15話_ 救出の誓い
昼前の澄んだ空気の中、私たちはキャンプ地の片付けを終え、グラディスへと続く一本道を進んでいた。
太陽はすっかり高く昇り、木々の影は短くなっている。
高台の道からは、遠くにグラディスの城壁がうっすらと見えていた。
「……もうすぐ、グラディスだね」
私は手をかざして陽の光をよけながら、まっすぐ続く道の先を見つめた。
その横で、セレナさんが大きくため息をつく。
「はぁ……帰ったらまた会議よね。」
「仕方ないですよ。昨日のバルグロウの件、ちゃんと報告しないと」
「わかってるけど……もう少しだけ……静かな時間を楽しませてほしいわ」
肩をすくめるセレナさんに、リシルがぽつりとつぶやいた。
「愚痴っても会議が消えるわけじゃないわよ?」
「……ぐっ」
言い返せず苦笑するセレナさんに、私も思わず苦笑いをしてしまった。
その時、前を歩いていたドラグニアさんが振り返り、やや呆れた声を上げた。
「まったく……喋ってばかりいると、置いてくぞ」
冗談まじりの声に私たちが顔を見合わせた、その直後――
「……ん?」
ドラグニアさんがふいに視線を遠くへ向け、目を細めた。
土煙を上げて、馬に乗った一人の兵士がこちらに向かって全速力で駆けてくる。
「……全員、止まれ!」
ドラグニアさんが短く鋭く声を上げると、一同がピタリと足を止めた。
兵士は馬を降りると、そのまま駆け足で私たちのもとへと近づいてきた。
顔には汗がにじみ、額には緊張の色が濃く浮かんでいる。
「ほ、報告します……!」
声はしっかりしていたが、言葉の端にわずかな震えが混じる。
ドラグニアさんの目が細くなる。
「……何があった?」
「グラディス市内にて……魔族側の旧体制派が……暴動を起こしています!」
場の空気が一気に張り詰めた。
「議事堂に……立てこもっていて、現在、バスカ様の指揮のもと、ライオネル様とノワール様と共に応戦中です!」
兵士の拳がぎゅっと握られるのが見えた。
その表情からして、他に言いにくいことがあるんだとすぐにわかった。
けれど――歯を食いしばりながら、声を絞り出すように言った。
「……ですが、奴らに人質を取られていて、状況はかなり緊迫しています……」
ドラグニアさんの目がわずかに見開かれた。
その瞬間、彼女の背中から、言葉にできないほどの威圧感が滲み出た気がした。
「――人質だと? 誰だ」
「人質は……議事堂の職員と……ティナ様と、フィオナ様です!」
「……えっ」
思わず声が漏れた。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
けれど、すぐに名前が頭に突き刺さる。
ティナと……フィオナが、人質?
喉の奥がきゅっとつまって、息がうまく吸えなくなる。
ティナが、危ない目にあってる――?
フィオナまで……どうして、そんなことに……。
頭の中がぐるぐると回って、現実感がゆらぐ。その時――
「リリシア!」
鋭い声が、耳を打った。
私はびくりと肩を震わせ、視線を落とす。
そこには、キッとこちらを見上げるリシルの姿があった。
その瞳も声も、怯えそうになる心を引き戻してくれる。
「しっかりしなさい! あなたが取り乱してどうするの!」
その言葉に、はっと息をのむ。
でも、それでも――心がついてこない。
「……でも、ティナとフィオナが……」
震える声でそうつぶやいた私の肩に、そっと手が添えられた。
「――落ち着いて、リリシア」
セレナさんだった。
いつもの余裕のある微笑みではなく、静かで、それでいて力強い眼差し。
「二人はああ見えて、芯が強いわ。そう簡単にやられたりしない。
信じてあげましょう? それに――」
ふっと、セレナさんが笑う。
「私たちで、必ず助けるんだから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ティナも、フィオナも……あの二人なら、きっと大丈夫。
私が、しっかりしなきゃ――!
私はぐっと息を吸い込み、顔を上げた。
迷いは、もうない。
「――ドラグニアさん、助けに行きましょう!」
その言葉に、ドラグニアさんがふっと笑った。
「ああ。はなからそのつもりだ」
力強く頷いたその横顔に、胸の奥がじんとする。
私たちなら、きっと――間に合う。
◇◇◇
私たちは今、グラディスを見下ろす丘の上に立っていた。
昼の光に照らされた街並みは、遠目にはいつも通りのように見える――けれど、どこか不自然な静けさがあった。
人の気配も、音も、まるで何かに押し潰されたように沈んでいる。
街の中心あたりに見える議事堂の屋根も、普段よりずっと重たく、暗く感じられた。
「……不気味なくらい静かね」
セレナさんがぽつりと呟いたその声に、緊張が一層強くなる。
「……中の様子は?」
ドラグニアさんが険しい眼差しで街を見下ろしながら、短く問いかけた。
すぐ後ろに控えていた兵士の一人が、手元の地図を軽く持ち上げながら答える。
「現在確認できているのは、およそ四十から六十名の武装集団です。魔族を主軸に、他種族の姿も散見されるとの報告があります。混成の部隊と見て間違いないかと」
「ふん……数は少ないが、質が読めんな」
ドラグニアさんが低くつぶやき、険しい表情で視線を議事堂の方角へと戻した。
ドラグニアさんが舌打ち交じりに低くつぶやいた。
「くそ……中の状況が少しでも分かれば……」
私も思わず、視線を街の中心――議事堂の方角へ向ける。
何が起きているのか、ティナやフィオナは無事なのか。それが分かるだけでも、きっと――。
そこで、ふと頭に浮かんだ手段があった。
「……あ、あの! 魔導端末で……中の誰かに連絡をするのは、どうでしょう?」
声をかけると、ドラグニアさんがこちらを振り向いた。けれど――
「いや、ダメだ」
即座に否定の声が返ってくる。
「あれは着信時に音が鳴る。中の状況がわからない以上、下手に使えば人質の命に関わる」
その一言に、私は言葉を失った。
……そうか。簡単な手段ほど、危うさも孕んでいるんだ。
「……何か、方法は……」
私は小さくつぶやきながら、視線を落とした。
頭を回そうとしても、焦りばかりが先に立って、うまく考えがまとまらない。
だけど――ふと、足元にいる小さな影が目に入る。
リシル。静かにしっぽを揺らしながら、こちらの様子を見上げていた。
……もしかして――。
私は周囲に聞こえないよう、そっとかがんで、リシルに小声で問いかけた。
「ねえ、リシル。あなたが……中の様子を観に行くことは、できない……かな?」
リシルはぴたりとしっぽの動きを止めると、わずかに目を細めてこちらを見上げた。
その仕草に、はっきりとした拒絶の気配がにじむ。
「……いやよ。危ないじゃない」
思った通りの返事だったけれど、私は引き下がるわけにはいかなかった。
「もちろん、無理は言わないけど……でも、あなたなら、気づかれずに行けるかもしれないし」
私は少しだけ声をひそめながら、そっと付け加える。
「……ほら、見た目はただの猫だし」
リシルのしっぽがピクリと揺れた。
少しだけ、言ってはいけないことを口にした気がした。
リシルは、「はぁ……」とため息をついて、耳をわずかに伏せた。
「……わかったわよ。行けばいいんでしょ」
予想外の返答に、私は思わず目を見開いてしまう。
「えっ……あ、ありがとう……!」
戸惑いながらも、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
けれどリシルは、じろっとこちらをにらみながら言い放った。
「ただし、今後“猫”って言わないこと! 結構傷つくんだからね」
そのまま、ぷいっと顔をそらす。
しっぽをピンと立てながら、リシルはそっぽを向いたまま鼻を鳴らす。
私は思わず笑ってしまった。
「うん! ありがとう、リシル」
私はリシルの背中を見送りながら、ドラグニアさんの方を振り返った。
「……ドラグニアさん。リシルが、中の様子を探ってきてくれることになりました」
私の言葉に、ドラグニアさんがわずかに眉を上げる。
「ふん……なるほど、そう来たか」
彼女はリシルに目を向けると、少しだけ目を細めた。
「リシル。やってくれるか?」
その問いかけに、リシルはくるりと振り返り、しっぽをふわりと揺らした。
「……任せなさい。あんたに言われなくても、やると決めたらやるわよ。リリシアのお願いなんだから、仕方ないわ」
その言い方に、ドラグニアさんの口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。
「よし。くれぐれも気をつけろ。万一、見つかりそうになったら、戻ってこい」
「わかってるってば。あたしを誰だと思ってるのよ」
そう言い残すと、リシルはしなやかに尾を振りながら、草むらの陰へと姿を消していった。
セレナさんが心配そうに眉をひそめ、ぽつりと呟いた。
「……大丈夫かしら、あの子」
その声には、からかいも冗談もなく、ただただ本気の心配がにじんでいた。
私はそっと胸に手を当てる。
「リシルなら……きっと大丈夫です。あの子、すごく頼りになるんですから」
言いながらも、胸の奥はざわついていた。
あの小さな背中が、あんなにも遠くに感じるなんて――。
その時だった。
――『聞こえる?』
不意に、頭の中に声が響いた。
「なっ……なんだ!」
ドラグニアさんが思わず周囲を見回す。
「……頭の中に、声が?」
セレナさんも眉をひそめてあたりを警戒する。
でも――この声は、間違いない。
「……この声……リシル?」
私が問いかけると、すぐに答えが返ってきた。
『そうよ。今、念話魔法で直接話してるの。あたしの声、三人にだけ届くようにしてるから、安心して』
リシルの声は、まるですぐ傍で話しているかのように、はっきりと聞こえた。
不思議な感覚。けれど、温かくて、頼もしい。
「……っ、すごいな……」
ドラグニアさんが戸惑いながらも、どこか感心したように息を吐いた。
「ふふ、器用なことしてくれるわね……」
セレナさんの口元がわずかに緩む。
その時、一人の兵士がこちらに近づいてきた。
「あ、あの……どうかされましたか?」
突然固まった私たちの様子を不審に思ったらしい。
ドラグニアさんがすぐに顔を戻し、軽く首を振る。
「いや、なんでもない。少し作戦の確認をしていただけだ」
「あ、はい……失礼しました!」
兵士が小さく頭を下げて下がるのを確認してから、再び私たちは意識をリシルの声へと向けた。
『声は出さなくてもいいわ! 頭の中で話すイメージで会話できるから。声に出してたら独り言みたいで変な人に見られるわよ?』
思わずハッとして、口を閉じる。
ドラグニアさんも顔を赤くして、こめかみに手を当てた。
『……先に言え』
『ふふっ……』
私は心の中で小さく笑ってしまった。
『でも一度に三人と念話なんて……普通は一人と繋げるのが精一杯よね』
セレナさんが、感心したような声を返す。
『あたりまえよ。これはただの念話魔法じゃないんだから。あたしにしか使えないわ』
リシルの声は誇らしげで、どこかふてぶてしさすらある。
でも、そんな頼もしさに、胸がすっと軽くなる気がした。
『目を閉じてくれる? 酔うわよ』
リシルの声が響いた直後――
ふわりと、意識の奥に映像が広がった。
それはまるで夢の中のようにぼやけていて、けれど確かに現実の一部だった。
視界に映るのは、大きな門――グラディスの正門だ。
普段は人や荷車でにぎわうはずの場所は、今は完全に封鎖され、兵士たちが緊張した面持ちで警戒にあたっている。
『……これは、グラディスの正門か?』
ドラグニアさんの声が、思わず漏れる。
『すごい……これ、リシルが見てる光景?』
私は目を閉じたまま、息を呑んだ。映像は確かに、リシルの目線から見えている。地面が近く、足音と鎧のきしみだけが響く空気の中、リシルは静かに草陰を進んでいた。
『そうよ』
リシルの返事は、相変わらず平然としていた。
『もう……なんでもありね』
セレナさんが半ばあきれたように、けれどどこか頼もしく笑った。
『とりあえず門の付近には敵はいないみたいね。見張りもいないし、合流できるんじゃない?』
リシルの声が頭に響くと同時に、映像の中で門を警戒していた兵士たちの姿が映し出される。彼らは緊張感を保ちつつも、戦闘態勢というよりは状況待機のような様子だった。
『……その様だな』
ドラグニアさんが短く答える。
『では私たちは一旦、正門の兵たちと合流する。すまないが、そのまま調査を続けてくれ』
『了解よ』
リシルの声は、少しだけ張りがあるように感じられた。
頼られている自覚が、彼女を少し誇らしげにしているのかもしれない。
『一旦、念話は切るけど――話したいときはリリシアに頼みなさい』
『えっ、わたし?』
『そう。あなたが“心の中で強く呼べば”、あたしに繋がるから。遠慮せず、いつでも呼びなさい』
リシルの声が静かに、でも確かに胸に届く。
『……うん。ありがとう、リシル』
念話が途切れた直後、ドラグニアさんが顔を上げた。そして、全体を見渡すようにして一歩前へ出る。
「――よし」
その短い言葉だけで、場の空気が引き締まった。
「これより、グラディス正門まで隊を進める。敵がどこに潜んでいるかはわからん。各隊の隊長は指揮を徹底し、慎重に進め」
その声は静かだが、どこまでも力強く、誰もが自然と背筋を伸ばす。
兵士や冒険者たちが一斉に頷き、武器の確認と隊列の再編を始める。
緊張の中にも、確かな統率がそこにはあった。
私もぐっと拳を握りしめ、顔を上げる。
――待ってて、ティナ、フィオナ。すぐに、助けに行くから。
◇◇◇
私たちは慎重に隊を進めながら、グラディス正門へと向かっていた。
広がる平野の向こうに、グラディスの高い城壁が少しずつ近づいてくる。街は昼間とは思えないほど静まり返っていて、鳥の鳴き声さえ遠く感じられる。
風に揺れる草の音、鎧のきしむ音、兵士たちの足音……すべてが妙に大きく響いた。誰もが息をひそめ、警戒を強めながら進んでいく。
そしてついに、私たちは正門へとたどり着いた。
門の前にはすでに、何人かの兵士たちが待機していた。
そしてその中心には――見慣れた大きな背中があった。
「……パパ?」
私が声を漏らしたのとほぼ同時に、その人物がゆっくりと振り返る。
「おお、リリシア……無事だったか」
戦場でも変わらぬ威厳と包容力を持つパパの姿に、私は思わず胸が熱くなる。
「パパ……ここに来てたの?」
「ああ、バスカから端末で連絡が来てな……ティナとフィオナが巻き込まれたって聞いて、じっとなんかしとれんかった」
パパは深く息を吐き、険しい表情のまま視線を遠くにやった。どこか焦りと苛立ちを抑えているように見える。
「……あいつ、自分の娘まで人質にされとるってのに、ティナのことばかり気にしててな。泣きながら謝っとったよ……まったく、不器用なやつだ」
パパは苦笑するような、けれどどこか寂しげな声で言った後、周囲の兵士たちへ視線を移す。
「で、今の状況は?」
一人の兵士がすぐさま進み出て、報告を始めた。
「はい、現在、議事堂周辺を旧体制派が占拠していますが、グラディス内の防衛指揮はバスカ様が引き受けてくださっています。仮設の本部は、ワイルドパウ家――つまり、バスカ様のご自宅になっております」
「バスカの家か……なるほど、あそこなら位置も悪くない」
パパが腕を組んでうなずく。
そのとき、ドラグニアさんが一歩進み出た。
「マグナス殿、戦力の再確認と今後の行動方針について、あちらで整理しませんか」
「……そうだな」
パパは頷き、ドラグニアさんと並んで少し離れた場所へと歩いていく。その背に護衛の兵士たちも続いた。
……今なら、呼べる
そう思った瞬間、横からそっと肩を軽くたたかれた。
「さ、今のうちにリシルと連絡をとりましょ?」
セレナさんが、柔らかく微笑む。
私は小さく笑って、こくんとうなずいた。
そっと胸に手を当て、目を閉じる。
『リシル、聞こえる? 今、話しても大丈夫?』
ほんの一拍の沈黙のあと、頭の中に鮮やかな声が響いた。
『ええ、聞こえてるわ。そっちの状況も把握してる』
リシルの声は落ち着いていて、どこか頼もしい。
『リシル、今どこにいるの?』
『さっきグラディスの正門付近を離れて、議事堂の近くまで移動してきたところよ。まだ様子見だけど、少しずつ中の音や動きがつかめてきたわ』
一瞬の間のあと、わずかに気だるげな声音が続く。
『……でも、さすがに敵の本拠地に入るのは危険ね。……あまり使いたくないけど――仕方ないか』
それきり数秒の沈黙が流れたあと、ふたたび声が響く。
『今、透視魔法を使うわ。念話と合わせるとけっこう疲れるのよ……あんたたち、ちゃんと見てなさいよ』
脳裏に、ぼんやりとした映像が浮かび上がる。
揺れる視界の奥に、灰色の石造りの建物――議事堂が見えた。
『……議事堂の正面には、見張りが10人。魔族中心の武装兵ね。装備は剣と、それに――』
リシルの声が一瞬、ためらう。
『見慣れない武器も持ってる。』
『……魔導銃ね』
セレナさんが眉をひそめ、低く呟いた。
『それから、見張りは2階にもいる。議事堂の窓から外を警戒中ね。完全に籠城するつもりみたい』
映像が建物の中に切り替わる。
窓のない通路は静まり返り、誰の気配もない。時間が止まったかのような空間だった。
透視魔法のせいか、色彩は抜け落ち、全体が淡い灰と青にくすんで見える。
『中には、全体で10〜15人。廊下の見張りは手薄だけど、各部屋に何人かずつ配置されてる。――で、問題の円卓の間』
視界が揺れ、広い石造りの円形ホールが映る。
その奥、椅子に腰掛け、ふんぞり返る一人の男の姿。
『多分、こいつがリーダーね。指示を出してるのが見える』
そのすぐ側――動かずに座り込む、小さな影がふたつ。
『……縛られてる子が二人いる。はっきりとは見えないけど、たぶんティナとフィオナね。無理やり押さえつけられてるわけじゃないけど、拘束されてるのは確実ね』
「っ……!」
私は思わず胸を押さえる。心の奥に、ざわめく不安と怒り。
『それと――他の職員も何人か囚われてるわ。ティナたちとは別の部屋みたい。』
『……市民は?』
『中にはいないわ。ここに来るまで、市民らしい人影は一人も見なかったし……おそらく、避難できたんでしょう。対応が早かったのね』
私は胸のざわつきを飲み込むように、小さく息を吸った。
『……ありがとう、リシル。もう少し、そこで様子を見ていて』
なるべく穏やかな声でそう告げる。
『……わかったわ』
少しの沈黙のあと、リシルの声が続いた。
『リリシア……無茶だけはしないでよね』
ふだんは少し気の強そうなあの声が――今はまるで、心配をにじませているように聞こえた。
私はぎゅっと胸に手を当て、小さくうなずく。
「……うん、気をつける。ありがとう、リシル」
リシルが念話を切ったあとも、心の中にはその声のぬくもりが残っていた。
少しの間、何も言えずに立ち尽くしていた私の肩に、そっと手が添えられる。
「リリシア……」
心配そうな声に、私は顔を上げた。セレナさんと目が合う。
もう、迷わない。
「……いきましょう。ティナとフィオナを助けに」
――ティナとフィオナを、絶対に助ける。
そう胸に誓いながら、ドラグニアさんたちのいる場所へと足を向けた。