幕間その8 或る暗殺者の最期(上)
「いよいよだな。準備はできているか?」
「ああ。問題ない。概ね計画通りだ。リコの弟子達に逃げられたのは予定外だったがな。」
「貴族院議事堂から逃げられたの痛かったが、リコを捕らえられたのだ。些細なことだろう。」
ここは王都リーディアルガの南区にある酒場の一室であり、我々セプトアストルム帝国諜報部の拠点だ。
どこの国家、都市もそうだがその全てを管理することなど基本的には出来ない。特に南区は王都外の人種が多数往来するような開かれた地区だ。
大元が我が帝国である事を隠して、ダミーの商会経由で酒場を運営することなど造作もないことだった。
因みに俺は諜報部に所属する諜報員兼暗殺者としてここに滞在しており、先程から同僚の話し合いに聞き耳を立てているところだ。
「しかし、リーベルタルス王国はリコ・キサラギの処刑を簡単に認める気は無さそうだな。」
「貴族院での議決はしたが、先の魔王戦の英雄にして、ユズリハ連邦の貴族であるリコ・キサラギを処刑するという重大な判断を、バルトゥム王不在の間には出来ない、との宰相からの回答だったな。」
「ここ数日、バルトゥム王が病床に伏せっていて表舞台に出てきてはいないが、食わせ者の老王のことだ。それも本当かどうか分からない。」
病床に伏せっているという話だったので、リコ・キサラギの処分についてエルガオン侯爵に全権委任をするように働きかけをさせて、承諾を得たはずだった。
しかし、ここに来て宰相からは処分方針については委任したが、最終決定はバルトゥム王の採決を受けなければならないと突っぱねられているのだ。
「ひょっとしたら病床というのはブラフで、不穏分子を炙り出すためのバルトゥム王の罠かもしれないな。」
「その可能性は否定できない。だが、貴族院の議決を全く無視は出来なかったのか、実際にリコ・キサラギは貴人用の牢獄に入れられた上に、魔封じの腕輪を複数つけられているのが確認できている。」
「ああ、そうだったな。普通であれば忌々しいリコ・キサラギの暗殺など出来ないだろう。だが、魔力を封じられているのであれば、十二分にチャンスはある。」
魔封じの腕輪はその名の通り、装着者の魔力を一切使えなくする魔導具だ。
装着させるのにかなりの手間が掛かり、途中で抵抗されると効果がない為、捕縛時には使えないが、一度装着させると効果は絶大で、例えオリハルコンランクの人種であったとしても、魔力を使えなくなるらしい。
リコ・キサラギの種族は耳長族。脆弱な身体能力の耳長族が魔力による身体能力強化すら使えなくなったとすれば、戦闘能力は大幅に落ちる為、俺達にも勝ち目はあるだろう。
「王城に侵入するのは、通常であれば難しい。だが、外部からは異常種に襲撃させ、内部はハイゾンビやクグツを大量に暴れさせれば、王城の警備の手は最小限、且つ、混乱しているだろうから、侵入も容易のはずだ。」
「それにエルガオン侯爵はもう限界だろうしな。新型の傀儡薬と相性が良すぎた。精神汚染が進んでいてこれ以上は取り繕うのは難しいし、ここで強硬策に出た方がリーベルタルス王国に大損害を与え、リコ・キサラギを抹殺することが出来るってわけだ。」
エルガオン侯爵は数年前から帝国に対して協力しているリーベルタルス王国の貴族の1人だが、2ヶ月程前に改良した傀儡薬を打ち込んで正に傀儡状態にしてある。
俺も詳しい事は知らないが、新しい傀儡薬は誰にでも使えるわけではなく、何かしらの強い欲望とそれなりの魔力が無いと効果がないらしい。
エルガオン侯爵はその両方の基準を満たして、適合しすぎてしまい、予想より早く精神汚染が限界を超えてしまったというわけだ。
普通の傀儡は命令に従順に従うが、新型の傀儡薬で作る人形は違う。精神汚染が進むと命令よりも欲望の方を優先するようになり暴走してしまう。
エルガオン侯爵は既に限界を超えていて、いつ暴走するかも分からない。だから、何かを仕掛けるなら今のうち、というわけだ。
「では、作戦の決行は予定通り今夜ということで。・・・ジグリンド。リコ・キサラギの暗殺は頼んだぞ。」
話は終わったらしい。最後は黙って話を聞いていた俺に向かって声が掛けられる。
相手は世界最強と謳われた人種。英雄リコ・キサラギだ。俺も準オリハルコンランクだし、同行する予定のメンバーも数々の任務をこなしてきた精鋭揃いで切り札も用意してきたが、一抹の不安はある。
「・・・ああ。任せろ。」
だが、その不安を押しつぶす為に、俺は力強く返事をするのであった。
「どうなっている!!」
ドン、っとアジトのテーブルに手を叩きつけて、同胞が怒りを露わにしている。
「何故いずれの異常種も城門を突破出来ていない!ヒイロ・ミナヅキが居る北門は分かる。奴は元オリハルコンランクのハンターだし、防衛に回る事は元々計算に入れていた。だが・・・。」
苛立ちを隠さずに同胞は言葉を続ける。
「わざわざ不在時を狙ったのに、何で『殲滅』のラルヴァが西門に居るんだ!ヒナギク・ヤヨイが対応していたなら、力不足で今頃西門は破れていたはず。」
「軍部は佐官クラスを上手く麻薬・・・遅効性の傀儡薬で人形にする事が出来たから、軍部内で麻薬を蔓延させて機能不全に陥らせたんだったな。」
リコ・キサラギ暗殺の最善のタイミングを図る為に、俺を含めた暗殺チームはアジトに居るが、他の諜報員は全て出払っている。
その暗殺チームも他のメンバーは俺とは別室で待機している為、今、目の前で憤慨している同胞・・・リーベルタルス王国における諜報活動の責任者と話をする者は俺しかいない。
指揮官の頭に血が昇っていては碌な事にならないため、俺は同胞の話し相手に努めることにする。
「ああ。今王都にまともな戦力はハンターズしか居ない。ラルヴァの不在を突けば、ヒイロ・ミナヅキとヒナギク・ヤヨイの2人を警戒していれば良かった。だからこそ、王都を北門、西門、東門の3方向から異常種に攻めさせ、さらに内部をハイゾンビや人形で崩壊させようとした。」
「ハンターズの主な戦力は大きく2つ。対するこちらの攻め手は4つ。そうすれば、外部にしろ内部にしろ、王都を崩壊させることが出来るし、混乱に乗じてリコ・キサラギの暗殺もし易くなる、というわけか。」
俺の言葉に同胞は頷く。良く考えられた作戦だと思う。本来ならリーベルタルス王国に大打撃を与える一手になったはずだ。
「その通りだ。だが、現実はそうはなっていない。北門はヒイロ・ミナヅキ、西門は突如現れた『殲滅』のラルヴァ、そして、東門はあの時取り逃がしたリコ・キサラギの弟子が舞い戻って巨塞獣リノケルヌアクトゥスを倒してしまった。」
居ないはずのラルヴァが現れたこと、逃げたはずのリコ・キサラギの弟子が東門を防衛してしまったこと、2つのイレギュラーが余裕をもっていたはずの戦力差を覆してしまったわけか。
「更には手が空いたヒナギク・ヤヨイが王都内を闊歩するハイゾンビや人形の駆除を進めた事で、王都の被害は想定よりも遥かに少ない。」
そこまで言って同胞は震え出す。
「我々がどれ程の人材や資金、資材を掛けて今回の作戦を進めたと思っている!掛けたコストに得られた損害が全く釣り合ってないんだよ!ふざけるなぁ!!」
はあはあと息を荒くして怒りを発散させる同胞に多少呆れてしまうが、気持ちは分からなくもない。
おそらく数年掛かりで築いたであろう人脈もこの作戦で消費したのにこの結果だからな。だが・・・
「作戦はまだ終わっていない。俺のチームがリコ・キサラギを暗殺出来ればお釣りがくるんじゃないか?」
「・・・そうだな。取り乱してすまない。掛けたコストに見合うかどうかはともかく、王城の警備はやはり通常よりも手薄になっているし、混乱もしているはずだ。」
俺の言葉に少し落ち着きを取り戻した同胞は、顎を手でさすりながら何事か考えている様子だった。そして、おもむろに口を開く。
「もはや使い物にならないエルガオン侯爵を、残りの人形もつけて正面の城門に向かって放てば、いい陽動になりそうだな。ジグリンド、暗殺は頼めるか?」
「・・・任せておけ。」
正直嫌な予感しかしないが、任務が無茶なのはいつもの事だ。俺は同胞の問いを承諾し、リコ・キサラギ暗殺計画は強行される事となったのである。
アジトで同胞と会話をしてから約1時間後。俺を含めた暗殺チーム6名は暴れ回るエルガオン侯爵だったモノを囮にして、見事に王城内に潜入する事に成功していた。
大国であるリーベルタルス王国の中枢であるはずの王城にしては明らかに警備の手が少なく、隠密行動を取りつつも、要所要所では声を上げさせる間もなく警備兵を排除する事に成功しており、今のところ作戦は上手く言っているように思えた。
俺も自分の腕にそれなりの自信があるが、俺以外のメンバーもアダマンタイトランク以上の実力はあるようで、諜報部で集められる戦闘要員として、これ以上無い実力者揃いだろう。
・・・後は、リコ・キサラギにこの刃が届けばいいんだが。
そんなことを思いながら、王城の奥まった場所にある貴人用牢獄へ続く扉を警備していた兵士に音も無く近づいて、手にした短剣で首を掻っ切る。
助けを呼ぶこともできずに、くぐもった断末魔をあげて絶命した兵士の死体を、素早くズタ袋に収納し、俺は扉を開けて中に入っていき、他のメンバーも音も無くそれに続いていく。
「リーダー。リコ・キサラギは俺に殺らせてくれねぇか?」
扉を開けた先にあったのは地下へと続く階段だった。事前の調査でこの階段の行き着く先にリコのいる牢獄があること、また、牢獄の為の警備兵はさっきの兵士が最後でこの先には居ない事が分かっている。
だからこそ、もう音を立てても構わないと考えたのだろう。暗殺チームのメンバーの1人が俺に話しかけてきた。
「アルクト。魔封じの腕輪をしているとはいえ、リコ・キサラギは本来我々よりも遥かに格上の存在だ。1人でやろうというならやめておけ。全員で掛かったところでどうなるか分からんのだ。」
190メルの身長に、はち切んばかりに盛り上がった筋肉質な身体つきのアルクトを見上げながら俺が言うと、アルクトは俺を見下して鼻で笑う。
「魔力が使えない耳長族なんざ、ただの貧相な肉人形だろ。何を怖がってんだ?」
「相手はただの耳長族ではない。あのリコ・キサラギだ。どんな隠し球を持っているか分からんだろう?」
「ふん。アンタの強さには一目置いていたが、こんなにも臆病だったとはな。リコ・キサラギを殺れば箔が付く。勝手にやらせてもらうぜ。」
そう言って俺を押し除けて、先頭を歩き出すアルクト。
嗜虐趣味があって暗殺対象以外も進んで殺しを行うような狂人だが、戦闘能力はトップクラスのため処分するにも処分出来ないという問題児だ。
本当は協力してリコ・キサラギに対処した方がいいんだが、言って聞くような人種ではない。
仕方がない。魔封じの腕輪をした状態のリコ・キサラギにどの程度の力があるのか、試験紙代わりになってもらうか。
ため息をつきながら、俺はアルクトの後ろを歩くのだった。
王都での帝国側の動きを書いてみました。例によって思ったよりも長くなったので上下に分かれてしまいましたが。
しかし、今回の私はいつもと一味違う!下の方まで書き上げていますので、続きは数日後、ではなく本日(17日)の夜に投稿させていただきます。
良かったら、ご覧ください。尚、下の方はグロい表現が多いので要注意です。




