エピローグ
新年祭も終わり1の月も中頃を過ぎた頃。
「お呼びでしょうか。陛下。」
デノデラはクルムレクス帝から呼び出しを受けて、帝都フルゲンステッラまでやって来ていた。
「来たか。デノデラよ。先のリーベルタルス王国の王都リーディアルガでの一件は知っているな?」
歴代皇帝の居城であるドラングルム城の、歴代皇帝が使ってきた歴史ある執務室の椅子に座るクルムレクス帝は、どうやら機嫌が悪いらしい。
ただでさえ鋭い目付きがより一層険しくなって執務室に入ってきたデノデラを睨んでいたからだ。その威圧感は直接視線を受けていない護衛騎士に冷や汗をかかせる程だった。
「もちろん、顛末は知っておりますとも。それがどうかされましたかな。」
だがデノデラはそんな威圧感を全く感じていないかの様に、和かにクルムレクス帝に応対する。
「・・・っ!貴様、知っていて何故そのように上機嫌に笑っていられるのだ!」
執務室にクルムレクス帝の怒声が響き渡り、発せられる怒気にデノデラ以外の人種は恐怖で身を竦ませた。
「逆に何故陛下はそのようにお怒りに?」
デノデラの呑気な質問にクルムレクス帝は額に手を当てながら、苛立たしげに執務机を指で叩きながら口を開く。
「大量の資材や人材を投入した!だが、王都に大した被害は無く、メインターゲットであるリコ・キサラギは5体満足にのうのうと生きている。」
そこで言葉を区切り、クルムレクス帝は力任せに執務机に掌をバンっと叩きつけた。
「進化薬で作り出した異常種は碌な戦果を上げずに全て撃破され、貴様ご自慢の番号持ちも誰1人殺すわけでもなく倒された。我が帝国に利益があったのは、現王のバルトゥム王に多少の不満が集まった程度だ。コストとリターンが見合っていないであろうが!」
怒りのままに捲し立てるクルムレクス帝に執務室内の誰もが凍りついたが、唯一、狂科学者だけは涼しい顔をしている。
「なるほど。陛下はそのような見方をされているのですな。吾輩の見方は少し違いますが、話を聞かれますかな?」
「・・・申してみよ。」
眉間に皺を寄せながら、クルムレクス帝は話を促す。
「確かにリーベルタルス王国には大した打撃は与えられていませんし、リコ・キサラギに至っては身体的にも、社会的にも全くの無傷といった有様です。ですが・・・」
デノデラは一旦言葉を切り、くわっと目を見開いた。
「大量の資材を導入したことによって進化薬や傀儡薬の研究は飛躍的に進みました。特に進化薬。少し前までゴールドランク以上の魔物を異常種に進化させる確率は1割に満たないものでしたが、今回の実績では2割程度、今回のデータを元に更に改良を進めれば、成功率は直ぐに3割を超えるでしょう!!」
途中まではクルムレクス帝に向かって説明していたデノデラだったが、話をしている内に興奮したらしく突如として立ち上がる。最早皇帝の事はその目に入ってはいない。
「つまり王都リーディアルガでの失敗は、未来の実験成功への先行投資になるわけです。進化薬は劇的に改善されるでしょう。実に素晴らしい!!」
恍惚とした表情で両手を広げて大声を上げるその姿を見て、クルムレクス帝は大きくため息を吐く。
「・・・もうよい。デノデラよ。其方は少し落ち着くがよい。」
「おっと。吾輩としたことが。申し訳ありません、陛下。」
優雅に一礼して着席するデノデラを見て、クルムレクス帝はやや疲れた様子でこめかみを抑えながら、言葉を続ける。
「確かに研究が進んだのであれば、損害はともかくそれは喜ばしいことだ。それで、デノデラよ。いつ進化薬は完成するのだ?」
「陛下の中で進化薬の完成とは、どの程度の状態の事を言うのですかな?」
「そうだな。ゴールドランクの魔物を異常種へ進化させる確率が5割程度と想定している。」
クルムレクス帝の答えにデノデラはアゴを撫でながら、口を開いた。
「・・・そうですな。自由に資材や素材を使わせて頂けるのであれば、3、4ヶ月といったところですかな。」
「・・・この状況で余に追加の資材や素材を要求する人種は、其方くらいであろうな。よかろう。それで本当に進化薬が完成するのであれば、好きにするが良い。」
「本当でございますか?流石に無理かと思っていたのですが、言ってみるものですな!」
望外に必要な物資の確保が出来た為、デノデラはその顔に喜色を浮かべた。
クルムレクス帝はそんな浮かれるデノデラに釘を刺す。
「だが、デノデラよ。覚えておくが良い。貴様が自分で言った期限だ。4の月が終わるまでに必ず進化薬を完成させるのだ。もし完成しなかったら、その時点で貴様の命運は尽きるものと知れ。」
「・・・承知致しました、陛下。」
全てを凍てつかせるような眼差しを向けてくるクルムレクス帝は本気でそう思っているのだろう。
未だかつて無い威圧感に流石のデノデラも内心冷や汗をかきながら一礼して答えると、押し黙ってしまうのであった。
「ふん。では精々研究に精を出すことだな。余からの用件は以上だ。其方からは何か話したいことはあるか?」
しばらく沈黙が続いた後、クルムレクス帝が口を開いたことで張り詰めていた空気が幾分緩和されていく。
「そう、ですな。・・・そう言えば、王都リーディアルガの戦いでは、リコ・キサラギは殆ど戦っていないそうですな。陛下はご存知ですかな?」
「ほう。では、貴様の番号持ちや異常種は誰が倒したというのだ?」
「今回の異常種は準アダマンタイトランクからアダマンタイトランク中位の魔物が殆どでしてな。それらはかの『魔導識』ヒイロ・ミナヅキや『殲滅』のラルヴァが倒しました。」
「ふん。王都リーディアルガの守護者どもか。妥当なところだな。そのランクの魔物達では時間を稼ぐのが精々ではないか?」
眉を寄せながら尋ねるクルムレクス帝にデノデラは肩をすくめる。
「陛下の仰るとおり、普通にやれば一方的に蹂躙されて終わりです。ですので、同時に北、西、東の三方向から襲撃を行い何処か一方を突破出来ればというのが、諜報部の計画だったようですな。結果は北はヒイロ・ミナヅキに防がれ、西は留守を狙ったはずのラルヴァが突如現れて文字通り殲滅されました。」
「東はどうなったのだ?」
クルムレクス帝の質問にデノデラはニヤリと笑った。
「北や西と違って東を襲撃させた魔物は一体ですが質が違います。準オリハルコンランクの巨塞獣リノケルヌアクトゥスですからな。例えば『指揮者』ヒナギク・ヤヨイが相手であれば巨塞獣の防御を貫く火力を出せずに、ヒイロ・ミナヅキやラルヴァが出てくるまで王都を蹂躙出来たはずです。」
「だが、結果はそうならなかったのであろう?」
「ええ。リコ・キサラギの弟子であるノールと、元出来損ないによって討伐されましたからな。」
「・・・それは予想外だが、其方の研究物が倒されたのであろうに、何故ニヤついておるのだ。気持ち悪い奴め。」
嬉しそうにニヤニヤするデノデラに、クルムレクス帝は顔をしかめる。
「巨塞獣は魔物の格としてはフォディーナ王国を襲撃させた地鎧竜アダマンティスマトゥラと同程度です。ですが、彼らは地鎧竜の時は5人組で討伐しているのに対して、今回はたった2人で巨塞獣を討伐したのですぞ?たった2ヶ月の間に成長したという事になります。更にはオリハルコンランク相当のはずの9番目も彼らが倒しています。ふふ、素晴らしい!どうしたらその様に成長できるのか。ミク・シロガネだけでなく、ノール少年にも興味がわきましてな。年甲斐にも無くワクワクしておるのです。」
先程プレッシャーを掛けた時の様子と打って変わって、デノデラは一気に色めきだす。
「ミク・シロガネもノール少年も素晴らしい素材ですぞ!あぁ、解剖したい!」
「・・・はあ。其方は変わらんな。その2名については好きにして構わんが、まずは進化薬の完成を急ぐのだ。早々に研究所に戻るがよい。」
此処ではない何処かに視線を彷徨わせるデノデラに、うんざりした様子で手を払う。
「ははは。陛下に殺されては敵いませんからな。しばらくは研究に勤しむと致しますか。それでは、陛下。ご命令通り失礼致します。」
そう言うが早いか、デノデラはきちんと礼法に則った一礼をした後に、完璧な一礼をした同じ人物とは思えない程に素早い動きで執務室を退室していく。
バタンと今まで聞いたことのない大きな音を立てて閉まる重厚な扉を見ながら、クレムレクス帝は1人呟く。
「無礼な男だが、まあよい。進化薬が完成すればよいのだ。」
クルムレクス帝はデノデラの研究に使うための素材回収をさせる為の命令を書類に書き込んでいく。
「進化薬が完成すれば余の望みに近づく。何が起ころうとも全ては些細なことだ。」
出来上がった命令書を眺めて呟く皇帝の、この時の命令が帝国内で様々な騒乱を引き起こす事になるのだが、それはまだ誰も知る由がないのであった。
第3章の本編はこれにて終了しました。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
先日書いたとおり、今後は数話幕間を投稿します。それが終わってから少し充電期間を置いてから更新を再開するつもりなので、今後ともよろしくお願い致します。




