神獣
窓から月明かりに照らされた王宮や、王子や王女たちの屋敷が見える。
兵士たちが照明をもって見回りをしているが、それ以外は寝静まっている時間だろう。
と言っても私のいる宿舎は教師が多い。私のように翌日の授業のために机に向かっているものも中にはいるだろう。
子爵の息子で齢19と若輩な私ではあるが、国王の長女であるサリャーナ姫の家庭教師を務めさせて頂いている。
姫様は隣国の王子との婚姻が確定してから元気がない。普段はいつも通りの笑顔を作っているが無理をしているのがわかる。そして、ふとした時に寂しそうな表情をしている時がある。
姫様は幼い頃から歴史が好きだった。特にこの国に伝わる伝説の神獣の話が。
授業ではあるが、姫様の好きな話をして少しでも気を紛らわしてくれたらと思う。
しかし、特に教えるように言われているのは嫁ぎ先である隣国の歴史。中々この国の神獣の話と絡ませるのは難しい。そのため、この深夜まで私は頭を悩ませていた。
ただの教師なのだから、教えるべきところを教えるだけで良いはずなのだが、身分不相応にも王女に長年の片想いをしている私は寂しそうな表情をしている姫様を少しでも笑顔にしたい、私との授業と時だけでも気を休まるようにさせてあげたいと図々しいことを常に考えていた。
この想いを伝える予定も特にない。ただ姫様がどこかで幸せに笑っていてくれたら、それだけで私も生きていける気がする。
風のない夜だったが、レースのカーテンが揺れた気がした。この宿舎の住人はほとんどが教師で貴族出身者が多いため、1人部屋で侍女や一般兵の宿舎よりも広々と造られている。
ふと背後のカーペットに何か重たいものが着地するような音がして、ペンを持つ手を止めた。
扉は鍵をかけているはず、まず扉を開いた音はしていない。
気のせいか、いや確認はすべきか。手元のペンを強く握りしめ、ゆっくり息を吐いて振り返った。
私から1mくらいの距離に柔らかそうな白い毛がついた2本の柱が現れた。そのまま視線を下げるとその柱は四足動物の前足であることがわかった。
私は夢でも見ているのか。
どうやってこんな大きな生き物が入ってきたのかと思いながらも自分の視覚は鋭い爪をもった前足を認識している。
もう一度息を吐き、視線を上げる。
まず目に入ったのは暗闇に光る水色の目。黒い瞳孔はこちらを見下ろしていた。
そしてピンク色の鼻と長い髭。ここまで見て猫科の動物であることがわかった。
「よう。ハイロン。」
その獣はあろうことか私の名前を呼んだ。
低いが威厳を感じさせる声だ。
獣の首元のモフモフした毛の中に何かがキラリと金色に光っていた。
あぁ、実在したのか。
私はこの獣を知っていた。
歴史教師でありながら、伝説の神獣を私は信じていた。親や友人たちは神獣については否定的だった。
だが、どんなに文献を調べても神獣の存在を否定するものはなく私は存在を信じていた。
この白い獣はこの国の起源から存在し、150年前には英雄王とともに内乱を納めた伝説の神獣ではないか。
私と共に神獣はいると信じていた姫様に教えてあげたい。
「ハイロン、お前サリャーナ姫に惚れているんだろ?」
「は?」
右手に握っていたペンを床に落とした。恐怖と緊張で私の掌は湿っていたようだ。
突然現れた神獣はずっと秘めてきた私の恋心を無遠慮に尋ねてきたのだった。
「ちゃんと、俺のこと見えているな。久々に普通の人間の前でこの姿になったから見えてないのかと焦ったぞ。
あぁ、惚れてるの隠さなくていいぞ、見ていればわかる。別に誰にも言わないから安心しろ。」
神獣はそういいながら少し眠そうにあくびをし、カーペットの上に腰を下ろした。
なんで私の恋愛事情を伝説の神獣が知っているだ。というか、神獣が現れるのは王子の前だけじゃないのか。
「あの、神獣様ですよね。私なんかに何のご用でしょうか?まさか、恋バナをしにきたってことはないでしょう?」
「あぁ、大事な話をしにきた。」
恐れ多くも神獣様に質問すると特に怒ることなく答えられた。神獣あることを否定されないし、この見た目から神獣様であることは間違えないようだ。
そして、神獣様は私の目をしっかり見て
「お前の想い人は、近いうちに死のうとしているぞ。」
そう言い放ったのだった。
は?
何を言っている?
姫様が?自殺?まさか。
思考が停止する。神獣様はなにを言っているのか。そんなはずはない。
否定しようと口を動かそうとするが言葉がでない。
しかし、時折悲しそうな寂しそうな表情をしている姫様が脳裏を横切った。
「別に信じなくてもいい。ただお前が後悔するだけだ。でも信じるというのなら、サリャーナ姫の本棚の一番下の段を見てみろ。俺としても大事な王族に死んでほしくはない。」
私にこの神獣は嘘をつくメリットはあるのか。姫様が自殺なんて考えたくない。
だが、私には目の前の神獣が嘘をついているようにも見えなかった。
「確認、してみる。」
なんとか私が答えられたのはそれだけだった。
「じゃあ俺のことは他言無用で頼む。伝えたいことは伝えたから」
そう言って神獣は立ち上がり私の方に近づいてくる。
ぶつかると思い、咄嗟に目を瞑ったが一向に当たらない。恐る恐る目をあけると先ほどまで私の部屋にいた白い獣は消え去っていた。
またレースのカーテンが揺れた気がした。
カーテンをめくり、外を見渡すがどこにも白い神獣様の姿は見られなかった。
この窓は横に30cmもない。あの人間を簡単に噛み殺せそうな獣が通るには狭すぎる。
馬よりもはるかにでかかったぞ。
私は椅子に深く座り込んだ。
大きく息を吸い込み吐き出す。
おもむろに自分の左頬をつねってみたが、ちゃんと痛い。
「夢じゃないのか」
自分の声が静かに響いた。床に落としたペンを拾い机に置く。
今起きたこと、伝えられたことが信じられない。
いや、姫様が自殺しようとしているなんて信じたくない。
左手髪を押さえ背もたれにのけぞる。
なぜ神獣様は姫様が死のうとしていることがわかったのか、それを私に伝えてきたのかわからないが、確認してみないことには始まらない。明日授業の際に確認してみよう。
仕事の続きをする気になれず、ベッドに横になった。
この国ができて600年、建国時に神獣が活躍したという伝説があり、それから何度か神獣が現れたという歴史書が残っている。
数百年に一度神獣を手なづけることができる王子が生まれるようで建国時以外では3度歴史に出現していたと記憶されている。
前に神獣をつれていた王は約150年以上前。英雄王と呼ばれている王の時代だ。王子時代から神獣をつれて反乱地帯を抑え、その圧倒的な人気から四男ながらに王に君臨した。しかし、王に即位して半年で病で亡くなってしまったそうだ。
それ以降150年、神獣が現れたという歴史は残っていない。
そんな神獣がなぜ王族ですらない私の元へ?
今のは疲れた私の頭が生み出した幻想か?
どうやってこの部屋にあの大きさの神獣様が入り、出ていったのか。
考えてもわからなかった。
なぜか、部屋には柑橘類の匂いが漂っていた。
初めましてこんにちは。
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