運命の日(中編)
私の全ての力をかけて必死で走る。
あと少し、あと少しで間に合う。
姫様は身体を曲げて橋の下を覗いている。いま地面を蹴ってしまったら間に合わない。
「姫様!!」
私が呼ぶと、姫様は姿勢を少し戻しこちらを見た。それと同時に私の身体も姫様のところに辿り着き、橋から引き離すように引き寄せ抱きしめた。
「ハイロン?どうしてここに?」
私の腕の中の姫様は状況が読み取れないようにこちらを見上げ、信じられないというように瞬きをしている。
久々に走ったため、息がきれ肩まで動く。苦しくて言葉が出ない。
腕の中の姫様はしっかりと温かい。まだ失っていない。これは現実だと確かめるように私は姫様を抱きしめる腕に力を込める。
姫様はやはり何が起きているのかわからないというように私を見ている。
私は呼吸を落ち着かせるように深呼吸をした。
「それはこちらのセリフです。何をしようとしてたか教えてもらっても?」
私はつい少しキツく言ってしまった。
「それは、、」
その続きを待ったが、姫様は気まずそうに視線をそらし答えてくれない。
「姫様。」
私は答えを促すように姫様を呼んだ。
「さんぽ、、ただ夜の散歩をしていただけよ。」
姫様はぽつりと、そして淡々と答えた。従者も連れずに王女が散歩なんてありえない。なんと嘘が下手なんだろうか。
(貴方はこの後に及んでまだ私に嘘をつくのですか。)
怒りと悲しみと悔しさが私の心を取り巻く。
私には何も教えてくれないのか。姫様にとって私はその程度の人間なのか。
「ついて来てください。」
さすがに橋の上で姫様を抱きしめ続けていたら、見回りが来たらすぐに見つかる。子どもの頃に一緒にいた白いテラスに行こう。
仮にでも婚姻前の王女と歳の近い男だ。
幼馴染とはいえ、密会と思われても仕方ないだろう。
私は姫様を腕の中から解放するも、逃げ出さないように腕を掴み歩き始める。
姫様の庭から少し離れたところにある屋根のある休憩所に向かう。私たちはそこを白いテラスと呼んでいた。
私の圧に押されてか、姫様は黙って私の後を追う。
姫様が橋に現れ自分の目を何度も疑った。姫様が橋から身を乗り出した時、怖かった。この愛する人を失いたくないと思った。
本当はこのまま連れ去って私の前から勝手いなくならないよう鎖で繋いでしまいたい。命が終わるその時まで私に笑顔向けていてほしい。
少し歩くと白いテラスにたどり着いた。ここは林に囲まれあまり見回りがこない。また屋根もあるため、城からも屋敷からも灯りがついてない限り気づかないだろう。
石でできた椅子に姫様を座らせ、私も隣に座った。
「それでどうしてあんな所に?」
「その、勘違いよ。少し有名な所だから、勘違いさせてしまったと思うけど、ちょうど魚が見えて身を乗り出しただけよ。」
スカートの上に置かれた姫様の手の親指が動く。
淡々と答えているが、動揺しているのがわかる。
(どうか私に嘘をつかないでください。)
「王女がこんな夜分遅くに供もつけずに外にいるのは?」
「散歩よ…」
私の普段より低い声に嘘がバレたと悟ったのだろう。自信なさげに尻すぼめに答えた。
「姫様、どうか私に嘘をつかないでください。姫様の考えていることを教えてください。」
私は必死に目の前の美しくも儚いお方に頼んだ。
姫様は一度瞳を揺らしたが、
「ただの散歩よ。あなたが心配するようなことはないわ。」
と答えた。
どうしたら姫様は自殺をやめてくれる?
ただ幸せでいてほしい。生きていてほしい。
私の前からいなくならないでほしい。
(姫様は私に何も伝える気はないんだ…。私では姫様を止められないのか…)
「ねぇ、どうしてハイロンが泣いているの?」
姫様に指摘されて自分の頬を触ると濡れていることがわかった。みっともない。話も聞かせてもらえず、涙を流すなんて。
「気にしないでください。それより、部屋まで送ります。戻りましょう。」
これ以上姫様が嘘をつくのを聞いていられなかった。姫様が大切なのに何もできない自分が不甲斐なかった。私の力不足だ。私に言ったところで婚姻も中止なんてできるはずもないし連れ去ることはできないし本当のことを言う必要はないと判断したのだろう。
なんとかして説得しようとテラスまで連れてきたが、嘘をつく姫様に何を言えばいいのかわからない。
今日は部屋に戻ってもらおう。毎晩姫様が脱走しないか屋敷の前で見張るか?それとも侍女や護衛たちに部屋から出ないように見張ってもらうか?
しかし、そんなことしては姫様に嫌われてもう会ってくれないかもしれない。だが、死なれるくらいなら恨まれたほうがマシなのかもしれない。
頭の中が混乱する。
「行きましょう」
私は立ち上がり、姫様の左手を引く。
「教えて。」
しかし、姫様はそう言って立ち上がってくれない。強く腕を引くも断固として動かない。
「ハイロン。お願い。」
先ほどまでと違いいつもの姫様らしい意志の強い目で私を見つめる。教えてくれるまで動く気がないとその瞳が言っている。
酷いお方だ。自分は嘘を吐くのに私には答えろという。
(なんで泣いているかって?
姫様のことを愛しているから。死んでほしくない、失いたくないって?姫様のことが好きなのにそんな姫様が嘘をつくからって?
国王の長女に、隣国の王子と婚姻が決まっている姫君に伝えろと?
ただの幼馴染の家庭教師が?)
そんなことできるはずない。
しかし、今この瞬間私だけを見つめてくれる姫様の瞳から目を逸らすなんて勿体無くてできなかった。




