第1話 研究成果
大陸中西部に位置するファリーナは比較的温暖な気候といわれており、プルウィン川をはじめとした豊富な水源と海上運送手段の発達も相まって、大陸随一の小麦の生産地となっていた。
2の月も間も無く終わろうという時期である今は、随分と暖かさが増してきており、冬の間に僅かに積もっていた雪も跡形もなく溶けて消えている。
「行くぞ、ノール!」
「来い、ミク!」
そんな肌寒さから解放されつつあるファリーナにあるリコの屋敷の戦闘魔法実験棟で、俺とミクは互いに気合いを漲らせながら対峙していた。
『雷装』
力ある言葉をポツリと呟いて雷帝に紫電を纏わせたミクは、自前の魔力で身体能力強化を施し、一筋の雷光となって俺に迫ってくる。
そのスピードは去年の王都動乱の際に、ガウェインと戦った時とは比べ物にならない程に速くなっていた。
だが、強くなったのはミクだけではない。王都動乱の頃の俺なら反応できずに斬り伏せられていただろうが、今は違う。
俺はリコ監修の地獄のような修行を積むことによって、自分の魔力を極限まで薄くして結界のように周囲に張り巡らせる、制空圏と呼ばれる技術を習得することに成功していた。
たった今展開している制空圏内では、ミクの動きが、身体中の魔力の流れが、手に取るように分かる。
予測通りの軌道で次々と繰り出される斬撃を、その鋭さに冷や汗を掻きながらも、魔力を通した雷鳥で上手く受け流しつつ、俺は反撃の機会を待つ。
「くっ!硬い!」
「幾らでも来やがれ!」
一向に崩れない俺の防御に痺れを切らしたミクが、更に魔力を練り上げて、より強力な身体能力強化・・・超強化を使おうとした瞬間。
「この時を待ってたぜ!」
身体能力強化を強化から超強化に切り替える一瞬。身体能力強化が弱まる刹那を狙って、俺は自分の身体能力を一気に極限まで強化する。
「なっ!しま・・・」
身体能力強化の効果が弱まり、緩やかに動くミクを尻目に、俺はミクが持つ雷帝を絡め取って空高くに跳ね上げると、ミクの首筋に雷鳥の刃を突き付けた。
「・・・った!」
俺の身体能力強化も切れて、同じ時の流れになったミクは、雷帝が手元から弾かれ、首筋に刃が突き付けられていることに気付くと一瞬驚いた顔をする。
「まだやるか?ミク。」
「・・・私の負けだ。ノール。」
潔く敗北を認めるミクの姿に、俺は内心ほっとしながら雷鳥を鞘に納めるのだった。
「流石ノールだな。私の攻撃を捌き切るとは。」
「まあ、ミクの斬撃が鋭すぎて、内心ヒヤヒヤしていたがな。一歩間違えば負けていたのは俺の方だ。」
「だが、結局はノールの防御を崩せなかった。私もレベルアップして強くなったはずなのだが。」
ミクは前髪をかきあげながらため息をつく。
そう。血魔石のせいでレベルアップが出来なかったミクだが、少し前にリコの血魔石についての研究がまとまって、その成果としてミクはレベルアップできる様になったのだ。
「実際強くなっただろ?急激なレベルアップで基礎的な身体能力が上がりすぎて、感覚が随分ズレていたのも調整できているみたいだし。大体ミクにはまだまだ奥の手があるだろ。」
「それはそうだが、奥の手はお互い様だし、攻撃を完全に防いだノールに言われてもな。」
「俺もミクほどじゃないにしろレベルアップしてるし、ガウェインとの戦いや、その後リコに扱かれたのもあって防御技術が段違いに上がったからな。身体能力はミクに及ばないかもしれないが、こと戦闘技術においては簡単に負けるつもりはないぞ。」
言いながら胸を張る俺に、ミクは苦笑する。
「・・・確かに、まるでガウェインを相手にした時の様に、どこを攻撃しても当たる気がしなかったしな。だが、貴方の側に並び立つ者として、いつかその技術も取り込んでみせよう。」
そう言ったミクの顔は強くなるという決意に満ちていた。そういえば、出会った頃のミクも強さを求めてはいたが、強さを求める理由は随分と変わった気がする。
最初のミクは自分の存在意義を求めて強くなろうとし、今のミクは他の人種・・・俺の為に強くなろうとしてくれている。
そのギャップがどこか可笑しくて思わず笑う俺を見て、ミクは首を傾げた。
「何を笑っているのだ?ノール。」
「なんでもない。・・・しかし、ミクがレベルアップ出来るようになってから、もう1ヶ月以上経つのか。アレから随分忙しかったな。」
「ああ、そうだな。・・・ほんの1ヶ月と少し前の話なのに、随分と昔のことのように感じる。」
そう言ってミクは満月色の瞳を細めて、何かを思い出すようにどこか遠くを見るような目をする。
そんなミクの様子を見て、俺はこの約1ヶ月の出来事を思い出すのであった。
「急に呼び出してどうしたんだ、リコ。」
「師匠が急なのはいつもの事だけど、今日は一体なんなの?」
新年祭が終わって2週間ほどたった1の月の中頃のこと。俺達『暁の明星』はリコの研究室へと呼び出しを受けていた。
まあ、クロは諜報活動に精を出しているらしく、不在にしているから、今この部屋に居るのは俺、ミク、トリス、エリの4人になる。
因みにグレゴリウスのおっさんは既にフォディーナ王国に帰国しており、この部屋どころかファリーナにも居ない。まあ、おっさんはそもそも『暁の明星』じゃないしな。
「血魔石についての研究とその対策がまとまったから、その報告会をと思ってね。知って欲しいというミクちゃんの希望もあるし、君達『暁の明星』に集まってもらったってわけさ。まあ、長い話になるし、紅茶でも飲みながら話をしようか。」
そう言いながら、リコは相変わらず淀みのない動きで人数分の紅茶を淹れていく。
最初の頃はリコを止めて、メイドらしくエリが紅茶を淹れようとしたんだが、飲み比べをした結果、同じ茶葉を使ってる筈なのにリコが淹れた紅茶の方が段違いに美味しかったため、それ以来、エリはリコの手つきをじっと見つめるだけで、手出しをしなくなっている。
そういえば、『お嬢様のお世話は私の仕事です!』って具合に気合いを入れて紅茶を淹れる練習をずっとしてて、試飲で腹が膨れて困るとかトリスが言ってたっけ。
「・・・さて。どこから説明しようかな。」
「師匠。アタシは血魔石について細かくは聞いてはいないから、一から教えてくれない?」
「そっか。じゃあ、最初から話をしようか。」
手を上げるトリスに、リコはキラリと目を輝かせる。
「僕が血魔石のことを知ったのは、ミクちゃんと出会った時。グリフォントゥルスの襲撃直後だから、去年の7の月の終わり。今は1の月の中頃だから、もう5ヶ月半くらいは経ってるね。・・・本当はもっと早く研究に一区切りつけたかったんだけど、こんなに遅くなってすまないね、ミクちゃん。」
「謝ることはない、リコ殿。私は貴女にとても感謝している。貴女がこのブレスレットを作ってくれたから、私は侵食された様子も無く、今こうして無事にいるのだから。」
申し訳なさそうに言うリコに、ミクはブレスレットを撫でながら穏やかな顔で返事をする。
「それならいいんだけど。・・・血魔石を摂取した場合、身体能力が底上げされるわけだけど、徐々に精神が侵食、凶暴化して、いずれは怪物に成り果てて暴走し、最終的には死亡する。それが人種の場合。」
「人種の場合?引っかかる言い方なんだけど。魔物の場合は違うっていうの、師匠?」
「明確に違うね。魔物の場合でも得体も知れない化け物になって死ぬことは多々あるみたいだけど、死なない事もある。死なない場合は異常種に進化するんだよ。グリフォンがグリフォントゥルスに、アダマンティスがアダマンティスマトゥラに、それぞれ進化した様にね。」
聞き覚えのある異常種の名前に俺達全員が表情を硬くする中で、リコは悠々と言葉を続ける。
「まあ、最近魔物を異常種に進化させたのは血魔石そのものではなく、血魔石を加工して作った進化薬みたいなんだけどね。それはそうと、ノール君。魔物は異常種に進化するのに、人種はそのような進化をする例が無く、化け物にしかならないのは何故だと思う?」
「・・・分からねぇな。そんなこと考えた事も無かったしな。」
唐突なリコの質問に少し考えたが何も思い浮かばなかった。
確かに、魔物は異常種に進化するのであれば、人種が異常種に当たる物に進化したとしても何ら不思議ではない。
だが、そんな物になった人種がいるとは聞いた事がないし、血魔石や進化薬の影響を受けた人種・・・直近ではエルガオン侯爵やガウェインも進化では無く化け物になった、もしくはなろうとしただけであった。
「創世神話上では五神がそれぞれ眷属を創り出したと言われているよね。その事から五神教では、人種を神の子と呼んでいるわけだけど、神の子が正統に進化したら、神になるんじゃないのかな。だけど、神話時代から現在まで、新たな神が誕生したという話は無い。魔物が異常種に進化するより、人種が神に進化する方が遥かに困難、という事だろうね。」
神になれるような能力を持った人種が居なかったから、血魔石を摂取しても進化に至る人種が居なかったってことか?
しかし、リコは確信しているようだが、俺は一つ疑問に思う事がある。・・・本当に人種は神に進化なんてできるのだろうか。
リコは紅茶を一口飲み、翡翠色の瞳で今度はトリスの方を見つめる。
「トリスちゃん。血魔石って結局なんだと思う?」
「うちの国がやっていることではあるけど、正直分からないわね。ミクから話を聞くまで、徐々に人種を蝕むようなものがあるなんて知らなかったし。」
トリスが首を振りながら言うと、リコは頷いた。
「そう。僕もミクちゃんに会うまで、血魔石なんて知らなかった。未知の物質で出来ていてロクに解析出来なかったのも、研究が遅れた理由の一つではあるのだけど、血魔石の魔物を異常種に進化させるという特徴から、僕は一つの仮説を立てたんだ。」
「それは、どんな仮説でしょうか?」
「それを話す前に確認する事が一つ。ノール君。僕が以前、ウサギを魔素溜まり放置した実験の話を覚えているかい?」
リコはエリの質問には答えずに、俺の方を見て質問をしてきた。俺は頭を捻って記憶を漁ってみる。
・・・そういえば、シルバーデビルを倒した後、ハンターズ支部に呼び出されて4年振りにリコに会った時に、そんな話があった気がするな。
「ああ。ただの動物であるウサギが、ウサギ型魔物のレプスの異常種、ウォーパルバニーによく似た魔物に進化したって奴か。」
「動物が、魔物の異常種になったですって!・・・って、師匠もなんでそんな実験を。」
「知的好奇心ってやつだよ。僕も予想外の結果ではあったけど。」
俺の答えにトリスが驚きの声を上げ、リコが軽く受け流す。
それはそうだろう。魔物にはウサギとレプス、猿とシーミアのような、魔力を持たない生き物などと姿形が酷似したモノが多いが、解剖などを含めた詳細な調査によって、全く別の生き物である事が確認されており、それが常識となっているのだから。
「今からの話は、それを踏まえた上で考えて欲しくてね。創世神話では破壊神ストルティオが纏っていた黒い霧から、魔物は現れたとされているのはみんなも知っているかな?」
「ああ。リコ殿にそう教えてもらったな。」
「そこは帝国でも同じね。神話時代から人族が1番優れていた、とも教育されたけど。」
ミクとトリスの言葉に続き、俺とエリは無言で頷いた。その様子にリコは満足そうに微笑む。
「よろしい。じゃあ、逆に言うと破壊神が現れる前のアエルニタス大陸には魔物はいなかったって事になるんだけど、聖書によればウサギや猿みたいな現代の僕らにも馴染みのある生物は既にいたらしいんだ。」
「結局何が言いたいんだ?リコ。」
俺の質問に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにリコは目を輝かせる。
「破壊神はゼロから魔物を生み出したわけでは無くて、アエルニタス大陸にいた生物を異常種化させて魔物にしたんだ、と僕は思っている。異世界から来たはずの破壊神がアエルニタス大陸の生物にそっくりな魔物をたまたま偶然に従えていたと考える方が無理があるからね。そして、僕は仮説を立てたんだ。」
リコは勿体ぶるように少し間を置き・・・
「同じように魔物を異常種にする血魔石は破壊神に関係がある物質である、ってね。」
そう言ってリコは、自信満々に胸を逸らすのであった。
ようやく血魔石の設定を書く事ができます。作中では半年くらい、現実では1年以上経ってからのお披露目です。
大筋で全体の話の流れは最初に決めてありますが、あとどれくらいで完結させることが出来るのやら、って感じですね(苦笑)




