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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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21話_ 小さな背中に灯る光

 ……あのとき、ギーツさんは頭を下げて、まっすぐに頼んでくれた。


 自分の家族のこと。

 スラム街で、ひっそりと生きている人たちのこと。

 “見捨てないでくれ”って――ただ、それだけを願って。


 私には、何ができるんだろう。


 魔王としての責任。

 まだまだ未熟な自分。

 でも、それでも、あのとき私は言った。


 “絶対に見捨てたりなんてしません”って。


 ……だったら、きっともう、迷ってる暇なんてない。


 ――

 

「ねえ、リリ、聞いてる? おーい?」


 不意に視界が動いて、目の前いっぱいにフィオナの顔が現れる。


「わっ……!? びっくりした……!」


「もう……。大丈夫? 急にぼーっとして」


「う、うん。ごめん。ちょっと、考え事してただけ」


 私は照れくさそうに笑って、会場を見渡した。


 あちこちで聞こえる笑い声。きらびやかな装飾と、ふんわりと香るごちそうの匂い。

 皆が思い思いに語り、笑い、今日という日を楽しんでいる――晩餐会は、まだ終わっていなかった。


 そこへ――にぎやかな笑い声とともに、聞き慣れた声が背後から飛んできた。


「おっ! リリシア、ここにいたのか!」


 振り向けば、ライオネルさんが腕を組みながら近づいてくる。その隣には、落ち着いた足取りでセリルさんの姿もあった。


「ライオネルさん……」


「さっきの挨拶、良かったぞ!」

 彼は大きな身振りで、胸をどんと叩きながら言う。

「お前の気持ちがこう……ドーンと! 伝わってきた!」


 その勢いに思わず笑ってしまいそうになって、私はちょっとだけ照れながらぺこりと頭を下げた。


「……あ、ありがとうございます」


 すると今度は、隣にいたセリルさんが、ふっと前髪をかき上げながら、優雅に一歩進み出る。


「……闇の帳が晴れ、黎明の光が舞い降りし時――

 麗しき白銀のドレスに身を包んだ魔王の君が、まるで星辰の加護を受けし聖なる乙女のように現れた瞬間、我が魂は刹那、時を忘れた……」


 詩のような、いや呪文のような響きで、セリルさんは真顔で言い放った。


「え……?」


 思わず、戸惑いの声が漏れてしまう。

 言っていることは……正直よく分からない。


「あ、あの……」

 セリルさんの突然の言葉に戸惑いながら、私は思わず声を漏らして、ぎこちなく笑って言うと――


「もう……セリルさん、普通に喋れるんだから、その言い方やめたら?」


 すぐ横で、フィオナが呆れたようにため息をついた。


 その言葉に、セリルさんはふっと目を伏せ、少しだけ苦い顔を見せる。


「……それをやめたら、俺はただの美形になってしまうからね……」


「おーい、言っちゃってるぞ!」

ライオネルさんが豪快に笑いながら肩をすくめる。

「セリルはこの顔だ。普通にしてたら女子が押し寄せてくるんだよ。……いや、もう十分押し寄せてるけどな!」


 そう言って、ライオネルさんが指差した先には――


「キャーッ! セリル様よ!」

「相変わらず何言ってるかわからないけど素敵ー!」


 遠巻きに、黄色い歓声をあげる女性たちの姿があった。


 私は思わずその様子に視線を向け――そして、苦笑い。

 すぐに気を取り直して、隣に立つセリルさんへと視線を戻す。


「……いらしてたんですね。いつ頃、来られたんですか?」


「つい先ほどだ。昨日端末でマグナスから連絡があってな」


「き、昨日……ですか?」


 思わず言葉を詰まらせた私に、セリルさんは小さくため息をつきながら、わずかに眉をひそめた。


「ああ。マグナスの奴、連絡が遅れたくせに――“明日パーティーするから、絶対来い”などと言ってな……」


「うわぁ……」


 思わず声が漏れる。

 その反応に、セリルさんはふっと表情をゆるめ、我に返ったように言った。


「……っと、すまん。それと、マグナスから聞いたぞ。リリシア、頑張ったみたいだな」


「い、いえ……あ、ありがとうございます」


 少し照れくさそうに笑いながら、私はぺこりと頭を下げた。


 すると今度は、ライオネルさんがリリシアとフィオナの方を見て、ぱっと声をあげる。


「おっ、そういえば! 向こうでティナが、2人のこと探してたみたいだぞ」


「ティナが?」


 フィオナが目を瞬かせると、ライオネルさんは指先で会場の奥を指しながら頷いた。


「ああ。あっちのバルコニーの方で見かけたから、まだいるんじゃないか? 行ってきてやんな!」


 ライオネルさんに言われ、私たちは会場の奥――開かれた窓の向こうにあるバルコニーへと足を進めた。


「ライオネルさん……セリルさんと仲良いんだね。二人でいるところ、初めて見たかも」


 ふと浮かんだ疑問を口にすると、隣のフィオナが肩をすくめる。


「んー……私もお父さんに聞いただけで、詳しいことは知らないけど、昔なにかあったみたいだよ? でも今はよく二人で飲みに行ってるんだって!」


「そうなんだ……ちょっと意外かも」


 そんな会話を交わしていると――


「あら、リリシアにフィオナ。二人してどこ行くの?」


 背後から軽やかな声がかかる。振り向けば、グラスを片手に優雅な足取りで、セレナさんが現れた。


「セレナさん! ティナが私たちを探してたみたいで、バルコニーに……」


「ふ〜ん……私も一緒に行くわ」


 当然のような口ぶりに、私は少し戸惑いつつも頷いた。


「え? あ、はい……」


 ――そして、会場の奥に設けられた開放的なバルコニーへと出る。


 そこには、遠くに見えるグラディスの街が、祭りの灯りに包まれてかすかに輝いていた。

 わずかに届く音楽と人々の笑い声が、夜風に乗ってこちらまで運ばれてくる――

 まるで、遠い場所から語りかけてくる夢の続きのように。


 ティナはバルコニーの手すりにそっと寄りかかりながら、静かに遠くを見つめていた。

 淡い黄色のドレスが夜風に揺れ、背中のリボンが小さくはためいている。

 元気な彼女の印象とは少し違う、物静かな後ろ姿だった。

 その小さな肩越しに、遠く灯るグラディスの光がちらちらと瞬いている――


「あ、いた! ティナ!」


 私が呼びかけると、ティナはくるりと振り返り、ぱっと笑顔を見せた。


「リリ姉! フィオナ姉も!」


 黄色いドレスの裾をふわりと揺らしながら、ティナが手を振る。

 その明るい声に、私も自然と笑顔になる。


「ごめんね、探してくれてたんでしょ?」


「ううんっ、大丈夫! リリ姉の挨拶、すっごく良かったよ! 堂々としてて、かっこよかった! ドレスも……すっごく可愛かった!」


 ティナは満面の笑みを浮かべて、親指をぐっと立てて見せる。

 でも――その笑顔が、どこか少しだけ無理をしているように見えた。


「ありがと。ティナのドレスも、すごく似合ってるよ。」


「えへへ……ありがとー。このドレスね、見た瞬間に『これだ!』って思ったんだ!」


 言いながらも、ティナはほんの少しだけ視線を落とす。

 その一瞬の沈黙に、私とフィオナは顔を見合わせる。


「……ねぇ、ティナ」


「な、なに?」


「いや、なんでもないよ。……あっち、すごく賑やかだね」


 フィオナがバルコニーの欄干越しに、遠くのグラディスの街を見ながら言った。


「……明日、みんなで行ってみよ?」


 その言葉に、私は思わず顔を上げる。

 ティナも、そっと視線を動かして、遠くの光を見つめていた。


「……うん。行きたい、みんなで」


 ティナは笑った――けれど、どこか少しだけ、いつもより静かな笑顔だった。


 すると――


「ふふっ、にぎやかで結構結構。でも……」


 セレナさんの声が、後ろから静かに届いた。


「ティナ、いつものあなたなら、もっと弾けるみたいに笑うはずよ? ……何か、あった?」


「あ、あはは……やっぱ、セレナさんの目は誤魔化せないね」


 ティナは頭をかくようにして笑ったけれど、その笑みはやっぱりどこか寂しげで。


「ティナ……何かあったの?」


 私の問いかけに、ティナは一瞬だけ迷ったように視線をそらしてから――


「……あのね、リリ姉。私……今回も、守ってもらっちゃったなって」


 ぽつり、とこぼれた言葉は、笑顔とは裏腹にどこか寂しげだった。


「リリ姉が魔獣に襲われて、ずっと寝たきりだった時、すごく怖くて……。

 だから、ティリス様にお願いして、魔法の練習も増やして……ちゃんと、役に立てるようになりたくて、いっぱい頑張ったのに」


 ティナの拳が、そっとドレスの裾をぎゅっと握りしめる。


「……結局、また守られる側だった。

 リリ姉は、ちゃんと強くなってるのに……私は、なにも変われてない」


 その言葉に、私は――

 少しだけ、息をのんだ。


 だってそれは、かつての私自身と、まるで同じだったから。


「ティナ、それは――」


 フォローしようと、フィオナがそっと口を開いたそのとき――


「……待って、フィオナ」


 私はゆっくりとティナの前に歩み出て、彼女の正面に立った。


 そして、かつて――

 何もできなかった私に、セレナさんとドラグニアさんがかけてくれた言葉を、思い出しながら――


「ねぇティナ。今、何もできなかったって顔してる?」


 ティナがはっと目を見開いた。


「……もし、逆だったら? ティナが誰かに同じこと言われたら、きっと全力で『そんなことない』って言うと思うんだ」


 私は小さく笑って、彼女の肩に手を置いた。


「だったら、ちょっとだけ自分にも優しくしてあげよ?」


 ティナの瞳が、ゆっくりと揺れる。


「怖かったら、怖いでいいよ。悔しいなら、悔しがってもいい。

 それって、ちゃんと前を見ようとしてるってことだから」


 私はそのまま、ゆっくりと言葉を重ねた。


「ティナが悔しいって思ってるのは、立派な私の側近になりたくて頑張ってたからなんでしょ? それって、十分すごいことだと思う……」


 ティナの唇が、かすかに震えた。


「……泣いてもいいよ。泣いて立ち上がれる人は、強いって、私――教わったから」


 その瞬間、ティナの目にふっと涙が浮かび、ぽろりと頬を伝った。


 フィオナがそっと手を差し出し、セレナさんも黙ってハンカチを渡してくれる。


 私はそのまま、ティナをそっと抱きしめた。


「……ありがと、リリ姉。ごめんね、私……弱虫で……」


「ううん。弱くても、泣いても、立ち上がろうとしてるティナは、ずっとずっと強いよ」


 そう言いながら、私はティナの背をそっと撫でた。

 だけど、きっと――それでも、ティナの中に残る「情けなさ」までは、すぐには消せない。


 そんな私たちのすぐ隣で、フィオナがふうっとため息をついた。


「まったくもう……ティナはティナで真面目すぎだし、リリはリリで甘すぎ」


「えっ?」


 思わず顔を上げた私に、フィオナはじろっと鋭い目を向けてきた。


「……あんたが全部背負うから、ティナが勝手に自分を責めんの。ちょっとは考えなさいよ、まったく」


「うぐ……」


 言い返せない。図星すぎて、ほんとに何も言えなかった。


 でも、次の瞬間――


「……でも、知ってたよ」


 フィオナは、そっとティナの頭を撫でながら、優しく続けた。


「ティナが、リリのためにこっそり魔法の練習、増やしてたの。ティリスさんに頼んでまで」


「えっ……!」


 ティナがびっくりしたように目を丸くする。


「それにリリも。人知れず努力してんの、私が気づかないわけないでしょ。ほんと、二人して……不器用すぎなんだから」


 ふっと笑って、フィオナはティナの手を取る。


「だからさ。もう一人で頑張るのやめよ? ――私も混ぜなさいよ、練習」


 ティナは目を瞬かせて、それから小さく、嬉しそうに笑った。


 その様子を見て、セレナさんがふっと私の肩越しに笑いかけてくる。


「ふふっ。まけてられないわよ、リリシア」


「……はい!」


 セレナさんの言葉に、思わず背筋が伸びる気がした。

 私も、もっと強くならなきゃ――そんな思いが胸の奥で、静かに灯っていく。


 すると――


「ぱぁんっ」と、遠くの空で小さな花火がひとつ、夜を裂いた。


空に咲いた光の花は、音もなくふわりとほどけて、淡く、優しく、消えていく。

まるでそれが、今の私たちの気持ちにそっと重なるようだった。


フィオナは、ティナと私の顔を交互に見ながら、ふっと笑った。


「……ねえ、リリ。今度また討伐任務とかあるなら、私たちも誘いなさいよ」


「え?」


不意に言われて、思わず聞き返してしまう。


フィオナは肩をすくめながら、まっすぐ私を見た。


「だってさ、強くなるって言ったでしょ? ティナと二人で頑張るって決めたんだし――それに、リリがまた無茶しそうで心配だからね」


「……フィオナ……」


ティナが小さく息をのんで、私の方を見上げた。

その瞳には、まだ少し不安が残っているようだったけど――

それでも、ほんの少し、前を向こうとしているように見えた。


ぱん、ともう一つ、花火が咲いた。

今度は、少しだけ大きな音。光がバルコニーをやわらかく照らす。


「さっ! パーティーはこれからよ! 向こうで一杯やりましょ!」

 セレナさんが明るく言う。


「セレナさん、私たちお酒はまだ……」


「もう、リリは真面目すぎ~」


 フィオナがからかうように笑い、肩を軽くぶつけてくる。


「あっ! あっちにジュース置いてあったよ!」

 ティナがそう言って、ぱっと手を上げた。


 その笑顔は、まだ少し不安定かもしれないけれど――

 遠く夜空に咲き続ける花火のように、少しずつ、広がっていく気がした。

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