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タイトル未定2025/07/20 07:35

 俺の初恋の人が親父の親友だと言うと大抵驚かれる。親父の親友――アキラさんは親父と同い年だから、親子ほど年が離れてるというのが例えではなく事実みたいなものになるせいだろう。でも初恋の人が幼稚園の先生なんて話はよく聞くんだからそれよりちょっと上程度の人を好きになることだっておかしくはないだろう。だって俺にとってはそのくらいよく会う人だったんだから。

 大学生にもなってまだ引きずっていると言うともっと驚かれる。俺の顔なら選り取り見取りだろうと言われたこともある。確かに告白されたことも何度もあるけれど、全部断ってきた。好きな人のことを言うと告白してきたやつは大概自分の方がいいなんてアピールをし始めるから。そんなわけはないだろう。それならこんなに長いこと初恋を拗らせることなんてなかった。


 アキラさんと親父は幼馴染らしい。実家が隣同士で生まれたときの病院の退院が同じ日だったから二人の母親同士がまず仲良くなって、二人も仲良くなったらしい。でもそんな付き合いがよく今まで続いてるよなって親父に言ったことがある。親父は、喧嘩してもあいつが隣にいるのが当然って感覚があった、って言ってた。そんな感じならそりゃいまだに家族ぐるみの付き合いになると納得したものだ。

 親父は大学で出会った人と社会人になってすぐくらいに結婚してその翌年には俺が生まれた。アキラさんは友人の紹介で出会った人と結婚したらしい。それは俺が生まれた翌年のこと、だからそれだけでも俺には最初から叶わない恋だった。でも叶わない恋だったからこそ、こんなに拗らせたのかもしれない。

 アキラさんはよく家に遊びに来た。今もよく来るけれど、昔はもっと頻繁に来ていた。家族ぐるみの付き合いという感じで、奥さんも大体一緒だった。アキラさんと奥さんの間には子どもはいない。だから自分の子どもに向けるような、いや多分それよりもう少し甘やかしの入った愛情を俺はアキラさんたちからもらっていた。

 俺がアキラさんに最初に会ったのがいつかは知らない。遊びに来る頻度を考えると俺が生まれてすぐくらいにはもう会ってそうだから、俺の記憶には残っていない。けれどその代わり俺の一番最初の記憶にはアキラさんがいる。何歳のころかはわからないけれど、アキラさんに高い高いをしてもらっているところ。アキラさんは簡単に俺を持ち上げていたように見えたからきっと俺はかなり小さかったのだろう。その頃からアキラさんを見ていて、その頃から大好きだった。

 それを恋心だと認識したのは多分もう少し後、多分小学校にあがって初恋の話を友だちとするようになってからだと思う。それこそ周りは幼稚園の先生が好きだったとか、同じクラスの女の子が好きだったとか、そういう思い出で話していた。その頃好きだった人と少し離れてしまったからそういうことを言うようになったのだろう。けれど俺は変わらずアキラさんがよく家に来る状態だったから、これが初恋だったと終わった形で話すことができなかった。

 小学校を卒業するちょっと前から中学校に入学してしばらくくらいの時期はアキラさんが忙しくてあんまり家に来てくれなかった。けれどアキラさんに懐いていた俺は中学の制服姿を見てほしいと親に言って、それで夏休み頃ようやく来てもらった。アキラさんにとっては迷惑な話だっただろう。そのあたりの俺は成長期で、最初はぶかぶかだった制服が夏休み頃にはもうぴったりのサイズになってしまっていた。久しぶりに家に来たアキラさんは制服姿で出迎えた俺を見て、ハッと息をのんでそれから目を逸らした。けれどそれは一瞬のことで、すぐに名前を呼んで大きくなったなと言ってくれた。でもそんな反応をされたことはショックだった。そのときはわからなかったけれど、今思うとアキラさんが親父のことを一番好きだったのがその頃なんじゃないだろうか。

 そう、アキラさんは親父のことが好きだ。多分今も。それを親父とお袋は知らない。アキラさんの性格からすると奥さんは知っているような気がするけれど、それをどう思ってるのかはわからない。思えばアキラさんはいつも親父のことを目で追っていた。それに自分で気付いて目を逸らすところまでがワンセットだとアキラさんの動きをずっと観察していて気付いた。きっとずっと好きなんだろう。いつからかは知らないけれど今も目で追ってしまうくらいに。だから親父にそっくりに成長していく俺を親父と同一視することがないように少し距離を置いている節がある。

 親父の昔の写真を見せてもらうと髪型と服装は違うけれど、一瞬俺の写真じゃないかと思うくらい俺と親父は似ている。何なら中学は親父と同じところになったから制服も同じで、その制服を着た写真は髪型でしか見分けることができない。一回制服のまま当時の親父の髪型にセットしてみたことがある。誰にも見せるつもりはなかったけれど、お袋に見られて参考にした写真も気付かれたからその写真とそっくりになるように俺の写真を撮られてしまった。そしてお袋はその写真をよりによって家に来たアキラさんに見せた。そのときのアキラさんの反応は忘れられない。お袋は最初から俺の写真だと言って見せたから、驚いて、近くにいた俺と見比べるようにして、そうして写真に釘付けになっていた。そうして絞り出すような声で親父にそっくりだと言って、その日はもう俺のことを真っ直ぐ見なかった。

 アキラさんが結婚したのは叶わない恋を諦めるため、そして好きな人を安心させるためだろう。俺の予想でしかないけれど、タイミングを考えるとそうとしか思えなくなる。きっと結婚した時点で望みがないとは思っただろう。それでもそれを受け入れざるを得なくなったのはきっと俺が生まれたからだ。そうじゃないかもしれない、これは全部俺の予想だから全部外れているのかもしれない。でもこのことに初めて思い至ったときから悲しみが胸の中にある。だって俺が生まれたという事実そのものが俺の好きな人を傷つけることになったということだから。考えすぎかもしれない。考えすぎの方がいいと思う。そうであれと祈る。けれどアキラさんを見ていると考えすぎではないだろうなと思うときが多々ある。


 俺はアキラさんに好きと言うことはないだろう。それはきっとアキラさんを困らせてしまうだけだから。アキラさんにとって俺は好きな人の息子であり、自分の子どもであってもおかしくないくらい年の離れた子どもで、きっと恋愛対象外だから。親父にそっくりだからこそ親父と重ねて見てはいけないと思っているだろうし、俺と恋愛なんてできないだろう。それにもし、アキラさんが俺を受け入れてくれるようなことがあっても、世間的に見れば自分の子どもくらい年の離れた子に手を出したということになってしまう。そうなったらアキラさんがどんな思いをするか、考えただけで地面がなくなるような怖さがある。

 きっとアキラさんは俺の思いを知ったら無下にはできない。けれどそうなったらどういう態度をとってもアキラさんは不幸になってしまうだろう。アキラさんに不幸になってほしいわけじゃない、というか普通に幸せになってほしい。親父のことが好きなままでどうやって幸せになるのかはわからないけれど、とにかく幸せになってほしい。まあ思いが報われる、というのは無理だろうと思ってしまうけれど。だって親父とお袋はいまだにラブラブという表現が似合う感じで、ちょっとした喧嘩くらいならあっても当日中に仲直りしてしまう。俺みたいな年齢の子どもがいるようには見えないだろう。この二人の間には誰も入って行けないだろう。

 好きな人の幸せを願うことは普通のことだろう。俺がアキラさんのことを幸せにできるのであればそうしていただろうけれど、もうとっくに無理だと諦めている。俺はずっとアキラさんのことが好きだから、この年でもう諦めた上での幸せを願っている。今はきっとこの気持ちもバレていないだろうと思うけれど、そのうち誰かにバレるかもしれない。そもそも友人には普通に言っているから何かしらのタイミングで両親に会わせたらそこからバレるかもしれない。知ってしまったらアキラさんは気にするだろう。

 俺もアキラさんみたいに結婚相手を探そうかなと考える。俺のことを好きになってくる人だと気持ち悪いか申し訳ないかの二択になってしまうから、そうじゃなくて同じように理由があって結婚したいような人を。俺が違う人に片思いしてても許してくれる相手を。きっと同じように思いを伝えることができないような相手に片思いしてるような人ならお互いに許し合えるんだろうけど、それは高望みかもしれない。きっと好きな人が幸せなら俺も幸せだろう。だから不幸の原因にはなりたくない。どうか、俺が普通に生きているように見えますように。俺が両親やアキラさんたちのこの関係のどこかを壊す原因になりませんように。アキラさんにいつでも会えますように、そう祈る。

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