第8話 英雄の贈り物
支部長室でリコと話をして10日、ファリーナが襲撃を受ける事も、新たに異常種が発生する事も無く、穏やかに時は流れていった。
シルバーデビルの死体は大金貨4枚もの大金へと姿を変え俺の懐を大いに潤した。一般的な平民の年収が大金貨3〜6枚と言われている事を考えれば、いかに大金であるか分かるだろうか。魔石があれば倍額くらいにはなったらしいが。
本来はシルバーデビルの死体を換金した金を使って、武器をはじめ装備を整える予定だったが、例のバックパックの中に装備一式が入っていた事からわざわざ装備を調達する必要が無くなったので、完全なあぶく銭となり、俺は今まで生きてきた中で一番裕福な状態となっている。
リコは弱目の武器と言っていたが、中に入っていた武器は俺が普段使いしていた武器よりも遥かに質がいい物ばかりで、それが数百本もあるようなのだから明らかにやり過ぎだろう。どこに戦争をしに行けと?と言いたくなる。
リコが言う『ちょっとマシな防具』はミスリルランクの魔物アダマンティスの甲羅を削り出して作られた黒闇色の魔法鎧一式だった。
アダマンティスは全長1000メルを超える巨大な亀の様な姿をしていて、基本的に攻撃を仕掛けなければ襲って来ない比較的温厚な魔物と言われている。その甲羅はミスリルランクの中では群を抜いて防御力が高く、人気の防具素材となっていた。
この為、素材狙いでアダマンティスを狙うハンターが後を絶たないが、そもそもが巨体に見合うだけの耐久力と圧倒的な防御力をもっており、倒し切るだけの攻撃力を持つハンターはごく僅かで、殆どは返り討ちに遭うので、流通量は非常に少ない。つまり高級品という事だ。
それを惜しげもなく使った上に、リコのメモによれば、体力増強、体力回復、軽量化の魔法を付与したと書かれている。もしこの鎧を売りに出せば王都に家が建つくらいの値段になるかも知れない。
・・・英雄の『ちょっとマシ』とは一体なんなのか。
その英雄、リコ・キサラギは今ファリーナを不在にしている。10日程前に王都リーディアルガに向かって船で旅立って行ったからだ。
ファリーナはその周辺一帯に小麦畑が広がる大陸随一の穀倉地帯で、ファリーナのそばを流れるプルウィン川を利用して、その河口にある巨大な港に集積された小麦は、大きな船に積まれて大陸各地に輸出されていた。
要はファリーナは海上交通が発達しており、リコは数ある船の中でも大陸一速いと言われている魔法船ヒプルスで洋上の人となっている。
「ノール君。わざわざ見送りをすまないね。」
リコが王都への出発するその日、俺は港へリコを見送りに来ていた。
「王都に行ってくるよってメッセージと日時と出立場所だけ書いた手紙を送るなんて、見送りに来いって言ってるようなもんだろ。」
「ふふ。それでも来てくれてありがとう。」
悪態をついた俺だったが、にこりと嬉しそうに微笑むリコに思わず目を逸らしてしまう。
先日数年ぶりに支部長室でリコと話をして、想像以上に大切にされている事が分かって以来、妙に気恥ずかしいのだ。
「・・・この間、異常種の件を王都に報告するって言ったけど、今回の王都への呼出は建前はその報告の確認のため。だけど、実際はファリーナを狙ってるらしい何処かの国やら組織やらの工作だと思うんだ。国のお偉方には僕の事を嫌いな奴も居るし。そのお偉方としては、ファリーナを離れたくない僕に対する嫌がらせなんじゃないかな。何処かの国やら組織やらにとっては、ファリーナをどうにかするなら、僕が居ない間を狙うのが一番だろうからね。」
「師匠が不在の間に襲撃が起きると?」
「多分ね。僕はこの国に仕えてるわけじゃないから、呼び出しは無視してもいいんだけど、この際、態と応じて敵を炙り出した後に全部叩き潰そうかと思ってさ。ただ、敵を釣り出すためには、僕が王都に行って姿を見せる必要があると思うし、そうするとファリーナに戻るまで多少時間がかかってしまう。」
一旦言葉をきって、翡翠色の瞳で俺を真っ直ぐに見つめながら、リコは言葉を続けた。
「そこで、信頼する我が弟子のノール君にファリーナの防衛をしてほしいんだ。もちろん他のハンター連中にも話はしておくし、色々と備えもあるけれど。・・・僕からの緊急依頼、請けてくれるかい?」
「了解だ、師匠。その依頼、命に換えても!」
リコに何かで頼られたのは初めてな気がする。誇らしくて高揚した気分で俺はそう宣言した。
するとリコは呆れた顔で俺に近寄り、アダマンティスの魔法鎧越しに俺の鳩尾の辺りにそっと右手の掌を添える。何をするのだろう?と思ったその瞬間、俺の鳩尾から背中に衝撃が駆け抜けた。
身体をくの字に折り、膝をつく俺の顔を不機嫌なリコの顔が覗き込む。
「あれだけ大切な弟子だって言ったのに、簡単に命を掛けないでくれるかな?必ず生きて帰ってよね。尚且つ依頼も完璧にこなすこと!・・・まあ、間髪入れず依頼を請けてくれた事はすごく嬉しいし、ちょっと力が入っちゃったけど。」
優しいのか厳しいのか分からないセリフをつぶやくリコ。鳩尾への掌底の一撃は、ちょっとした照れ隠しのようだ。
耳長族は人類の中で圧倒的に身体能力が他種族に劣るはずなのに、この重い一撃。解せぬ。
「分かった。生きて帰る、且つ、依頼も達成する。約束する。」
どうにか衝撃から立ち直って顔を上げた俺の頬をそろりと撫でた後、俺の顔をじっと見たリコは満足気に頷き
「よろしい。・・・じゃあ、行ってくるよ。」
そう言って魔法船ヒプルスに乗り込んで行った。
お祝いで貰ったアイテムボックスに武器が数百本入ってたらビビりますよね。
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