幕間その5 或る諜報員と鬼人族の姫巫女(上)
「ここがウルビスか。」
ファリーナを魔法船ヒプルスで経ってから12日後。俺は雇い主の命令に従って、エルガオン侯爵領の領都ウルビスへとやってきていた。
最初に王都に行けと言われた時は、てっきり王都でエルガオン侯爵の事について調べるのかと思っていたが、リコ曰く、王都はヒイロが勝手に情報を集めるだろうからと、俺は直接エルガオン侯爵領に乗り込む事になったわけだ。
・・・しかし、ハンターズのリーベルタルス王国本部長を変態呼ばわりする人種はリコくらいだろうな。
で、だ。出来るだけ早く行った方がいいだろうと、リコが権力に物を言わせて用意した移動手段が世界一速い船だった魔法船ヒプルスなんだが、有名な船である為、正直隠密活動には全く向いていない。
その旨を恐る恐るリコに伝えると、見た目ではヒプルスと分からないように一晩のうちに改装した上に航行速度まで上げやがった。・・・前から思ってたが、コイツの作業スピードは異常だろ。
そんなこんなで、小規模な商人の船といった体に偽装したヒプルスでウルビスの港に降り立ったわけだが、昔は立派だったであろう船着場も最近は整備されていない様子で、所々に破損している箇所が見られるなど、全体的に設備が老朽化していた。まあ一言で言えば、寂れた港、だな。
俺が乗りつけたヒプルス以外に外から入った船はあまり無いようで、人影もまばらで普通の街の港ならある活気というモノが全く感じられ無かった。
「おい。そこのお前。」
どこで情報収集をしようかと周囲を見渡していたところ、背後から聞き覚えの無い声がかけられる。剣呑な雰囲気を感じる声色に一瞬無視して立ち去ろうと思ったが、周りには人影は居ないので明らかに俺に向けられた言葉だろう。
仕方なく振り向くと、粗末な革製の防具に身を包み、一目で手入れのされていないと分かる錆が浮いた槍を持った40代くらいの人族の男が立っていた。防具の下にはよれよれの制服らしき物を着ているのが見えたので、多分コイツはこの街の警備兵か何かだな。・・・随分と質は悪いみたいだが。
「お前、何をしにこの街に来た。」
「私は見ての通りの行商人でして。各地を旅をするのも好きなものですから、王都で商売をした後にこのウルビスまで足を伸ばさせてもらったんですよ。」
「こんな何も無い街をか?怪しい奴め。」
俺の返事に男は胡散臭そうなもの見る顔をした。
行商人は街から街へ旅をしながら商売をする。なので街に到着したばかりなら、普通は販売するための商品を山盛りに持っているんだが、今の俺は見た目にも実際にもそんな商品持ってない。
なので旅をするのが好きとか、苦しい言い訳をしているわけで、怪しまれて当然だろう。こんなナリでも意外と仕事熱心なのかね?この警備兵は。
「本来ならお前のような怪しい奴は、綿密に取り調べをしなければならんのだが、態度次第では考えてやってもいいぞ?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、右手を差し出してくる警備兵。つまりは賄賂をよこせってことか。前言撤回。とんだ不良警備兵だな。コイツは。
「気が利かないもので、すみません。」
言いながら、俺は握り込んだ金貨5枚を警備兵の掌の上に置く。この程度の相手なら一瞬で消すことは出来るが、今から情報収集をしようって言うのにわざわざ揉め事を起こす必要はないだろう。
「おし。行っていいぞ。」
警備兵は掌の中身を確認すると、思ったよりも多かったのかニヤけた顔をすると、俺の方を見もせずに手を振りながら去って行く。
「やれやれだな。」
そのくたびれた背中を見送りつつも、俺は情報収集の為に街を探索するのであった。
しばらく探索して俺は違和感を感じていた。
確かウルビスは10年程前に鉱山が廃坑になって急激に寂れたと聞いている。人口が多かった頃の建物がたくさん残っているため、空き家も多い。
人種が住まなくなった家というのは、存外傷むのが早いんだが、傷みが少ない家の数に対して、残っている住民の数が明らかに少な過ぎる。つまりは短期間で急激に住民が居なくなったってことになるんだが、そいつらは一体どこに行ったんだ?
それに・・・
「酷い有様だな、こりゃ。」
おそらく繁華街であったであろう街の中心部を歩くと、流石に目に見えて人種が増えてくる。だが、その人種達の様子は明らかに異常だった。
膝を抱えて座り込んでいる者。
棒立ちになり何事かブツブツと呟いている者。
無言でよたよたと歩いている者。
そして、いずれの者にも共通していたのは虚ろな表情をしているという事だ。
・・・まるでフォディーナ王国であのデノデラが操ってた人形みたいだな。話を聞くことは出来そうにない。
「情報収集するにしても、まともな人種を探さなきゃならねぇな。」
こうして、俺は陰鬱な雰囲気が漂う街中を彷徨うこととなったのだった。
あれから、くまなく街を探索したわけだが、虚ろな表情をしていないまともな住人も居ることには居た。
だが、よそ者、且つ、怪しげな行商人である俺に口を開いてくれる人種は殆ど居なかった。話をしてくれたとしても、当たり障りの無い事しか聞けない為、情報収集はほぼ進んでいない。
どうしようかと焦り出した頃には太陽は沈み出しており、夕焼け色に街が染まり始めていた。
わざわざウルビスまで行ったのに何も分かりませんでした、では親愛なる雇い主に何をされるか分かったものでは無い。ノールやミクには何故か甘いが、アイツなら役に立たないと分かれば、あっさりと俺のことなんて切り捨ててきそうだしな。
そんな事を考えながら、一応街外れの方まで歩いて来たんだが、中心部の繁華街でさえそれ程人影がなく活気が無かったわけで。当然、街外れは更に人の気配が少なくなっている。
来るだけ無駄だったかと、踵を返して繁華街の方へ戻ろうとした時だった。
「良いからさっさと金目の物をよこしやがれ!」
男の怒声と共にガシャンと何かが盛大に破れる音が、静かな街に響き渡って俺の耳まで届いてくる。
「・・・あっちの方か。」
音が聞こえてきた方向を見れば、ぼろぼろの家がポツンと一軒建っているのが見える。
諜報活動中に目立つ真似はやめた方がいいんだろうが、と少し思いはしたが、尚も男の声と物が壊れる音が聞こえる揉め事しか感じないその家へと、俺は足を早めるのであった。
その家に到着した俺の目に飛び込んできたのは、割れた食器が散乱した床と、倒れた椅子、そして、拳を振り上げた人族の男に、その男から背後の子供を庇う様にして立つ鬼人族の女性だった。
俺は男の背中越しに家の中を覗き込んでる形になる。・・・鬼人族か。元々数が少ないらしいし、珍しいな。
両手を広げて子供を庇う彼女は、急に現れた俺に動揺する様子は無かった。切れ長の瞳をちらりと俺に向けただけで男の方に視線を戻してしまう。まるで最初から俺が来ることが分かっていたみたいに薄い反応だ。
「・・・ん?お前は今朝の行商人じゃないか。こんな所で何してやがる。」
そう言って俺の方を振り向いたの男の顔に俺は見覚えがあった。今朝方に賄賂の金貨を渡した不良警備兵じゃねぇか。
「私は街を探索していただけですよ。貴方こそこんな所で何を?」
「俺か?俺はこの薄汚い鬼人達から金目の物を頂こうとしてるだけだぜ。貯め込んでるって噂だからなぁ。」
「街の住人を守るのがアンタらの仕事だろう?何故そんなことをする。」
帝国の諜報員として、随分と悪事を働いた俺が言うことじゃないかもしれない。だが、俺は無意識に目の前の男を批判していた。
「何故ってぇ?俺様が鬼人どもの資産を有効活用して、薬を手に入れる為に決まってんだろうがよぉ。・・・もしかして、テメェも狙ってんのか?俺の金は、やらねぇぞぉお!」
俺の返事に急に激昂した男は、目から血の涙を流し、身体が膨張しようとして皮が裂け、全身から血を吹き出し始める。腕や脚はその一部が、その負荷に耐えられなかったのか、まるで腐った果物のようにグズグズに崩れていく。
「・・・アンタ、なんか変だぞ?何か悪いもんでも食べたの・・・かよ!」
そんな身体の状態を無視して、男は俺に襲い掛かってくる。かなりのスピードがあったが、俺は何の捻りもない直線的な突進をあっさり躱すと、懐から短剣を取り出して、すれ違いざまに首筋に刃を走らせた。
銀光が一閃して男の首を切り落とすと頭がゴロリと転がり落ち、地面に首から突っ伏した男の死体からドス黒い血が勢いよく流れ出し、赤黒いシミを作っていく。
「・・・何だったんだ。アイツは。」
朝方に会った時は卑しいだけで間違いなく普通の人種だった。不良警備兵だったが、今日会った人種の中では欲がある分だけ、ある意味1番人種らしいと言ってもいいだろう。
急に凶暴化して、コイツみたいにゾンビの様な化け物になる。街中には人形のような人種達も沢山いた。
・・・そういえば、王都では少し前から似た様な症状を引き起こす麻薬が流行っているって話があったな。ウルビスでもそれが蔓延してるってことか?
「そこのお方。助けてくださり感謝いたします。」
色々と考え事をしていると、いつの間にか至近距離から声をかけられて俺はハッとした。
顔を上げるとそこに居たのは、先程両手を広げて子供を守っていた鬼人族の女性だ。
身長は170メルくらい・・・ミクと同じくらいか。ミクは種族的に細身で華奢な印象だが、目の前の女性は鬼人族という種族の特性か肉厚で豊満な身体をしていた。
ただ、家の外観や内装、彼女の服装を見た限りでは経済的にあまり恵まれてないようで、栄養状態が良くないのか本来は綺麗であろう青みがかった黒髪も少しくすんだ色をしている。
その黒髪をかき分けて、鬼人族の象徴である黒い角が額から一本生えており・・・
「あ、いや。気にする事はない。降りかかった火の粉を振り払っただけだしな。じゃあ、俺はこれで。」
俺の不躾な視線に彼女が顔を背けるのを見て、あまり詮索をするのも良くはないと思い、そう言って俺は背を向けて立ち去ろうとする。
「少しお待ち下さい。それでは私の気がすみません。もう外は暗いですし、今夜は我が家に泊まって行きませんか?少し散らかってはいますが。」
だが、彼女はそんな事を言って俺を引き止め、更にはそのまま逃げようとする俺の肩を簡単に掴んでしまう。
・・・なっ?何か動くような気配を感じたから、回避するように動いたはずなんだが。
「あー。さっき初めて会った男に、多分女子供しか居ないこの家に泊まって行かないかってのはどうかと思うんだが。」
内心少し焦りながらも振り返って言った俺の台詞に、彼女はくすりと微笑む。
「何かやましい事を考えている人種はそんな事をいいませんよ。それに私は人を見る目には自信があるんです。それとも、貴方は私達親子に何かしようと思ってるんですか?」
「そりゃあ、何かしようなんて思ってないが。」
赤銅色の瞳を楽しそうに細めながら言う彼女に俺はアッサリと論破されてしまい、結局はこの夜、彼女の家で一晩お世話になる事となる。
これがしがない諜報員である俺と、鬼人族の姫巫女であるアメリアとの出会いだった。
皆様、2024年の年末をいかがお過ごしでしょうか。
更新が遅くなり申し訳ありませんが、なんとか年内の更新にこぎつける事が出来ました。
今回はクロの話ですが、遅い上に上下に分かれる事になって申し訳ない限りです。
今後の更新については、5日までに1回、その後は王都の帝国側の話を1回、新年祭の話をして3章の幕間まで完結させたいと思っています。
拙い上に遅くて申し訳ありませんが、来年もこのお話にお付き合い頂ければ幸いです。
では、皆様。良いお年をお迎えください。
ではでは〜




