表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第二話 運搬の仕事

 朝方、管理人のワゴンが川辺に現れたとき、俺はすでに胴長を脱ぎ、凍えた足を車のヒーターであたためていた。


「伊吹、お前な。今日はあっち」


 窓を下ろした管理人は、顎で空のクーラーボックスを指した。運搬班への異動。


 昨日の杉田の言葉が嘘じゃなかったことを、淡々と実感する。


 助手席に積まれた名簿の一番上に、俺の名前があった。


「これ、冷蔵所。ナビ入れてあるから」


 スマートフォンと、見慣れない地図アプリの画面。


 運搬車は白い軽バン。車内には簡易冷蔵庫がひとつ。


 シラスウナギを詰めたパックが、すでに十数個積まれていた。


「納品先の人間には、余計なこと言うなよ」


 そう言って、管理人は笑った。


 たぶん、冗談のつもりだったのだろう。

 

 けれど、笑い声には“沈黙を強いる響き”があった。


 ヒーターをつけていても、なぜかハンドルを握る指先の冷えは取れなかった。


 ナビ通りに山道を下ると、15分ほどで舗装された国道に出た。


 川と森に囲まれていた世界から、急に現実に引き戻される。


 コンビニ。農協。シャッターの下りたパチンコ屋。


 そのどれもが、川辺の“仕事”とつながっているとは思えなかった。


 だが、俺はその中に、冷蔵所へ向かう白い軽バンを走らせていた。


 冷蔵所は、思ったより“ちゃんとして”いた。


 白い外壁。私有地の立て看板。プレハブではなく、冷蔵物流会社の支所らしい建物だった。


 扉の前に立つと、自動センサーでシャッターがゆっくり開く。冷気が肌を刺した。


 中にいたのは、作業着姿の男だった。無表情で、無言。


 パックを渡すと、彼はひとつひとつ中身を確認し、バーコードリーダーで読み取っていく。


「お疲れさん。伝票は、そっちの端末に」


 初めて声を発したその瞬間、俺はようやく「人間と喋った」という感覚を思い出した。


 端末にサインをすると、数字が浮かぶ。

 『回収分:合計¥1,225,000』


 …一晩で、百二十万円。

 それを運んできたのは、俺ひとりの軽バン。

 何も武装もなく。何の監視もなく。


 「ありがとうございました」とだけ告げて、俺はバンに乗り込み、川へ戻った。


 帰り道、ラジオをつけると、雑音混じりの声が流れてきた。


 地元局の天気予報と、夜の漁の話。


 「……今日の高知県西部は、曇りのち雨。冷たい雨が降るので、うなぎ漁の方は、注意が必要ですね」


 “うなぎ漁の方”。

 それが、俺たちのことなのか、それとも正規の漁師たちなのか。わからなかった。


 ただ、エンジンの振動がいつもより不安定に思えた。


 それが車のせいなのか、自分の鼓動なのかも、もう分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ