかったから――私は思いきって、聞いてみた。


「あの……その……もしかして……セレナさんのこと、ちょっと……好きだったり……しませんか?」


  私の言葉に、馬車の中の空気が一瞬で凍りついた。


「な、なっ……なに言ってんだ、リリシアっ!?」

「えぇぇぇぇぇぇえええっ!?!?」


 同時に、ライオネルさんとティナがそろって叫ぶ。


 その声の迫力にびっくりしていたら、フィオナが呆れたように口を開いた。


「いや、それだけで……それはないでしょ。あのふたり、犬猿の仲だよ?」


「そ、そうだよね!? ごめんなさい、ライオネルさん、変なこと言って……!」


 私も慌てて頭を下げる。


 ――けれど、ふと顔を上げると、ライオネルさんの様子が……なんだかおかしい。


「……あれ? ライオネルさん、顔、赤くない?」


 ティナが小首をかしげながら、じっと彼を見つめる。


「えっ、マジ?」


 フィオナも思わずライオネルさんを二度見する。


「ち、違ぇよ!? ちょっと暑いだけだっ!」


 ライオネルさんが目をそらしながら叫ぶけれど――その耳まで、ほんのり赤く染まっていた。


「いや〜〜これは怪しいよ〜〜!」


 ティナがにやにやしながら、肘で私をつついてくる。


「……認めたら?」


 フィオナまで軽い口調でそう言って、じっとライオネルさんを見つめた。


「だーかーらー違うって言ってんだろーが!!」


 顔を真っ赤にしたライオネルさんが、ぷるぷると肩を震わせながら叫ぶ。


 ――そして、わかりやすく話題を変えた。


「あっ、ほら、そろそろ休憩するぞ。おーい、そこの木の下で止まってくれ!」


 手綱を引くバルドさんに向かって、わざとらしく手を振るライオネルさん。


「わ、話そらした〜!」


 ティナがすかさず声を上げる。


「これはいよいよ怪しくなってきましたね〜」


 フィオナもジト目でニヤニヤと見つめている。


 その様子を見ながら――私は、ぽかんとした表情でそのやり取りを眺めていた。


(え……なんか、すごく盛り上がってる……)


「……もう、うるさいわね……」

 膝の上から聞こえてきた小さな声に、私ははっと顔を下げる。

 見ると、リシルが目を細めながら、けだるげに体を起こしていた。


「あっ、ご、ごめん。起こしちゃった?」

 

「別にいいけど……次はもっと静かに盛り上がってくれると助かるわ……」


 そのぼやきに、小さく笑いそうになった瞬間――


「……お前ら、いい加減にしろーっ!!」


 顔を真っ赤にしたライオネルさんの叫び声が、馬車の中に響き渡った。


 ◇ ◇ ◇


 夕陽は、もう地平線のすぐ近くにまで落ちてきていた。


 ライオネルさんの合図で、馬車はゆっくりと止まる。

森の手前にある大きな木の下で、小休憩を取ることになった。


「わぁ、木陰だ……」とティナが嬉しそうに声を上げる。

 私たちもそのあとに続き、ひとりずつ馬車を降りて、木の下に歩いていった。

 

バルドさんは馬たちの様子を見に行き、リーネさんとユーマくんは少し離れたところで、周囲を警戒するように目を配っていた。


風が、ふわりと髪をなでる。

涼しさと草の匂いが混ざった、夕暮れの空気。

肌に心地よくて、思わず深呼吸したくなるような、そんな瞬間だった。


「わぁ〜っ、ここすっごく気持ちいいねっ!」

ティナが木陰に走り寄り、ぴょんと軽やかに座り込む。

それを見て、私たちも自然とそのまわりに腰を下ろしていった。


「ふむ、良い場所だな。さすが俺の判断だ」と、どこか得意げに言うライオネルさん。

 でも隣にいたフィオナが、さらっと突っ込む。


「……たまたま大きい木があっただけでしょ」


「ぐっ……! お、お前なぁ……」


 ライオネルさんがむくれる横で、私はそっと地面に包みを広げた。

 ママが用意してくれた、大きな布包み。

 中には、四段重のお弁当箱がきちんと収まっていた。


「うわぁ……」

 開けた瞬間、ふわりと広がる香ばしい匂い。

 きれいに詰められたおかずたちは、まるで宝石みたいにきらきらしていて――なんだか、それだけで少し安心した気持ちになる。


「さすが、ママのお弁当……」


 私が感嘆の声を漏らすと、隣にいたリシルが身じろぎして、のぞき込むように言った。


「ふふ、これは期待できそうね――食後のデザートも、抜かりなく入ってるでしょうね?」


 私は思わず笑ってしまった。

 すると、ティナが待ちきれない様子で、ずいっと身を乗り出してくる。


「リリ姉っ、手伝うよっ!」


「ううん、大丈夫。座ってて。ちゃんと配るから」


「……私の分もちゃんとあるよね?」

フィオナが少しだけ不安そうに聞いてくる。


「もちろん。ちゃんとみんなの分作ってくれてるから」


「ティリス様は……本当に、良い母上だな」

 ライオネルさんが、ぽつりと呟いたそのとき。


 ちょうどそのタイミングで、辺りの警戒に出ていたリーネさんたちが、順番に木陰へと戻ってきた。


「このあたりに魔獣の反応はないみたいです――って、うわぁ! すごいご馳走……!」

 リーネさんが、ぱっと目を輝かせてお弁当の方へ視線を向ける。


「すっげぇ……。こんなの見てたら、俺まで腹減ってきたわ。なぁ、バルド」

 ユーマくんがごくりと喉を鳴らしながら、バルドさんの方を向く。


「ああ」

 バルドさんは短く頷くだけだったけれど、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。


 私は思わず笑みをこぼしながら、そっと声をかけた。


「よかったら、みなさんもどうですか?」


「え? 本当に?」

 リーネさんが驚いたように目を丸くする。


「うんっ! みんな疲れてるでしょ?」

 ティナが元気よく胸を張る。


「みんなで食べた方が、美味しいもんね」

 フィオナがにっこりと笑う。


「やった〜!」

 リーネさんは思わず手を叩いて喜び、ぴょんと腰を下ろした。


 それから私たちは、輪になって布のまわりに座り込み、ママのお弁当をみんなで囲んだ。


「この卵焼き、甘くておいしい……!」


 真っ先に箸を伸ばしたティナが、口いっぱいに頬張りながら幸せそうに笑う。


「わ、ほんとだ。これ、ほんのり柚子の香りがするね」

 フィオナが感心したように目を丸くしながら、丁寧に味を確かめている。


「これ、鶏の照り焼きか? 冷めても柔らかい……すげぇな」

 ユーマくんが感心しながら、モグモグと黙々と食べていた。


「彩りも綺麗……詰め方にも心がこもってますね」

 リーネさんが目を細めて、ひとつひとつに見とれるようにしていた。


「この煮物……味がしっかり染みてるな」

 と、ぽつりと呟いたライオネルさんは、ひとくち噛みしめるたびに、ゆっくりと頷いていた。


 その隣では、バルドさんが黙々と箸を動かしていた。

 何も言わず、表情も変えないまま、丁寧にひとつひとつを噛み締めるように食べている。


 それぞれの反応を見て、私はなんだか胸がじんわりと温かくなった。

 ママのお弁当が、こうしてみんなの笑顔を引き出している――それだけで、嬉しくてたまらなかった。


「ふふっ、やっぱり……みんなで食べると、もっと美味しくなるね」


 そうつぶやいたそのとき。


 とん、と。

 膝の上に、何かが軽く触れる感触があった。


 視線を落とすと、リシルがこちらを見上げていた。

 その小さな前足で、控えめに私の膝を叩いている。

 返事の代わりに、リシルは一度だけまばたきをして、じっとお弁当の方を見つめる。

 

「……あ、ごめん。」


 私は小さく笑いながら、小さな器におかずを取り分けて、リシルの前にそっと置いた。


「はい。リシルの分も、ちゃんとあるよ」


 リシルが小さな器に顔を近づけ、静かに口をつけ始めたのを見届けたそのときだった。


「そう言えばよ、リリシア」と、ライオネルさんがふと思い出したように私の方を見た。

「俺が言うのも変なんだが……お前、自分とこの仕事は良いのか?」


「え?」

 思わず間抜けな声が漏れた。


「どうしたの? 急に」

 フィオナも、口元におにぎりを運びながら首をかしげる。


「いやな」

 ライオネルさんは腕を組みながら、少しだけ表情を引き締める。

「急に予定も早まっただろ? 俺は国のことは親父に任せてきたが……リリシアも“魔王”だろ? 魔王としての仕事、ちゃんと手が空いてたのかって思ってな」


「えっと……」

 私は一瞬、答えに詰まった。


(魔王としての仕事……)


 たしかに、グラディスの会議にはずっと出席しているし、他国とのやり取りや儀礼的な場には立ってきた。

 けれど――私はまだ、“魔族領ディアヴェルド”の統治に関することには、ほとんど関わっていなかった。


 言われてみれば、魔王として「何かを決断した」ことなんて、一度もなかったかもしれない。


 そんなふうに考え込んでいると――


「あれ? リリ姉、知らないの?」

 ティナが不思議そうに声を上げた。

「マグナスおじさんがね、言ってたよ。“リリシアはまだ子どもだから、魔王の仕事まで背負わせるつもりはない”って。子どもは子どもらしく、いっぱい遊んでてほしいからってさ」


「……え?」


 思わず、聞き返してしまった。


「うん。私、聞いたもん。『リリシアには、ちゃんと笑っててほしい』って」

 ティナは少し照れたように笑って、そっと私の肩に寄り添ってくる。

「『そのために、大人はいるんだよ』ってさ」


 ……私、まだ子どもって、思われてたんだ。


 嬉しいような、情けないような、複雑な気持ちが胸の奥に広がっていく。


 でも――きっとそれは、パパなりの優しさ。


 私を魔王としてじゃなくて、一人の娘として見てくれてるからこそ、そんなふうに言ってくれたんだ。


 それが、なんだか嬉しくて。

 胸がじんわりと温かくなった、その時だった。


「……そっか。まあ、確かにまだ子どもっぽいもんな、お前」


 ぽつりと、ライオネルさんが言った。


「行動もそうだし、見た目も……うん。どっちかって言うと妹って感じ?」


 ちらりと、ライオネルさんの視線が――私の胸元に落ちた。


「っ……!?」


 反射的に、私は胸元をぎゅっと両腕で隠した。


「なっ……! そ、そこ見て言うのは、ちょっと……!」


 まるで火がついたみたいに、顔が一気に熱くなる。


 ティナが「うわぁ……」と引きつった声を漏らし、フィオナは無言でライオネルさんを肘で小突いた。


「えっ? え? な、なんか変なこと言ったか俺!?」


 場の空気が、ぴりっと張り詰めた。

 私は、小さくうつむいたまま、何も言えなかった。


 すると――フィオナがゆっくりと視線を上げ、ライオネルさんをじっと睨む。


「――ライオネルさん、それはさすがにデリカシーなさすぎ」

 最初に声を上げたのは、フィオナだった。

 じっと睨むような目で、静かにたしなめる。


「そうだよっ、リリ姉だって……気にしてるんだからっ!」

 ティナも頬をふくらませて、ライオネルさんの胸元を指さすようにして責め立てる。


「無神経な発言は控えるべきです。貴族として、男性として」

 リーネさんも優しい口調ながらもしっかり釘を刺していた。


「……え? いや、褒めたつもりだったんだけど……?」


 ライオネルさんが焦って手を振るも、女性陣の目は冷たい。

 ――だが、そんな中で。


 ユーマくんは知らんぷりを決め込んで、黙々と唐揚げに箸を伸ばしていた。

 バルドさんも煮物に集中しているように見える。

 二人とも、絶対に目を合わせようとしない。


 完全に、他人のふりだった。


「……はぁ……ほんと、男って……」


 リシルが隣で小さくため息をつく。

 私は苦笑しながら、そっと胸元を隠すようにしつつ――

 でも、みんなの反応が少しだけ嬉しかった。


 女性陣からのライオネルさんへの攻撃は、その後もしばらく続いた。

 フィオナ、ティナ、リーネさんの三方向から畳みかけられて、ライオネルさんは防戦一方。

 必死に手を振って弁明するその姿を、私は苦笑まじりに眺めていた。


(……まぁ、自業自得、かな)


 そして、木陰に笑い声が響き渡る中、私たちはゆっくりと食事を終えた。


 ◇ ◇ ◇


 後片付けをすませると、それぞれが馬車へと戻っていった。


「はぁ〜、お腹いっぱい……リリ姉、また作ってもらってね!」

「うん、今度はおやつ付きでお願いね」


 ティナとフィオナの元気な声が、夜の帳にほどけるように響いた。


 リシルは、まだ少し残っていた小皿の上に前足をかけながら、満足そうに尻尾を揺らしていた。


 私は最後にもう一度、木陰から広がる草原の景色を眺めて――そっと馬車へと足を運ぶ。


 全員が乗り込むと、バルドさんが静かに手綱を引く。

 馬車が再び動き出し、道の先へと進み始めた。


 私は、静かに窓の外を見つめながら、胸の奥に残るあたたかさと、ほんの少しの照れを――そっと押し込めた。


 馬車の車輪が、かすかに石畳を鳴らす音がする。

 遠くからは、草むらの虫たちの鳴き声が、静かに響いていた。


 窓の外を見れば、夜の帳がすっかり降りていて、深い群青の空に、いくつもの星がきらきらと瞬いている。


 あれだけ賑やかだったティナとフィオナは、すっかり夢の中だ。

 リシルも、膝の上で小さく丸まり、寝息を立てている。


 私はそっと息をつきながら、穏やかに揺れる馬車の中で、星を見上げた。


(……なんだか、平和だな)


 ――そのとき、不意に隣から低い声が落ちてくる。


「……リリシア。少し、いいか」


「ん? どうかしました?」


 顔を向けると、ライオネルさんは窓の外を見たまま、気まずそうに頭をかいていた。


「さっきは……悪かった。 お前を傷つけるつもりは、まったくなかったんだが……」


 夜の静けさに溶けるような、小さな声だった。


 私は少しだけ目を見開いて――

 それから、ふっと微笑んだ。


「……うん。分かってますよ。

 ライオネルさんって、ほんと、そういう人ですから」


「……おい、それ褒めてんのか、けなしてんのか……」


「ふふ、どっちだと思います?」


 軽く笑い合いながらも、

 その一瞬の空気は、ちゃんとあたたかく、やさしく溶けていた。


「――でも、これからは気をつけてくださいね」


 私は人差し指を立てながら、少しだけ声を強める。


「女の子への発言には、とくに!」


「……はいはい。もうわかったって。

 だから勘弁してくれよ、マジで……」


 そうぼやきながらも、どこか苦笑している。


「……それより、お前もそろそろ寝とけ。明日も早いぞ」


 ちょっとだけ視線をそらして、ぶっきらぼうに言いながらも――

 その声は、どこか優しかった。


 私はふっと笑って、小さく頷いた。

 

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