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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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20話_ 静かなる決意の扉

 数日が経ち、グラディスの街はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 先日の旧体制派による襲撃事件は、大きな爪痕を残しながらも、今や人々の間では「過ぎ去った不安」として語られ始めている。


 街中では、冒険者や市民、一般兵たちが慰労と和平記念の祝祭に沸いていた。

 露店が並び、音楽が流れ、子どもたちの笑い声が飛び交う――まるで、あの日の出来事を吹き飛ばすかのように。


 一方、その裏側では――


 各種族の代表たちが、ディアヴェルドの魔王城へと集まりつつあった。

 本来であれば中立国グラディスの議事堂で開かれる予定だった記念式典と晩餐会は、議事堂の破損や警備の関係から、急遽魔王城で行われることとなったのだ。


パーティーの時間が近づく中、私は自分の部屋で、鏡の前に腰掛けていた。

なんだか落ち着かない気持ちで、自分の姿をじっと見つめる。


いつもよりずっと華やかなドレス。ふわふわで、袖も裾もレースだらけ。

髪は丁寧にまとめられ、毛先にかけて緩やかなウェーブがかかっている。

それを、すぐ後ろに立つママが、優しく手櫛で整えてくれていた。


 私は、鏡越しに視線を合わせながら、小さな声でつぶやいた。


「ねえ……ママ。なんで今日の主役、私なの……?」


 ママはほんの少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに穏やかな微笑みを浮かべる。


「ふふ。だって、リリが一番がんばったんだもの」


 その言葉が、なんだかこそばゆくて、思わず視線を落とす。


「で、でも……それは、みんなが協力してくれたからで……わたし一人じゃ何も……」


「何言ってんのよ」


 きゅっと肩が跳ねた。ソファにちょこんと座っていたリシルが、呆れたような声で割って入る。


「あんたの魔法がなきゃ、みんな無事じゃ済まなかったでしょ」


 私は言葉に詰まり、リシルと目を合わせることができなかった。

 心のどこかで、自分がやったことを認めるのが、ちょっと怖かったのかもしれない。


「でも……ドラグニアさんなら、もっと早く何とかできたかもしれないし……」


 ぼそっと言いかけたその言葉に、今度はママがふんわりと語りかけてくる。


「リシルちゃんの言う通りよ。あなたがいたから、みんなが無事だったの。

 もっと自分を誇りに思いなさい、リリ」


 ――誇りに、思う……?


 そんなの、今まで考えたことなかった。

 私はただ、目の前の人を守りたくて、必死だっただけで――


 でも、ママの言葉に、リシルの言葉に、少しだけ胸があたたかくなった。


 そんなふうに、少しだけ気持ちが軽くなってきた頃――


「リリ〜? 入っていい?」


 扉の向こうから、元気な声が響いた。フィオナだ。


 「どうぞ」とママが優しく声をかけると、勢いよく扉が開く。


 「おお〜、もう準備できてるじゃん! わっ、ドレスめっちゃ似合ってる! っていうか、なんかすっごい……ふわふわしてない!?」


 私の周りをぐるぐると回りながら、フィオナが感嘆の声を上げる。まるで猫みたいに落ち着きがない。


 ――そんな彼女も、今日はいつもと違う装いだった。


 淡いミントグリーンのドレスは、膝丈でふわりと広がるシルエット。ポニーテールにまとめた髪には、小さな白い花飾りが添えられている。

 清楚なのに元気な雰囲気が、フィオナらしくて……なんだか、ちょっと見とれてしまった。


 「ちょ、ちょっと見すぎ! 恥ずかしいからやめてよ〜……!」


 私は思わず頬が熱くなって、視線をそらすと、フィオナはニヤッと笑った。


 「だって、今日の主役でしょ? しっかりキメていかないと」


 その言葉に、また少し胸がきゅっとなる。


 主役――本当に、私が……?


「と、こんなことしてる場合じゃなかった。もうみんな待ちくたびれてるよ! 早く行こ!」


 そう言って、フィオナは私の手を軽く引こうとする。けれど私は、扉へ向かう前にふと思い出して、首を傾げた。


「そういえばティナは?」


 問いかけに、フィオナも少し首を傾げる。


「言われてみれば、見てないね? お手洗いかな?」


 それ以上、特に気にする様子もなく首をすくめるフィオナを見ながら、私もほんの少しだけ考える。


 ……まあ、後で会えるよね


 きっと、式典が始まれば自然と顔を出すだろう。あの子のことだから、むしろ張り切って登場しそうだ。


「リシルは行かないの?」


 私が声をかけると、ソファの上で丸くなっていたリシルが、顔だけこちらに向けて答える。


「……あたしはいいわ。そういうの、苦手なの。にぎやかなのも面倒だしね」


 ぶすっとした声色とは裏腹に、その瞳にはどこか優しさが滲んでいた。


 フィオナに背中を押されるようにして部屋を出た私は、魔王城の奥――式典会場の前までやってきた。


「じゃあ、私は先に行ってるね! 頑張って!」


フィオナは軽やかに手を振ると、式場の関係者用と思しき別の入口へと駆けていく。


「ちょ、ちょっと……フィオナ……!」


呼び止める間もなく、その姿は角を曲がって見えなくなってしまった。


扉の前に一人残された私は、思わず小さくため息をつく。


目の前の重厚な扉は、まだ静かに閉ざされたまま。

私はそこで立ち止まり、内側からかすかに響く司会の声に、自然と耳を傾けた。

 

「本日お集まりの皆さま、大変長らくお待たせいたしました」


 その声に、思わず背筋が伸びる。


「まずは先日の、旧体制派による襲撃事件――」


「この混乱の中、いち早く現場に駆けつけ、敵幹部を撃退し、グラディスを危機から救った――」


「その大きな功績を称え、本日の主役としてお迎えいたしましょう」


「魔王、リリシア・ディアブローム様のご登場です!」


 扉の奥から、拍手とざわめきが起こる。


 私は、深く息を吸い込んだ。


 重厚な扉が、音もなくゆっくりと開いていく。


 胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に、思わず足がすくみそうになる――けれど、私は小さく息を吐いて、一歩を踏み出した。


 光が差し込む先に、一面の拍手と視線。


 緊張で手が震えそうになるのをこらえながら、私はゆっくりと前へ進む。


 視線を向けると、壇上の奥――

 パパが、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 隣にはママ。その表情には、誇らしさと優しさがにじんでいる。

 少し離れた場所には、フィオナとティナが仲良く並んで手を叩いていた。

 ノワールさんや、他の代表たちも――誰もが、あたたかなまなざしをこちらに向けてくれている。


 その光景に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 私は壇上に上がり、くるりと振り返る。


 目の前に広がる、大勢の拍手と笑顔――


 ……なんだか、夢みたいだなって思った。


 壇上に立ち、私は一瞬だけ深呼吸をした。

 たくさんの視線を前にして、思わず喉がからからになる。

 でも――後ろを振り返れば、パパとママが笑顔で見守ってくれている。


「え、えっと……こ、こんにちは。じゃなかった、こんばんは……です」


 ――噛んだ。けど、もう止まれない。

 私は、少しだけ覚悟を決めて言葉を続ける。


「本日は、こんなに素敵な式に呼んでいただき、本当にありがとうございます。

 わ、わたしが今日の主役だなんて、今でも信じられないくらいで……」


 緊張で早くなる鼓動を押しながら、私は目の前の人たちを見渡す。

 皆、真剣な表情で耳を傾けてくれている。


「この前の事件は、きっと忘れられない出来事になります。

 とても怖くて、不安で……でも、その中で支えてくれた人たちがいました。

 誰かが先に立ってくれたから、誰かが声をかけてくれたから、私は動けたんです」


「わたし一人じゃ、何もできなかったと思います。

 それでも、そばにいてくれたみんなのおかげで――わたしは、ここにいます」


 一拍置いて、背筋を伸ばす。

 照れくさくても、胸を張ることが今の自分にできる、ほんの少しの「誇り」。


「だから、今日という日は、わたしだけのものじゃありません。

 一緒に戦ってくれたみんなと――ここにいる、すべての皆さんと、分かち合いたいです」


 そして、もう一度だけ深呼吸をして、最後の言葉を。


「……まだまだ未熟で、頼りない魔王ですが。

 これからも、精一杯がんばりますので……どうかよろしくお願いします!」


 そう言い終えて、私は胸の前でそっと両手を握りしめて、緊張をこらえるように小さくおじぎをした。

 


 ――その瞬間、会場のあちこちから、温かな拍手が湧き起こる。


 ぱちぱち、と優しく、それでいて力強い音が、式場を包み込む。


 思わず顔を上げると、目の前に広がるのは、たくさんの笑顔だった。


 ティナは手をぶんぶんと振り、フィオナは満足そうに頷いていた。


 貴族たちも、代表たちも――皆が穏やかな表情で拍手を送ってくれている。


 ――あれ……うそ。こんなに、受け入れてもらえるなんて。


 驚きと戸惑いが胸を打つ中、私は思わず後ろを振り返った。


 そこにも、変わらぬ笑顔があった。


 パパは、にやりと笑いながら、おおげさに親指をぐっと突き出してくる。


 ママはそれを隣で見守るように、優しく、あたたかな笑顔を浮かべていた。


 その姿を見た瞬間、緊張でこわばっていた胸が、すっと軽くなった気がした。


 私は、小さく、でもしっかりと、二人に笑い返した。

 


 少し時間が経ち、会場はすっかり和やかな雰囲気に包まれていた。

 貴族たちはグラスを片手に談笑し、代表たちもそれぞれの輪に加わって、祝いの言葉や冗談が飛び交っている。


 ――さっきまでの緊張感が嘘みたいだ。


 私は人の流れから少し外れた場所で、ほっと肩の力を抜いた。


「は〜……緊張したぁ……」


 思わずこぼれた深いため息。

 そのすぐ隣で、フィオナがくすっと笑う。


「ふふっ、お疲れ、リリ。よく頑張ったね」


 にっと笑って、私の背中を軽く叩いてくる。

 その何気ない仕草に、思わず口元がゆるんだ。


 フィオナはグラスを揺らしながら、ふと思い出したように言った。


「そういえば、お父さんから聞いたよ。ギーツ……だっけ? あの人、重要参考人として、罰は免れたみたいだね?」


「……あ。うん。そう、みたいだね……」


 その言葉に、私は一瞬だけ視線を伏せた。

胸の奥に、まだ言葉にならないざわめきが広がっていく。


ギーツさんのこと――別に、聞きたくないわけじゃない。

ただ、あの日の出来事が、まだ自分の中で整理しきれていないだけ。


 ……あの日のことが、頭の中によみがえる。


 ――旧体制派による襲撃の翌日。

 私は、ドラグニアさんに呼ばれて、ギーツの面会に向かったのだった。


 廊下には、硬く張りつめたような空気が漂っていた。

 淡い魔石灯だけがぼんやりと灯る、グラディスの封鎖区画――魔力の流れさえ抑えられたその空間は、外からの魔力供給が遮断されており、術者の魔力も自然と抑えられるようになっているという。――表のにぎやかな街並みとは裏腹にまるで別世界のようだった。

 

 そんな静寂の中、私はドラグニアさんと並んで歩いていた。


「すまんな、わざわざこんな所に来てもらって」


 隣を歩くドラグニアさんが、申し訳なさそうに声をかけてくる。


「いえ……でも、どうして私が呼ばれたんですか?」


 小さな疑問は、ずっと胸に引っかかっていた。


 すると、ドラグニアさんは肩をすくめながら苦笑する。


「いやな、取り調べを始めようとしたんだが……まずは“魔王様と話をさせろ”と言って聞かなくてな」


「私と……話を……?」


 思わず立ち止まりかけた足を、ぐっと踏み出す。

 どういう意図なのか、まったく読めなかった。


「最初は“二人きりで話させろ”とも言っていたが、さすがにそれは却下した。私が同席することで、ようやく納得したようだ」


「……そう、ですか……」


 歩きながらも、心の中は少しずつ緊張に染まっていく。


 一体、何を話そうとしているのか。

 ギーツは――あの戦いのあと、どうしているのか。


 胸の奥でざわめく思いを抑えながら、私は無言のまま歩を進めた。


 やがて、ドラグニアさんが立ち止まる。


「……ここだ」


 指し示された先の扉には、ひとつの札がかかっていた。


 ――《面会室》。


 重みのある文字を、私はじっと見つめる。


 そして、ドラグニアさんが無言でその扉を開けた。


 部屋の中央には、長机がひとつだけ置かれており、その真ん中には厚く透き通った頑丈そうなガラスの仕切りがはめ込まれている。表面にはいくつもの細かな傷が走っており、この場所で交わされた面会の数々を物語っていた。


 面会者と収容者の接触を防ぐためのこのガラスの壁には、会話用と思しき小さな穴が、申し訳程度に開いているだけだった。


 私はそっと室内へと足を踏み入れた。


 薄暗い照明の下、すでに向こう側の席には一人の男が座っていた。

 

 ――ギーツ。


 姿勢を正したまま、じっとこちらを見つめている彼の顔には、以前のような余裕の表情はなかった。

 髪は乱れ、頬も心なしか痩けて見える。

 けれどその瞳だけは、どこか澄んでいて――何かを伝えようと、静かに揺れていた。


 私は無言のまま、ガラス越しの席へと腰を下ろす。


 机の上には何もない。間には厚いガラス。直接触れることもできない距離。


 ――それでも、この場所で言葉を交わす意味があるのだと、どこかでわかっていた。


 小さな会話口を通して、最初に声を発したのは――ギーツの方だった。


「……昨日ぶり、だな」


 その声はかすかに掠れていた。

 けれど、不思議と怒気も敵意もなくて。

 ただ……静かだった。


 私は少しだけ戸惑いながらも、ぎこちなく頷く。


 「……はい」


 それきり、少しの間、沈黙が落ちた。


 ギーツは何かを言いかけて、でも言葉を探しているようだった。

 そしてようやく、ゆっくりと口を開く。


「……まずは、謝らせてくれ。

 俺は――取り返しのつかないことをした。

 あのとき、俺がやったことは、弁解の余地なんてない。

 本当に……すまなかった」


 言葉はひとつひとつ、丁寧に選ばれていた。


 私は、ただ黙って耳を傾けることしかできなかった。


 ギーツはしばらく黙っていたが、やがて低く呟くように口を開いた。


「……マグナス様から聞いたよ。俺が、今でも処刑されていない理由……」


 そこで一度、私の目をまっすぐ見つめてくる。


「君のおかげなんだろ……?」


 私は思わず、小さく身じろぎした。


「い、いえ……わたしは……なにも……」


 否定の言葉を返しながらも、胸の奥がわずかにざわめいた。

 ――あのとき、私は「パパ」と呼んだだけだった。

 それだけで、パパは何も言わずに、静かに頷いてくれた。


 ……やっぱり、分かってくれてたんだ。私の気持ちを、ちゃんと。


 そんな思いが、ゆっくりと胸に染み込んでいく。


 すると、ギーツは察したように、ふっと微笑んで言った。


「……やっぱりな」


「え……?」


 思わず聞き返すと、彼はほんの少しだけ目を細め、優しく微笑む。


「いや……やっぱり、君は“ただの女の子”だな。いい意味で、な」


 私は返す言葉が見つからず、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 ――この人、変わってないようで、やっぱり少し変わったんだ。


 けれど、次の瞬間。


 ギーツの表情が、すっと引き締まる。


「リリシア様……」


 その呼び方に、自然と背筋が伸びた。


「お願いだ。……俺の、家族を……仲間を救ってくれないか」


 彼は、ガラス越しのテーブルに額を当てるようにして、深く頭を下げた。


 静まり返った面会室に、その動きだけが重たく響く。


 ガラス越しの向こうで、ギーツはゆっくりと顔を上げた。

 その目には、先ほどまでの柔らかな笑みとは違う、確かな覚悟が宿っていた。


「……俺には、家族がいる。妻と、まだ小さい娘が一人」


 その言葉に、私は思わず息をのむ。


「資料を見せてもらった……セレナ様が言ってたことは、本当だった。昔、スラムに支援があったことなんて……俺たちは、誰も知らなかったんだ」


 ギーツの声は静かだった。でも、確かな重みがあった。


「スラムの連中は、今の魔王が“俺たちみたいなゴミ”に興味なんか持つはずないって、そう思ってる。誰も期待なんかしてないし、信じようともしない」


 その一言一言が、胸に突き刺さる。


「だけど……俺は見た。君の魔法も、君の目も……戦場で、仲間のために、俺に命がけで立ち向かって来たあの姿を」


 言葉を選ぶように、ギーツは短く息を吐く。


「君は……そんなふうに誰かを見下すような人じゃない。そうじゃないって、俺は知ってる」


 そして――


「だから……頼む。俺の家族を、スラムの人たちを……見捨てないでくれ」


 もう一度、ギーツはゆっくりと、頭を下げた。

 額が机に触れる、かすかな音が響いた。


 私は、その姿をしばらく見つめていた。


 ――ギーツさんは、本気でお願いしている。

 そのことが、痛いほど伝わってきた。


 ゆっくりと視線を上げ、私は後に立つドラグニアさんに振り返る。


 彼女は何も言わず、ただ静かにこちらを見守っていた。

 そして――ふっと、穏やかな微笑みを浮かべて、目でうなずいてくれる。


 その表情に、私は少しだけ背中を押された気がした。


 もう一度、私はギーツさんの方へ向き直る。


「……あの……」


 精一杯、落ち着いた声を出したつもりだったけど、どこか震えていたと思う。


「……ごめんなさい。わたし、スラムのこと……何も知らなかったんです」


「きっと、今のわたしじゃ……できることなんて、本当に少なくて……」


 頭の内の言葉を、ぽつりぽつりと吐き出すように口にする。

 けれど、ギーツさんのまっすぐな願いと、ドラグニアさんの優しいまなざしが、私の中の迷いを少しずつ溶かしていった。


「――でも、私、一人じゃありません。パパも、ママも、仲間たちもいてくれる」


「だから、できないことでも……きっと、誰かと力を合わせれば、できるようになるって、信じてます」


 まっすぐに前を向いて、私は言った。


「私、スラム街の方たちを見捨てたりなんてしません。……絶対に」


「……だから、ギーツさん。あなたも――これからの自分を、諦めないでください」


 ――それが、ギーツさんとの面会で交わした、すべての言葉だった。


 面会室を出たあとの空気や足音まで、今でも鮮明に思い出せる。

 胸に残ったのは、迷いでも不安でもない――確かな、責任の感覚だった。


「スラムの人たちを見捨てない」

 そう言った自分の言葉は、ただの優しさや同情じゃない。

 それは、魔王として、ようやく自分が踏み出した“第一歩”だった。


 私は、そっと拳を握りしめる。


 ――これから、できることをやっていこう。

 時間がかかっても、道が遠くても。

 誰かの背中を追うんじゃなくて、ちゃんと、自分の足で歩いていけるように。

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