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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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27話_ 笑顔の下に

 ――チリリリ……チリリリ……


 聞きなれない音が、ぼんやりした頭の奥で反響していた。

 まぶたの裏が少しずつ明るくなっていく感覚と一緒に、何かが震えている。


「……ん……うるさい……」


 もぞもぞと寝返りを打とうとしたそのとき、ぺしぺし、と頬を小さく叩く感触。

 薄く目を開けると、すぐ目の前に赤色の瞳。


「……リシル?」


 リシルが枕元に座り、器用に前足で私の顔を遠慮なく叩いていた。

 しっぽをぱたぱた揺らしながら、じっと私を見ている。


「うるさいわよ、これ……止めてちょうだい」


 耳を澄ますと、魔導端末が淡い青の光を点滅させながら、細かく震えていた。

 ……ああ、この音、魔導端末か。


「……フィオナ?」


 表示された名前に、私は目を擦りながら、そっと体を起こす。

 カーテンの隙間から差し込む光はまだやわらかくて、朝というには少し早すぎる。

 ……こんな時間に、何かあったのかな?


 ひとつ深呼吸をしてから、私は魔導端末を手に取り、接続のマークをそっと押した。


「……フィオナ? こんな時間にどうしたの?」


 通信が繋がると、端末の向こうから少し慌てたような声が飛び込んできた。


「リリ!? よかった、起きてた! ごめんね、朝っぱらから……でも、ちょっとお願いがあって!」


 目が覚めきっていない頭に、フィオナの勢いが一気に流れ込んでくる。


「お、お願い……? どうしたの、何かあった?」


「えっと……事情はあとで話すから、お願い! すぐにうちに来て!」


 突然の頼みに、私は一瞬だけ言葉を失った。


 何が起きたのかはわからない。でも、フィオナの声がどこか切迫していて――。


「……う、うん。わかった。すぐに行くから、待ってて」


 端末をそっと置くと、私は少し強く布団を押しのけてベッドから立ち上がった。


「――ちょっと! 何すんのよ!」


 不意に聞こえた抗議の声に、私はハッとして振り返る。

 押しのけた布団の山の中から、リシルが顔だけ出してこちらを睨んでいた。尻尾がぴくぴくと怒りを主張している。


「あっ……ご、ごめん」


 私は慌てて布団をめくってリシルを救出する。けれど、リシルは「もう……」と不満げに鼻を鳴らすと、ふたたびもぞもぞと布団に潜り込んだ。


「……いいわよ、急いでるんでしょ」


 そう言って、くるりと背中を向けると、尻尾だけ出してすぐに寝息を立て始めた。


 心臓の鼓動がいつもより早くて、体が追いついてこないみたいに足元がふわふわしている。


 フィオナの“お願い”は、どうしてもただの用事には思えなかった。胸の奥がざわざわと落ち着かない。


 急いで支度を済ませて、私は小走りでダイニングへ向かう。


 扉を開けた瞬間、ふわりと焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。

 ほのかに漂うハーブティーの香りも混じっていて、それだけで少し気持ちが和らぐ。


 中では、パパとママ、そしてノワールさんがすでに朝食をとっていた。


 ママがカップを置きながら、やわらかく微笑む。


「おはよう、リリシア。今日はずいぶん早いのね?」


 パパが、パンをちぎる手を止めてこちらを見る。


「……どうした? そんなに急いで。なにかあったのか?」


「……あのね、フィオナから通信が来て。すぐに家に来てほしいって……何かあったみたいなの」


 そう言いながらも、自分でも声が少し震えているのがわかる。

 パパとママは一瞬だけ顔を見合わせ、それから――パパがすっと真剣な表情に変わった。


「……それは心配だな。以前の襲撃事件もある……」


 低く落ち着いた声に、空気がぴりっと張りつめる。


 すぐにパパは隣のノワールさんに視線を向けた。


「ノワール、急いで馬車の準備を頼む」


 ノワールさんは無言で立ち上がり、静かに一礼すると、すぐその場をあとにする。

 その背中を見送りながら、私の中の不安がじわじわと膨らんでいく。

 何があったのか、フィオナは詳しく話してくれなかった。けれど――あの声は、ただ事じゃないって教えてくれる。


「……俺も一緒に行こう」


 隣で立ち上がったパパの言葉に、私は驚いて顔を上げた。


「え……いいの?」


「もちろんだ。何かあってからでは遅い……」


 そう言って、パパは私の頭をそっと撫でた。


「フィオナも、お前も、守るべき家族だからな」


 その言葉に、胸がきゅっとなる。


「……ありがとう、パパ」


 私は小さく笑って頷いた。

 

 やがてノワールさんが戻り、「準備が整いました」と静かに告げる。

 私とパパはうなずき合うと、足早に城を出発した――胸のざわつきを抱えたまま。


 ◇ ◇ ◇


 フィオナの家が見えてきた頃には、空はすっかり朝の光に染まっていた。

 馬車が静かに止まると、私は真っ先に扉を開けて飛び降りる。


 馬車を降りて玄関まで駆け寄り、私は軽く扉を叩いた。


「……フィオナ!」


呼びかけた声が朝の空気に吸い込まれていく。

一瞬だけ返事がなくて――胸の奥がぎゅっと強くなる。


 けれど、すぐに足音が近づき、扉が開いた。


「リリ……!」


現れたフィオナは、寝間着のままながらも、明らかに緊張した表情をしていた。

目の下にはうっすらと疲れの色が浮かび、髪も急いでまとめたように少し乱れている。


「来てくれてありがとう……ごめんね、朝から……」


声にもわずかに焦りが混じっていて、その様子に私は胸がきゅっとなる。


「ううん、大丈夫。何があったの?」


 私は息を整えながら、フィオナの目をまっすぐ見つめた。


「実は――」


 と、フィオナが言いかけたその瞬間、家の奥からにぎやかな声が飛び交った。


「だからお前が言ったんだろ! 来週だって!」

「そんなに騒ぐことか? 予定は前倒しだ!」


 低く響く怒鳴り声と、それを受け止めるような落ち着いた口調が、ぶつかり合うように交差している。


 私は思わずフィオナの顔を見た。


「……え? この声、まさか……ライオネルさん?」


 フィオナは眉を寄せて、小さくため息をついた。


「……そう。来週の予定だったのに、今朝急に“迎えに来た”とか言い出して……もう、朝から大騒ぎで……」


 どうやら、事の発端はそこにあるらしい。


 フィオナに促されて中へ入ると、奥の部屋からさらににぎやかな声が響いた。


「だいたいお前はいつも突然なんだよ! あいつらの準備のことも考えろっての!」

「まあまあ、そんなに怒るなって。理由があるんだよ。ちゃんとあとで話すって」


 バスカさんとライオネルさんの、いつものような――でも少し本気っぽいやり取りが続いている。


 リビングの入り口まで来たところで、私はそっと顔をのぞかせた。


「おはようございます、ライオネルさん」


 私が声をかけると、部屋の中の空気がふっと和らいだ気がした。


 バスカさんは腕を組んだまま「お、リリ」とだけつぶやき、ライオネルさんは振り返って、いつものように笑顔を向けてくる。


「おう、おはよう。リリシア。……来てたんだな」


「……“来てた”と言うか、私はフィオナに呼ばれて来たんですけど?」


 私が首をかしげると、ライオネルさんは「ははっ」と笑い、手を頭の後で組んだ。


「……まあ、細かいことは後で話すからよ、急ですまないが――今日、俺の国に来れないか?」


 ライオネルさんが、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、私にそう言った。


 その瞬間、横にいたフィオナの眉がぴくりと跳ね上がる。


「はああああ!? ちょっと、何言ってんの!? こっちは“来週”のつもりでスケジュール組んでたのに!」


 まくし立てるように言いながら、フィオナは両手を広げて続ける。


「女の子はね、“出発の朝”ってすっごく大事なの! 服選びとか、髪型とか、荷物の最終チェックとか……心の準備だっているんだから! それを『今から来て』とか、ほんっと信じらんない!!」


 勢いのまま立ち上がったフィオナの髪がふわりと揺れて、怒りに赤くなった頬が少しだけ子どもっぽく見えた。


「ご、ごめんって……そんな怒るなよ……」


 ライオネルさんが苦笑いで後ずさりすると、私は思わずくすっと笑ってしまった。


「……フィオナの言うこと、正しいと思いますよ?」


 そう言うと、ライオネルさんが肩をすくめて頭をかくと、パパが無言で一歩近づき、ぽん、と彼の肩を叩いた。


「……まぁ、今回は完全にお前が悪いな」


 パパは小さく肩をすくめると、ライオネルさんの肩をぽんと軽く叩いた。

 静かに、でもどこか楽しげに言い放つその声に、ライオネルさんの表情がほんの少し引きつる。


「……まあ、悪かったよ。でも、ちゃんと理由があるんだ。それは、後でちゃんと話すからよ……」


 そう言いながら、ライオネルさんは頭をかいてごまかすように笑う。


 そこに、リーヴァさんがすっと歩み寄ってきた。


「まぁまぁ、良いじゃないですか。遠いところ、わざわざ来ていただいてるんですから。……ね?」


 やわらかい笑顔だった。

 声も、表情も、いつものように穏やかで、包み込むような優しさにあふれていた――けれど。


 それなのに、なぜか私は背筋がぴんと伸びる。

 あの笑顔の奥にある何かが、静かに、でも確かに圧をかけているのが分かった。


 ……そう、きっと今のリーヴァさんは「怒っていない」わけじゃない。

 ただ、怒る必要すらないほど“わかっていて”、“許していない”だけなのだ。


 ライオネルさんも、その空気に気づいたらしく、視線をそらして小さく咳払いをした。


 リーヴァさんはその場の空気をふわりと包み直すように微笑んだあと、ふぅ、と小さくため息をついた。


「あなた」


 その一言に、バスカさんはぴくりと肩を揺らす。


「は、はい」


「こんな朝早くに大声出したら、近所迷惑でしょ」


「はい……すみません……」


 普段は豪快なバスカさんが、見事なまでにしおらしくなる光景は、ちょっとだけ珍しくて――でも私は笑えなかった。

 リーヴァさんの言葉はあくまでやさしいのに、なぜか“逆らえない”空気がある。


「フィオナも。あまり年上の方に、そんな口をしてはいけませんよ?」


「は、はい……ごめんなさい……」


 フィオナもまた、小さくうなだれた。


 その姿を見て、リーヴァさんはようやく少しだけ表情をゆるめ、私の方へと視線を向けてくる。


「リリシアちゃん、マグナス様も……こんな時間にごめんなさいね」


「い、いえ……そんな……」


 私はあわてて首を振った。思わず背筋がしゃんと伸びる。


「あ、ああ……」


 パパも、どこか気まずそうに頭をかいた。


 リーヴァさんはひととおり場を落ち着かせると、今度はライオネルさんの方へと静かに向き直った。


「――ところでライオネルさん、出発は夕方からでも問題ありませんよね?」


 笑顔はそのまま。でも、声の温度がほんの少しだけ下がった気がした。


 ……いや、違う。圧だ。

 ほんのりとした優しさの奥に、確かな“圧”がある。そう言われて「はい」と即答できる空気しか、そこにはなかった。


「え、いや、それは……」


 ライオネルさんが何か言いかけたその瞬間。


「では、そういうことで。フィオナ、リリシアちゃん、午後までには準備を済ませておきなさいね?」


 有無を言わせない、完璧な笑顔と共に、すぱっとそう言い切られてしまう。


「……はい!」


「わ、わかりました……!」


 私とフィオナは、条件反射のように返事をしていた。


 するとリーヴァさんは、私の方に少しだけ視線を向けて微笑む。


「それからリリシアちゃん。ティナちゃんにも事情を説明しておいてあげて。声をかければ、すぐ準備してくれるでしょう?」


「は、はい……伝えておきます」


 口調はあくまで穏やか。けれどその一言に、全員が逆らえない説得力が込められていた。


 ――うん、やっぱりリーヴァさん、すごい。


「い、いや〜……すまんな。でも、できるだけ早く頼むな」


 ライオネルさんはそう言って、どこか逃げ腰な笑顔を浮かべた。明らかにさっきの圧をまだ引きずっている感じで、笑ってはいるけど、目がまったく笑っていない。


 だけど、そんなライオネルさんに、リーヴァさんはさらに優雅な笑みを浮かべて――まるで獲物を逃がさない女神みたいに、ゆっくりと口を開いた。


「なにを笑っているんですか? ライオネルさん」


 ――ぴしっ。


 その瞬間、空気がわずかに張りつめたのを、私は肌で感じた。


「そうそう、前々からお話ししたかったことがあるんですよ。良い機会ですし……時間まで、ゆっくりお話ししましょう?」


 あくまで優しい口調。けれど、その背後には“絶対に逃がさない”という気配がしっかりと滲んでいた。


 ライオネルさんはというと、顔を引きつらせたまま、明らかに固まっている。


「あ、ああ……た、楽しみにしてるよ……?」


 乾いた声でそう返す姿に、私はなんだか少し同情した。


 ――がんばって、ライオネルさん。


 私とパパは、フィオナの家を出て、再び馬車に乗り込んだ。


 馬車がゆっくりと動き出して、窓の外にバスカさんの家が小さくなっていくのを見ながら、私は思わず肩の力を抜いた。


「……びっくりした……。リーヴァさんって、怒ると怖いんだね」


 そうつぶやくと、前に座るパパが小さく笑う。


「ああ、本当にな……。でもな、リリシア」


 そこでパパは、ふっと目を細めながら少しだけ声を低くした。


「ティリスの方が……怒るともっと怖いぞ」


「――え? ママが?」


 驚いて顔を向けると、パパは苦笑いを浮かべたまま、遠い目で窓の外を眺めていた。


 驚いて顔を向けると、パパは苦笑いを浮かべたまま、遠い目で窓の外を眺めていた。


「昔な……お菓子をつまみ食いして、ティリスに三日間おやつ抜きにされたことがあってな」


 ぼそっと、まるで告解でもするような声で呟くパパに、私は目を瞬いた。


「……なにそれ、子どもじゃん」


「いや、贈答用だったんだ。夜中に小腹が空いてな、ちょっとだけのつもりだったんだが……気がついたら全部なくなってたんだ」


「“気がついたら”って……」


「翌朝、“朝ごはんないわ”って微笑みながら言われてな……背筋が凍ったぞ。あの笑顔、いまだに夢に見る……」


 ああ、わかる気がする。

 さっきのリーヴァさんも、まさにそんな感じだった。笑顔の奥が、静かに怒ってる。


「あと、結婚記念日を忘れたときもあったな……。訓練でへとへとで昼まで寝てたら、夕飯がパン一個だけだった」


「えぇ……」


「しかも、何も言われなかったんだ。無言でテーブルの前に立たれて、こっちを見ないのが逆に怖くてな……」


 パパは頭をかきながら、しみじみと肩を落とした。


「そういえば、“ティリスへの誕生日プレゼント”で、俺の像を贈ったこともあった」


「は? パパの像って何……」


「“力の象徴だ!”って得意げに渡したら、丁寧に廊下の奥に飾られてな……。気がついたら氷漬けにされていた」


「いや、それ絶対怒ってるやつでしょ……!」


 さすがに笑ってしまって、私は座席に手をついて肩を震わせた。

 ママは、普段はおっとりしているけど、怒らせたら静かに怖いタイプなのかもしれない。


 ……いや、待って。


「……っていうか、全部パパが悪くない?」


「……うっ……否定できん……」


 パパは俯いたまま、なぜか誇らしげに胸を張っていた。

 私はあきれ半分、笑い半分でその姿を見つめる。


 ――でも、ふと気づいた。

 パパの声には、どこか嬉しそうな響きがあったことに。


「……それでも」


 ぽつりと、パパが言う。

 窓の外に視線を向けたまま、その表情はどこかやわらかかった。


「怒った顔も、呆れた顔も……照れた顔も……どれも、好きなんだよ。

 ――あいつは、本当に素敵な女だからな」


 その言葉が、あまりに自然すぎて、胸の奥が少しだけきゅっとした。


 ――ああ、やっぱりパパは、ママのことが大好きなんだな。


「……へぇー」


 なんとなく照れくさくなって、私はちょっと意地悪な声で言ってみた。


「じゃあさ、パパとママって……どうやって出会ったの?

 ふたりの馴れ初めって――私、聞いたことないかも」


 そう言った瞬間、パパが「おおっ」と言って、少し目を丸くした。


「おお……そうか、話したことなかったか。」


 ふふんと鼻を鳴らしてから、パパはわざとらしく姿勢を正した。


「よし、それじゃあ聞かせてやろう――お前の母さんとの、壮絶で華麗な出会いをな……!」


「……たぶん半分くらいは盛ってるでしょ、それ」


 そうツッコみながらも、私は少しだけ楽しみに、パパの話を待つことにした。

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