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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第3章 深紅の魔人
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幕間その7 或る諜報員と鬼人族の姫巫女(下)

「・・・はあはあはあ。」

 だらだらと血を垂れ流す右腕の傷に応急処置を施しながら、俺は空き家となっていたとある廃屋の一室で息を整えていた。

 ノウェムが撃ってきた矢は掠っただけだったものの、傷口は思ったよりも深く、肉が抉れていてかなり酷い状態だ。痛みも相応にある。だが、ここでいつまでも立て籠っているわけにはいかない。

 ノウェムが大声で林に潜んでいた怪しい人種・・・つまり俺を探し出す様に帝国兵に命令したからだ。

 幸い兵士達の質自体はそれほど高いものではなく、全力を出した俺にはついて来れていない為、取り敢えずは振り切ることが出来た。

 だが、かなりの人数を掛けて追跡しているようで、それほど大きくないこの街に留まっていれば、いずれ見つかってしまう。

 兵士達を倒す事は簡単だが、脱出経路を確保しない内に手を出すのはやめた方がいいだろう。ノウェムを呼ばれたらひとたまりもないからな。


 ・・・しかし、ノールやミクが持たされてるようなリコ特製の回復薬でもあれば、この傷も直ぐ治ったんだろうな。

 前に支給してくれとリコに頼んだ事があるが、希少な材料を使っているらしく、1本あたり実費の大金貨10枚で売るよって言われて、俺は結局買うのを断念した。

 大金貨10枚は俺の月収程度だが、年収が大金貨10枚もあれば比較的裕福な家庭と言われるくらいの大金だし、躊躇したわけだ。まあ、あまり金を使う機会もないから、買っときゃ良かったと今後悔しているわけだが。

 そんな取り留めもないことを考えている間に、大分息も整ってきたし、少しは腕の痛みも引いてきた。

 そろそろ動き出す頃合いだろうと思い、俺は周囲を警戒しながら廃屋から外へと出る。そして、今更ながらに気づいた。この廃屋、アメリアの家の近くだったのか。

 ・・・そういえば廃坑に出発する前にアメリアから、ウルビスを経つ前に必ず家に寄って欲しいと言われていたな。

 ウルビスを脱出するなら、港に停泊しているヒプルスに乗って逃げるのが1番確実だと思うが、アメリアの家は港までの道沿いか。どうしたものか。


「クロ。そこに居ますね?暗くて見えませんが、既に()()()()ので。」

 周囲を警戒して物陰に隠れている俺の方を真っ直ぐ見ながら、アメリアが声を掛けてくる。結局、俺はアメリアの家に立ち寄ることにした。

 普通に考えればウルビスからの脱出を優先するべきだとは思うが、アメリアの能力の事もあるし、どうにも気になったのだ。

「ああ。居る。隠密行動には自信があったんだがな。アメリアとノウェムには役に立たないみてぇだな。」

 言いながら瓦礫から姿を現した俺に、ぽすっと音を立てて小さい何かが抱きついてきた。

 その小さい何かは、サラサラとした藍黒色の髪を腰の辺りまで垂らしており、額から2本の黒い短い角が生えていた。短い腕でぎゅっと俺の脚にしがみ付くと、大きな赤銅色の瞳で俺の方を見上げてくる。

「おう。プラリタ。起きていたのか。」

 小さな何かの正体は、角が2本あること以外は、アメリアをそのまま小さくした様なアメリアの娘、プラリタだった。

「ママが夜、家にクロおじさんが来るって言ってたから。プラリタ、来るのを待ってた。」

「俺はまだおじさんって呼ばれる歳じゃねぇって言っただろ。仕方のないやつだ。」

「プラリタに黙って居なくなるのが悪い。」

 俺は苦笑しながら、右手で膨れっ面をしているプラリタの小さな頭を撫でると、プラリタは途端に嬉しそうに目を細める。まあ、妙に懐かれているわけだが、これには理由がある。


 今朝方にアメリアと話をしてから、明るい内から行くのはリスクが高い為、夜を待って廃坑に行く事にしたわけで。

 追加の情報収集にも勤しんだが、碌な成果も得られずに早々に切り上げたため、昼過ぎにアメリアの家に戻った俺は夜まで大量の時間を持て余す事になった。

 その時間で何をしたかというと、プラリタと一緒に遊んでいたりする。鬼ごっこや隠れんぼ、積み木遊び、何でもござれだ。プラリタが疲れて寝てしまうまで付き合ったんだが、俺が廃坑に行く時にはまだ寝てたから、別れの挨拶はしていなかった。それが不満だったんだろう。


 10歳の時に帝国に騙されて隷属契約を結び、奴隷の様な諜報員生活を送る中ですっかり忘れていたが、そうなる前の俺は孤児で、世話をしている小さな孤児は何人も居たくらいには面倒見はいい方だった。

 ・・・そういえば、帝都フルゲンステッラのスラム街で、よく俺の後をついて回っていたあの少女は元気だろうか。プラリタはどことなくソイツに似ているな。

「クロ?右腕、怪我してる??」

「・・・ん。ああ、ちょっとな。」

 流石に細かい事情は話せないので言葉を濁すと、プラリタは眉を顰めた。

「クロ。ちょっと屈んで。」

「何するんだ?」

「いいから!」

「分かった。・・・ほらよ。」

 促されてしゃがむと、プラリタはその小さな手を包帯で覆われた右腕の傷に当てて目を瞑る。

 一体何を?そう思った時だった。

時間遡行(リバース)

 プラリタが力ある言葉を紡ぐと同時に、その手から白い光が漏れる。そして、俺は直ぐにその効果に気づいた。

 傷の痛みが・・・無いだと。こんな幼い年齢で回復魔法?


「これで怪我、治ったはず。」

 プラリタは頬を紅潮させて誇らしげに胸を張る。それを横目に右腕の包帯を外して、俺は傷の状態を確認したんだが・・・。

「傷が・・・無い。」

 抉れていたはずの腕は、そんな傷が最初から無かったかのように綺麗なモノになっていた。身体には()()()()()()()()。だが、それはあり得ない現象だった。

 回復魔法や回復魔法薬は元々対象に備わっている治癒能力を促進させて傷を治す仕組みだ。魔法の使い手はもちろん魔力を消費するが、魔法を使われる側もノーコストではなく、実は体力を消耗してしまう。

 大きな傷であればあるほど、治す時の身体への負担は大きく疲労を感じるようになる。だが、それが全く無いのだ。


「プラリタもギフテッドですから。対象の時間を操る能力で傷を治したんです。正確には()()()()()()()()()()()()()、ですね。」

 呆然とする俺の背後から、アメリアが話しかけてくる。・・・なるほど。傷を受ける前の状態に時間を巻き戻したから、体力の消耗もないのか。

 考え込んでいると、裾をくいっと引っ張られる感覚がした。下を見れば、プラリタが不安そうな顔をしていた。

「クロ。褒めてくれないの?・・・それとも、まだ治ってなかった??」

「・・・ん。ああ、すまん。少し驚いただけだ。すっかり治ったぞ。ありがとうな、プラリタ。」

 言いながら優しく頭を撫でると、プラリタは顔を綻ばせて、

「・・・治ったならいい。」

 ポツリと呟やきながら、プラリタは胸を張る。ところが・・・

「あ・・・。」

 急にふらふらと身体を揺らしたかと思うと、重心が掛かっていた後ろに身体を倒していく。そのまま地面にぶつかるかという直前に、いつの間か側に近寄っていたアメリアがさっとキャッチして抱き抱えるのであった。


「プラリタは大丈夫なのか?」

「大丈夫です。能力を使うと、極度に体力を消耗するみたいで、今みたいに急に寝ちゃうんですよ。」

「それがプラリタのギフトの代償ってわけか。」

「ええ。そうです。・・・クロ。家に寄ってもらったのは伝えたい事があったからです。」

「伝えたいこと?」

 アメリアは俺の質問に頷き、ゆっくりと口を開く。

「ここから港までは最短距離で行かずに迂回して下さい。最短距離でいくと、廃坑でクロを殺していた人族が待ち構えています。」

「また視たのか?代償は大丈夫なのか?」

 アメリアの腕の中で眠るプラリタを見ながら俺が言うと、アメリアは少し気まずそうに口を開く。


「確かに能力を使いましたが。・・・今の私には大した代償でありませんので。そうだ。一つ約束してくれませんか?」

「・・・内容にもよるな。」

「即答してくれないのですね、クロ。」

 アメリアは苦笑しながら、実に寂しげに口を開いた。

「次にウルビスに来た時、時間ができたらで構いませんので、この家に来てくれませんか。ここで待っていますので。」

「それも『未来視(ビジョン)』で視たのか?」

「・・・ええ、そうです。」

「分かった。約束しよう。じゃあ、そろそろ行く。助言、ありがとよ。」

 アメリアに別れの挨拶を告げると、俺は夜の闇に溶け込んでほぼ無人の街を駆けて行く。

 アメリアの予言を受けて大幅に迂回して港に向かった俺は、どうにか港のヒプルスまで辿り着き、ウルビスを脱出する事に成功したのだった。



 そして、その2日後。俺は再びウルビスの港へ降りたっていた。

 ウルビス脱出後、昨日王都に辿り着いた俺は、その夜にリコから命令を受けて、今朝王都郊外の森にノールとミクを迎えに行ったわけだが、そこからの展開は早かった。

 ヒイロ・ミナヅキの屋敷への潜入、レフォルマの奪還、王都の港でまさかの海戦(アレは戦わなくてもレフォルマの船速なら逃げ切れたよな!?)、そして、そのまま王都を脱出してとんでもない速度を叩き出すレフォルマによって、もうウルビスに帰ってきたわけだが・・・。明らかに様子がおかしい。

 確かに活気がない港だし、街全体も同様だったが、1人の人種も見当たらないほどじゃなかったはずだ。


「・・・こりゃ酷いな。なあ、クロ。前に来た時もこんな感じだったのか?」

「いや。もう少し人気はあったはずだぞ。たった2、3日の間に一体何が・・・。」

 まるでゴーストタウンになったかのような状態にアメリアやプラリタの顔が思い浮かぶ。彼女達は大丈夫だろうか。

 直ぐアメリアの家に行きたくなったが、今は行くことはできない。先ずは状況を確認する必要があるだろう。

 そうして、俺達はウルビスで唯一明かりが灯っている廃坑の調査に向かう事になり、そして、アレと遭遇する事になる。


「これは・・・フレッシュゴーレムか!!」

 廃坑の奥底で遭遇した怪物にミクが声を上げる。俺の目線の先では巨大な人型の肉塊(フレッシュゴーレム)が緩慢な動作で動き出そうとしていた。

 その肉塊の体表では様々な人種が溶け合い、混じり合って、死に際の顔なのかいずれも苦悶の表情を浮かべている。

「・・・あの時より随分と大きいが一体どこから材料となる人種を・・・まさか!」

 中には情報収集で話し掛けたことのある見覚えのある住人の顔も含まれていた。つまり、ウルビスの住民はフレッシュゴーレムを作り出す素材にされたということだろう。

「そのまさかだな。見知った顔がフレッシュゴーレムに張り付いていた。つまりは帝国と侯爵のクソ共は・・・。」

 そして、俺は見つけてしまう。憎悪に歪んだ表情が多い中、1人穏やかな表情を浮かべたアメリアの顔が、その体表に浮かんでは消えたのを。

「この街の住民(アメリア)を犠牲にしてコレを作ったって事だ!」

 溢れ出した怒りに突き動かされるがままに俺はフレッシュゴーレムに攻撃を仕掛けるのだった。


 怒りに任せてフレッシュゴーレムに攻撃を仕掛けたはいいが、俺の力では当然倒すことはできず、結局はミクの「雷火滅閃」という、とんでもない威力の技でケリがついてしまう。

 ・・・俺は戦闘能力が売りではないが、世話になった人種の仇すらうてない自分の力の無さが嫌になるな。

 そして、王都に帰還する為に港へ向かっている途中のことだ。俺はアメリアとの最後の会話を思い出していた。

 あの時、アメリアは次にウルビスに来た時に家に来て欲しい、待っていると言っていた。だが、アメリアはさっきのフレッシュゴーレムの素材にされていて、すでに死んでしまっている。

 そんな状態で待てるはずもない。だが、アメリアは『未来視(ビジョン)』で視たと言っていた。

 そう言えば、『未来視(ビジョン)』はアメリア自身の未来を見れないんだったな。とすると、アメリアの家ではアメリア以外の人種が待っているということになる。・・・そんな人種は一人しか居ない!

「・・・先にレフォルマに戻っていてくれるか?俺はちょっと寄るところがある。」

 俺はそう言い残すと、真っ暗なウルビスをアメリアの家を目指して駆け抜けていった。


「プラリタ!居るかっ!?」

 玄関の扉を開け放って叫んだ俺の声が、家の中に響き渡る。するとリビングに置いてあるクローゼットの扉をガチャっと開けて何が飛び付いてくる。

「クロっ!待ってた!」

 飛び出してきたプラリタを受け止めて抱き上げる。顔を覗きこむと、目が赤く腫れ上がっていた。

「ママが知ってる人(クロ)が来るまで隠れてるようにって言って、朝出かけてから帰って来てないの。」

「・・・そうか。もう大丈夫だ、プラリタ。」

 ・・・アメリアは、もう。思いながらプラリタの背中を撫でていると疲れていたのだろう。プラリタは寝てしまっていた。


 こうして俺は寝てしまったプラリタをレフォルマまで運び、エンデとかいうふざけた船員から、誘拐というあらぬ疑いをかけらるのだが、そんなことは些細なことだ。

 プラリタを休ませようとした時、プラリタはアメリアから俺に渡すように頼まれていたもの、手紙を渡してきた。

 その後、直ぐに寝ついたプラリタの側で、椅子に座って俺はアメリアからの手紙を読む。


『この手紙を読んでいるという事は、私はもうこの世に居ないのだと思います。『未来視(ビジョン)』では自分の未来を視れませんから、どのように私が死んだのかは分かりませんが、仮に私の死に、クロ、貴方が関わっていたとしても気にしないで下さい。なぜなら、私の寿命はどちらにしろ残り僅かだったのですから。』

 最後に話をした時点で、アメリアは自分が死ぬと思っていたのか。しかし、寿命が残り僅かというのはどういう事だ?

『『未来視(ビジョン)』の代償、後でお教えする約束でしたね。代償は私の寿命です。集落を追われてから今に至るまで、能力を使い過ぎて私の命はごく僅かだったのです。』

 だから代償が何か言いたがらなかったのか。

『私が長く生きられないのは仕方がありません。ですが、1人残されるプラリタが心配でたまりません。そこでクロに最期のお願いです。どうかプラリタを助けてやってくれませんか?プラリタも貴方に懐いているようですし。・・・どうか、よろしくお願いします。』


 手紙はここで終わっている。

 アメリアには色々助けられてるし、プラリタとも数時間とはいえ遊んで、すっかり情が湧いている。帝国の諜報員だった時ならともかく、今の俺にはプラリタを見捨てる事などできない。

 多分、アメリアはこれを狙って俺を助けたり、プラリタと遊ばせたりしたんだろうが、ここは思惑に乗ってやろう。

 スヤスヤと眠るプラリタの寝顔を見ながら、俺はそんな事を考えるのであった。

クロのお話はこれでおしまいです。

こうしてクロは幼女の保護者になるわけですが、今後とも彼は様々な苦労を背負い込むことになります。多分(笑)

帝国の隷属契約が解除された結果、生来の面倒見の良さとお人好しさが滲み出て、苦労人になってしまったようです。

さて。次回の幕間は王都動乱を起こした帝国の諜報員のお話になります。

出来るだけ早く更新しますので、評価やブックマーク等で応援してもらえたら幸いです。ではでは〜。

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