幕間その6 或る諜報員と鬼人族の姫巫女(中)
「昨日はよく眠れましたか?クロ様。」
「ああ。思ったよりぐっすり寝れた。・・・昨日も言ったが、降り掛かる火の粉を払っただけで、俺は大層な人種ではない。様付けはやめてくれ。」
「ふふ。そうでしたね、クロ。」
翌朝。目が覚めた俺は客室から出たところで、アメリアと鉢合わせをした。
昨日、アメリアに言いくるめられて一晩泊めてもらう事になったわけだが、お互い名前を名乗っただけで、細かい話は全くしていない。
俺は死体の処理があったし、アメリアはアメリアで背中に庇っていた子供、・・・プラリタというらしい、のケアと寝かし付けをしなければならなくて、時間がさほど無かったからだ。
俺としては折角なので、ウルビスのまともな住民であるアメリアに色々と話を聞きたいと思っているんだが。
因みに、ぐっすり寝れたというのは本当の事だ。ファリーナから王都まではともかく、王都からウルビスまではかなりの強行軍だったし、一日中情報収集で動き回って疲労が溜まっていたのもあるだろう。
まあ、諜報員としては見知らぬ家に泊まって熟睡するのはダメとは思うが。
「昨日は聞きそびれたが、色々とこの街について聞かせてくれるか?」
「はい。私に分かる事でしたらなんなりと。」
リビングに移動して用意してもらった朝食を食べた後、テーブルに座った俺はアメリアと向き合っていた。
因みに、俺が朝早く起きたせいか、まだプラリタは寝ているらしい。ゆっくり話すにはちょうどいい。
「昨日の警備兵も含め、様子がおかしい住民が多いみたいだが、何でこんな事になってるんだ?」
「私には詳しいことは分かりませんが・・・」
申し訳無さそうな顔をしながらアメリアが語った内容は主に二つだ。
一つ、無気力になったり、急に化け物に変異する現象は約1ヶ月半前から起こり始めた。
二つ、その現象が起こるのとほぼ同時期に、見慣れない服装の人種達が廃坑になったはずの坑道に出入りをし始めた。
どう考えても見慣れない服装の人種達が怪しい。廃坑の様子を探る必要があるな。
「その見慣れない服装の人種に心あたりはないのか?」
「私は噂を聞いただけで直接見た事はありませんが、能力で視た限りはおそらくセプトアストルム帝国の人種と思われます。」
「・・・能力で視た?」
一体何のことだ?
「私、実はギフテッドなんです。能力名は『未来視』。その名の通り、未来を視る能力です。」
「なっ!」
俺は思わず驚きの声を上げてしまう。どれくらい先の事をどれ位の精度で視れるかで評価は変わりそうだが、かなり凄い能力のように思える。
「例えば自分自身の未来は視れないなど、色々と制約はありますが、他人の未来を100%の精度で視れる能力です。まあ、未来はちょっとしたきっかけで変わるんですけどね。」
苦笑しながらもアメリアが語った能力の中身は、やはり強力な能力だった。それなら尚更・・・
「それが本当だとして、何で俺にギフテッドである事を明かしたんだ?」
国やハンターズなどの組織に属している人種であれば、戦力を誇示する為に敢えてギフテッドだと公表されることもあるが、アメリアは明らかにどこにも所属していない一個人だろう。
帝国では俺の様に契約魔法で奴隷にされる可能性もあるが、一般的にギフテッドは厚遇を以て囲い込まれる為、アメリアの様に貧しい生活をしているはずがないし、戦闘能力が無いのであれば警護が無いのは有り得ない。
何歳かは分からないが、成人である現時点までフリーということは、アメリアはギフテッドである事を隠して生きてきたはずだ。
それなのに、ただの世間話かのようなノリで、初対面である俺にギフテッドである事を喋るはずはないのだ。ましてや、ギフトの内容まで喋るなんてもってのほかだろう。
「それは・・・。私の『未来視』で視た映像では、クロは今日、廃坑で死ぬ事になっているからです。」
俺の問い掛けに戸惑いながらもアメリアが答えた内容に、俺は直接頭を殴られたかの様な衝撃を受ける。
俺が・・・死ぬだって?
「・・・あっ。死ぬと言っても私が視る未来はさっきも言った通り、ちょっとしたきっかけで変わります。例えば、今日廃坑に行かなければ、当然廃坑で死ぬ事は無くなるわけですし。」
申し訳なさそうにアメリアが慰めてくるが、その言葉がうまく頭に入ってこない。
貴方は今日死にます、なんて言われたとしても、普通なら一笑に付すような与太話の類いだ。だが、昨日の夜、俺は『未来視』の片鱗を味わっている。
この家を立ち去ろうとした時の事だ。あの時の俺は真っ直ぐ出口に向かったのではなく、触られないように敢えて左右に身体の位置どりをブレさせていた。
触ろうと普通に手を出したら、そこには身体がない。そんな風になるところをあっさりとアメリアに肩を掴まれたわけで。未来を視る事が出来るのであれば、軌道が丸見えの為、それも簡単な事だろう。
「・・・アメリア。アンタが未来を視る事が出来るっていう証明は出来るか?」
「んー・・・。そうですねぇ。」
しばらく考えて絞り出した俺の質問に、アメリアは人差し指を顎に当ててしばらく考える素振りを見せる。
「クロが廃坑で死ぬ映像では、貴方は随分と廃坑の奥まで足を踏み入れていたみたいです。見慣れない服装の人種・・・帝国人がたくさん巡回している中を気付かれもせずに、目の前を堂々と通り抜けていました。」
言いながらアメリアは、俺の方にその端正な顔を向けてくる。
「察するに貴方は相手から察知されなくなるギフトを持っているのではないですか?」
「・・・正解だ。ウルビスに来てからはまだ一回も使って無いんだがな。」
もちろんギフテッドである事を言いふらしたりしてもいない。アメリアの言う『未来視』の能力を信じるしかないようだ。
「詳しい話を聞かせてもらってもいいか。」
「もちろんです。何をお聞きになりたいのですか?」
アメリアは赤銅色の瞳を細めて、俺の言葉に頷くのだった。
「アメリアの能力は、対象の未来の映像を視る、でいいんだよな?」
「ええ、そうですね。」
「先ず疑問なんだが、アメリアは服装だけ見て、なんでその人種達が帝国人だと分かったんだ?」
「それは・・・。」
俺の質問にアメリアは表情を曇らせて言い淀む。
「私が住んでいた鬼人族の里が、帝国人達に滅ぼされたからです。彼らの装備や服装は、嫌でも目に焼き付きましたから。」
今まで明るい表情しか見てこなかったアメリアの顔が昏く落ち込み、その赤銅色の瞳の奥に、小さな復讐の炎が灯った様にみえて、俺はごくりと唾を飲み込む。
「・・・『亜人狩り』って奴か。」
アメリアがコクリと頷く。
「私が住んでいた集落は、セプトアストルム帝国領内の森林地帯の奥深くにありました。族長である私の父が言うには、大陸北東部の大森林地帯にあるものを除けば、鬼人族の最大の集落だったそうです。そして、当時の私はこの能力を活かして、武神テルムアルムを祀る神殿の巫女を務めていました。」
「・・・ちょっと待て。父親が族長ってことは、アメリアは鬼人族のお姫様ってことか?」
「一応、そうなりますね。・・・今となっては何の意味を持ちませんが。」
驚く俺に対してアメリアは悲しげに笑いながら話を続けた。
「数年前のある日のことです。私達の集落は突如として帝国軍の襲撃を受けました。人族以外の人種にとって帝国内の情勢が良くないことは時折やってくる行商人を通して知っていましたので、彼らが攻めてくることは森中に設置した仕掛けで事前に把握していました。お陰で無事に撃退する事が出来たんです。ですが・・・。」
アメリアの表情がより深く昏くなる。
「帝国軍は何度でもやってきました。兵士の質では鬼人族が圧倒していましたが、物量が違いすぎました。度重なる襲撃で徐々に私達も疲弊してしまい、戦える者は次第に倒れ、遂には集落を放棄せざるをえなくなったのです。父は集落の住人を逃すために殿を務めてそのまま・・・。」
アメリアの固く握った手がふるふると震えている。
「命からがらに集落を逃げ出した私は能力を駆使して何とか帝国軍を振り切り、最終的にはこのウルビスに辿り着いたのです。何人かいた共の者は途中で倒れ、生き残ったのは私とプラリタだけでした。」
「・・・そうか。辛い話をすまない。」
「いえ。終わったことですので。他にお聞きになりたいことは?」
表面上は平静を装い、アメリアは何でもない様に振る舞っていた。俺は自分が帝国側の人種だったのを隠すことに、チクリとした胸の痛みを感じながら質問を続ける。
「普通能力を使うにはそれ相応の代償が必要なはずなんだが、『未来視』の代償は何なんだ?本筋とは関係ないが、少し気になってな。」
「・・・今はお答えしたくありません。後でお教えしてよろしいですか?」
俺の新たな質問にアメリアの顔が少し強張る。直ぐには答えてくれそうにはない。
「・・・分かった。じゃあ、俺が殺された時の映像について、出来るだけ詳しく教えてくれるか。」
「分かりました。クロが殺された時は・・・。」
こうして俺は、プラリタが起きてくるまでの間、自分が死んだ時の状況を詳細に確認するのであった。
そして俺は今、廃坑の様子を探りに来ている。だが、アメリアが見た映像の中の様に、奥深くまで侵入しているわけではない。
俺は夜になるのを待ってから動き出し、10,000メルほど離れた場所にある林から暗視機能付きの眼鏡型魔導具で廃坑への出入りを観察しているところだ。更には念の為に光学迷彩も発動している。
前は自分自身にしか効果は無かったし、効果時間も短かったが、化け物の厳しい指導の賜物でギフトそのもののレベルが上がったらしく、1人での効果時間はかなり伸びている。動かないのであれば尚更だ。
廃坑に出入りしている人種を見る限り、時折街の住民もいるものの、アメリアの言う通り帝国人らしき服装の人種が多い。
王都での麻薬の蔓延や、ウルビスの住民の異常、それらの似た様な症状、廃坑に出入りする帝国人。状況から考えて、クソッタレの我が母国が何やら良からぬ事を企んでいるのは間違いなさそうだ。
アメリアが『未来視』で視た限りでは、廃坑の奥に侵入した俺は、身長180メル程度の筋骨隆々とした深紅の瞳の人族の男に、光学迷彩を見破られて一刀のもとに斬り捨てられたらしい。
今の俺はハンターで言えば、中位のアダマンタイトランクくらいの戦闘能力を有している。その俺が何も出来ずに一撃で倒される相手は帝国といえどもそれほど多くは居ないはずだ。幾つか心当たりはありはするが。
そうやって暫く観察を続けていると、俺は心当たりの内の1人が廃坑に入ろうとする所を目撃する。
アイツは・・・クソ野郎直属の精鋭、番号持ちのノウェムじゃねぇか。
番号持ちはオリハルコンランクの化け物揃いと聞いているし、何らかの手段で光学迷彩を見破られて一撃で俺が殺されていたとしても不思議ではない。
もしアメリアからの警告が無ければ、あまり警戒する事なく光学迷彩頼みで廃坑に突っ込み、アメリアが視た通りの結果になっていただろう。
そう思いながら、これ以上の調査は危険と考えて、俺は直ぐにでも立ち去る事を決定する。
そうして光学迷彩を維持しながら立ち上がった瞬間だった。ゾワッとした悪寒が俺の全身を駆け巡る。コレは・・・殺気か?
「弓兵!あそこにある林に向かって矢を放て!・・・いいから撃て!見えはしないが、何が居るぞ!」
大声を張り上げるノウェムは俺の居る方を真っ直ぐ見つめたかと思うと、一向に動こうとしない弓兵から弓矢を奪い取ると、素早く弦を引き絞って矢を撃ってくる。
物凄い速さで飛んで来た矢は、何故バレたのかが気になって反応が遅れた俺の腕を僅かに掠って、ドスっという音と共に地面に深々と突き刺さった。
「くっ!」
その音と腕の痛みにハッとした俺は、光学迷彩を解除すると、その場から全力で逃げ出すのであった。
予告より更新が遅れたこと、クロの話は上下と言ったのに。何故か上中下となったこと、申し訳ございません。
今しばらく、この拙いお話にお付き合い頂けたらと思います。




