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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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17話_ 救出と覚悟の先で

 隠し通路の中は、ひどく狭くて、そして暗かった。

 足元は固い石畳。踏みしめるたびに、ざらりとした感触がブーツ越しに伝わってくる。

 空気はじっとりと湿っていて、どこかカビくさい。それに加えて、長く誰にも使われていなかったせいか、空気が埃っぽくてむせそうになる。


「ふぇぇ……ホコリでくしゃみ出そう……」


 先頭のユーマくんが、鼻をすすりながら小さくつぶやいた。


 後方にはバルドさんが控え、中央には私とリーネさん、そしてセレナさん。

 全員が、沈黙を守ったまま足音を殺して進んでいる。


「……明かり、出すわよ」


 セレナさんがそう言って、指先に魔力を宿すと、小さな光の球がふわりと浮かび上がった。

 通路全体を照らすには弱いけれど、足元や壁がかろうじて見える程度には明るい。


「敵の気配は……ありません。完全に、抜け道ですね」

 リーネさんがそっと囁いた。目を閉じ、集中して周囲の魔力を探っていたようだ。


「うん……このまま行ければいいけど……」


 私が小さく返事をしたそのとき、目の前に分かれ道が現れた。

 左右に延びる細い通路。どちらも同じように、暗くて、何も見えない。


「さて、ここからが問題だね」

 ユーマくんが立ち止まり、後ろを振り返る。


 私は少し前へ出て、壁の模様を確認するふりをしながら、心の中で声をかけた。


『……リシル。聞こえてる?』


 すぐに、やや不機嫌そうな声が脳内に響いた。


 ――『やっと呼んでくれたわね、まったく。こっちはずっと待ってたんだけど?』


『ごめんごめん、私たちの位置分かる?どっちに行けばいいかな?』


 ――『右。あんたたちの位置から見て、三十メートル先に出口があるわ。ティナたちが囚われてる部屋から、一番近いルートよ』


『わかった、ありがとう』


 私は心の中で返し、それから仲間に向き直った。


「こっち。右の通路に出口があるはず」


「え、えっと……リリシアちゃん、どうしてそっちってわかるの?」


 リーネさんが戸惑ったように声を上げる。


「確かに。 地図とか持ってたっけ?」

 ユーマくんもきょとんとした顔で首をかしげた。


「え、えっと……ドラグニアさんに聞いたの。抜け道が複雑だから、迷わないようにって」


 私はなるべく自然な口調で、咄嗟に嘘をつく。


 その横でセレナさんが、ふっと優しく笑った。


「……リシルの声、聞こえてたわ。ちゃんと頼ってるわね。偉いわ」


 明かりに照らされた横顔は、どこか柔らかくて、安心できるものだった。


 私は思わず目を伏せる。

 胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。


「……ありがとう、セレナさん」


 リーネさんとユーマくんは少し首をかしげていたけれど、深くは追及しなかった。

 

慎重に通路を進んでいくと、先の壁にわずかな段差が見えてきた。


「……あれかな?」


 ユーマくんが声を潜めて立ち止まる。

 セレナさんの明かりが照らす先、壁の一部に他と違う形状――小さな石の扉のようなものがあった。


 目印にされていた“逆三角の石”と似た彫りが、扉の中央に刻まれている。


 私はその前に立ち、呼吸を整える。そして心の中で、そっと問いかけた。


『リシル、この先はどうなってるの?』


 ――『ちょっと待って……よし、視えたわ。物置部屋みたいね。安心して、誰もいないわよ』


 静かに安堵の息をついた私は、仲間に向き直った。


「この先、物置部屋みたいです。敵の気配はないので、今のうちに入りましょう」


 言いながら、リーネさんの方を見やる。彼女は小さくうなずいて、目を閉じた。


 数秒後――


「……ほんとだ。魔力の流れも乱れてない。誰もいません」


 彼女の探知魔法も、リシルの言葉を裏付けてくれた。


「よし、開けてみる」


 バルドさんが前へ出て、無言のまま扉の縁に手をかけた。

 ぐっ、と力を込めて押すと――石の扉が、静かな軋みを立てながら、ゆっくりと奥へ動いた。


 その奥には、暗くて狭い部屋――乱雑に積まれた木箱や布の包みが見える、まさに物置部屋だった。


 冷たい空気が、ふわりと流れ込んでくる。


 私は、ごくりと息を飲んだ。


 その緊張を断ち切るように、セレナさんが軽く手を叩いた。


「さっ! ここからが本番よ。敵がどこから来るか分からない以上、慎重に行くわよ」


「はい!」

「はい」

「っす!」


 私とバルドさん、ユーマくんが小声で返事を揃える。


「あの〜……さっき探知魔法した時、議事堂全体も軽く調べたんですけど……」


 リーネさんが遠慮がちに手をあげると、みんなの視線が彼女に集まった。


「……たぶん、捕まってる人たち以外、誰もいないです。敵の魔力反応が、どこにも見当たらなくて……」


「それって……」

 ユーマくんが首をかしげる。


「捕まってる人たちは中にいる。でも、敵は全員いなくなってるってこと?」


「うん。たぶん、揺動部隊の方たちが上手く引きつけてくれたんだと思います。外の方から、大きく魔力の動きが出てるので……きっと、全部そっちに向かってるんだと……」


 私は思わず、心の中でパパたちの顔を思い浮かべた。


 ……ありがとう、パパ


 リシルにも念話で確認する。


『リシル、そっちから見ても同じ?』


 ――『そうね。議事堂の中は今、敵の気配ゼロ。魔力の痕跡があるから、さっきまではいたみたいだけど……全員、外に出たみたい。ほんと、絶妙なタイミングだわ』


「……今が、好機ってことですね」

 

 リーネさんが静かに言う。


「でも、気を抜かないで」

 

 セレナさんが軽く手を振る。


「いつ戻ってくるかわからない。速やかに動くわよ」


「はい!」

 私たちは声を揃えて頷いた。


 敵がいない――それは確かにありがたいことだった。

 けれど同時に、それは今しかないということでもある。


 私たちは物置部屋から静かに抜け出し、通路へと出た。


 内部の様子はリシルとリーネさんの情報通り――敵の気配はない。

 だが、だからこそ、ひとつひとつの足音がやけに響いて聞こえる。


 議事堂の構造は複雑ではない。けれど、人質が複数の部屋に分けられている以上、手分けが必要だった。


「ここで分かれましょう」


 立ち止まったセレナさんが、小声でそう告げる。


「議事堂職員たちは南棟。ティナとフィオナは、円卓の間に囚われているわ」


 私はすぐに頷いた。


「……私とセレナさんで、ティナたちのところへ行きます。皆さんは職員さんたちをお願いします」


「了解っす。」

 ユーマくんがにやりと笑い、軽く拳を掲げる。


 バルドさんは黙って頷き、私の方にちらりと視線を向けてくれた。


 その返事を受けて、私はリーネさんの方へ視線を向けた。


「リーネさん。職員さんたちの居場所、探知でわかりますか?」


「うん。南棟の一室にまとめて捕まってるみたい。魔力も安定してるし、怪我人はいないと思うよ」


 その言葉を聞いて、胸の奥に張りつめていたものが、少しだけほぐれるのを感じた。


「よかった。安心しました。では……お願いしますね」


「うん!リリシアちゃんも、気をつけてね」


 リーネさんが小さく手を振った。

 その仕草は控えめだけど、どこかあたたかくて――

 この場にいる全員が、誰かを救おうとしていることに、少し誇らしく思えた。


「はい!」


 私はにっこりと笑って、しっかりとうなずいた。

 緊張はある。でも、それ以上に、今は前を向ける。

 

「じゃあ、またあとでね」


 セレナさんが軽く手を振り、私と並んで歩き出す。

 背後で、冒険者たちの足音が別方向へと離れていくのが聞こえた。


  私たちは足音を殺すようにしながらも、急ぎ足で廊下を駆け抜ける。目指すのは円卓の間。


「職員が無事なら、あの二人も無事だとは思うけど……」

 

 セレナさんが走りながら、低く呟いた。

 

「どうして、あの子たちだけ別の部屋に……」


「もしかして……最初から、二人を狙ってとか……?」


 私の言葉に、セレナさんがわずかに目を細める。


「……なるほど、あり得るわね。旧体制派の狙いは、おそらく評議会の混乱。そして――あなた自身よ、リリシア」


「わたし……?」


「フィオナはバスカの娘。獣人族代表の血筋は、それだけで大きな意味を持つわ。

 ティナも、現魔王であるあなたと最も近い存在のひとり。二人を人質にすることで、あなたとバスカ、両方を揺さぶれる」


 その言葉に、心がひやりと冷える。


「……そんな……」


「奴らは、ただの反乱じゃない。最初から評議会の足元を崩すつもりだったのよ。

 そうでなければ、わざわざ子どもを狙うなんてしないわ」


 ――私が、いたから。

 私のせいで、二人は狙われたんじゃ……?


 一瞬、胸の奥がひやりと凍るように冷たくなる。

 でもその思考を断ち切るように、すぐ横からセレナさんの声が響いた。

 

「でも、タイミングが悪かったわね、あの連中」


 セレナさんが小さく肩をすくめる。


「たぶん、討伐任務でグラディスの兵士や冒険者の大半が留守になるタイミングを狙ってたんでしょうね」


 私は、はっと顔を上げる。


「じゃあ……」


「本来なら、私たちも明日帰ってくる予定だった。でも――バルグロウの一件があったせいで、予定を切り上げて今日戻ってきた」


 セレナさんが口の端を上げて、少しだけ悪戯っぽく笑う。


「しかも今ごろ、外ではドラグニアが暴れてるわ。連中、きっと大慌てよ。……ね?」


 その声に、胸の奥で小さく丸まっていた不安が、ふわりとほどけていく気がした。

 ついさっきまで強張っていた頬が、じんわりと緩んでいく。


「――はいっ!」


 私は笑顔を取り戻し、明るく返事をした。

 たとえわずかな安心でも、今の私には十分だった。


「さ、着いたわよ」


 セレナさんは微笑んだまま、前を向いて足を止めた。

 その視線の先には、重厚な扉が――私たちの“目指す場所”があった。


 私たちは、気配を殺しながら扉の前まで静かに近づいた。

 張りつめた空気が、肌にひりつく。


「少し開けるわよ」


 セレナさんがそう言って、扉の端に指をかける。

 きしむ音を立てないように、慎重に――ほんのわずかだけ隙間を開け、中の様子を覗き込んだ。


「二人は……どんな感じですか?」


 私が小声で尋ねると、セレナさんが視線を外さないまま静かに答える。


「口と体を縛られているわ……かわいそうに。

 でも、中には他に誰もいないみたい。探知にも異常はないわ」


 小さくうなずいて、セレナさんがこちらを見た。


「行くわよ」


「……はいっ!」


 私は一歩踏み出し、今度は迷わず――勢いよく扉を押し開けた。


「ティナ! フィオナ!」


 私は声を張り上げながら、部屋の中へと駆け込んだ。

 荒く息を吐きながらも、目は二人の姿を捉えて離さない。


 部屋の奥――持ち込まれたであろう木箱の影に、ぎゅっと体を寄せ合うようにして、二人は座らされていた。

 口元には布が当てられ、手足は魔力封じの縄で固く縛られている。

 けれど、目はしっかりと開かれていて――こちらを見た瞬間、ぱっと表情が明るくなった。


「んーっ! んんっ!!」


 ティナが、まるで子犬のように体を揺らしながら、 くぐもった声でこちらに何かを叫んでいる。

 その隣でフィオナも、落ち着いた様子ながら、目に確かな安堵の色を浮かべていた。


「ちょっと待って……今、ほどくから……!」


 私は足元の木箱を避けながら、二人のもとへと駆け寄った。

 セレナさんもすぐ後ろに続いてくる。


  私はティナの手首を縛っていた縄に手をかけ、慎重に魔力を込めて解呪をかけた。

 魔力封じの術式がふっと溶けるように消えて、ほどけた縄が床に落ちる。

 口元の布も外すと、ティナが顔をくしゃくしゃにして――


「リリ姉ぇ~~っ!」


 泣きながら、勢いよく飛びついてきた。


「わわっ……ティナっ……!」


 私はなんとか体勢を崩さずに受け止めると、その小さな背をそっと抱きしめ返した。

 ティナの肩が、小刻みに震えているのが分かる。


「よかった……本当によかった……!」


 言葉にしなくても、どれだけ怖かったかが伝わってくる。

 私は胸がいっぱいになりながら、そっと背を撫でた。


 その横で、セレナさんがフィオナの拘束を静かに解いていた。

 手足の縄がほどかれ、口元の布が外される。


「……まさか、リリが助けに来てくれるとはね」


 そう言ったフィオナの目にも、涙が浮かんでいた。

 けれど、ティナのように泣き叫ぶことはなく、ぎゅっと唇を結んで気丈に笑っている。


「……ありがと。」


 フィオナの声はわずかに震えていて、胸がきゅっと締めつけられる。

 

 私は、二人の顔を見て、あふれそうになる想いを押しとどめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「よかった……二人とも、無事で……」


 セレナさんがふふっと小さく笑って、くるりと振り返る。


「さ、ゆっくりしてる暇はないわよ。さっさと外に出ましょう」


 私もこくりとうなずいた――そのときだった。


 ぎい、と重い音を立てて、扉がわずかに開いた。


「怪しいと思って戻ってきたが……やっぱり外は揺動だったか」


 静かな、けれど低く響く男の声。

 全員が一斉にそちらを振り返る。


 そこに立っていたのは、屈強そうな体格の男だった。

 肩幅が広く、無駄のない筋肉に包まれた体を、動きやすさを重視した黒い軽装で覆っている。

 腰には剣。そして、片手には――見覚えのある、異様な金属の塊。


「……魔導銃……」


 私は思わず、その名をつぶやいた。

 あれは――ここに来る前、セレナさんが話していた“魔導銃”。

 けれど私は、その使い方も威力も知らない。ただ、直感が警告していた。あれは危険だ、と。


「な、なにあれ……?」


 ティナが私の後ろに隠れながら、こわばった声を漏らした。

 フィオナも、じっと男の動きを警戒している。


 セレナさんが、前へ出るように一歩進み出た。


「ふぅん……旧体制派にしては、ずいぶん物騒なものを持ってるのね」


 彼女の声音には警戒と皮肉の両方が混じっていた。

 その視線は、男が手にした“魔導銃”にまっすぐ向けられている。


 セレナさんが、男をじっと見つめたまま、ふっと口元を歪めた。


「それに……その風貌。あんた、そこいらの雑魚とは違うみたいね……」


 挑発混じりのその言葉に、男はニヤリと口角を上げた。


「お、分かるか? 俺はギーツってんだ。これでも幹部の一人をやってる」


 胸を張るように言い放ち、手にした魔導銃をゆらりと持ち上げて見せる。


 その威圧的な態度に、空気が一段と張りつめた。


 フィオナが、そっとセレナさんの側へ近づいた。

 低く、緊張をにじませた声で囁く。


「セレナさん……あれはいったい……?」


 セレナさんは視線を逸らさず、静かに口を開いた。


「あれは――」


 言いかけた、そのとき。


「なんだ、お前ら、“魔導銃”を見るのは初めてか?」


 ギーツが愉快そうに笑いながら、こちらに銃口を向け直してくる。

 その一動作だけで、背筋を冷たいものが這い上がるような感覚に襲われた。


 私は横目でティナの様子を見た。

 ティナの瞳が、ギーツをまっすぐに見据えていた。

 その小さな身体に、揺るぎない意志が宿っているのがわかる。


「守るんだ」


 ぽつりと漏れたその言葉に、私は思わず目を向ける。


「ティナ?」


「こんどは……私がーー!」


 その瞬間、ティナが地を蹴って駆け出した。

 迷いのない動き――まっすぐギーツへ向かって。


「ティナ、ダメーー!!」


 思わず叫ぶ声も届かず、ティナの背はどんどん前へ――


 セレナさんとフィオナも、ハッと息を呑んで目を見開いた。


「やああああっ!」


 ティナが叫びながら、ギーツへ向かって飛びかかる。

 その小さな身体が一直線に跳ぶのを、私はただ、息を止めて見つめるしかなかった。


 その瞬間――


 ギーツがニヤリと口の端を歪め、片手に構えていた魔導銃を、ゆらりと持ち上げる。


 ――パンッ!!


 耳を劈くような音と共に、赤い火花が弾けた。

 ティナの頬に、細く浅い傷が走る。


「ティナ!」


 私とフィオナは同時に声を上げ、すぐさまティナのもとへと駆け寄った。


「大丈夫!? 今、すぐ治すから!」


「……うん。大丈夫……かすっただけだから」


 ティナは頬を押さえながらも、無理に笑ってみせた。

 でも、その小さな体は、わずかに震えている。


「くっ……」


 フィオナが悔しそうに唇を噛み、私は震える手で彼女の傷に手を伸ばす。


 その背後で、ギーツが飄々と声を上げた。


「ふぅん……避けるとは思わなかったが、なかなか根性あるな。

 こいつはな、中に詰めた魔力を圧縮して――引き金ひとつで、一瞬にして放つ。剣より早く、魔法より速い。殺しの道具さ」


 そして、にやりと笑いながら、視線だけをセレナさんに向ける。


「そうだよな、人魚族の代表――セレナ様」


 セレナさんは険しい目つきのまま、ギーツを真っ直ぐ見返した。


「知ってるわよ、魔導銃のことは。でも……なんであんたたち旧体制派がそんな物持ってるの?」


 視線が鋭くなる。


「魔導銃の情報は、評議会の中でも最高機密だったはずよ。外に出せるような代物じゃない」

 

ギーツは肩をすくめるようにして、飄々とした口調で言った。


「さて――なんでだろうな。俺たちみたいな連中が、こんなオモチャを持ってる理由なんて」


 その言葉に、フィオナの表情がピクリと動いた。


「……っ!」


 彼女は歯を食いしばり、一歩前へ出ようとする。


「フィオナ!」


 鋭い声でセレナさんが名を呼んだ。

 その一言に、フィオナは反射的に足を止める。


「……!」


 思わず振り返ると、セレナさんの瞳が真っ直ぐにフィオナを射抜いていた。


「ジッとしてなさい。あんたじゃ……こいつにはどうこうできないわ」


 低く、けれど冷静で的確な声だった。

 フィオナは唇を噛みながらも、それ以上前に出ることはできなかった。


 ギーツが、ゆっくりと口の端を吊り上げた。


「にしても――マジでついてねぇよな」


 魔導銃の銃口をゆらりと動かしながら、ぼやくように言葉を続ける。


「厄介なドラグニアがいねぇって聞いて来たのによ……もう帰ってきやがるし、使えそうな人質は目の前で取られそうになってるし……」


 そこで、ギーツの目がギラリと光り――ジロッとこちらをにらみつける。


「……本当、ついてねぇ」


 その瞬間、銃口がぴたりと私たちに向けられる。

 私は息を呑み、瞬時に叫んだ。


「ティナ、フィオナ! 下がって!」


 二人の前に出るようにして、私は一歩、セレナさんの隣へと踏み出す。


「私もやります! ティナとフィオナは後ろにいて!」


 胸の奥に熱くこみ上げる感情――それは、恐怖ではなく、守りたいという強い意志だった。


 セレナさんがちらりと私を見て、ふっと口元を緩める。


「……やる気ね。ふふ、頼もしいじゃない」


 彼女の足元から、静かに魔力の気配が立ち上っていく。


 私も手を構え、リシルの力を感じられる様に意識を集中させる。

 ……でも、いつもより少し、遠く感じる気がしたのは、気のせいだろうか。

 

 ティナとフィオナは、私の背後に回って身構えた。


 緊張が、空気を刺すように満ちていく。

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