自業自得ですわよね、だって悪いことをしたんですもの
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件、その他固有名詞や現象などどは何の関係もありません。嘘っぱちです。どっか似ていたとしてもそれはたまたまの偶然です。他人のそら似です。
ベル・リリーは陰で「社交界の鈴蘭」と呼ばれている。
淑やかで優しいと評判で、ブリッカス帝国で大人気の伯爵令嬢なのだ。
実家の領地は薬の生産地で、自身も薬師の資格を持つ秀才でもある。
また彼女は、多くの恵まれない人たちによく薬を配っている。慎ましい彼女は財源を口外しないがそれは彼女のポケットマネーからでているというのがもっぱらの噂だ。
そんなベルが出席しているパーティ会場は今、騒然としていた。
彼女の婚約者である、第五皇子であるリーヘンが突然、婚約破棄宣言を行ったからである。
「……殿下、わたくし突然の宣言に正直驚いております。それが殿下のお心ならばもちろん従いますが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
驚いたという顔をした後、「心底、そうされる心当たりがないのです」という顔でけなげな言葉を返すベル・リリー伯爵令嬢に、会場から痛ましげな視線が送られてくる。「お騒がせ皇子を補佐する賢い婚約者」というのが、長年かけて周知の事実となっていたからだ。
なおベルは決して表に出さないが、例えば福祉関連事業の予算管理は皇族としてリーヘンが責任をもって行う必要があるにも関わらず、大部分を彼女にまるっと放り投げていたりもする。
「ベル、お前はここにいる男爵令嬢、ガーメンのことをいじめていただろう。そんな女はブリッカス帝国の皇族にふさわしくないのが婚約破棄の理由だ。言い逃れようとしても無駄だぞ、もう証拠はそろっている」
「自業自得ですわよね、だって悪いことをしたんですもの」
リーヘンと、いつも間にかその隣に出てきた、ガーメンとかいうボリュームたっぷりのマスカラを付けた女の言葉に、ベルはぽかんとした顔をする。いじめていた?全く心当たりがなかったのだ。
「とはいえ、お前は今まで献身的な婚約者でもあった。そこで、この場で罪を犯していたことを認め婚約破棄を円満に完了させるなら、すべての罪を許してやろう」
皇子の言葉に、ベルはハッとした顔になり両手で口元を覆ってしまった。
両肩が小刻みに震えている
その様子を見た老獪な貴族達は気づく。ベル・リリーは冤罪をかけられている。しかし無罪を主張しても覆らないばかりか、より彼女の立場が悪くなる様に、すでに皇子は根回しを行っているのだと。
皇子の横暴に多くの貴族が顔をしかめるが、止める権限のある皇帝や兄皇子たちは、別件で出払っておりこの場にはいない。
「それが殿下のお心ならば……ただ、ひとつだけお約束してくださいませ。もし仮にわたくしが殿下との婚約中に他に罪を犯していたとしても……全て水に流すと」
「おお、いいぞ。元婚約者の罪は私の監督不行き届きでもあるからな」
顔を伏せ、感情を押し殺した様子でのろのろと言葉を発するベル。
勝ち誇った笑みで鷹揚にうなずくリーヘン皇子。
結局のところ、皇族の権限はとても強いのだ。だから、いまのベルの立場では、新たな冤罪を吹っ掛けられないように言質を取る程度しかできない事を、この場の誰もが分かっていた。
胸糞な横暴がまかり通る現実に、会場にいる誰もが「誰か何とかしてくれ」と願う。
しかし、願うだけで結果が変わるほど現実は甘くはなかった。そしてとうとうベルは取り返しのつかない言葉を口にする。
「わたくし、ベル・リリーはリーヘン・ブリッカス殿下との婚約期間中に、様々な罪を犯していたことを認めます。それらを全て不問にすると約束してくださった殿下のご恩情に感謝し、婚約破棄を円満に完了させることを、ここに誓います」
経緯はどうあれ、公の場で宣言したことは覆すことはできない。ここに『ベルは多くの罪を犯しており、皇子がそのすべてを不問とし、円滑に婚約破棄した』という了解事項が成立した。
この日を境にリリー伯爵令嬢は帝都を離れ、単身領地に戻ることになる。
逆に、リーヘン・ブリッカス第五皇子は、婚約破棄からほとんど間をあけることなく男爵令嬢のガーメンと結婚することになった。
挙式は婚約破棄から期間がほとんど空かずに行われたにも関わらずガーメンの腹はうっすらと膨らんでおり「不貞した末のできちゃった結婚じゃねーか!」と多くの貴族が不快感を隠さなかったという。
なお、その後も、リーヘン夫妻は度々やらかし遂には国民からも顰蹙をかうようになる。
そして「皇子が福祉予算を横領した」という罪に問われたことをきっかけに、赤子は皇帝家が引き取った後、夫婦は連座で爵位剥奪の上で島流しに処された。
その際、皇子は最後まで冤罪を主張していたが、誰も相手にしなかったという。
◇
うっはー、馬鹿皇子の奴、島流しにされてやんの。
ざまあ!嫌いな奴の不幸で飯がうまい!
どうも、アタシ、社交界の鈴蘭(笑)ベル・リリー。
こんなでも一応、伯爵令嬢やってます。
出身はリリー伯爵家のお膝元の孤児院なんだけど、しっかりとした運営がされているところで、教育はとても充実していたんだ。
そこですこぶる優秀だったアタシは、伯爵家に養子に迎えてもらうという幸運にまで恵まれた。
それで、大恩のあるお義父様のから困り顔で相談されたから「馬鹿皇子の婚約者」という苦役を引き受けたんだけど……それがまあ、噂以上にひっどい男だったわけよ!
どれ位ひどいかって?仕事を押し付けてきたり、浮気をかましてきたり、禁止されているのに媚薬を盛りながら婚前交渉を迫ってきたり(なんとか逃げ切ったけど)してくるくらいにはひどかった。
他にも諸々あるけど思い出すとイライラしてくるし、とても書ききれないから、その辺は「仮にも相手は皇子なのに、身分の高い令嬢は、他に誰も婚約者をやりたがらなかった」っていう事実から色々と察しておくれ。
それで、アタシも生まれは良くないし根は短気なものだから「やられっぱなしでいられるかい!」とリベンジをかますことにしたんだよね。
まず、押し付けられた「福祉関連事業の予算管理」では皇子名義で盛大に横領をかましてやったわ。
アタシは、昔の自分に重ねちゃって、帝都にいるときは恵まれない人たちによく薬を配っていたんだ。で、その財源は私のポケットマネーからって噂になっていたけど……違うから(笑)
腐敗貴族の天下り予算から、皇子名義でがっつりと横領したお金だから(笑)
それに、馬鹿皇子は2股していたみたいだけど、実は……私は5股かけていました!
いや、当てつけで自分の身体を粗末にしたわけじゃないよ?
そもそも、男の浮気だけ「甲斐性」とか言われて、なんやかんやで許されるのっておかしくない?ぶっちゃけ男の浮気はただの性欲じゃん?でもね、浮気しようとアプローチする男の数だけ、相手する女もいるわけよ。
あ、ワタクシは、特に性欲が強いわけじゃないんですわよ。浮気相手の皆様とは、ただ単に「恋の駆け引き」を楽しむプラトニックな関係でしたの。女の浮気は「恋」ですの。ワタクシ「恋」していましたのよ(笑)
それで恋の駆け引きとして皆様に、リセールバリューの高いものばかりおねだりしていたら、たまたま同じものが5つ手元に来ちゃったこともありましたっけ。
4つは売って、残り1つを身に着けて「貴方のプレゼント、いつも身に着けています」なんて皆様に言って……おかげさまで、いいお小遣い稼ぎになりましたわ、オッホッホ!
とまあ、そんな感じに好き放題していたんだけど……うん、正直頭に血が上って冷静じゃなかったとは思う。
もちろんバレないように細心の注意を払って、万一バレた時にも言い逃れられる余地を作りながらうまくやっていたつもりだけど、お義父様に迷惑がかかる可能性もあったわけだし、そこは反省。
で、皇子に婚約破棄宣言された時は「やっべ、バレちゃった?」って内心鼻水たらしながら、「心底、そうされる心当たりがないのです」という顔でけなげっぽい言葉を言ってみたんだけど、皇子ったら全然関係のない冤罪を吹っ掛けてくるんだもんな。
思わずポカンとしちゃったよ。しかも
「この場で罪を犯していたことを認め婚約破棄を円満に完了させるなら、すべての罪を許してやろう」
ときたもんだ。
えっ、婚約破棄してくれる上に、全部許してくれるの?初めて皇子に好感が持てた。小指の甘皮くらいだけど。
もしもいつか罪が全部バレて挽回不能な時が来たら、せめてお義父様には迷惑かからないように、「私の命ひとつで勘弁してほしい」と嘆願する覚悟まで決めていたのに、嬉しい誤算だ。
皇子の言葉を聞いて、思わず笑みがおさえきれなくなり、両手で口元を覆ってしまった。両肩が小刻みに震えていてやばかったけど、声は出さずに済んだ。
周囲は「なんてかわいそうなベル・リリー」って誤解してくれたみたい。日ごろの印象って大事だね。
一応、念押しとして
「ひとつだけお約束してくださいませ。もし仮にわたくしが殿下との婚約中に他に罪を犯していたとしても……全て水に流すと」
「おお、いいぞ。元婚約者の罪は私の監督不行き届きでもあるからな」
ってやり取りまで挟んで、後顧の憂いも断っておいた。
経緯はどうあれ、公の場で宣言したことは覆すことはできないからね。ここに『ベルは多くの罪を犯していたが、皇子がそのすべてを不問とし、全ての責を自らが引き受けた』という了解事項が成立したってワケだ。
これで、角を立てずに婚約破棄できた上に、実は悪いことしてたのもゲロった上で無罪放免としてもらったので、胸を張って領地に戻れた。
実に清々しい気持ち、万々歳だ。
結婚願望とかないし、一生ここで暮らしたい。
あ、そうそう思い出した。
そういえば、もう一つ罪を犯していたわ。
将来的にあの媚薬を盛ってくる馬鹿皇子の子供を産むのはどうしても嫌だったから、こっちも自分で製薬した「種がなくなる薬」を、差し入れのドリンクやクッキーにちょくちょく混入してやったりもしてたんだった。
「誰か何とかしてくれ」なんて願うだけで現実は変わらないからね。だから今、皇子は子どもが作れない身体になっているはずだ。
なのに、男爵令嬢のやつ(もう興味無くて名前忘れた)は浮気してすぐに妊娠していたみたいだったから、女帝陛下に「お孫様が元気にお生まれになることを祈っております。なお私は皇子から、しばしば媚薬を盛られて婚前交渉を迫られていましたが妊娠しませんでした。自分が子どものできる身体であることは確認済です」って手紙を送ってやった。
そしたら、「お礼」としてとんでもない宝石類が山の様に送られてきた。はいはい、慰謝料に口止め料ってやつですよね。換金したらね、もう、一生働かなくても生きていけるくらいの額になったよ。
まあ迫られた時はうまいこと逃げたから、皇子と身体の関係はなかったんだけど、嘘は言ってないし。
……男爵令嬢、今頃生きてるのかね?
でもまあ、仕方ないよね。
アタシは宙に向けて呟く。
「自業自得ですわよね、だって悪いことをしたんですもの」
あの女の言葉を引用するなら、そういうことだ。
鈴蘭
英語名「Lily Bell」
俯きがちに花を咲かせる可憐な姿が人気の多年草
強い毒性があるので取り扱いには注意が必要
お読み下さりありがとうございました。お話面白かったよーと思って頂けましたら、下の星を塗りつぶして頂けますと次作執筆の励みになります(*´ω`*)
追加
新作書きました。こちらも楽しんで頂けますように…
彼は申し訳なさそうに微笑んで
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