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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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23話_ 紅茶のあとで

 お祭りの賑わいもすっかり落ち着き、今日は会議の日――のはずだったけれど、議事堂はまだ修繕中で使えないらしい。

 そのため、急きょ魔王城の会議室を使うことになった。


「いやぁしかし、リリんとこの会議室が使えて助かったぜ」


 バスカさんが豪快に笑いながら肩を回す。


「最初、俺んちでやるかって話が出たときは焦ったからな〜」


「当然だ」


 セリルさんがきっぱりと言う。


「あの屋敷では重要な話はできないだろう。魔法を遮断する機能がないからな」


「そうそう、機密ダダ漏れになりかねないわね」セレナさんも頷く。


「あれ? じゃあ……この前、ギーツさんと戦った時に外にいたリシルと連絡できなかったのって――」


 私が思い出して言うと、セレナさんがにやりと笑った。


「そう、そのせいよ。あの部屋は全部の魔法を遮断するから、念話魔法も通らないの」


 軽く肩をすくめると、続けざまに言った。


「だから、壁をちょっと壊して穴を開けたのよ」


「……そういうことだったんですね」


 私は曖昧に笑いながら頷く。

 でも、“ちょっと”じゃなかったような……


「ん? 何の話だ?」セリルさんが首をかしげる。


「あっ、えっと……それはまた後で!」


 慌てて手を振る私に、セレナさんが口元だけでにやっと笑った。


 その空気を切るように、バスカさんがテーブルを軽く叩いた。


「さて、そろそろ始めるか。リリ、頼めるか」


 前の会議でやり損ねた“まとめ役”の役目。

 今日こそ、ちゃんと務めなきゃ。


「はい」


 私は小さく息を整えてうなずく。


「本日の大きな議題は二つあります。

 一つ目は先日発生した古代種バルグロウの件。

 二つ目は旧体制派の動向についてです。

 まずはバルグロウについて――ライオネルさん、お願いします」


「ドラグニアから報告を受けて、南の森まで調査に行った。だが――あれだけいた魔獣が、ほとんど消えていた。

 ドラグニアの予想通り、これまでの魔獣の異常発生はバルグロウ性と見て間違いないだろう」


 そこで一度言葉を切り、眉をひそめる。


「だが、どうして本来の生息域から離れたのか……これについては調査が必要だ」


「調査隊の件なら、すでに進めている。参加希望の冒険者も、そこそこ集まっているところだ」

 

 ドラグニアさんはそう言ってから、腕を組んだ。


「ただし、まだ最終的な参加メンバーは選定中だ。詳細は決まり次第、改めて報告する」


「……わかりました」

 

 私は小さく頷き、議題を切り替える。


「ではもう一つの議題、旧体制派の動向について――ドラグニアさん、お願いします」


「旧体制派の幹部だったギーツは重要参考人として拘束中だ。だが、幹部に昇格したのはごく最近らしく、組織の中枢に関する情報はまだ得られていない」


 ドラグニアさんは軽く息を吐き、続ける。


「ギーツが使用していた魔導銃については、組織から支給された物だそうだ。一応調べてみたが……議事堂で保管されていた魔導銃が盗まれていることが分かった」


「やっぱりか……盗まれていた時期はわかるか?」

 

 バスカさんが眉をひそめる。


「それについては俺が調べている。だが正直難しい……今回の襲撃で議事堂は至る所が破壊された。痕跡はほとんど残っていない」

 

 セリルさんが淡々と答える。


「……そうですか。大変だとは思いますが、引き続きお願いします」

 

 私は小さく頭を下げた。


「ギーツがなぜ旧体制派に加わったのかだが――それを探るため、経歴を洗ってみた」

 

 ドラグニアさんは資料を軽くめくり、視線を上げる。


「資料にある通り、ギーツの出身は、かつて我々が支援を続けていたスラム街。

 だが、その支援は職員が暴徒に殺されたことで中止になっている」


「そして――ギーツを含む多くの住民は、その事実を知らされていないらしい…」


 重い沈黙が会議室を包む。

 その間を埋めるように、セリルさんが口を開いた。


「なるほど……恐らく、旧体制派の誰かが裏で情報を操作し、我々が急に支援を打ち切ったように見せかけたのだろう。

 ――『見捨てられた』と思わせ、住民に我々への恨みを植え付けるためにな。ギーツも、その一人というわけだ」

 

 その言葉が、さらに場を重くする。


 私はゆっくりと息を吸った。


「……私は、スラム街への支援を再開したいと思っています」


「リリシア……」

 

 セレナさんの声が、わずかに揺れる。


「わかっています。……感情的なことを言っているのは」

 

 私は視線を落とし、握った手に力を込めた。


「でも……今もあそこで苦しみ、今日を生きることだけで精一杯の人たちを――私は放ってはおけません」


 再び沈黙。

 その重さを破ったのは、場に似つかわしくない、気の抜けた声だった。


「……良いんじゃねーの?」


 ライオネルさんの言葉に、私は思わず顔を上げる。


「えっ!?」


「おい、ライオネル……」

 

 バスカさんが呆れたように眉をひそめる。


「別にすぐに再開しろなんて思っちゃいねーよ」

 

 ライオネルさんは片手をひらひらさせながら続けた。


「まずは当時の事実確認から始めりゃ、誰も文句は言わねぇだろ」


「……確かに」

 

 バスカさんが腕を組み、ゆっくりとうなずく。


「決まりだな」

 

 ライオネルさんはそう言って、私に向かって軽くウインクを寄こした。


「ありがとうございます!」

 

 私は姿勢を正し、場を見回す。


「では――旧体制派については、引き続きギーツさんからの取り調べを。

 そしてスラム街へは調査隊を派遣し、当時の事実確認と旧体制派の動きを調べることにします」


 場にいる全員が、静かに、しかし力強く頷いた。

 その後も、他の議題について会議は進んでいった。私は発言を聞き取りながら、必死に頭を整理しようとしていた。


「これで本日の議題は以上です。皆さん、ありがとうございました」


 代表たちがそれぞれ頷き、椅子の軋む音と共に立ち上がる。

 張り詰めていた空気が、少しずつ解けていくのを感じた。

 

「ふぅ……」

 

 小さく息をついたところで、背後から低い声がかかる。


「お前、今日のまとめ役、思ったより悪くなかったぞ」


 振り返ると、腕を組んだバスカさんが口元だけで笑っていた。


「えっ……いや、そんな……」

 

 慌てて手を振る私に、横からライオネルさんがにやりと笑いかける。


「バスカも気に入ったみたいだな。じゃあ次からもリリで決まりだ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 私、そんなつもりじゃ――」


「ほらほら、リリシアが自分で決めた方が早いんじゃない?」

 

 セレナさんが悪戯っぽく肩をすくめる。


「……ぐぬぬ」


 正直、嫌じゃないわけじゃない。

 でも……あの緊張感を毎回味わうのは、胃に悪い。


「……じゃあ、次だけですからね!」


「よーし、そうこなくっちゃな!」

 

 バスカさんが豪快に笑い、肩をバンッと叩く。


「次もって言ってるけど、多分そのままずっとやらされる流れよ」

 

 セレナさんが耳元でこそこそ囁く。


 ――いやな予感しかしない。


「……あ、そうだ」

 

 流れで思い出して、私は顔を上げた。


「気になっていたんですけど――魔導銃って、どうして議事堂に保管されていたんですか?」


「ああ、それか……」

 

 ライオネルさんが苦笑する。


「評議会ができたばかりの頃は、まだ治安が安定してなかったんだよ」

 

 バスカさんが説明を引き取る。

 

「要人警護用に護衛部隊が使ってた時期があったんだ。まあ、平和が安定してからは封印して倉庫で眠らせてたはずなんだが……」


「どこかで管理が甘くなったってことね」

 

 セレナさんが小さくため息をつく。

 

「使われなくなってからだいぶ経つし、管理する人間の意識も緩んでいたのかもしれないわ」


「……なるほど」

 

 私は納得しつつも、胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。

 ――本当に、それだけの理由で盗まれたのだろうか。


 すると、ライオネルさんが「あっ」と手を打った。


「そうだそうだ。リリシア、今度俺の国に来ないか?」


「え?」


「なにそれ、ナンパのつもり?」


 セレナさんが半眼で睨む。


「ちげーよ」

 

 ライオネルさんは苦笑して首を振った。


「いやな、この前の会議が終わった後、妹にリリシアのこと話したらさ……会いたいって聞かなくてよ」


「ライオネルさん、妹さんいらしたんですか?」


「ああ、これが可愛くなくてよ、口を開けば俺に罵声を浴びせてくる、セレナみたいなやつだ」


「はぁ? 誰があんたの妹と同類よ!」

 

 セレナさんが即座に眉をつり上げる。

 

「第一、私は罵声じゃなくて“事実”を言ってるだけ。勘違いしないでくれる?」


「はいはい、そういうとこがそっくりだって話だよ」

 

 ライオネルさんは肩をすくめて笑った。


「で、どうだ? ティナとフィオナも一緒に連れてきてもいいぞ?」


「お前……また勝手なことを」

 

バスカさんが呆れたように眉をひそめる。


私は一瞬迷ったが――正直、ライオネルさんの妹がどんな人なのか、少し気になる。

 

「……わかりました。行ってみます」


ライオネルさんが満足げに口角を上げた。


「よし、決まりだ! 来週あたりどうだ?」


「大丈夫です。ティナとフィオナも誘ってみます」


「おー、じゃあ楽しみにしてるぜ」

 

 ライオネルさんは豪快に笑い、背中を軽く叩いてきた。


 会議室を出ると、自然と足取りが軽くなった。

 ライオネルさんとのやり取りで、妙に胸の中がくすぐったい。

 来週の予定も決まったし、早めにティナとフィオナに知らせておこう。


 廊下の窓から差し込む午後の日差しが、磨かれた石床に柔らかく反射していた。

 私はその光を横目に、中庭へ向かう。

 扉を抜けると、心地よい風と花の香りが頬をなでた。


 視線の先では、芝生の上でティナとフィオナが向かい合い、魔法の訓練をしている。

 フィオナが防御障壁を展開し、その上からティナが小さな火球を放っていた。

 二人とも額にうっすら汗を浮かべ、真剣な表情だ。


 テラスでは、その様子を見ながらママとリーヴァさんが紅茶を楽しんでいた。

 ティーカップから立ちのぼる香りが、花の香りと混ざって優しく漂ってくる。


「あ、リーヴァさん、こんにちは。いらしたんですね」


「あら、リリシアちゃん。お仕事は終わったの?」

 

 リーヴァさんがカップを置き、穏やかな笑みを向ける。


「はい、先ほど」

 

 私は軽く会釈して答えた。


「お疲れさま、リリ」

 

 ママが優しい声で迎えてくれる。

 テーブルの上には香り高い紅茶と焼きたてのクッキーが並び、午後の陽射しがそれらを照らしていた。


「そういえば、ここに来るのも久しぶりね」

 

 リーヴァさんがカップを持ったまま、中庭をゆったりと見渡す。


「そうなんですか?」


「ええ。昔はよく、あなたたち三人がここで遊んでいたでしょう?

 ……ほら、あのときのこと覚えてる? フィオナが全力で走って、石につまずいて――」


「――ああ、転んで泣いちゃったやつですね」

 

 私は思わず笑みをこぼす。


 その会話が聞こえたのか、訓練を終えたフィオナがぴくりと反応し、こちらを振り向いた。

 

「ちょ、ちょっと!? なんでそんな話してるのよ!」


 声のする方を見ると、フィオナが顔を真っ赤にしてこちらに駆けてきていた。

 

「やめてよ、ほんと! あれは事故なんだから!」


「えー? でも可愛かったよ、あのとき」

 

 私がからかうように言うと、フィオナはさらに赤くなって口をぱくぱくさせる。


 そこへ、訓練を終えたティナがのんびりと近づいてきた。

 

「ん? なになに? 何の話してるの?」


「昔ね、フィオナが中庭で盛大に転んで泣いたことがあったの」

 

 私は楽しげに答える。


「ちょっとリリ! やめなさいってば!」

 

 フィオナが慌てて私の腕を引っ張るが、ティナはきらきらした目で「え、それもっと詳しく!」と乗り気になる。


「だから聞かなくていいってば!」


 フィオナの必死な抗議と、ティナの首をかしげる様子に、テラスの二人は目を細めて静かに笑みを交わした。

 

 その穏やかな空気の中で、私はふたりに来週の予定――ライオネルさんの妹に会いに行く話を伝えた。


「ライオネルさんの妹?」

 

 フィオナが少し目を丸くする。


「なにそれ! すごい気になる!」

 

 ティナは身を乗り出して目を輝かせた。


「どんな人なの?」

 

「えっと……ライオネルさん曰く、可愛くなくて、口を開けば罵声を浴びせてくるって……」


「……なんか、ちょっと怖そうね」

 

 フィオナは眉を寄せながらも、心配そうに私を見た。


「会う前からそんなこと言わないの!」

 

 ティナが軽く突っ込み、さらに身を乗り出した。

 

「ねぇねぇ、服どうする? お土産は? お菓子とか! あ、お花でもいいかも!」


「……そこまで大げさにしなくても」

 

 私は二人の反応に思わず笑みをこぼす。

 ライオネルさんの国に行くのは初めてだ。

 どんな場所で、どんな人たちが暮らしているのだろう――そう考えると、胸の奥がふわりと弾む。

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