表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
31/47

29話_ 出発前の約束

 ――カツ、カツ、と馬車の車輪が石畳を滑っていく。


 門が見えた頃には、朝の陽射しが、お城の高い窓にまっすぐ差し込んでいた。

 馬車が止まり、扉が静かに開く。

 澄んだ空気とともに、あたたかさを帯びた風が頬をやさしく撫でていく。


 私は真っすぐに背筋を伸ばして、ゆっくりと馬車から降り立った。


 ――胸の奥に、まだ“余韻”が残ってる。


 さっきまで馬車の中で聞いていた、パパとママの物語。

 知らなかった過去と、ふたりの強さと優しさが、頭から離れなかった。


 でも――。


(……感傷に浸ってる場合じゃない、よね)


 今日の夕方には、ライオネルさんの国へ出発する予定。

 来週だったはずの訪問が急きょ今日になって、準備がまだ何も終わっていない。


(……ティナ、起きてるかな)


 急がなきゃ――そう思って、私は早足で廊下を進んだ。


 部屋の前まで行って起こそうと、角を曲がったその瞬間――


「わっ!」


 ごつん、と軽い衝撃が額に走った。


「いてて……あれ? ティナ、起きてたの?」


「起きてたよ! リリ姉こそ、こんな時間に起きてるなんて珍しいね?」


 ふたりしておでこを押さえながら、目が合うと自然に笑みがこぼれた。


「……そうだティナ、ちょっと急ぎの話なんだけど」


 私がそう切り出すと、ティナが小首をかしげる。


「ん? なになに、朝からシリアスモード?」


「違うってば。あのね、ライオネルさんのところに行く予定――急きょ、今日の夕方に変更になったの」


「……へ? えぇぇ!? 来週じゃなかったの!?」


 ティナが声を上げて、思いきり二度見した。


「わたしもさっき聞いたばっかり。だから急いで準備しなきゃって思って」


「ちょ、待って待って、心の準備も服の準備もできてないよ!?」


「私も同じ状況だから大丈夫。一緒に準備しよ?」


「う、うん……! こうなったら超高速で支度しなきゃ……!」


 ◇ ◇ ◇


 支度は思った以上に手間取った。

 今日は数日間の滞在予定。服や身の回りの物、旅先での準備をあれこれ考えて詰め込んでいくと、あっという間に時間が経ってしまう。


 ティナはというと、やっぱり早かった。

「支度できたよー!」と元気に声をかけて、さっさと廊下で待っている。


 一方、私は――鏡の前で前髪と格闘中だった。


「……う、うーん……」


 いつもは下ろしているだけの髪。とくに凝ったアレンジをしてるわけでもない。

 なのに、今日はなぜか前髪が全然決まらない。整えようとすればするほど、逆に変なクセがついてしまう。


(やだ……時間ないのに……)


 焦る気持ちが手に出て、余計にまとまらない。

 そんなとき、部屋の外から声が届いた。


「リリ姉~、まだ~?」


「……入ってきてもいいよ」


 諦め気味にそう返すと、ティナが元気に扉を開けて飛び込んできた。


「えっ、まだ髪で悩んでたの!? もう支度終わったのに!」


「うぅ……前髪がどうしても決まらなくて……」


 ティナは呆れたように苦笑しながら、私の背後に回ると、すっと髪に手を伸ばした。


「だったらさ、今日はちょっと雰囲気変えてみよ?」


「え?」


「せっかくだし、いつもと違う髪型にしてみよ! リリ姉、絶対似合うって!」


 鏡越しに映るティナの目が、どこか得意げで――私は思わず笑ってしまった。


「……お願いしてもいい?」


「任せてっ♪」


 ティナの指先が、器用に髪を編み始める。

 流れる髪をすくい上げて、横に向かって編んでいくような、不思議なアレンジ。

 髪の束が交差して、滝の流れを止めるように編み込まれていくその様子は、まるで動きのある装飾のようだった。


 ゆるやかで繊細なラインが、私の髪を美しく形づくっていく。


「――はい、完成!」


 ティナが後ろから声をかけて、私は鏡を見て目を見張った。


「……わ、すごい……」


「いい感じでしょ? リリ姉、こういうの絶対似合うって思ってたんだ~!」


 鏡に映った自分は、どこかいつもよりお姫様っぽく見えた。

 少しくすぐったくて、でもなんだか嬉しくて――私はふわっと笑った。


「ありがとう、ティナ」


「どういたしまして!」


 二人で顔を見合わせて笑い合い、そのまま並んで廊下を駆けていく。


 玄関ホールに足を踏み入れると、ちょうど扉の前で、見慣れたふたりが待っていた。


「……あれ? フィオナとライオネルさん?」


「迎えに来てくれたの?」


 ティナが目を丸くして問いかけると、フィオナが明るく微笑んだ。


「うん! お母さんに手伝ってもらって、準備も早く終わったから……って、リリ、その髪……すごく可愛い」


「えへへ、ティナにやってもらったんだ」


 少し照れながら答えると、フィオナが驚いたように目を見開いた。


「へぇー……ティナ、あんた意外に器用なのね」


「ふふんっ。って、意外にってなに? ひとこと余計だよ!」


「あはは……ごめんごめん」


 笑い合うふたりの様子に、ライオネルが一歩前に出て、深々と頭を下げた。


「リリシア……今朝はすまなかった。お前たちの予定も考えずに、一人で突っ走ってしまって……本当に申し訳ない」


「えっ……? ライオネルさん?」


 突然の謝罪に、私は少し戸惑ってしまう。


 そのとき、フィオナがそっと私の耳元に顔を寄せて、ささやいた。


「(あの後、お母さんにすっごい怒られたんだよ。“少しは女の子のことを考えなさい”って)」


「あぁ……」


 情景が目に浮かぶようで、思わず口元がゆるむ。


 ――でも、目の前のライオネルさんは、今にも床に額をつけそうな勢いで頭を下げたままだ。


 私は慌てて駆け寄ると、その肩に手を添えて言った。


「ライオネルさん、頭を上げてください」


 ゆっくりと顔を上げた彼の目は、少し赤くなっていた。


「びっくりはしましたけど……でも、みんなと一緒に行ったことのない国に行くのは、正直、楽しみでもあったんです」


 言葉を選びながらも、私はまっすぐ彼を見つめて続けた。


「それに……ライオネルさんがそんな調子だと、気が変になっちゃいますよ?」


 そう言って小さく笑うと、彼の表情にもようやく安堵の色がにじんだ。


「……ありがとう、リリシア」


「うんっ。じゃあ、出発まであと少し、私たちも頑張って準備しないとね!」


 そう言って振り向いた私は、ティナとフィオナに向かってにっこりと微笑んだ。


「……それにしてもティナ、ほんとにありがとう。この髪、すごく気に入ってる」


「えへへ~♪ でしょ~? リリ姉、もっと可愛くしてあげたいなーって思ってたの!」


「こらこら、あんまり調子に乗らないの」


「え~っ、フィオ姉まで~!?」


 ホールに、笑い声が広がっていく。


 ――その空気が、旅のはじまりを優しく包み込んでいた。


 準備を終えた私たちは、玄関を出て城門へと向かう。

 そこにはすでに、立派な馬車が停まっていた。


 重厚な装飾が施された車体には、ライオネルさんの国章が掲げられていて、品のある落ち着いた雰囲気が漂っている。

 馬たちも落ち着いていて、訓練されているのがすぐにわかった。


 馬車のそばに向かおうとした瞬間、ふわりと何かが肩に乗った。


「……あ、リシル」


私の肩の上には、いつの間にかリシルがちょこんと腰掛けていた。


「リシルも一緒に行くの?」


 フィオナが首をかしげて尋ねると、リシルはふわりと尻尾を揺らしながら、やれやれといった表情を浮かべた。


「なによ、悪い?」


「いや……別に悪くないけど……」


 妙に間の抜けたやり取りに、私は思わず苦笑いしてしまう。


 そんな私たちに、馬車の手綱を持っていたライオネルさんが声を張った。


「よし! そろそろ出発するぞ。集まってくれ」


「は〜い!」


 私とティナ、フィオナ、そしてリシルが集まると、ライオネルさんは落ち着いた声で説明を始めた。


「到着は明日の昼頃の予定だ。距離はあるが、途中で何度か休憩を挟めば、野営するまでもない」


 皆が頷くのを確認して、彼は少し表情を引き締めた。


「……普段なら、俺一人で移動する時は護衛なんてつけないんだが、今日はお前たちが一緒だからな。念のため、冒険者ギルドに寄って護衛の依頼を頼んできた」


 その言葉に、ティナがぽかんと口を開いた。


「えっ、それって今朝のうちに?」


「リーヴァさんに怒られた直後にな……反省してから、すぐ行った」


 どこか遠い目をするライオネルさんに、今度は皆が笑い出す番だった。


「ライオネルさん、ほんと素直ですね」


「……まあな」


 ちょっと照れくさそうに鼻をこすった。


 すると、フィオナが首をかしげる。


「ん? その冒険者さんたちは? もう来てるの?」


 ライオネルさんは少しだけ視線を遠くに向けた。


「ん〜……そろそろ来ると思うんだがな。遅いな……」


 ――その瞬間だった。


「リリシアちゃ〜んっ!」


 ――ドンッ!


 背中にふわっと柔らかい衝撃が走る。


「わっ――!?」


 私は思わずぐらっと体勢を崩した。


「えへへ、やっぱりリリシアちゃんだ!」


「リーネさんっ!?」


 振り返ると、そこにはにっこり笑ったリーネさんの顔があった。

 その後ろには、重厚な剣を背負ったバルドさんと、気楽そうな笑みを浮かべたユーマくんの姿も見える。


「久しぶりだねぇ、リリシアちゃん。元気してた?」


「……してましたけど、でも……その、いきなりはちょっとびっくりしますって……」


 苦笑いしながらも、なんだか懐かしくて、心がふっと緩んだ。


「リーネさんたち、どうしてここに?」


「ギルド経由で依頼が回ってきてね。内容見たら、リリシアちゃんの名前があったんだもん。そりゃあ行くでしょ」


 リーネさんがそう笑って答えると、ユーマくんがひょいっと手を挙げた。


「俺ら3人で護衛やらせてもらうことになってるんですよ。まさかまた一緒になるとはねぇ」


 バルドさんは相変わらず無口なまま、軽く顎を引いて頷いただけ。


 ……変わらないなぁ、この人たち


 思わず、小さく笑ってしまった。


 この3人は、グラディスが旧体制派に襲撃されたとき、人質の救出を手伝ってくれた人たちだ。

 あの時の心細かった中で、彼らの存在は本当に心強かった。私にとっては、安心できる顔ぶれだ。


 だけど、今ここにいるのは私だけじゃない。


「……リリシア、こいつらと知り合いか?」


 すぐ後ろから、ライオネルさんの声が落ち着いた調子で響いた。


 私は背筋を正して振り返る。


「はい。彼らは以前、グラディスでの事件の際に力を貸してくださった冒険者です。信頼できる方たちです」


 ライオネルさんは3人に目を向け、少しだけ頷いたあと、前に一歩出た。


「俺はライオネル・ガルディア。今回の旅で国まで同行する者だ。……君たちが護衛を引き受けてくれたのか?」


「はいっ、よろしくお願いします♪」


 リーネさんが笑顔で返して、


「道中、危ない目には遭わせませんよ~」と、ユーマくんが相変わらず軽口気味に続ける。


「……任務は了解している」


 バルドさんも短く、それだけを言った。


 ……やっぱりこの感じ、落ち着くなぁ


 ふと視線を向けると、フィオナとティナが少し驚いたように3人を見つめていた。


「なんか……意外と頼もしそうな人たちだね?」


「うん、ちょっと意外だけど……安心していいかも」


「大丈夫だよ! 私この人たちのこと、すごく信頼してるもん」


 私が笑いながらそう言うと、リーネさんがにやりと笑って、ウィンクをひとつ。


「……ま、任せてよ。“あの時”よりも、もっと頼もしくなってるからさ」


 その時――不意にユーマくんが、遠くを指さして言った。 

 

「ねえ、あれ……マグナス様とティリス様じゃない?」


 えっ? と思って振り向くと、城の方から二人の姿が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。


「パパ……ママ?」


「――よかった、間に合ったな」


 最初に声をかけてきたのは、パパだった。マントの裾を翻しながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「お前な……出発するなら、一言くらい声をかけんか」


「……あっ、ごめんなさい。ティナが言ってると思ってて」


 そう言って私が視線を横にやると、ティナも「へ?」と間の抜けた顔でこちらを見る。


「え? リリ姉が報告してたんじゃないの?」


 ふたりで顔を見合わせたあと、パパは深くため息をついた。


「まったく……」


 そう言いながらも、その口元はどこか優しく緩んでいる。

 そして、続くように隣にいたママが、ふわりと香り立つ包みを差し出しながら、穏やかに微笑んだ。


「はい、これ――みんなの分、ちゃんとあるわよ。無理せず、休憩のときに食べてね」


 そう言って、包みの中からちらりと覗くのは、見覚えのある包布。

 ……お弁当だ。


「それから――無事に帰ってくること。いいわね?」


 ママの言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。


「……うん、ありがとう。ちゃんと帰ってくるね」


 私がちょっと照れながらうなずくと、すぐ横でティナが両手をバンザイするように掲げた。


「わーいっ! ティリス様のお弁当、すっごく楽しみ〜!」


 リシルが肩の上でふいっと顔を上げる。


「で? あたしの分は?」


 ママは、クスッと微笑んでうなずいた。


「もちろん。リシルちゃんの分もちゃんとあるわ」

「フィオナちゃんも、よかったら食べてね?」


「はい、ありがとうございます!」


 フィオナがまっすぐ頭を下げたところで、パパが再び前に出る。


「それから……ライオネル」


 呼びかけられたライオネルさんが、姿勢を正して応じる。


「3人をしっかり守れ。何かあったら……そのときはただじゃおかんぞ」


 その声は穏やかだけれど、どこか底の深い重みを感じた。


「任せてくださいよ」

「この命に代えても、守ってみせますって!」


 ライオネルさんは力強くそう返すけれど、隣のフィオナがすかさず小声で突っ込む。


「一国の王様が“命に代えても”って……」


 その言葉に、ママがまたそっと笑みを浮かべる。


「フィオナちゃん、2人をよろしくね」


「はいっ!」


 その返事に、ママが優しくうなずく。


 その隣で、リーネさんが一歩前に出て、小さく微笑んだ。


「大丈夫ですよ、ティリス様。リリシアちゃんのこと、ちゃんとお守りしますから!」


「ふふ……あらあら」


 ママはやさしく目を細めながら、うれしそうに微笑んだ。

 

 ――あたたかい光に包まれたような、そんな空気が流れていた。


 旅立ちの不安も、少しずつ遠ざかっていくような、やさしい時間。


 それぞれが言葉を交わし終えたところで、ライオネルさんが改めて一同を見渡す。


「……よし。それじゃあ気を取り直して、出発しようか」


 私たちはうなずき合いながら、ようやく馬車の前へと歩み出す。


 今度こそ、本当に――旅が、始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ