高橋さん 2nd Evolution (神様歴2年7ヶ月。時給1000ゴッド)
高橋さん(♀・27歳独身)の話です。
高橋さん 2nd Evolution(神様歴2年7ヶ月。時給1000ゴッド)
ある休日の朝、実家の母から魔法電話が掛かってきた。
「ちょっと高橋! あんた今年のお正月も帰ってこないで、一体何してるの?」
うるさい母親だ。私が年末年始に何をしていたかって? 仕事に決まっている。私の仕事は人間界の神様だ。
私のいるオフィスには鈴木という口の臭い管理職と、後輩のがちゃ目の男の田中しかいない。鈴木はやたら人間界崩壊させたがるので私が何とかあの手この手で止めないといけない。そうしなければ、すぐに鈴木は人間界に大地震とかハリケーンとか起こしたがるから。
田中は田中で仕事の出来ない使えない男なので、彼の仕事が私の方にまで回ってくる。どうしようもない上司と部下に板ばさみにされているので年末年始だって帰れない。
「私は年末年始は忙しくて仕事してたの。別に好きで帰らなかったわけじゃないんだから。本当に遊んでないんだよ」
「全くもう、そうでなくても魔法電話くらいよこしなさい。こっちは高橋が家に帰ってくると思って、新しく買い取ったにぶるへいむにある畑から取れた米でおいしいお餅作っておいたのにねぇ」
にぶるへいむにある畑? あぁそういえば前に実家に帰った時に土地買って畑の面積を増やすだとか何とかって話をしていたっけ。にぶるへいむ……うーん何処だったっけ。あー、にぶるへいむっていえばウチの実家の裏の山道を雲車で二十分くらい行った先にある産業廃棄物置き場の名前だった。ていうか、そんな土地で作ったもち米って、本当に大丈夫なわけ? 食虫毒とか起こさない?
「それはそうと高橋あんた、いつになったらお嫁に行くの。いい年こいて、彼氏の一人くらいいるんでしょうね」
どう答えようか焦ってしまった。妙な間が空いてしまった。まずい。
「いる、よ。彼氏くらい」
「あーあー、いないんだね。全く高橋は仕方のない子だよ。親の手も借りなければ結婚一つ出来ないのかねぇ。この優しいおかんが、高橋のためにいい見合い相手を見つけておいたよ。今日お休みなんだろ、暇なら家まで帰ってきなさい」
余計なお世話だ。ていうか今更だが我が子を苗字で呼ぶな。名前で呼べ。母さんだって苗字は高橋のくせに。
「駄目。買い物とか行かなきゃならないし。今日これから、スーパーぜうすで豚挽き肉の詰め放題があるから」
本当は帰るのが面倒くさい。どうせ母さんが見つけてくる見合い相手なんて、ゴブリンみたいな奴に決まってる。
「それがねぇ。今朝ヴァルハラの畑に行ったら、何故か土に埋まってたいい男なんだよ。なんだか全身を……何ていうの。そう、金属の鎧で固めていてねぇ。剣とか持ってる金髪のイケメンなんだよ。本人の話を聞くと、『私はカムチャッカ男爵と剣を交えていたはずだが何故こんな畑に埋まっているのだ』とか良く分からない事を口走っているんだ。だがイケメンなのは変わりない。この機会を逃すわけにはいかない。お前に会わせるしかない! と私は思ってね。魔法電話してみた次第なのさ」
「……はぁ」
どうせまた、人間界から引っこ抜かれてきた似非英雄だろうに。どうやら人間界には、こっちの神界から行ってしまった御年九十歳の自称戦乙女がいるらしい。そいつは定期的にいい男を見ると「私は神に仕えしばるきりー」だの何だの言って神界に勝手に連れてきてしまう困ったお婆ちゃんらしい。
ていうかその正体はばるきりーでもなんでもなく、徘徊癖がある痴呆のお婆ちゃんだ。前にテレビにだって出た事がある有名人だ。ウチの親は昔からテレビや新聞、雑誌などのメディアをあまり目にしない疎いタイプなため、召喚されてきてもそれが分からないのだ。現に私が小さな頃にもウチのヴァルハラの畑に変なおやじが召喚されてきた事がある。さっさと役所に言って人間界に帰してもらったが。
その時、携帯電話が鳴り出した。
「あ、ごめん。仕事の魔法電話掛かってきちゃった。また連絡するから」
一方的に母との魔法電話を切る。携帯に手を伸ばすと、そこにはがちゃ目の田中の名前があった。
「もしもし田中君?」
「あ、高橋さん。お休みの所すいません。今日、出社できませんか?」
「え、どうしたの。何かあったの?」
「はい、鈴木部長が突然現れた変なおばあちゃんによって連れ去られてしまいました」
まだ続くかもしれません。