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魔王だけど、まだまだ修行中!〜未熟な魔王様が“平和のために”できること〜  作者: マロン
第一章:『魔王なんて柄じゃないけど、平和のためなら頑張ります!』
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13話_ 綾光の槍

 夜の森には、昼間の喧騒が嘘のように静けさが満ちていた。


 小さく燃える焚き火の前に、私は一人、膝を抱えて座っていた。


 ほんの少しの油断で、みんなの足を引っ張った。

 自分の魔法で助けられた場面もあったけれど、それでも――


「……まだまだ、だなぁ……私……」


 ぽつりと呟いた言葉が、焚き火のぱちぱちという音にかき消された。


「……また一人で落ち込んでるの?」


 背後から柔らかな声。振り返ると、湯気の立つマグカップを両手に持ったセレナさんが立っていた。


「……セレナさん」


「はい、どうぞ。少しは温まるわよ」


 そう言って、片方のマグカップを私の前に差し出す。


 受け取ると、ほのかに甘い香りがした。ハーブティーだろうか。握った指先が、じんわりと温まっていく。


「……ありがとうございます」


「ふふ。反省は大事。でも、沈みっぱなしじゃ、せっかくの星空ももったいないわよ?」


 彼女は私の隣に腰を下ろし、自分のマグカップを啜った。


「え?」


 思わず顔を上げると、木々の隙間から覗く夜空に、無数の星が静かに瞬いていた。

 こんなに綺麗な星空、いつぶりに見ただろう――と、思わず見惚れてしまう。


 ――その時、足音がもう一つ。


「……ここにいたか」

 

 焚き火の明かりに照らされて、ドラグニアさんが姿を現す。


 彼女は無言で私たちの前に腰を下ろすと、しばらく火を見つめたまま黙っていた。


 そして、ぽつりと口を開く。


「リリシア。お前、今日の戦いで“自分には何もできなかった”って思ったんだろう?」


 私は、ハッとした。

 けれど、彼女は火を見つめたまま――


「それはな……お前がまだ“戦い方”を知らないからだ。ただ、それだけのことだ」


「……でも……」


「でも、それは悪いことじゃないわよ?」


 セレナさんが、私の隣でふっと笑って言った。


「そうだ」


 ドラグニアさんも、ゆっくりうなずいて続けた。


「私はむしろ、良いことだと思ってる」


 焚き火の炎が、彼女の横顔を赤く照らしていた。


「今のこの世界は……少なくとも、昔よりは“平和”になった。そう思ってる」


「……昔?」


 私が尋ねると、ドラグニアさんの声が少しだけ低くなる。


「ああ。……私は、戦争の時代に生まれた」


 重く、静かな言葉だった。


「幼い頃に……両親を亡くした。父は竜人族の族長だった」


「戦争で……ですか?」


「そうだ。まだ子どもだった私に、族長の座が回ってきた。逃げ場なんてなかった。……竜人族は、“強さ”が全ての種族だ。年齢も経験も関係ない。甘えた時点で、下に見られ、喰われる」


「甘えは許されなかった……」


 セレナさんが小さく呟いた。彼女もまた、違う立場で似たような過去を抱えているのかもしれないと思った。


「私は……誰にも甘えることなく、ただ“戦う”しかなかった。生き残るために」


 ドラグニアさんの目は、どこか遠くを見つめていた。


「そうやって、私は“強くなる”ことしか知らなかった。……それしか、選べなかった」


「……」


「けどな」


 ドラグニアさんは、そこでふっと息を吐いた。


「お前は、違う。若くして大きなものを背負った……そこは似てるかもしれん。でも、時代は違う。環境も違う。だから私は思うんだよ――お前は、お前の戦い方でいい」


「……戦い方……」


「ああ。守られたっていい。失敗したって、立ち止まっても、迷ってもいい。誰かの支えがあるなら、それに甘えればいい。今のお前には、ちゃんと“それができる世界”がある」


「……ドラグニアさん……」


 私の胸に、じんわりと何か温かいものが広がっていく。


「お前が知らないことは、これから知ればいい。それでいい。……だからな、リリシア。今日の自分を恥じることなんてない」


「……」


「それに、あの最後の一撃――ちゃんと見てたぞ。お前は、お前なりに“戦った”。あれは、立派な一歩だ」


 静かな口調だった。でも、その言葉は、どんな雄叫びよりも、私の胸に響いた。


 隣でセレナさんも、そっと微笑んでくれる。


「ふふ、あの一撃、なかなか見事だったわよ?」


「……っ、ありがとう、ございます……!」


 私は、思わず涙が出そうになるのをぐっと堪えて、力いっぱい頭を下げた。


 けれど――次の瞬間、その空気は一変した。


「……さて、リリシア。じゃあ次は――今日の反省会だ」


「えっ」


「まず、あの最初の1匹、あれな。よく撃ち抜いたが、あのタイミングで安堵してるようじゃまだまだだ。いいか? 戦場じゃ、油断が命取りになる」


「ひ、ひぇっ……!」


 まるで雷が落ちたみたいに、叱咤の言葉が飛んでくる。

 さっきまでしんみり語っていた人と同一人物とは思えない……!


 隣でセレナさんが紅茶をすすりながら、くすりと笑った。


「ふふ、それだけ期待されてるってことよ?」


 紅茶の湯気が静かに揺れるなか、私は胸の奥に、ほんの少しだけあたたかい火が灯るのを感じていた。

 


 翌朝。

 まだ少し冷たい空気が、肌に心地よくまとわりつく。


 テントの布をくぐって外に出ると、朝露に濡れた草の匂いがふわりと鼻をかすめた。

 私は大きく伸びをしながら、欠伸を噛み殺す。


「……ふあぁ……」


「おはよう、リリシア! よく眠れた?」


 声をかけてきたのは、朝日を浴びながら軽やかに歩いてきたセレナさんだった。

 彼女はすでに身支度を整えていて、髪もきれいにまとめられている。


「……あ、セレナさん……おはようございます。はい、なんとか……」


 眠そうな目をこすりながらも、私は笑顔を返した。

 

 セレナさんはにこりと微笑んだまま、手に持っていたカップを軽く揺らしてみせた。


「ふふ、起き抜けにはちょっと甘めのミルクティー。飲む?」


「えっ……いいんですか?」


「もちろん。“昨日がんばった子”へのご褒美よ」


 冗談っぽく言いながら、彼女はカップをもうひとつ差し出してくれる。ふわっと立ちのぼった湯気に、優しい香りが混じっていた。


「……ありがとうございます」


 両手でそっと受け取って、私はひとくちすする。甘くて、あったかくて、なんだかホッとする味。


 ――体の奥に残ってた緊張が、じんわりとほどけていく気がした。


「今日もまだまだ続くわよ? しっかり朝ごはん食べて、準備しときなさいね」


「はいっ、わかってます。……今日は、昨日よりちゃんと動けるようにがんばりますから」


 思わず背筋がしゃんとして、セレナさんと顔を見合わせて笑った。


 

 朝食を終え、装備と魔力の調整を済ませた私たちは、再び森の奥へと足を踏み入れた。

 今日も小型の魔獣の討伐任務に、慎重に臨んでいく。


「三時方向に一匹。距離、中距離です! セレナさん、お願いします!」


 私の声に、セレナさんがちらりとそちらを見て、指を軽く弾いた。


「……《アイス・ショット》」


 呟いた直後、彼女の指先に冷気が集まり、鋭い氷の弾がまっすぐ魔獣の眉間を撃ち抜く。


 魔獣は呻き声ひとつ上げずに、その場に崩れ落ちた。


 私はすぐさま次の気配に意識を向け、位置取りを調整する。


「おいおい、昨日とは別人か?」


 前線で魔獣を薙ぎ払っていたドラグニアさんが、振り返りながらニッと笑う。


「ちゃんと見えてたな、リリシア。支援のタイミングも、申し分ねぇ」


「え……あ、ありがとうございます!」


 顔が熱くなるのを感じながらも、気を抜かずに再び構えを取る。


 その隣で、セレナさんがくすりと笑った。


「ふふ、もう“新人さん”なんて呼べなくなりそうね?」


「い、いえっ……まだまだですから!」


 そう返しながらも、胸の奥に小さな自信が灯るのを感じていた。


 ――けれど、その穏やかな余韻は、すぐにかき消されることになる。


「……にしてもなんだ。昨日より、やけに数が多いな」


 ドラグニアさんが魔獣を斬り伏せながら、眉をひそめた。


「うん……確かに、ちょっと異常ね。数が増えてるにしても、これは――」


 セレナさんの声にも、わずかに緊張がにじむ。


 私は思わず、辺りを見回した。さっきまでの緊張感が、少しずつ別の種類のざわめきに変わっていく。


「……妙だな。動きがバラバラすぎる。群れのくせに、全然統率が取れてねぇ」


 ドラグニアさんが眉をひそめながら、前衛で魔獣を叩き伏せる。


「まるで――何かから逃げてるみたい」


 セレナさんの声が、少しだけ低くなった。


 私は息を呑む。逃げている? 魔獣が……?


 その時だった。


 ――ずん、と、地面が揺れたような感覚。


 背中にじわりと冷たい汗が伝う。何か、奥の方から……異常に、重い“気配”が近づいてくる。


「……この魔力の圧、何……?」


 小さく呟いた私の問いに、誰も答えられなかった。


「来るぞ……!」


 ドラグニアさんが、咄嗟に大剣を構える。


 そして――森の奥の茂みを割って、異様な風格を放つ巨体が姿を現した。


 その場に立つだけで、周囲の空気がぴんと張り詰めるようだった。空気が重い。まるで、その存在が空間そのものをねじ曲げているような錯覚すら覚える。


四つ足でのしのしと進むその姿は、熊に酷似していた。だが、その体はまるで鋼鉄のようにごつごつと硬質な毛に覆われ、額にはねじれた一本角が突き出ている。


片目は潰れ、顔の半分に深く古傷が走っていた。生きていることすら奇跡のような、そんな風貌だった。


「なに、あれ……こんなの、見たことない……!」


「裂牙の……バルグロウ、だと……?」


 ドラグニアさんの眉がわずかに動いた。あの冷静な彼女が、ほんの一瞬だけ息を詰めたように見える――。


「古代種じゃない! なんでこんなところに……」


 セレナさんが瞳を見開いたまま呟く。いつも冷静な彼女の声に、わずかに揺れが混じっていた。


 ドラグニアさんの目が鋭く細められた。


「……あいつが、こいつらを追い出してたのか」


 小型の魔獣たちは、すでに逃げ出している。まるで、巨大なそれに怯え、群れごと押し流されていたかのように。


「ドラグニアさん、て、撤退を……!」

 

 足がすくんで、前に出ようとしたはずの足が地面に縫いとめられたみたいに動かない。

 それでも声だけは――振り絞るように、私は叫んだ。


 けれど、ドラグニアさんは首を横に振った。


「――いや。さっきの連中の様子を見てただろ。

 逃げたところで、地の底まで追ってくるぞ。奴はそれほどの“執念”を持ってる」


「なっ……!」


 思わず息を呑んだその隣で、セレナさんが肩をすくめる。


「……冗談でしょ。こんなのと、本気で戦うつもり?」


 セレナさんの声はかすかに震えていた。けれどその視線は、真正面からバルグロウを見据えている。


「逃げられない以上、やるしかない」


 ドラグニアさんはそう言い切ると、目を鋭く細め、短く指示を飛ばした。


「前に出られるやつは、隙を見て攻撃しろ。ただし無茶はするな。魔法や弓が使えるやつは、後ろから支援だ。回復が得意なやつは、そっちに専念してくれ。全員、生きて帰るぞ!」


 その声を聞いて、私は一瞬だけ逡巡する。だけどすぐに、震える足に力を込め、顔を上げた。


「わ、私は……っ、回復に行きます!」


 この場で私にできること。それは、誰かの命を支えることだ。


 怖い。けれど――それでも、逃げない。


 負傷者のもとを駆け回りながら、私は必死に治療を続けていた。

 けれど、すべてを魔法でまかなうには限界がある。私は腰のポーチから素早く小瓶を取り出し、重傷者に手渡す。


「これ、回復薬です。飲んで……! 魔法もすぐにかけますから!」


 傷口がじくじくと塞がり始めるのを見て、私はその上から回復魔法を重ねた。

 薬の効果と魔法を併用することで、負担を抑えながら回復のスピードを上げることができる――セレナさんから教わったやり方だ。


 軽傷の人には、魔法だけで十分だった。


「大丈夫、動けますか? 無理はしないでくださいね……!」


 何人かを手当てしたところで、息が上がってくる。

 私は小さな魔力結晶を取り出し、手のひらに包むようにして握りしめた。


 ――ふわりと、体の内側に温かな力が戻ってくる。


 「……よし……!」


 視線の先では、仲間たちが態勢を整え、再び反撃に転じようとしていた。

 私は立ち上がり、矢をつがえた弓兵に手をかざす。


「援護しますっ!」


 支援魔法を矢に重ねると、射たれた矢はまっすぐにバルグロウの肩を穿った。


「……効いてる!」


 このままいける――そんな希望が、胸に灯る。


 敵の動きは、明らかに鈍ってきていた。

 バルグロウの体は深い傷で覆われ、呼吸も荒くなっている。仲間たちの攻撃が確実に効いている証拠だった。


 ――あと少し、あと一撃。


 そんな空気が、戦場全体を包み始めた。

 その瞬間だった。


「おい、待て! 突っ込むな!!」


 ドラグニアさんの叫び声が、緊張を破るように響いた。

 前衛のうち数名が、勝機を逃すまいとばかりに一気に距離を詰めていく。


 けれど、彼女の声は届かなかった。


「ちっ……!」


 ドラグニアさんが舌打ちと共に自ら前へ飛び出す。

 危険な動きだ。彼女は無理を承知で、仲間を守るために自ら盾となろうとしていた。


 だが――


 そのとき、バルグロウの片目がぎらりと光を放つ。

 鈍っていたはずのその巨体が、にわかに猛獣の如き速さで――前へ跳ねた。


 ――攻撃が来る!


 咄嗟に防御や援護に回れる者はいない。

 すでに全員が消耗しきっており、反応が一歩、遅れる。


「……っ、間に合わない……!」


 セレナさんの指先が震える。

 すでに複数の魔術を立て続けに展開し、限界近くまで魔力を消耗しているのが見て取れた。


 背筋を凍らせながら、私は動けずにいた。


 だけど――

 このままじゃ、ドラグニアさんが――!


「わたしが……わたしが、なんとかしなきゃ……!」


 思わず口から漏れたその言葉とともに、胸の奥が熱くなる。


 その瞬間だった。


 ――右手の刻印が、強く脈打った。


「……!?」


 眩い光があふれる。

 淡い桃色の刻印が、まるで応えるように輝きを放ち――その中心から、さらにまばゆい光が迸った。


 光の中に、何かが……いる。


 ――ぴたり、と時間が止まったような錯覚。


 やがて、光の中からすっと姿を現したのは――


 一匹の獣だった。


 しなやかな身体、鋭く研ぎ澄まされた赤色の瞳。

 銀色の毛並みを纏い、尻尾をふわりと揺らすその姿は、猫に似ていた。

 けれど、ただの猫ではない。背中には紋様のような光が浮かび、足元は空気ごと歪んでいる。


 その獣が、私の方を一度だけ見上げて――静かに、鳴いた。


「……ニャァ」


 言葉にならないほど、優しく、頼もしい声だった。


 不思議と、怖くなかった。


 気がつけば、私は右手を前に突き出していた。

 まるでその存在を――信じることに、なんの迷いもなかったかのように。


 すると、銀色の獣がちらりと私を見上げ、小さく口を開いた。


「リリシア。なんでもいい、魔法を放ちなさい」


「え……?」


 頭に直接響くような、不思議な声だった。けれど、その声音には焦りも強制もなかった。ただ、静かに――私を信じるように促してくる。


「魔法を……」


 私は戸惑いながらも、咄嗟に〈ライト・レイ〉を選んだ。

 何度も練習してきた、ごく基本的な光の魔法。

 こんな相手に通じるとは思えない。けれど、それでも――


 私は、詠唱と共に両手を構えた。


「《光よ、閃きとなりて――撃て!》」


 放たれた光線が、いつもと違う軌道で走る。

 鋭く、速く、そして――重い。


 眩い閃光が、バルグロウの肩口をかすめた瞬間、

 金属を打つような音とともに、表皮が弾け飛んだ。


「なっ……!?」


 驚いたのは私だけじゃなかった。

 ドラグニアさんも、セレナさんも、一瞬だけ目を見開いていた。


「リリシア、今の……あんたの魔法?」


「う、うん……?」


 戸惑う私の隣で、銀色の獣がしっぽをゆらりと揺らす。


「いいわ。今のあなたなら、十分に“届く”」


 その声は――まるで微笑んでいるように、あたたかかった。


「リリシア、思い出して。あなたの光は、ただの攻撃じゃない」


 銀色の獣が、ゆっくりとこちらを見上げる。


「誰かを救いたい――その願いが、あなたの魔法になったの。

大丈夫。あなたの“光”なら、きっと届く……」


 私は、息を吸い――うなずいた。


「……うん!」


 ふたりの声が、重なる。


『《――光よ、綾を紡ぎ、静寂の終わりを告げよ》』


『《その刃は、痛みをもたらさず、ただ安らぎを――》』


『《綾光の槍――リュミエール・ランス》』


 まばゆい光が紡がれ、槍の形へと変わっていく。

 それは、まるで織り上げられる布のように、ひと筋の祈りそのものだった。


 私は両手でそれを構え――そして、迷わず、放つ。


「――行って!」


 《綾光の槍》が、音もなく宙を滑るように走った。


 バルグロウは、咆哮ひとつあげることもなく、ただその光を見つめていた。

 次の瞬間――槍は、まっすぐにその胸元へ届き、ゆるやかに、静かに、光を広げていく。


 爆音も閃光もない。ただ、そこに満ちていくのは、あたたかく、柔らかな光。

 まるで、永い眠りに誘うような……優しい、まどろみ。


 巨体が、ぐらりと揺れ――


 どさり、と音を立てて崩れ落ちた。


 バルグロウは、苦しむことも、暴れることもなかった。

 その顔は、どこか安らかで、まるでようやく“痛み”や“怒り”から解放されたかのように見えた。


「……やった……の?」


 呟いたのは、誰だったのかもわからなかった。

 だが、全員がその場で息を呑み、ただ立ち尽くしていた。


 森に――静寂が戻っていた。


 そして、ふいに誰かが叫んだ。


「やった……!」「すごいぞ、あの子!」


 その声をきっかけに、仲間たちの歓声が広がっていく。

 さっきまで死と隣り合わせだった空気が、一気にほどけていくようだった。


 その中で、ドラグニアさんが肩を揺らして笑った。


「お前……とんでもねぇの隠してたな」


 セレナさんも口元をゆるめて、軽く片目を閉じる。


「ふふ、まさかリリシアが倒しちゃうなんてね。やるじゃない」


「えへへ……」


 褒められて、思わず笑みがこぼれる。


 そして――隣に目をやると、銀色の獣と視線が合った。


 赤い瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。


 ……この子はいったい――?

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