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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第4章 灰色の科学者
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プロローグ

 本日から本作ロストデウスの「第4章 灰色の科学者」の更新を開始致します。

 長い間お待たせ致しましたが、実の所、ストックはそれほど準備出来ていません。それでも1週間に1回以上は必ず、出来るなら2回は更新する事を目標に行なっていきたいと思います。また、更新の時間は20時頃を基本とします。

 最初の頃と比べれば更新が遅いかもしれませんが、第4章もエタらずに完結を目指しますのでよろしくお願いします。


 もし、本作を面白いと思っていただけるのなら、良ければ星を付けての評価や、ブックマーク、コメント、リアクションなどをしてもらえたら幸いです。やる気と更新速度が上がります。・・・多分

 北の大国、セプトアストルム帝国。その皇帝直轄領の北東の端。帝国北東部に位置するヴァレンティーナ公爵領との境界ギリギリの所に、生命科学研究所は存在していた。

 生命科学研究所の周囲は山深い場所であり、大陸でもかなり北に位置していることから、冬の間はかなりの雪が積もっていたが、今はもうすぐ3の月が終わり、4の月が始まろうかという時だ。大量に積もっていた雪はほぼとけており、北の長い冬が今まさに明けようとしていた。


 そんな寒さも少し和らいだが、まだ肌寒さものこる生命科学研究所の一室、所長室兼研究室の重厚な扉がカツンカツンと控え目にノックされる。

「入りたまえ。」

 ノックをされても、普段は一回では返事をする事がない部屋の主人から入室の許可が出るのを聞いて、ノックをした人物、生命科学研究所の副所長であるダランは意外に思いながらも部屋の中に入った。


「おお、ダラン君ではないか。吾輩に何か用かね?」

 この部屋の主人であり、ダランの上席にして、生命科学研究所のトップであるデノデラ男爵は珍しく上機嫌にダランに話しかけてきた。

「デノデラ様、ご機嫌ですね。」

「ここの所、根を詰めていた研究に一区切りついたところでね。少し休憩していたところなのだよ。それで、何かあるのかね。ダラン君は何も用事がなければ、ここには来ないだろう?」


 言葉の通りに休憩をしていたらしい。雑多な研究用具が置いてある執務机の一部が片付けられており、飾り気のない実用性を重視したカップには芳ばしい香りがする黒い飲み物が注がれていた。

「2つほど報告と確認があるのですが・・・。そのいい香りがする黒い飲み物はなんでしょうか?」

「古代の人々が愛飲していたらしい飲み物・・・コーヒーというらしいのだが、それを再現したものだよ。ダラン君にも一杯ご馳走しよう。飲みながら話をしようではないか。」

 そう言ってデノデラはダランの返事も聞かずに背を向けると、後ろに置いてあったポットを手に取り、溜まっていた黒い液体をカップに注ぐと、ダランの目の前にそのカップを置いた。


「ありがとうございます。・・・香りはいいですが、苦いですね。」

「眠気覚ましにはいいのだがね。それで、どうしたのかね?」

 デノデラの問いかけに、ダランはカップを置いて答える。

「一つ目は報告です。近々、研究素材用の人種達が搬送されて来るそうです。」

「ほほぅ。数は?」

「今回は200人程度だと聞いています。とある村の住人を丸ごと連れてきたそうです。」

「おお、それはいい。君も知っての通り、家族などの何某かの関係性がある方が、より恐怖や絶望に染め易くなるからね。」

「・・・ええ。そうですね。」


 愉快そうに言うデノデラを不快に思いながらも、ダランはそれを一切顔に出さずに頷く。

「研究素材達は、いつも通りに地下室へ送りますか?ただ、この前に収容した研究素材の()()が完了していない為、あまり空きがないのですが・・・。」

「ふむ。それでは少し早いが、今入っている素材は回収する事にしよう。ちょうど、素材が不足気味になっていたところだ。新しく来た素材達にの前で見せしめとして()()したまえ。」

「先日補充したばかりだったはずですが、もう研究素材が無くなりかけているのですか?」

「吾輩の研究には素材としての人種が欠かせなくてね。研究も佳境に入ってきたから、消耗が激しいのだよ。まあ、吾輩の役に立つのだから、彼らも光栄に思っているのではないのかね?」

 驚くダランに悪びれず答えるデノデラ。

「・・・畏まりました。その様に手配致します。」

 命を消費していることに全く頓着しない様子のデノデラに対して、込み上げる嫌悪感をコーヒーの苦さで飲み下しながら、ダランは返事をする。


「二つ目ですが、皇帝陛下から進捗確認の連絡が来ております。・・・研究は、今どの程度まで進んでいるんですか?」

「また確認があっているのかね?陛下も随分とせっかちな様であるな。ダラン君には素材の熟成と収穫しかさせていないから、研究の進捗など分からんか。」

 そう言って、しばらく考え込んで沈黙したデノデラだったが、不意に顔を上げて口を開く。

「ふむ。いい機会だ。奥の研究室で少し説明をするとしよう。ついて来たまえ。」


 デノデラは急に立ち上がると、ダランの返事を聞くこともなく、普段は誰も近付けない地下研究室への入り口へと歩いて行く。

 生命科学研究所は、血魔石を研究してセプトアストルム帝国の役に立つ成果物を作ること目的にした組織である。

 初期の研究では血魔石を直接的に生物の体内に埋め込んで、変異した生物を軍事的に利用しようとしていたが、近年ではその様相は大きく変わっている。

 血魔石を加工して、より効率的に生物を変異させ影響を与える薬・・・進化薬や傀儡薬の開発に比重を置くようになったのだ。


 それらの研究・開発の中核を担っているのが(マッド)科学者(サイエンティスト)デノデラであり、その研究・開発は全て所長室兼研究室の奥に存在する地下研究室で行われたものであった。

 だが、デノデラは血魔石や進化薬、傀儡薬に関する重要な情報が自分以外に漏れることを極度に嫌っており、基本的に地下研究室にはデノデラ以外の人種が足を踏み入れる事はなかったのだが・・・。

「お、お待ち下さい。」

 そんな地下研究室への同行を急に許されたのだ。ダランが耳を疑って反応が遅れるのも無理はなかった。

 そのダランに構うことはなく、デノデラは地下へ続く階段を降りて行くのであった。


「ようこそ。吾輩の研究室へ。ダラン君の来訪を歓迎しよう。」

 ダランが階段を降り切って地下研究室に到着したところで、デノデラが両手を広げて高らかに宣言する。

 地下研究室は横1,500メル、縦3,000メル程の長方形をしており、本来はかなりの広さがあると思われたが、左右の壁際には円柱状のガラスが並び立てられ、そこかしこに用途不明な機材が置かれるなど資材が大量にあることと、照明が薄暗いこともあって、ダランはやや狭く感じた。


「このガラスの柱は・・・。」

 壁際にずらっと置かれた巨大なガラス管にダランは近付いたが、部屋の端の方は暗くて殆ど何も見えず、ガラス管がなんらかの液体に浸されていて、そこに何かが浮いている、という事くらいしか分からなかった。

「それは貴重なサンプルの保管装置だよ。触れてみたまえ。」

 デノデラの言葉に従ってガラス管に触れると、内側にあるらしい照明装置の白い淡い光が、その中身をぼうっと映し出した。


「・・・な、なんですか、これ!」

 中には40メルほどの小さな人型の何かが、透明な液体に浸って漂っていた。頭と手足はあるが、その輪郭はまるで腐っているかのようにグズグズに崩れており、顔は焼けた様に爛れて鼻は無く、何処に目があるかも分からない様な状態だった。


「それは血魔石の研究を始めた最初期の頃のサンプルだな。妊娠中の胎児に血魔石を埋め込んだらどうなるか実験したものだ。あっという間に変異してしまって、身体が崩壊してしまったというわけだ。」

「・・・もしかして、このガラス管全てがこの様な?」

 地下研究室の壁際に並べられたガラス管の数は、優に100を超えるだろうか。その全てにこの様な残酷な物が入っていることを想像して、ダランは恐る恐るデノデラに尋ねる。

「ああ。その通りだとも。血魔石という物質の特性を把握する為に、最初期は各種族の各年代、男女別毎に似た様な事をやったものだよ。まあ、その頃のサンプルはそれ一つだがね。」


 デノデラがパチンと指を鳴らすと同時に、並んでいた保管機が内側から一斉にライトアップされる。

「どうだね。約20年に及ぶ吾輩の研究サンプル達は?まあ、ここにあるのは人種関連の物に限るがね。」

 得意気に語るデノデラの声は、しかし、ダランの耳には全く入って来ない。目がサンプル達に釘付けになったからだ。


 ある保管機では、歯が牙の様に異常発達した人族が今にも噛みつきそうな獰猛な表情のまま事切れており、頭だけが浮かんでいた。

 ある保管機では、全身がドス黒く変色した耳長族が断末魔の形相をして、赤黒い目を見開いていた。

 ある保管機では、小人族の女性が開胸されて事切れていたが、丸見えになった臓器の中で赤黒い心臓だけが今も脈動していた。

 ある保管機では、小さな子供が作った粘土細工の様に複数の人種達の顔が溶け合って融合し、幾つもの目が蠢いていた。

 保管機の中身は死んでいるものも、生きているものもあったが、その全てに共通しているのは外から見ている者に対して強い負の感情を持っている、もしくは持っていたであろう事だった。


「どうやら、お気に召さなかった様だな。まあ、いい。研究について話をしようか。」

 サンプル達の強い負の感情に当てられてダランは青い顔をしてうずくまっていたが、デノデラはお構い無しに話を続けた。

「血魔石という物体は謎が多くてね。色々と解析をしても、そもそも何で出来ているのかよく分からないのだ。血魔石を支給してくださる陛下に聞いても何も教えてはくれない。だが、長年の研究で分かった事もあるのだよ。」


 未だにうずくまったままのダランに近付きながら、デノデラは言葉を続ける。

「血魔石は負の感情に反応して成長する。微量の血魔石を接種させた被験体に、怒り、悲しみ、苦しみ、恐怖、絶望などを与えると、血魔石は被験体の精神を侵食し、被験体の魂を変異させて、最終的(死亡時)には接種時よりも大きくて効果の高い血魔石が出来上がる、という訳だ。元の血魔石から多少変質はしてしまうがね。そして、負の感情を与える工程を、我々は熟成と呼んでいるが・・・。」


 デノデラは足元で震えるダランを見下した。

「ダラン君は吾輩のことを嫌悪しているようだが、君もこの研究の一端を担っていることは理解しているかね。素材達を熟成する過程で、君も散々酷いことをしただろう。彼等を嬲るのに快楽を覚えたのではないか?」

 うずくまるダランのアゴを引いて、顔を強引に上げさせると、怯える目を覗き込みながらデノデラは捲し立てる。


「ここ最近は吾輩自身の生涯をかけた研究に没頭していてね。その完成に目処がついたところなのだよ。陛下には感謝しているとも。吾輩の研究に必要な物を全て用意して下さったのだから。ん?進化薬かね?吾輩から感謝の気持ちを込めて、完成させてあるとも。早速陛下の犬として、報告に行ってはどうかな。動ければ、だがね。」

「・・・な、にをした?」

 ダランは身体を動かそうともがいたが、指先がほんの僅か動くだけであった。デノデラがアゴから手を離すと、ダランは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。


「吾輩のような怪しい科学者からの飲み物を簡単に飲むべきではなかったね。・・・さて。ダラン君には是非とも実験体になって貰おうか。実はさっきのコーヒーには新型の進化薬も混ぜ込んであってね。()()させた後に血魔石の収穫まで出来れば、実験は成功となるわけだが・・・。先ずは、君の家族もここに招待しようではないか。」

「・・・っ。」


 楽しそうに独り言を言うデノデラの声を聞きながら、身動きが一つ取れないダランの心に絶望が広がっていく。

 胸の奥で自分ではない何かが少しずつ侵食してくるのを感じながら、ダランは呻き声を上げることしか出来ないのであった。

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