異常事態
前日の疲れも残りつつも、馬をいつもの預け先に届け私は姫様の授業に向かっていた。城に着くと、何か様子がおかしい。
(ピリついている?)
外の兵士たちはいつもの場所に立っているが、かなり警戒の色を強めている。
そして、入口の手前には姫様の侍女頭が立っている。
(何が起きている?)
私の姿が侍女頭の目にも入ったようで、屋敷から離れ、近づいてくる。
侍女頭は姫様が幼いころから仕えているそうで、娘さんも姫様と歳が近いそうで娘のように姫様を見守っているらしい。
「リード先生おはようございます。本日は私がお部屋まで案内させて頂きます。また、授業の付き添いも私が。」
(授業の付き添い?やはり、なにかイレギュラーが起きているみたいだ。)
侍女たちはこの一年ほど授業は姫様と2人きりですることを見逃してくれていた。また、いつもなら屋敷の外で侍女が待っていることなどない。理由を聞きたいところだが、護衛たちの手前聞くことはできないため、大人しく侍女頭の後を着いていく。屋敷内も同様で、姫様の侍女だけでなくサイアン様や2人のお母上の侍女までが緊張感を出して働いている。
授業用のバッグをぎゅっと握りしめ、一度息を吐き出す。
(昨晩の噂が伝わったとしても、こんなことになるわけがない。相当なイレギュラーが起きている。動揺するな。落ち着け。)
自分に言い聞かせる。みな気を張り巡らせている中で、油断した言動なんて言語両断だ。姫様の部屋のある3階に辿り着くと、見たことのない騎士が見張るようにたっており、その横を通りすぎていく。姫様の部屋の前も同じく騎士が立っている。
侍女頭が部屋の中に声をかける。
「姫様、リード先生がいらっしゃいました。」
「どうぞ。」
姫様の声もいつもより硬い。
侍女頭が扉を開け中に入る。私も彼女に続く。
「昨日ぶり、ハイロン•リード。」
そこには昨晩の緑の髪の男が姫様の横に立っていた。
「こんにちは。リード先生。」
姫様は微笑んで挨拶をしてくれるが、あえて私のファミリーネームを呼ぶ時に声を強めて言った。
「こんにちは。そちらは?」
挨拶に応えつつ、緑の男に視線を向けると、彼が前に出て
「名乗るのが遅くなって悪いな。ユラーベット国第2王子アフィディだ。」
と名乗った。アフィディ殿下といえば、我がルリシア国の南に位置するユラーベットの第2王子で次期国王の最有力候補であり姫様の結婚相手である。
つまり、私が姫様の恋人で可能性がある相手と聞いてしまったのは紛れもなく姫様の婚約者ということになる。
(まさか、この男が王子だったなんて。昨日の態度は不敬に当たらないだろうか。それ以上に私と姫様の関係を疑われてしまっただろうか。大体、何しに来たんだ。)
この屋敷の緊張感に、見たことのない兵士たち、そして王子の後ろに控える只者ではない昨晩の顎髭の騎士、疑う余地もなく本物だろう。
「結婚式の前に一度花嫁の顔を見てみようって思って会いに来たんだ。寝室の家具の新調もしないとだから好みも知りたいしさ。」
私の疑問に答えるように彼はそう言いながら、姫様の腰に手を回す。
(あぁ、挑発だ。)
私が本当に姫様の恋人かどうか確認するためにわざと見せつけてきている。試されている。姫様の身体に触れるアフィディ王子にイラつきを覚えるが今は分不相応にイラついている場合ではないし、彼にはその権利がある。
でも、逆手に考えれば今は試している段階であり、アフィディ王子は確信を持っているわけではない。
そう思うと早まっていた鼓動が落ち着きを取り戻し始めた。
「アフィディ殿下だと考え至らず昨晩は大変失礼いたしました。改めましてサリャーナ様とサイアン様の家庭教師をしておりますハイロン•リードです。専門は歴史と地理としております。よろしくお願いいたします。」
「あぁ、。アフィって呼んでくれ。」
彼のアクションに対して私が何かしらの反応をすると彼は思っていたのだろうが、スルーしてみせると肩透かしを食らったようで返答の声に戸惑いが見られた。
「かしこまりました。ではアフィ殿下と。お二人で大事なお話があるようでしたら、本日の授業はお休みとさせて頂きますがどうされますか?」
「え?いや通常通り授業してくれ。見学しても構わないか?」
「もちろんでございます。ユラーベットの歴史のため、学び尽くされたアフィ殿下には退屈かもしれませんが。」
そうして、私は久々に授業をすることになった。最近は姫様の授業は今後のことを詰めるために時間を使っていたが、通常通り授業する用意も出来ている。私と姫様は定位置の机へ、アフィ殿下はソファーに腰掛ける。
「そうして、370年ユラーベットは新しい砦の建築と度重なる台風によって海賊からの侵略を妨げたのです。そのためユラーベットでは台風は災害というより神のご意思だと考えられています。」
淡々と授業を進めていく。始めは姫様も動揺が見られたものの、授業を進めるにあたり真面目に授業を受けられる。
「海賊って今でもいるの?」
「はい。ユラーベットの南西の島国にまだ海賊は潜伏しているそうです。」
我が国ルリシアは西部のみ海に面しているが、隣り合うユラーベットは西から南にかけて海に面しており、南部には多数の島国がある。何百年と島国との諍いが続いていたが、ついに昨年一番近い島国との戦いに完全勝利し、3つの島が新たにユラーベットの領土となった。その戦いこそが、このアフィディ王子の名を知らしめ、次期国王と語られる所以である。
「神獣はいつ出てくんの?」
ソファーの背にもたれ掛かりながらアフィ殿下は退屈そうに私に話しかける。
「姫様はルリシアではなくユラーベットの勉強中のため、神獣様はほとんど出てきません。」
「君、神獣研究の第一人者なんだろ?神獣の話をしてくれなきゃ俺聞いてる意味ないじゃん。」
(だから、退屈かもしれないと先に言ったのに。自分勝手すぎる。一体この王子はいつまでこの国に滞在するつもりなんだろうか?)
まさか、姫様との結婚までこの国に滞在するつもりなんだろうか?
姫様がどうするの?と尋ねるように視線を向けてくる。
「私は王命で姫様の授業をしております。アフィ殿下が神獣様のことが気になるようでしたら、授業が終わりましたらお尋ねください。」
「君、真面目って言われない?」
「昔からよく言われています。」
「はぁー。」
私に聞こえるようにため息をつかれると再び退屈そうに私たちを眺め始めた。
(諦めたか。)
戦歴が前に出てしまうが、彼は私と同じ年だったはず。わがままを言う姿は年相応というか幼い。
トントン
その時、扉を叩く音が聞こえた。控えていた侍女頭が応対しにいく。
少しすると侍女頭が私たちに
「サイアン様が来訪しております。」
と伝えた。
「リード先生、授業の途中だけどよろしいかしら?」
「もちろんです。」
姫様は授業中ということもあり、私に許可を取ると侍女頭の方を見て頷いた。私は席を離れ部屋の隅に控える。
アフィ殿下に目をやるとソファーに身体を持たれさせていた身体を正していた。
「失礼します。授業中に申し訳ございません。アフィ様昨晩はごゆっくりお休みになれましたか?」
「サイアン殿、急だったのにありがとう。ゆっくりさせてもらったよ。」
「それは良かったです。これから10日間ほど滞在されると言うことで、アフィ様がこの屋敷で過ごせるよう父上に許可を頂いてきました。」
サイアン様のことをずっと子どもだと思っていたが、さすが王子である。13歳ながらに普段と言葉遣いを変えて畏まることができている。
「任せてしまって悪いね。ありがとう。」
「いえ、これから家族になるんですから当然のことです。10日の間アフィ様の身元引受人は私となります。しかし、私もまだ若輩。そのため、父上と相談して案内人兼世話役をそちらのリード先生にお願いすることにしました。」
え?サイアン様は今なんて言った?
私に世話役をさせるって言った?そんな話は聞いていない。
(ただの教師に異国の王子の相手なんてさせないでくれ。)
「サイアン、何言ってるの?リード先生は教師よ?文官でも騎士でも側仕えでもないのよ?」
姫様がすかさず止めに入る。
「私はリード先生が適任だと考えただけです。どうしても変更したければ、父上に姉上から話して頂けますか?」
姫様の顔が強張ったのが目に入る。
国王様は王子たちとは毎日政務で顔を合わせているが、国王様は王女たちにはあまり関心がない。姫様が自分の父親に会うのは月に一度ほどで、面会を申請しても会うまでに時間がかかる。
一度姫様に両親について聞いたことがある。姫様は『政治の道具としてしか見てないんだと思う』と寂しそうに笑っていて私も胸が辛くなった。しかし、その後姫様は続けて『でも、絶対に私の味方でいてくれる育て親がずっとそばにいてくれるの』と笑顔で話された。当時は侍女頭のことかと思ったが、今振り返ればググのことを言っていたのだろう。
サイアン様は姫様が簡単に国王様に会えないことをわかっていてあえて言っている。
(いくら、変える意思がないとしても姫様を傷つけるのは辞めてほしい。サイアン様はどうしてそんな酷いことを言うのだろう。)
「わかったわ。」
少しの沈黙のあと、姫様はそう答えた。
「サイアン殿の推薦なら俺は別にその男で構わない。」
アフィ殿下は何やら楽しそうに私の方に視線を向ける。
(このままでは世話役に決まってしまう。)
「恐れながら、発言をお許し頂いても?」
前に出て声をかける。王族3人の会話を遮ることになってしまうが、当事者として止めない訳にはいかない。
「どうぞ。」
代表して、サイアン様が答えた。
「アフィ殿下の世話役は大変名誉なことでございますが、私には力不足だと思います。」
「リード先生、これは王命です。父上もリード先生にお願いしたいとおっしゃっています。もちろん、私もフォローします。だから、お願いします。」
(私に断る権利はないと…。国王様には会ったことすらないというのにサイアン様はどのように推薦したのだろう。荷が重すぎる。)
サイアン様にとって私もそして姫様も手駒の一つなのであろう。
「かしこまりました。アフィ殿下よろしくお願いいたします。」
王命と言われてしまえば、断ることなんて出来るはずもなく、渋々受け入れる。姫様が心配そうに私を見ている。
「こちらこそ、よろしく。」
新しいおもちゃを見つけた子どものような笑顔でアフィ殿下は私を見据えた。
「では、リード先生もアフィ様の滞在中はこの屋敷に泊まってもらってなるべくアフィ様に付き添うように。私の授業はしばらくお休みで大丈夫です。授業が終わりましたら、私の部屋に来てください。私の側近に先生の泊まる部屋など案内させます。」
「かしこまりました。」
そうして、サイアン様は姫様とアフィ殿下に挨拶し、部屋から出ていった。
「授業を再開させましょうか。」
「えぇ。」
頭の混乱も収まらないがそれでも仕事中である。
元の位置に戻って、どこまで授業が進んでいたか教材を確認する。
「ねぇ?大丈夫?」
「頑張ります。」
姫様も心配してくれているが、そう答えるしかなかった。
あけましておめでとうございます。
久々の更新です。書き溜めているのでしばらくは毎日更新続けていきます。




