第25話 深紅の魔人
『グゥルオオオオオォオオオォオオアァア!!』
ミクの身体を治すと改めて誓ったその時だった。突如として咆哮が鳴り響いて大気を震わせると同時に、北の方から大きな魔力を感じるようになる。
闘技場のある南区の北、もしかして王城の方か?感じる魔力の質は、さっきガウェインの身体が化け物になりかけた時に発された物によく似ているが。・・・一体何だってんだ。そう思った時だった。
『「暁の明星」。今、話をすることは可能ですか?』
ザザザとノイズが聞こえたかと思うと、通信の魔導具が起動して、ハンターズのリーベルタルス王国本部副部長であるヒナギク・ヤヨイの切羽詰まった声が聞こえてきた。
『こちら、「暁の明星」のノールだ。』
『緊急事態が起きました。協力をしていただきたいのですが、今から王城まで来ることは可能ですか?』
『ああ。・・・ノウェムとはさっき決着がついたところだから大丈夫だ。一体何があった?』
『先程、王城城門前の広場にエルガオン侯爵が多数の人形を率いて現れまして、私の隊が接敵しました。それ自体はよかったのですが・・・。』
そこでヒナギクは僅かに言い淀む。
『エルガオン侯爵が突如として、黒い巨体の怪物に変異したのです。隊員達がいくら攻撃を当てても全く効果がなく、アダマンタイトクラスの私の攻撃でも、多少削れるくらいでビクともしないのです。』
『・・・それだけタフな相手なら、アンタの隊にはかなりの被害が出ているんじゃないのか?』
攻撃が碌に効かないような格上が相手なら、相当まずい状況なんじゃないだろうか。
『それは大丈夫です。エルガオン侯爵だった何かは、周囲を包囲する私達を無視して、王城の魔力障壁を殴り続けていますから。』
『ソイツはなんだってそんな事をしてるんだ?』
『元侯爵の化け物からは、理性と知性が全く感じられなくなったので定かではありませんが、時折リコ様の名を叫んでいますので、王城の貴人用の牢獄に囚われているリコ様を狙っているのだと思われます。』
その言葉に貴族院議事堂でのエルガオン侯爵の様子を思い出す。
狂った様に哄笑をあげる侯爵の身体からは、今王城の方から感じているのと同種の禍々しい魔力を感じたし、直前まで黒かったはずの侯爵の瞳は、ドス黒い血のように暗く紅い色・・・深紅の瞳に変化していた。
侯爵から感じる魔力も、深紅の瞳も、さっき人種ではない何かに変異しようとしたガウェインと同じように感じる。
・・・侯爵も血魔石を埋め込まれたってことか?
ギラギラした目つきでリコのことを睨んでた侯爵の様子を見るに、大分リコに執着していたように見えたが。
『王城の強固な魔力障壁は簡単に破れるものではありません。ですが、攻撃を受け続ける事によって徐々に崩れていっています。』
考え事をしている間にヒナギクは話を進めていた。
『魔力障壁が破壊される前に化け物を倒す必要があるのですが、私や私の隊では攻撃力が足りません。本部長や殲滅のラルヴァ様が駆けつけるには、もう少し時間がかかりそうです。・・・ですので、巨塞獣を倒せる攻撃力を持つ貴方がたに侯爵だったモノ倒して欲しいのです。』
『・・・分かった。出来るかどうかは分からんが、今から王城に向かう。』
『感謝します。では、後ほど会いましょう。』
色々と立て込んでいるのだろう。俺が返事をするなりヒナギクは口早に謝辞を述べるとプツっと音を立てて直ぐに通信を切るのであった。
「ミク。聞こえていたか?」
「ああ。聞こえていた。王城に行くのだろう?私やガウェインのような血魔石を埋め込まれた者の成れの果てと戦う事になりそうだな。」
通信が終わり、ミクに尋ねるとそんな返事をしてくる。まあ、通信内容を聞くためにかミクは至近距離にいたので、聞こえるのは当然と言えば当然だが。
「だが、先程の紫電一閃の反動で私の身体にはかなりダメージが残っている。リコ殿の回復薬を飲んだとしても完全には回復しないだろう。ノールも似たような状況ではないのか?」
会話しやすい位置に距離を取り直し、俺が持つ雷鳥をちらりと眺めながらミクは言う。
ミクの紫電一閃はもちろんあの場で初めて繰り出したわけではなく、俺との模擬戦で散々練習した技の一つだ。
通常よりも身体能力強化の効果が高い超強化と雷帝の身体能力強化系スキルである雷歩、その二つの身体能力強化を重ね掛けする事で圧倒的なパワーとスピードを得る事が出来る。
その代わり反動も大きく、まだまだ身体が出来上がっていないミクの場合は、紫電一閃を使用後はまともに動けなくなっていた。リコによると現時点の限界を超えたパワーやスピードに身体が耐え切れなくなり、全身の筋繊維が破損するかららしい。
俺の雷鳥へのウェポンブレイクも似たような物だから、ミクはそう尋ねてきたのだろう。
「ああ。回復薬は飲んだが、巨塞獣の時のも含めれば今日2回目だ。完全には回復していない。」
今日は「岩砕きもどき」で腕を壊した時と、ガウェインからの掌打、ウェポンブレイクのダメージを回復するのに回復薬を既に使っている。
リコの作る回復薬は効果抜群だが、無限に回復出来るわけではない。細かい原理は知らないが、日を置かないと使う毎に効果が落ちていくのだ。
つまり、俺もミクもこれまでの戦いで既に満身創痍の状態なわけだ。だが・・・
「まあ、王城に行くのは変わらないがな。俺は守る為にハンターになったし、あそこには今リコがいるからな。付き合ってくれるか、ミク?」
「愚問だな。言っただろう、ノール。私は貴方の剣となり盾となると。」
俺の願いに当然だと言わんばかりに間髪入れず返事をするミク。その満月色の瞳は気力がみなぎっていて実に頼もしい。
「・・・そうだったな。じゃあ、いくぞ。」
こうして俺とミクは、王城城門前広場に向かうのであった。
『リコォォ!リコォォォオオオ!』
王城城門前広場に到着した俺の目には一体の人型の化け物が拳を振り上げて城門を殴り続けていた。
身長は大体1000メルくらいだろうか。黒いゴツゴツした岩のような質感の皮膚に異常に盛り上がった筋肉。
元々着ていた服であろうボロ切れが身体に引っかかっているが、他に衣服の類は全く身に纏っておらず、黒い裸の巨人といった風体だ。
その大きな身体の首の上には小さな頭がちょこんと乗っており、そこだけは普通の人族の頭部なのが、身体とアンバランスで余計に不気味さを醸し出している。
その頭部は前に見たエルガオン侯爵のものだったが、涎を撒き散らし、血よりも赤く暗い深紅の瞳を爛々と輝かせるその顔は異常そのもので、以前は確かにあった知性や理性が全く感じられない。
その狂える深紅の魔人はリコの名を叫びながら、巨大な拳をひたすら城門に叩きつけている。
今のところは王城の魔力障壁によって攻撃は防がれて被害はでていない。だが、幾重にも重なった魔力障壁は深紅の魔人が殴る度にヒビが入り、数回の攻撃で割れるため、その枚数は徐々に減っていっていた。
その深紅の魔人の周りをハンター達が遠巻きに取り囲んでいるんだが、長い金髪を三つ編みにして後ろにまとめた1人の耳長族が、広場に到着した俺たちの方を見つめていた。
リコの瞳に似た緑玉色の瞳をしたその耳長族の女性が話しかけてくる。
「貴方達が「暁の明星」のノールとミクですか。私がヒナギク・ヤヨイです。通信では散々話をしましたが、こうして面と向かって話をするのは初めてですね。」
「ああ、そうだな。ところで、奴には攻撃をしないのか?少しでもダメージを与えた方が良くないか?」
「通信で話をした通り攻撃力が足りなくてやっても無駄だから待機しているのです。・・・見てもらった方が早いですね。」
俺の質問にヒナギクは肩をすくめながら口を開くと、体内で急激に魔力を増幅し始める。
「お、おい!」
慌てる俺に構わず、ヒナギクは魔法の詠唱を始めると、あっという間に魔法を完成させる。
『ヘルフレイム』
ヒナギクが紡いだ力ある言葉と共に、練り込まれた大量の魔力が蒼炎の弾に変換され、城門を殴り続ける化け物の背中に派手な音を立てて直撃する。
込められた魔力から推測するにかなりの威力、おそらくトリスの蒼いフレイムランス並の威力があると思われるヘルフレイムが着弾した後には残ったのは、少々黒い皮膚が抉れただけの致命傷には程遠い傷跡だった。
その傷跡も周囲の筋肉が盛り上がって、直ぐに治癒してしまい今はもう跡形も残っていない。ヘルフレイムによる攻撃など無かったかの様に化け物は城門を殴り続けている。
「見ての通り、私の最大級の攻撃でも殆どダメージを与えきれないのです。」
「なるほどな。あの魔法もかなりの威力がある様に見えたが、もっと威力が高い攻撃が必要というわけか。」
「そう言うことです。」
ミクの言葉に頷くヒナギク。アダマンタイトランク下位くらいまでの魔物ならヘルフレイムで十分なのだろうが、確かにコレでは倒し切ることは難しいだろう。
とすると、俺やミクで火力が高い攻撃を繰り出す必要があるが、俺は思わず眉をひそめてしまった。
俺もミクも24時間以内に身体に負荷が掛かるような大技を2回も出しているため、出来ればそんな技を使いたくは無いからだ。だが・・・
「・・・怪訝な顔をされていますが、対応は難しいのでしょうか?」
このまま王城の魔力障壁が破られた場合は被害は甚大なものになるだろうし、何より罪人として拘束されているリコは魔力を扱えないようにする魔導具、魔封の腕輪を嵌められているはずで、まともに戦える状態ではないはずだ。
魔力を使えないということは、当然魔力による身体強化も出来ないということだ。脆弱な耳長族の素の身体能力だけでは、流石のリコもこんな化け物に襲われたら危ないかもしれない。
そんな想像をしてしまい、俺は身体の奥底から力が滾るのを感じていた。
「いや、何でもない。上手く倒せるかどうかは分からないが、やらせて貰おう。・・・いけるな?ミク。」
「ああ。もちろんだ。」
気付けば自分の身体の事など忘れてヒナギクへ化け物を討伐する事を宣言すると、即答で了承したミクと攻撃の打ち合わせに入るのであった。
「準備はいいか?ミク。」
「いつでも大丈夫だ。」
「そうか。じゃあ、ミク。打ち合わせ通り始めてくれ。」
「分かった。」
軽く話をしてから俺とミクは事前に打ち合わせをした通りの持ち場に向かっていく。
俺は化け物の背後から500メル程離れた場所に待機し、ミクは少し離れて1000メル程度の距離を空けたところで立ち止まる。俺はミクに向かって目で合図を送ると、ミクは雷帝を大上段に構えてその刀身に紫電を纏わせた。
そう、ミクが使うのは紫電一閃よりは身体の負荷が軽く、大型の魔物に効果が高い雷火滅閃だ。溜め時間が長い雷火滅閃は魔力を溜めきるまでは無防備になるが、化け物は相変わらず一心不乱に城門を殴り続けている。
少しでも知性がある魔物なら膨大な魔力を集めるミクに真っ先に襲い掛かるはずだが、どうやらそんな事は全く頭に無いらしい。少し不安だったが予想通りの行動に俺はほっとする。このタイミングでミクに化け物が襲い掛かるのなら、かなり無理をして俺がカバーするつもりだったんだがな。
この後の流れはこうだ。先ずは俺が再び雷鳥にウェポンブレイクをかけて攻撃を仕掛けて体勢を崩して、その後にミクが雷火滅閃を放つ事になっている。要はウルビスの廃坑でフレッシュゴーレムにトドメを刺した時の再現をするわけだ。今はクロは居ないが。
「ノール、準備完了だ!」
「了解だ。仕掛けるぞ、ミク!」
背後から聞こえるミクの声に俺は大声で返事をすると、雷鳥を鞘に納めて腰溜めに構えたところでウェポンブレイクを発動した。
・・・狙いは、居合斬りによる両脚切断だ。
「ぐっ・・・おおぉおおおおーー!」
無理をしてウェポンブレイクを発動したせいか、身体の内側から不快感がこみ上げるが、それを無視して俺は雷鳥を振りきった。
『グギィイイ!』
雷鳥は俺の考えた通りの軌道を描き、それなりの抵抗を感じながらも深紅の魔人の丸太のような両脚を見事に切断する。
「雷火滅閃!」
そこにミクの追撃、雷火滅閃が襲い掛かるが、両脚を切断されて直ぐに首を180度回転させた魔人は、その深紅の瞳で迫り来るミクの斬撃を確認すると、両腕を交差させて致命の一撃を防御しようとした。
『・・ッ!ゲギャアアァアアア!!』
それにより頭頂部から真っ二つに両断するはずだった雷帝の軌道は僅かに逸れて、昨日のフレッシュゴーレムの時よりも随分小さな紫電の刃が魔人の身体を右斜めに斬り裂いていく。
だが、魔神の体内を雷撃が灼くことはなく、ただ右胸から腰を斜めに雷刃が通り抜けただけであった。
・・・くそっ!こんな時に不発か!
「・・・くっ!」
苦しそうな声を上げて地面に倒れ込むミクを見るに、見た目には何とも無さそうでも、かなり無理をしていたのだろう。だから不発だったのか。
普通の生物なら、それでも致命傷になる様な一撃だった。だが、いかんせん相手は普通の生物ではない魔人だ。
俺が両断した両脚は切断面からミミズのようなウネウネした紐状の何かが突き出して、空中でお互いが絡み合って斬れた部分がくっつこうとしているし、胸に走る裂傷は凄い速度で塞がっていっており、並外れた再生能力を発揮している。
そして、爛々と輝く紅く暗い深紅の瞳は倒れ込むミクをジッと見つめニタリと嗤ったかと思うと、蛇が獲物を丸呑みするかのようにカパッと顎を外して口を開けて、その鋭い牙でミクに噛みつこうとしていた。
く、くそっ!助けに行きたいが、無理をし過ぎたせいか身体が動かねぇ!
諦めきれずに必死にもがくが俺の目の前で、魔人の鋭い牙がミクを貫こうとした、その時だった。
『翠光防壁』
聞き覚えのある柔らかな声が力ある言葉を紡ぐと、ミクと魔人の間に瞬時に翡翠色の魔力障壁が展開される。
そのまま牙と魔力障壁が衝突するが、ガギィンと音を立てて砕け散ったのは魔人の牙の方だった。
声のした方、後ろを振り向く。すると
「丸2日も経ってないはずだけど、久しぶりだね。ノール君、ミクちゃん。」
翡翠色の瞳を細め、サラサラの髪を揺らしてニコッと笑う、囚われているはずのリコ・キサラギ、その人の姿がそこにはあるのであった。
更新が大変遅れて申し訳ありません。
こんな時間ですが、更新させて頂きます。第3章も本編はもうすぐ終わりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
それでは次回は次の日曜日中には更新させていただきます。・・・自分で期限を設けないと更新がまた遅くなりそうなもので(笑)
それでは、また次のお話でお会いしましょう。では、またー!




