第26話 動乱の終焉
「な、なんでこんな所にいるんだ、リコ!」
「何でって、外が随分と騒がしいから様子を見に来たんだよ。」
「そういう事を聞いてるんじゃねぇ!」
ヘラヘラと惚けた調子で返事をしてくるリコに俺は突っ込みを入れる。
「・・・リコ殿は王城の牢獄に囚われていたのでは無かったのか?」
「一応ね。貴人用の牢獄だったから待遇はそんなに悪くなかったんだけど、研究機材も無いのに閉じ籠るのは流石に飽きてきてね。だから、牢獄を出て王城を散策していたんだ。」
「普通、牢獄に入れられたら、そんなに簡単には出られないと思うのだが。」
自宅から散歩に出かけるようなノリで、あっさりと脱獄したことを告白するリコに、ミクが至極ごもっともな言葉を返す。
「普通の人種ならアレで外に出られなくなるんだろうけどね。僕にとっては何ら障害にはならない些細な問題さ。言ったでしょ、ミクちゃん。何が起きても僕は大丈夫だって。」
すると、リコはそう言いながら、不敵な笑みを浮かべる
「・・・心配した私やノールが馬鹿みたいではないか。」
それを見てミクは膨れっ面でそっぽを向くのだった。
「ごめんごめん。そんなに拗ねないでよ、ミクちゃん。2人とも心配してくれてありがとう。僕を心配してくれる人種もなかなか居ないからね。嬉しいよ。」
「・・・リコ殿が無事ならいいのだ。」
リコがミクを必死に宥めると、俯いて不満気にはしているがあっさりと絆されてミクはリコを許してしまう。
「無事なのは俺も安心したが、もう少し事前に説明してくれても良かったんじゃないのか?俺やミクがどれだけ心配したと思ってんだ。」
「ノール君もそんなに怒らないでよ。目が据わってて怖いよ?・・・ほら、よく言うじゃないか。敵を騙すにはまず味方からって。僕のワザと捕まるという名演技で、結果的には僕やリーベルタルス王国の敵が炙り出されたでしょ。」
「そりゃ、そうだが。」
つまり、ファリーナにグリフォントゥルスが襲撃してきた時と同じく、ワザと隙を見せて敵を叩きたかったって訳か。
「まあ、ここまで大規模な襲撃になっているとは思わなかったけどね。・・・ところで、この怪物は何なんだい?僕の名前をさっきから呼んでいるけど。」
荒れ果てた周囲の様子を見渡しながら、リコは翡翠色の魔力障壁を殴り続ける深紅の魔人に目を止めて怪訝な顔をする。
実は俺達が呑気に話をしている間にも、深紅の魔人はリコの名前を叫びつつ魔力障壁を殴り続けていた。
城門の時と違うのは、王城の魔力障壁は少しずつでも壊れていたのに対して、リコの張った翡翠色の魔力障壁は全くびくともしていないことだ。むしろ殴っている魔人の拳の方が砕けて血が吹き出している。
「ソイツはエルガオン侯爵の成れの果てだ。・・・多分、血魔石に侵食されてる。」
「へぇ。コレがあのいけ好かない侯爵?身体もだけど、魔力の質も大分変わってるみたいだし、これは全く別の生き物って感じだね。なかなか興味深いよ。」
魔力障壁を殴る魔人を、リコはその翡翠色の瞳をすっと細めて観察をする。
『リコォォォオ!リゴォォォオオオォ!』
魔力障壁には全く変化がないが、拳が傷付くのも構わずに魔人がより一層激しく魔力障壁を殴り付けるのを見て、リコはため息をついた。
「とはいえ、こんな怪物は僕の趣味じゃないね。面倒だから、ちょっと片付けてくるよ。君達はその魔力障壁の中で待っててくれるかな。」
そう言うと、リコは俺達を置いて軽い足取りで魔力障壁を出ていくのであった。
知性と理性を失ってもなお求めていた相手が目の前に現れたのだ。当然というか、障壁の外に出たリコを目掛けて魔人が猛烈な勢いで襲い掛かる。
技も何も無い、パワーとスピードだけの拳の乱舞だ。俺の目でも見切れるかどうか怪しいくらいの速さがあるその攻撃は、大抵の相手なら圧倒して制圧するだろう。だが、今回は余りにも相手が悪過ぎた。
雨あられの様に降り注ぐ拳の弾幕を、リコは自分に当たる攻撃だけを手で払いのけて軌道を逸らして、そよ風の中を歩くかの様に魔人に真っ直ぐ近づいて行く。
当然、魔人に近づけば近づく程に攻撃の激しさは増していくがリコの歩くスピードは全く変わらなかった。
とんでもない技術だ。攻撃を見極める動体視力と判断力、攻撃についていけるだけのスピード、攻撃の方向を逸らすタイミングと力の掛け方、どれが欠けても嵐のような攻撃に巻き込まれてダメージを負うだろう。
「中々のスピードとパワーだけど、それだけだね。良い運動になるかと思ったんだけど。」
魔人の横をすり抜けてガッカリした様子で呟いたリコの手には、いつの間に取り出したのか、薄っすらと緑がかった刀身の刀が握られている。アレはリコが使っている愛刀の翠竜だったか。
「・・・取り敢えず斬ったけど、さっきのノール君達の攻撃でも再生していたしねぇ。効果の程はどうかな?」
軽口を叩きながら魔神の方へ振り返るリコ。・・・斬った、だと?
そう思った瞬間、魔人の両手両足が細切れになりバラバラになって崩れ落ちてしまう。いつの間に斬ったんだ?全く見えなかったんだが。
『グギャアアァアア!』
「・・・やっぱり再生するんだね。」
魔人が上げる絶叫を聞き流しながら、リコは冷徹に観察を続ける。細切れにしたはずの手足は、なんと細かい肉片同士がまるで意思を生き物のように互いにその身を寄せ合ってくっつき始めていた。
「再生しなくなるまで細切れにし続けてもいいんだけど、それだと面白くない上に面倒だ。・・・ちょっと新しい魔法の実験台になってもらおうかな?」
ニヤリと笑ったリコは、蠢く肉片の再生が完全に終わるのを敢えて待つようだ。
『リゴォオオ!!』
再生が終わり怒りに震える魔人は、その深紅の瞳をより一層と輝かせると、爆発的に魔力を高めながらリコに突進していく。おそらくは先程までとは比べ物にならない程のスピードが出ているが、リコにはそんな事は些細な違いらしい。余裕の表情を崩さない。
『神炎纏手』
冷静に力ある言葉を唱えたリコの両腕に見覚えがある金色の炎がまとわりつく。
・・・形は違うが、ひょっとしてトリスの神の炎か!
振り下ろされる拳を紙一重で躱しながらリコは一気に魔人の懐に入り込むと、前傾姿勢になって下がっていた魔神の腹に双掌打を叩き込む。
力強く踏み込んだリコの右足が地面にひび割れを作り、ドンっという音と共に魔神の巨体が砲弾のように城門に向かって吹き飛ばされていく。
そして、そのまま王城の魔力障壁をバリンと壊し、巨大な城門までも破壊してしまったのだ。
「ざっとこんな所だね。もう終わったよ。」
俺たちの方を向いて、胸を張ってドヤ顔でそんな事を言うリコ。だが、その後ろでは魔人が城門の瓦礫の中からゆらりと立ち上がって、巨体のクセに音も無くリコの背後から迫って来ていた。
『グルォオオォオ!』
「リコ、後ろだ!危ねぇ!!」
俺は叫んだが、リコは何故か俺の言葉には反応せずこちらを向いたままだ。
「大丈夫。終わったって言ったでしょ?」
そう言って笑うリコの背後では、魔人が突き上げた拳を今にも振り落とそうとしていたが、何故かそのままの体勢で魔人の動きが止まっていた。
『・・グァアアアァアアァァ!』
「さっき手に纏っていた神炎を掌打に合わせて体内に叩き込んだのさ。つまり、この怪物の身体の中を内側から焼き尽くすってことだね。」
少しの間をおいて口や耳、鼻などの身体のありとあらゆる穴から金色の炎を噴き出すと、魔人は断末魔をあげながら全身を金炎に包まれてしまう。
やがて魔人が完全に燃え尽きた後に残ったのは、カランと乾いた音を立てて地面に転がった赤黒い深紅の魔石だけであり、それ以外には何も残っていなかった。
これが元侯爵だった魔人の呆気ない最期となったのだった。
「お見事です。リコ様。何故囚われているはずの貴女がここに居るのかという疑問はありますが、貴女については考えるだけ無駄なので聞きません。ご協力、感謝致します。」
ヒナギクがそんな事を言ってリコを労う。
「久しぶりだね、ヒナギク。まあ、僕とバルトゥム王の始めたことのとばっちりだろうから、これくらいなんて事ないよ。」
「バルトゥム王の?」
「そう。今回の召喚状から始まった査問会への流れは全てバルトゥム王の計画の内さ。まあ、ここまで大規模な襲撃を起こされるとは思って無かったみたいだけどね。」
最初から全て仕組まれていたってことか。
「一体何のためにそんな事をしたんだ?」
「最近、リーベルタルス王国内で人族至上主義に傾倒する貴族が増えているらしくてね。リーベルタルス王国は人族が多い国だけど、様々な人種達に支えられてこその今の繁栄がある。バルトゥム王としては国内の不穏分子を一掃したくて、こんな一芝居を打ったわけさ。」
「つまり、リコ様が捕まったのは演技と?」
「そそ。演技だったのは僕の弟子達にはさっき伝えたけどね。僕としても余計な羽虫は消したかったし、バルトゥム王と僕の利害は一致したってわけさ。」
「バルトゥム王が乗っかってたのは初耳だがな。」
「だから、目が据わってるってば。ノール君。何にしろ、僕の為を思って動いてくれてありがとう。2人には凄く感謝しているよ。」
苦笑しながらも、リコはその綺麗な翡翠色の瞳で俺とミクを真っ直ぐに見据えて、感謝の気持ちを伝えてくる。
「仕方ねぇな。」
「ああ。仕方がないな。」
リコからストレートに褒められるのは余りない事だ。ぶっきらぼうに返事をしているが、内心嬉しいのかミクは顔がニヤけているし、多分俺も似たような顔をしているだろう。
「今、通信が入りました。ヒイロ様が担当する北門や、ラルヴァ様が対処している西門の大型の魔物は全て討伐されたそうです。・・・王都の危機もようやく去った様ですね。」
ホッとした様子でヒナギクがそんな事を言ってくる。色々な事が起きた王都の動乱も、ようやく終わるらしい。
ふと空を見れば、薄っすらと空が明るくなって来ている。どうやら、いつの間にか夜明けの時間のようだ。
「昨日からずっと戦いっ放しだったが、ようやく終わりか。流石に疲れたわ。」
「・・・そうだな、ノール。昨日の朝にリコ殿が捕まり、港で邪魔をする貴族の船を沈めて王都を一旦脱出、ウルビスの廃坑でフレッシュゴーレムと戦い、真夜中に戻ってきた王都で巨塞獣や、ガウェイン、先程の魔人との連戦。」
「・・・並べるだけでいかに濃密な時間だったか分かるな。」
「ああ、そうだな。」
王都にやって来て、本当に色々な事があったが、王都到着からカウントしても僅か3日間の間に起こった出来事だ。リコが捕まった時からなら、日を跨いではいるものの、ほぼ丸一日で戦い抜いた事になる。どんだけ盛り沢山なんだ。
ようやく一連の事件に一区切りついたところで、どっと疲れが押し寄せたその時だった。
「2人とも。疲れてるところ悪いんだけど、今からファリーナに帰ろうか。」
リコがとんでもない事を言ってくる。
「はっ?今からか??」
「そ。今から。」
「なんでだ!!」
最初は冗談かと思って聞き返したが、どうやらリコは本気らしい。
「これだけ王都が荒れてしまったんだ。もちろん悪いのは王都を襲った帝国や手引きしたエルガオン侯爵だけど、王都の民はバルトゥム王に対しても不満の目を向けるだろうね。」
「だろうな。」
「こういう時、為政者はどういう行動に出て民の不満を和らげるとノール君は思うかい?」
「何か適当な理由をつけて、ガス抜きの為に大規模な宴や祭りを開催する、とかか?」
少し考えて答えると、リコは頷く。
「そうだね。例えば戦争で犠牲者が多く出た場合は、新しく現れた戦功が著しい者を敢えて英雄に祭り上げて不満の目を逸らす、とかは過去の歴史を見てもたくさんあったというのは、昔に歴史の授業で教えたね。今の王都にも新しく現れた戦功著しい者がいるよね。」
言いながら、リコは翡翠色の瞳で俺をじーっと見つめてくる。
「・・・・俺の事かー!」
「ご名答。バルトゥム王はアレでなかなかやり手だからね。ゆっくりしてたら、王城に匿われて、あっという間に英雄に祭り上げられた上に、いつの間にか貴族のお嫁さんが出来て貴族の仲間入りをしているかもね。世間一般には大出世だけど、ノール君はそんな事がお望みかい?」
答えは分かっているくせに、ニヤニヤしながらリコが尋ねてくる。
「答えはもちろんノーだ!英雄に祭り上げられたくはないし、貴族の堅苦しそうな生活なんてごめんだ!」
「そう言うと思ったよ。だから、今のうちにさっさと王都を出た方が身の為だよ。それに・・・。」
「それに?」
「新年祭はどこの誰とも知れぬ相手と過ごすよりも、ファリーナで、トリスちゃんやエリちゃん、グレ爺と一緒過ごした方がいいと思ってね。」
確かにこのまま王都にいたら、王様に捕まって新年祭は王都で過ごすことになるだろう。
旅立ってからほんの10日程しか経ってないわけだが、ファリーナやトリス達が妙に懐かしく感じられる。
新年祭は家族や親しい友人と過ごすもの。王都にいるよりもファリーナの方が楽しめるだろう。
「って、新年祭に間に合わせるなら、もう殆ど時間がないじゃねぇか。12の月も、もう終盤に入ったんだぞ。」
「そそ。だから早く出発しないとね。」
「分かった分かった。よし、ミク。レフォルマで直ぐにファリーナに戻ろう。」
「それは分かったが、ノール。新年祭とは一体なんなのだ?」
歩き出そうとした時だ。ミクがそんな事を聞いてくる。そっか。研究施設では新年祭は無かったのか。
「新年祭っていうのはな・・・。」
レフォルマを目指して足早に歩きながら、俺は新年祭についてミクに解説する。極度に疲労しているはずの俺の身体だったが、ファリーナに帰れるかと思うと、その足取りは妙に軽く感じるのだった。
前話の予告よりも1日ズレてしまいましたが、ようやく更新です。お待たせして申し訳ありません。
さて、長かった3章も本編は次のエピローグで終了となります。本編終了後はいつもの様に幕間の小話を投稿するわけですが、その中にファリーナ防衛にあたるトリス達の話も捩じ込もうかと思っています。
今しばらく、この拙い話にお付き合い頂けると幸いです。
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それでは、次回のエピローグ、出来る限り早くお会いしましょう。ではでは〜




