第3話 超えるべき壁
「なんでもない。・・・しかし、ミクがレベルアップ出来るようになってから、もう1ヶ月以上経つのか。アレから随分忙しかったな。」
模擬戦で見事にノールに負けた後、雑談をしているとノールがそんな事を言ってくる。
「ああ、そうだな。・・・ほんの1ヶ月と少し前の話なのに、随分と昔のことのように感じる。」
リコから血魔石が破壊神と関係のある代物だと聞いた時は衝撃を受けたが、封印神具を参考にリコが作り出した魔導具のおかげで、私の中にある血魔石は見事に不活性化し、結果として普通の人種と同じ様に、私はレベルアップをすることが出来るようになった。
また、不活性化により、血魔石の侵食を抑える為に使われていたらしい私の魔力も身体の隅々まで供給されるようになり、最初のうちは魔力の扱いに慣れずに、身体能力強化を無駄に発動して食器や家具などを壊したりもしたものだが、今では日常生活においてその扱いに困ってはいない。
魔力のある日常生活に少し慣れた後、『暁の明星』としてファリーナ近辺のハンターズ支部に寄せられた魔物の討伐依頼をこなして周り、つい数日前にようやくファリーナに帰って来た、というわけだ。
帰って来た頃には1だった私のレベルは20まで上がっており、ノールやトリスは20程度から30くらいまでレベルを上げていた。
因みに、ノール達はリコからレベルを上げない様に指導されていたらしい。身体能力や魔力量を出来るだけ底上げした状態で、レベルアップをした方が能力の伸びが良くなるから、というのがその理由だった。
帝国からの工作でもあっているのか、ファリーナ以外のリーベルタルス王国の各地域ではゴールドランク以上ミスリルランク以下の異常種がかなりの頻度で発生しているようで、徐々に被害が出始めているらしい。
色々な地域に行き、様々な魔物と戦った事は私にとっていい経験になったし、実戦の中で魔力の扱いにだいぶ慣れることができた。
ただ、自前の魔力を使う事で更に効率が上がった強化と、急激なレベルアップによって以前より遥かに上がった基礎身体能力にはなかなか慣れることが出来ず、完全に合わせて戦闘時に動けるようになるのはもうしばらくかかりそうだが・・・。
まあ、でも。私も含め『暁の明星』の面々は確実に強くなっている。ファリーナに帰ってくる直前に戦った準オリハルコンランクの魔物も、かなりの余力を持って倒せたわけだし。
中でもノールの成長とその強さは際立っていた。先程の模擬戦からも分かるように特に技術面が劇的に向上しているのだ。
「しかし、制空圏だったか。凄い技術だな。」
リコ曰く、精密な魔力操作が必要な超高等防御技術だそうで、制空圏が有効に機能している間は、私は模擬戦でまともなダメージをノールに与えることが出来ていない。
「まだまだ不完全だがな。扱いに慣れてなくて、集中力を物凄く使うから持続時間が短いし、範囲も狭い。」
「その不完全な代物に、先程の私の攻撃は全て捌かれているわけだが。」
なぜか自己評価が低いノールは謙遜をするが、実際に攻撃を捌かれる身からすればたまったものではない。つい不満が口をつく。
「そうは言っても、集中が切れると魔力の流れを読み取れなくなって、普通の状態になるからな。まだまだ不安定だ。リコからは『一日中、それこそ寝てる間も維持出来るようにならないと一流と言えないし、ただ使えるだけなら二流だね。』とか言われてるしな。」
確かに、集中が切れた時のノールを倒せる事はあるから、ファリーナに帰って来てからの模擬戦での勝率は、体感で私が4割、ノールが6割と、戦績そのものはそれほど圧倒されているわけではない。
だが、先程のように負ける時は内容的に圧倒される事が多くなってきたし、その勝率も6割から7割へと徐々にノールの勝率が高くなっている気がする。
・・・しかし、慌てて言い訳をするノールを通して聞くリコの辛辣な言葉に、私は胸を抉られる思いがする。制空圏が使えるノールが二流なら、使えない私は一体なんだというのだ。
自前の魔力を扱いだしてからほんの1ヶ月程度の私にとって、精密な魔力操作を前提とする制空圏を習得出来るのはかなり先の様な気がする。身体の感覚を合わせるのにも一苦労する現状では、課題は正に山積みか。
そんなことを思いながら、私がため息を吐いた時だった。
「ミク。居る?・・・あ。ノールも居たのね。ちょうど良かったわ。」
私の耳に聞き覚えがある、活力に溢れた元気な女性の声が聞こえてくる。声のした方・・・戦闘魔法実験棟の入り口に振り向けば、そこには予想通りの人種が佇んでいた。
陽の光を浴びてキラキラと輝く白金色の髪に、宝石の様に綺麗な碧玉色の瞳をした、真っ赤なローブに身を包んだ気の強そうな美女・・・トリスだ。
「ノールと模擬戦をしていたところだが、何か用か?トリス。」
「何かって、今日はアタシがその魔導具に神の炎を注ぐ様にって師匠から言われて来たんだけど。」
「リコ殿から?」
私はトリスの言葉に黒いチョーカー型の魔導具の赤い魔石部分を無意識に撫でつけた。
リコの説明では、一度の充填で1ヶ月くらいは稼働できると聞いているし、最後にリコに神の炎を充填してもらったのはファリーナに帰ってきた直後の数日前だから1週間も経っていない。
つまり、まだ神の炎を注いでもらう必要は無いはずなのだが。
「師匠は神の炎を扱う事で魔力操作のいい修行になるとか、自分の他にもミクの魔導具に神の炎を注げるようになった方がいい、とか言ってたわね。」
「魔法のことはよく分からんが、それって修行になるのか?」
「なるわよ。ノールはアタシが神の炎を使う所を何回か見てるでしょ?制御するのにかなりの集中力と魔力が必要なのは分かるでしょうに。」
ノールの疑問に膨れっ面で答えるトリス。
「この間、師匠が研究室で封印神具に神の炎を使った時はビックリしたわよ。まるで呼吸でもするかの様に、タメも無くノータイムで使ってたし。師匠とアタシじゃ、とても同じ魔導士と思えないくらいの絶望的な差があるわね。」
そう言ってため息を吐くトリスに、私は共感を覚える。程度の差はあれども、私もノールに対して似た様な思いを抱いたからだ。
「だけど、アタシは諦めないわ。神の炎を使い熟して、いつかは師匠を超えてみせる!・・・まあ、だいぶ先の話になるだろうけどね。」
苦笑しながらも、トリスはやる気に満ちた様子でその碧玉色の瞳を輝かせた。
先程、私はいつか制空圏を取り込んでみせると言ったし、本当にそう思ってはいるが、心の中では技術面でノールを追い越すことは難しいかもしれないと、どこかで思っている弱い自分もいるわけで。
トリスの自信に満ちた姿を見ていると、私も尚のこと頑張ろうという気になってくるな。
「トリス。では、神の炎を頼む。ノール。それが終わったらもう一戦構わないか?」
「・・・そりゃ構わねぇが。そういや、トリス。さっき俺を見てちょうど良いとか言ってなかったか?」
「ええ。ミクとの模擬戦が終わったら、アタシとも一戦お願いできないかなと思ってね。師匠に追いつき、追い越す為には努力しないと。」
「目標が高いのは良いことだが、流石に連戦は俺の身体が堪えるんだが。」
トリスの誘いに、ノールは実に嫌そうな顔で返事をする。
「ミクとは模擬戦するのに、アタシとはしないっていうの?アンタも魔導士と戦って経験を積んでおいた方がいいでしょ。デノデラ・・・あのクソ野郎と今後嫌でも対峙するんだろうし。大体、ギフトは使えば使うほど成長するって教えてくれたのはアンタでしょうが。いいからアタシの相手をしなさい!」
「分かった分かった!・・・確かに魔導士相手の模擬戦は必要だからな。」
責め立てるトリスに模擬戦を渋々と了承するノール。2人の軽快なやり取りを眺めていると、ほんの少しだけ胸の奥に痛みを覚えたが、私は敢えてそれを無視する。
「その前に私との模擬戦が先だぞ。ノール?」
私の言葉にノールは、戯けた様子ではいはいと頷き返事をするのであった。
それから数日間。私、ノール、トリスだけではなく、エリやクロも含めた模擬戦を繰り返し、時折リコからの指導を受けるなどして、私達は充実した鍛練を積むことが出来た。
そして、厳しくも穏やかな日常が長く続くと思っていたが、その平穏は帝国から届いた一通の手紙によって破られることとなる。
それはアエルニタス大陸全土を巻き込む事件の始まりを知らせる便りになるのだが、この時はその事をまだ誰も知る由は無かった。




