真相(後編)
トントン
ドアをノックする音がした途端、ググの姿が見えなくなった。でも今ならわかる。きっと、この部屋のどこかでググは姫様を見守っていることを。
ノックの正体はわかっていた。姫様の侍女たちは授業が始まって少し経ったくらいにお茶を持ってきてくれる。今日もそうだろう。
緩んでいた顔を引き締め、私と姫様は急いで机に教材を並べて如何にも勉強中であるかのように並べた。
姫様からのアイコンタクトをもらい、侍女を招き入れる。
子どもの頃のお茶会の時からよく姫様に仕えている侍女だ。
「本日はアールグレイです。」
慣れた手つきで紅茶を注ぎ、銘柄だけ伝えて侍女は退室した。
何度か話したことがあるが、姫様のことをとても大事に思っており、姫様の婚姻を寂しがられてはいたが、とても喜ばれていた。
姫様が自ら命をたったとなれば、この侍女を含め姫様の侍女や兵士たちは悲しみにくれるだろう。
「侍女たちには何も?」
「えぇ。何も言わないことが彼女たちのためよ。良くしてくれた侍女たちを反逆者にしたくないもの。」
姫様は少し寂しそうな表情をしながらも、決意は固かった。
窓から風が通り教科書が捲れる。
「今後授業はどうされますか?」
私の授業を受けた後、テストとかがあるわけでもない。ユラーベットに嫁がないとなるとユラーベットの歴史を詳しく学ぶ私の授業は必要ないだろうと思いつつ尋ねる。
「あなたの授業は興味深いけど、これからその時間は今後のことの計画を詰めていきたいの。いい?」
「もちろんです。」
私に取って授業は姫様に会うための手段であって目的ではない。姫様に会えるのであれば全く支障がない。
「それで、ここを出た後はどうされるご予定で?」
「しばらくは定住する場所を探して旅をすることになると思うわ。前に話したことがあるの覚えてるかしら?住む場所を決めた後はヘアメイクとかお化粧をしてあげるお仕事とかお花で香水を作ってそれを売ったりして生計を立てていきたいと思っているの。」
「覚えています。通りで具体的な話だったわけですね。」
未来の話を聞き心に苦いものが広がる。
私が協力することが決まったのは今さっき。当然姫様の描く未来に私はいない。
その未来に私の入る余地はあるのだろうか。
姫様は私との未来を望んでくれるだろうか。
姫様たちを逃して、それでさよならなんて嫌だ。
これから先も私は姫様の笑顔をそばで見たい。
なんて伝えようか、そう思考を巡らせた時、再び白い獣が姿を現した。
「サリー、ハイロンに言わないといけないことがあるだろ?」
「でも。」
ググは姫様の肩を前足で軽く押す。
姫様は私を一度見やり、何やら躊躇っている。
(他にも話しづらい何かがあるのだろうか。衝撃なことが多すぎて、今更な気がするが。)
「どうぞ、話してください。」
そう、私が伝えても姫様は視線を揺らすだけで話してくれない。神獣様も自分が代わりに話すという気はないようで姫様を見つめている。
余程言いにくい話なのだろうか。
(私相手にそんなに躊躇わなくていいのに。私はどんな話を聞いても姫様の味方でいる自信があるのに。)
「サリー、決めるのはハイロンだ。」
ググはそう言って再度姫様の肩を押す。
覚悟を決めたのか、姫様は私を空のように綺麗な瞳で私を見る。
「ハイロン、出世もここでの生活も捨てて私と一緒に王宮から出て平民として暮らしてくれない?出世や身分より私を選んでほしいの。
もちろん、私は自殺したことになるからあなたの家族に反逆とかの罪はいかないわ。
だから、、、私と生きてほしいの」
姫様は顔を真っ赤にしながら言い切った。返事が怖いのか、言った途端目をつぶってしまった。
姫様の肩は震えていた。
普段王女として凛々しく公務に励んでいる彼女が私の前でどこにでもいる1人の少女のようにか弱く震えている。
出来ることなら連れ去りたいと思っていた。
私に花が咲いたような笑顔を向けてくれる彼女のそばに少しでもいれるように生きてきた。
姫様も私との未来を望んでくれていた。
そのプロポーズのような姫様の願いを私が受け入れない訳がなかった。
「姫様、顔を上げてください。」
姫様が恐る恐る顔を上げる。その顔は赤く、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(私が断る訳がないのに。そんなに不安がらないでください。)
「もちろん貴方と生きることを選びます。貴方をそばで支えさせてください。」
「よかった…。」
姫様は安心してくれたのだろう、不安げな表情から一変し、笑顔を見せてくれた。
感極まったのかその瞳は水分を含んでいた。
私は座っていられなくて、姫様の元に駆け寄りハンカチで姫様の涙を拭う。
「ハイロン。」
姫様は両腕を広げて私の名を呼んだ。
以前だったら躊躇しまっただろう、私は姫様の手をとり立ち上がらせ抱きしめた。
(抱きしめてと腕を広げるなんて、なんて可愛らしいんだ。)
ふわっと姫様から甘い薔薇のような匂いが漂い、自分の腕の中に姫様がいるということを実感する。背後にいる白い気配を感じなければそのまま唇を奪っていただろう。
ググの存在はすごく頼りになるが、この時ばかりは少し恨んだ。
「私も姫様と同じことを頼もうと考えていたのですよ。」
「本当?」
「連れて行ってくださいでは少しかっこ悪いですし、だからと言って守りますって言っても私はただのゴロツキにすら負ける気がしますし。」
「フフ、運動は得意じゃないものね。」
「お金持ってますとか男だから家借りやすいですので一緒に行きましょうは虚しいですしなんて言おうか悩んでました。」
「それはちょっとかっこ悪いかも。」
姫様はフフフと私の腕の中で笑ってくれた。
すでに私は彼女の笑顔の中毒になってしまっていたのだろう。もう姫様から離れられる気がしなかった。
その笑顔が可愛くて嬉しくて、先程まで気になっていた後ろの気配も忘れて私は姫様に唇を軽く重ねてしまった。
唇を離すと姫様は少し驚いた様子だったが微笑んでくれた。
「ググがニヤニヤしてる〜。」
姫様に言われてググを見ると、目を細めて幸せそうに私たちを見ていた。
「よかった。」
ググはそれだけを言って猫が甘えるかのように自分の頭をグリグリと私たちの体に擦り付けてきた。
姫様がググの頭を撫でるのを真似て私もググを撫でた。
視界の端に姫様のベッドが映ってやはりググがいてくれてよかったと思ったのだった。




