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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第4章 灰色の科学者
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第4話 帝国からの手紙

 3の月に入って1週間ほど過ぎた頃。俺はリコの自室に呼び出されていた。

 呼び出されるような心当たりは何も無いんだがな。そう思いつつも扉をノックして中に入ると、俺は一瞬ギョッとしてしまう。

 俺1人だけが呼び出されたのかと思っていたが、緑を基調とした落ち着きのある室内には、リコ、ミク、トリス、エリ、クロが既に集まっていて、思い思いのソファー(場所)に座っていたからだ。

 リコが居るのは当然として、『暁の明星』のメンバーが全員揃っているのは珍しい。クロは何かと仕事でいない事が多いし、最近は各々がソロで依頼を請ける事もあったからだ。


「ようやく来たね、ノール君。」

「ようやくって、言っていた時間の前だろ?」

 リコの言葉に、俺は若干ムッとして返事をする。指定されていた時間は昼過ぎの2時だった。ちらりと室内に置かれた時計を見れば、その短針は1は過ぎているが2を指しておらず、長針はまだ10のあたりだ。これでようやくはないだろう。

「ごめんごめん。思いの外、みんなの集まりが良くてね。君が最後だったから、ついね。」

「まあ、いいけどよ。で、『暁の明星』のメンバーを全員集めて一体どうしたんだ。何か大きい依頼か?」

 俺がそう尋ねるとリコはゆっくりと首を振った。

「話があるのは実は僕じゃ無いんだ。全員に集まってもらったのは、君達『暁の明星』にとって重要な話だと思ったから。僕は声掛けをしただけさ。」

「・・・じゃあ、誰が話があるっていうんだよ?」

 要領を得ないリコの回答に俺が呟くと、黙って話を聞いていたトリスがスッと立ち上がる。

「・・・アタシから話をしたい事があるのよ。」

 ポツリと呟いたトリスの声にはいつもの張りが無く、その表情は珍しく曇っていた。



「ノール、ミク、クロ。・・・ゴメン。アタシとエリは『暁の明星』を抜けて、帝国に帰るわ。」

 悲壮な顔をしてトリスが切り出したのは、パーティーを抜けて母国に帰るという話だった。トリスの横に控えるエリも一礼をして追従する意思を示す。

 まあ、エリの立場と日頃の言動からして、トリスについて行くのは必然なんだろうが。

 ・・・いやいや。今はそんな事はどうでもいい。急な話題で考えが纏まらないが、取り敢えず理由を聞かないと。

「ちょっと待て、トリス。ついこの間、いつかリコを超える魔導士になるって言ってたよな。その目標の為なら、リコ本人から学べるという今以上の環境はない筈だろ?」

「・・・アタシだって、出来れば今のまま鍛練を続けたいし、『暁の明星』を抜けたくもないわ。」

「では、何故トリスは帝国に帰ろうとしているのだ?」

「それは・・・。」

 ミクの問いかけに、珍しく言い淀むトリス。物憂げなその表情が、今はもどかしく感じる。


「トリス。どうしてもというのなら『暁の明星』を抜けるのは構わない。・・・構わないが、何故帝国に帰らなければならないのか、説明くらいはしてくれないか?同じパーティーの仲間として、教えて欲しい。」

 トリスの碧玉色の瞳を見つめながら問いかけると、トリスは戸惑いながらもため息を吐いた。

「・・・はあ。仕方ないわね。少し長い話になるから、座って話すわ。アンタも座りなさい。」

 そう言ったトリスの口調は面倒臭そうにしながらも、ほんの少しだけ微笑みを浮かべており、何処か嬉しそうな顔をしていた。

「先ずはアタシの出自について話すわ。アタシとエリが帝国出身だという事は分かっているだろうけど、それで全部じゃないの。みんなはアタシの事をトリスって呼んでくれているけど、実は愛称であってトリスは正式な名前じゃない。」

 トリスはそこで一旦言葉を切って、表情を硬くする。



「アタシの名前は、トルティシア・アディリス・ド・ヴァレンティーナ。セプトアストルム帝国唯一の公爵家、ヴァレンティーナ公爵家の長女になるわ。今まで隠しててごめん。」

「・・・私もエリは愛称です。本当の名前はエリューシア・パーリントン。セプトアストルム帝国の伯爵家、パーリントン伯爵家の次女です。」

 側仕えを連れているくらいだから、俺は最初からトリスのことを一般市民とは思っていなかった。大店の商家や何処かの貴族のお嬢様とかを予想していたわけだ。

 だが、完全に想像以上の大物だわ。公爵家ということは王家の血筋が流れている家系で、貴族としては最上位の格を持っているはずだ。

 その長女ともなれば、貴族のお嬢様というよりも、貴族のお姫様と言った方がしっくりくるだろう。言葉使いはともかくとして、一つ一つ動作が妙に上品だったり、褒賞式の様な社交の場に慣れているのも、ある意味当然なわけだ。

 しかし、最近俺の周りには身分が高い人種が多くないか?この部屋の中も半分以上・・・リコ、トリス、エリの3人が貴族だし、グレゴリウスのおっさんもフォディーナ王国の王族だったしな。


「私には難しい事はよく分からないが、トリス達が大貴族である事と、今回帝国に帰ることがどう関係するのだ?」

「それは今から話すことが関係してくるわ。」

 ミクの問いに答えながら、トリスは目線を下げる。考えを纏めながら話をしているようだ。

「そもそもアタシが公爵家を出たのは、人族至上主義に反対したからよ。」

「・・・そう言えば、人族至上主義って、具体的にはどういう思想なんだ?字面からなんとなく分かりはするんだが。」

「人族は他の人種と比べて全てにおいて優れている。だから他の人種は人族に従うべきだし、劣等な種族である亜人を優秀な人族が使役するのは当然である。と、まあ、そんなイカれた考えよ。」

 そりゃあ、また、創世神話を真っ向から否定する思想だな。人族は万能ではあるが、身体能力なら鬼人族に、魔力なら耳長族に、器用さなら小人族には敵わない。事実としてそういう傾向になっているわけだしな。


「それで少し前に、領内の人族以外の人種の集落を滅ぼすようにと、陛下の勅命がヴァレンティーナ公爵家に下ったんだけど、お父様は特に抵抗する事もなく勅命に従い、領内は奴隷で溢れたわ。・・・アタシはお父様に抗議した。」

 トリスは目を瞑りながら拳を握り締める。その時のこと思い出しているのだろうか。

「力ある者は弱き者を守る義務がある。人族至上主義に従って、人族が一方的に他種族を捕らえて奴隷にするなんて、おかしいってね。アタシの主張にお父様は首を縦に振らなかったわ。納得いかなかったアタシは公爵家を飛び出して、帝国を脱出し、フォディーナ王国に向かい、そして、ノール達に出会ったというわけよ。後はアンタ達も知っての通りね。」

「つまり、神都の城門前で初めて会ったあの時は、帝国を出た直後ってわけか。」

「そういう事ね。アタシは公爵家を飛び出したけど、別に故郷を捨てたつもりは無いし、帝国を見捨てたつもりもないわ。経験を積んだ上で、帝国内に蔓延る人族至上主義が間違っている事を証明して、いつか帝国からその思想を撲滅しようと考えていた。その為にハンターになり、色々な所を訪れて見聞を深めようと思っていたわ。」

 家や国の方針が不満だからといっても、普通の貴族のお姫様なら、気持ちを抑えつけながら従って過ごすんだろうなぁ。

 間違っても、出奔した上に方針そのものを変えてしまおうなんていう考えには至らないだろう。

 信念を諦めずに折れないで、したい事をしたいようにしようとするのは実にトリスらしい感じがする。


「まあ、まさか|アダマンティスマトゥラ《あんな化け物》と戦うことになるとは予想外だし、一ヶ所の街に・・・ファリーナにこんなにも長く滞在する事になるとは思わなかったけどね。」

 トリスはいつの間にか淹れられていた紅茶を一口飲んで、苦笑する。

「最初に思い描いていたのとは違うけど、旅をして、みんなと話したり、一緒に戦ったり、師匠と鍛練したり・・・。色々と経験したおかげで、やっぱり人族至上主義が間違っている事が分かったわ。本当はもっと経験と実績を積んで、納得いく強さになってから、帝国に戻りたかったんだけど・・・。」

 そこまで言って、一気にトリスの表情が曇っていく。・・・一体何があったんだ?

「公爵家から連絡があったのよ。エリが手紙を受け取っていてね。」

「・・・今までお嬢様にはお知らせしていませんでしたが、私は公爵家と定期的にコンタクトを取っていました。つい先日届いた手紙に書かれていたのです。ヴァレンティーナ公爵家と皇帝陛下との間で戦争が起きる可能性が高いと。」

 トリスの視線を受けて、側に控えていたエリが淡々と語る内容は、ハンマーで頭を殴られたかのような衝撃的な物だった。


「なっ!」

 皇帝と公爵家の戦争という驚愕の情報に、俺は思わず声を上げてしまう。ミクも声は出ていないが、満月色の瞳を見開いており、驚いた様子だ。

 それに比べて、リコとクロは特に変わった様子はない。・・・知っていたのか?

「僕はクロ君から今の帝国の状況をある程度聞いていたし、みんなに集まってもらう前に、トリスちゃんから話を聞いていたからね。」

「俺は元々帝国の人種だし、トリスの素性については分かってはいた。帝国の現状もある程度把握しているから、いつか何処かで、そうなってもおかしくは無いとは思ってはいた。もちろん、公爵家と皇帝の戦争ともなれば、大事だと思うが・・・。」

 俺が無意識に視線を向けると、リコは優雅に紅茶を飲みながら、クロは腕を組んで仏頂面で答えてくる。

 2人はある程度予想がついてたわけか。クロは何処から情報を仕入れたんだか。しかし、根本的な部分でわからない事がある。


「・・・何で戦争なんて話になったんだ?」

「年明けして、少しした後。2の月に入ってから、今回の事態の原因となった帝国全域の全階級を対象にしたある勅令が発令されました。亜人徴発令です。」

「亜人・・・徴発令?」

「帝国内では人族以外の人種を亜人と蔑称で呼んでいます。皇帝陛下は数年前から、国軍やヴァレンティーナ公爵家のような有力な貴族家を動かして、彼らの集落を潰してまわっています。」

 俺の疑問に澱みなく答えるエリの横で、トリスが沈んだ顔をしている。公爵家の一員として、責任を感じているのだろうか。

「その過程で多くの・・・便宜上、()()呼ばせていただきますが、亜人達が奴隷にされており、帝国各地には大勢の亜人の奴隷が存在しています。亜人徴発令は、亜人を()()()帝国に引き渡す事を求めていて、各地でトラブルが発生しているらしいのです。亜人の奴隷は高価な資産として扱われていましたから。」

「俺が集めた情報の中には、亜人を匿っていた小さな村が国軍に襲われて村人全員が奴隷に落とされたり、亜人の引き渡しを拒否した貴族家が取り潰されたり・・・とまあ、かなり強引なやり方で大勢の人種を集めているみたいだな。」

 エリの話をクロが補足する。・・・そんなにたくさんの人種を集めて一体何をしたいんだ?皇帝は。


「補足をありがとうございます。クロ様。・・・ヴァレンティーナ公爵家は、帝国内で1番多くの亜人の奴隷を抱えています。理由は分かりませんが、公爵閣下が皇帝陛下の勅令を拒絶したため、両者の関係は急激に悪化して、緊張が高まっているそうです。」

「それで、戦争になりそうって訳か。じゃあ、トリス達が帝国に戻るのは・・・。」

「アタシに何が出来るかは分からない。でも、アタシはこれでも公爵家の娘よ。公爵家のみんなのため、公爵領の民のため。アタシはアタシに出来ることをしに行くわ。」

 トリスはその藍玉色の瞳に力強い光を宿しながら、そう宣言したのだった。

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