第23話 ガウェイン対ミク
「しかし、ノールとかいう小僧もなかなかやるな。殺すつもりで掌打を当てたんだが、しっかり生き残ってやがる。」
背後から私の首筋に剣を当てながら、ガウェインが呟いた。
「あの小僧。いつかの嬢ちゃんがやったみたいに、俺の掌打の衝撃を逃す為に、攻撃と同じ方向に飛んでたしな。だから衝撃が完全に伝わらなかったってわけだ。」
「・・・ノールは一流の剣士だからな、当然だろう。」
首に冷たい剣の感触を感じながら、私は振り向く事すらできずにノールの方を見ながら答える。
そのノールだが、倒れ込んだ体勢から震える身体に力を入れると、片膝をついて立ち上がろうとしていた。
「生き残ったとしても、それなりの感触があったし、内臓がシェイクされて身動き出来ないはずなんだがな?大したもんだ。」
感心した様にガウェインが言うと、顔を上げたノールの鳶色の瞳が力を増して此方を・・・ガウェインの方を睨み付ける。
「勝手に、倒した事に、してんじゃねぇ。俺はまだ戦えるぞ、おっさん!」
ボロボロの状態になりがらも、気合いの入った声を上げるノール。その叫びには、低ランクのハンターや魔物ならそれを聞いただけで逃げ出してしまいそうな迫力があったが、もちろんそんなもので動じるガウェインでは無い。だが・・・
「放って置くと面倒な事になりそうだ。人形、小僧の足留めをしてろ。出来そうなら倒しても構わん。」
動じはしていないがノールを止めるのに、人形に指示を出す為、ガウェインの私への注意が僅かに緩む。
「私から、意識を逸らしたな!『雷歩』」
意識が逸れたその瞬間を狙って、私は雷帝のスキル『雷歩』で瞬時に身体能力を強化すると、一気にガウェインから距離を取る。
「・・・確かにほんの少しだけ意識が逸れたが、魔力で身体能力を強化している様子は無かったんだがな。何か特殊なスキルか。」
「そんなところだ。ガウェイン。」
涼しい顔をして返事をしたものの、本当はギリギリだった。意表をつけたのは確かだが、ガウェインの剣はそれでも私の動きに反応しようとしていたように思う。
だが、再び動き出す前に剣が届く範囲から逃れた為、私は無事に距離を取ることが出来たわけだ。
ガウェインが私を捕獲するという命令ではなく、殺害するという命令を受けていたのなら、その僅かな躊躇もなく私の首は今頃宙を舞っていたかもしれない。
「まあ、いい。嬢ちゃんの相棒はあの通り人形達に囲まれて当分此方には来れないわけだが、嬢ちゃんはまだ戦えないのか?だったら今度は逃げれないように手足でも斬って運んでいくんだが。」
ガウェインの台詞を聞き流しながらノールの方を見れば、6体の人形達に囲まれていた。
先程のガウェインの攻撃が効いているのだろう。その動きは明らかに精彩を欠いており、防御重視の戦い方をする人形達の包囲網を当面は突破できそうにない。
つまり、この状況を私は自力でどうにかしなければならないということだ。
ガウェインとの思い出は私の中で特別なものではある。だが、2日前の夜、リコから言われた言葉を思い出す。
『ミクちゃんの中で何が大切か見失わないようにね。』
このままガウェインに抵抗せずにデノデラの所に連れて行かれた場合、私は私のノールに2度と会えなくなるだろう。過去に捕らわれて躊躇している場合では無い。答えは最初から出ていたのだ。
「・・・先程までの私と思わないことだ。全力で戦わせてもらおう。」
「そうかい。じゃあ、3番目の約束である『一流の戦士に育てる』を今果たすとするか。俺を倒せたら合格だ!」
啖呵を切って雷帝を構える私を見て、ガウェインはニヤリと笑うのだった。
威勢よく雷帝を構えたものの、私は積極的に攻撃を仕掛けることが出来ないでいた。ノールとの攻防を見る限りではガウェインは私よりも格上と思っていいだろう。
雷帝を手に入れた今でこそ、対ノールとの模擬戦は勝ち越すようになったものの、技術的な事では私はノールに及ばない状況には変わりはないのだ。
そのノールを相手にして余裕をもってあしらっていたガウェインを相手に、雑な攻撃を仕掛ける事は出来ないと考えたのだ。
「なんだ。気合い十分のクセに仕掛けて来ないのか?だったらこっちから行くぞ。」
言うが早いか、ガウェインの上体がブレて消えたかと思うと、気が付いたら私の目の前に現れていた。ガウェインは既に黒い長剣を大上段に構えている。
「その技はさっきも見たぞ、ガウェイン!」
だが、ノールにも同じ技を使っていた為、予習は出来ている。
私はガウェインの斬り下ろしに力が乗る前に雷帝の刃の反対、いわゆる峰を合わせると、黒い長剣の刃を滑るようにして懐に入り込んで、カウンターの斬撃を繰り出した。
渾身の力を込めた袈裟斬りが当たるかと思われたその時。ガウェインは予想外の行動に出る。
手に持った黒い長剣をあっさり手放すと、雷帝の刃が届く寸前でバク転して斬撃を躱すと同時に私から距離を取ったのだ。
「危ねぇー!もう少しで胴体がなき別れになるところだったぜ。技を見せたと言っても1回だけだし、普通はそれで見切ることなんて出来ねぇと思うんだがな。」
呆れたように言うガウェインが装備している黒い革鎧の胸の下辺りに、パックリとした斬れ目が出来ていた。ガウェインの身体には及んでいないようだが、一応雷帝の刃は届いていたらしい。
「やっぱり嬢ちゃんには戦いの才能があるな。」
「リコ殿やノールに鍛えられているからな。それより、貴方は獲物が無くなったようだが、それで私の相手が務まるのか?」
ガウェインが使っていた黒い長剣は、先程の攻防の結果、私の足元に転がっており、ガウェインは素手の状態だ。
ノールとの勝負の決め手となった一撃は掌打だったことから、ガウェインは素手での戦いも心得ているのだろう。仮にそのままだったとしても決して油断は出来ない。
「さっきの小僧は上手く意表を付けたからやれたが、嬢ちゃんや小僧レベルの相手に、最初から素手は御免被りたいな。」
そう言いながらも素手のままで私の方に向かって走ってくるガウェイン。・・・何を考えている??
『リターン』
ガウェインが力ある言葉を唱えると、私の足元にあった長剣がひとりでに動き出し、ガウェインの方に向かって飛んで行く。ガウェインはそれをジャンプして空中でキャッチすると、そのままの勢いで私に斬り掛かってきた。
「なっ!」
「油断大敵だぜ、嬢ちゃん!崩地岩槍撃!」
素手での攻撃に備えていたため、私は意表をつかれて少し反応が遅れてしまう。
空中から繰り出された攻撃はすぐそこまでに迫っていた。
私は雷帝でそれを受けようとしたが、濃密な魔力がガウェインが持つ黒い長剣全体を覆っており、嫌な予感がしたのでバックステップで大きくそれを回避する事にする。
ドゴン!と物凄い音を立てて地面に叩きつけられた黒い長剣は広場に直径500メルほどの小さなクレーターを作り出す。そして、出来上がったクレーターには数百の鋭い土の槍が生成されていた。
・・・何という威力だ。雷帝自体は『不壊』がある為、破壊されることはないが、まともに防御していたら受けきれずに私自体はダメージを受けていただろう。それに、その後の地面から飛び出してくる土槍に対処出来たとは思えない。
「岩砕きって武技を真似た技だ。よく躱す選択をしたな。」
「あれだけの魔力を纏っていればな。」
地面に刺さっていた黒い長剣を引き抜きながら尋ねてくるガウェインに、平静を装って返事をする私の顔には冷や汗が吹き出していた。
「大技や奇襲は対応されそうだな。じゃあ、シンプルに連撃で行くか。」
ポツリと呟いたガウェインが急速に距離を詰めて斬り掛かってくる。その動きは実に素早いものではあったが、私の目で追えないほどではなかった。
しかし、甲高い金属音を響かせながらしばらく斬り結んでいたものの、私は防戦一方だった。単純にガウェインの方が身体能力も技術も私を上回っていたからだ。
今の連撃は、力の溜めがない分だけ威力はないのだが、それは力を溜めた場合と比べてというだけであって、私から見れば斬撃の一つ一つが十二分な重さをもっている。
受けに回された私の腕には段々と疲労が蓄積されており、そう遠からずに腕が痺れて雷帝を握れなくなるだろう。
「このまま防御に徹していていいのか、嬢ちゃん。俺はいつまででも今の攻撃を続けられるぜ?」
挑発するかのようにガウェインが口を開く。実際に余力があるようだし、このままではジリ貧だな。そう判断した私は覚悟を決め、防御一辺倒から攻勢に転じることにする。
覚悟を決めた私は、足を前に踏み出し、体捌きと最小限の防御で、行動不能に陥る様な攻撃だけをさけながら、雷帝を振るっていく。
「なっ!傷付くのが怖くないのか!」
無理をした結果、全身が瞬く間に血塗れになっていくが、私はそれを無視して逆に攻勢を強めた。その危険を顧みない私の行動にガウェインが驚愕の声を上げる。
懐かしい感覚だ。研究施設から逃げ出したばかりの頃は戦闘技術もなく、よく相打ちのような形で魔物を討伐していた。傷ができるのはもちろん痛いが、長年研究施設で暴力に晒されていた身としてはこの程度は慣れている。
「ちぃっ!」
ガウェインは私を生捕りにすることが目的の為、私の捨て身の攻撃はかなり対処がしにくいようだ。舌打ちをして私の攻撃に少し押されながらも、完璧に受け流していく。
「だが、俺の防御はこの程度じゃ抜けねぇぞ!嬢ちゃんがいくら頑丈とはいえ、このまま出血が続けば倒れるんじゃねぇか。だったら、この攻撃を凌ぎ切ったら俺の勝ちだな。」
私が押しているはずなのに、ガウェインにはまだまだ余裕があるらしい。
死角をついた攻撃や緩急をつけた攻撃などあらゆる方法を私も駆使している。
だが、見えないはずの攻撃はあっさりと防がれ、速度差をつけても未来予知でもしたかのよう簡単に対処されてしまう。結局はガウェインの硬い防御を破ることは敵わず、未だにまともな手傷を負わせることが出来ていない。
ガウェインが言うように、全身の傷口から血が流れ出る事によって、私の体力は徐々に奪われていっており、仮にガウェインが何ら攻撃をしなかったとしても、私はじきに倒れるだろう。
そこまで考えて、私は最後の攻撃を仕掛けるために、ガウェインから一旦距離を取ることにした。
「確かに、このままでは遠からずに私は動く事すら出来なくなるだろう。だから、まだ動ける内に。・・・次に繰り出す今の私に出来る最高の技で、ガウェイン、貴方を倒させてもらう。」
「・・・おもしれぇ。やれるもんならやってみろ。」
距離を取る私を特に追撃することはなく様子を見ていたガウェインは、私の台詞にニヤリと笑うと、どんな攻撃がきても対処できるように黒い長剣を青眼に構えた。
我ながら稚拙な挑発だと思うが、上手くいった。・・・後は、やるだけだ。
ガウェインと私の間には約800メルほどの距離がある。先程のガウェインがやったように、私がフォディーナ王国の坑道でデノデラの人形と対峙した時のように、一定以上のランクになれば、この程度の距離は一瞬で詰めることが出来る。
ガウェインの性格からして、おそらく奇襲をかけてくることは無いだろうが、一応の警戒をしながら私は力ある言葉を唱える。
『雷装』
私は紫電を纏った雷帝をちらりと眺め、そっと鞘に納める。
『超強化』
バチバチと火花を散らす紫電の音を聞き流しながら、私は右手で雷帝の柄をギュッと握り込むと、右手首に装着したブレスレットの魔石を使ってより効果が高い身体強化を発動させた。ブレスレットの魔石、5つ全てがバリンと砕け散る。
『雷歩』
その上で更に身体強化のスキルを重ねがけをして、ようやく準備が完成する。
「では行くぞ!」
極限まで強化を施した身体に振り回されないように集中力を高めながら、私は右足を踏み出して一息に間合いを詰める。今までとは違うのはその速さだ。
羽が生えたように軽くなった身体が叩き出したのは想定以上の速さだったのだろう。ガウェインの顔は驚愕に満ちている。
少し前にノールと模擬戦をした時は、『雷歩』で速度を上げてからの居合い斬りで勝つことが出来た。
だが、それだけではガウェインの防御を破れないと判断したため、今回は『雷歩』だけで無く、ブレスレットの全魔石を一度に使用した『強化』の強化技である『超強化』も使って、二重に身体能力を強化している。 一時的にではあるが、私の身体能力はオリハルコンランクのハンターや魔物にも勝るとも劣らないものになっているだろう。
感覚的に時が加速した世界の中で、防御体勢を整えようとゆっくりと動くガウェインを横目に、私は鞘から紫電を纏った雷帝を抜き放つ。
「紫電一閃!」
鞘に施された剣速増加の付与魔法の効果もあり、通常よりも更に剣速を増した雷帝は思い通りの光跡を残し、その紫電の刃は防御の為に構えられた黒い長剣を易々と斬り落として、ガウェインの胸元に吸い込まれていったのであった。
「がはっ!」
時が加速された世界から戻って来た私の耳にガウェインの呻き声が聞こえてきた。ガウェインの方を見れば、その右胸から左脇にかけて大きな斬り口が走り、左腕は斬り飛ばされて肩口から下が無くなっていた。
「ま、まさか、こんなに強くなっているとはな。嬢ちゃん。いや、ミク・シロガネだったか。」
胸の大きな傷口から大量な血を吹き出しながら、片膝をついてそう呟いたガウェインの深紅の瞳に浮かんだ感情は、先程までの威圧的なものではなく、斬られたことによる憎悪でもない。
何故か、まるでリコが私を見守る時のような慈愛に満ち溢れたものだった。
「・・・俺の、負けだ。これを持っていけ。ミク。」
残った右腕で懐を漁ると、ガウェインは小さな袋を渡してくる。
「これは?」
血塗れのそれを受け取りながら尋ねる私に、ガウェインは血を吐き出しながら優しく微笑む。
「な、中身は血魔石や、・・・俺が今まで集めてきた、このクソッタレな身体に、関する資料だ。」
「な、なぜこんな物を?」
先程まで私とガウェインは敵対していたはず。なぜこんな事をするのだ?
「・・・約束を果たすって、伝えていただろ?施設から救い出す、はミクが自力で逃げ出した。一流の戦士に育てる、はもう既に一流になっていた。それを、この身をもって知ったわけだ。今回の戦闘で多少成長を促せたかもしらんが。」
荒い息遣いで咳き込みながら、ガウェインは話を続ける。
「だが、まだ身体は治って無いんだろう?・・・俺には、この血魔石や資料を、活かせなかったが、リコ・キサラギなら活かせるんじゃないか?」
サンプルが足りないと言っていたリコの姿が思い浮かぶ。確かに、リコならガウェインが渡してきた資料を十分活用することが出来るだろう。
「だが、それでは!ガウェイン。貴方は私の為に一芝居うっていたということなのか?」
「・・・まあ、な。」
紫電一閃による斬撃は十分過ぎるほどの手応えがあった。私の手には今まで何度となく感じてきた感触が残っている。それは生物の命を刈り取る感触だった。
「・・・私は、恩人である貴方を殺したくなどなかった。」
研究施設の弱い私を見せてしまうようで、溢れ出る涙を見せたくなかった私は、俯いて、隠すようにポタポタと涙を流した。
その時、私の頭をガウェインが弱々しい手つきで撫でてくる。記憶の中よりも小さい、だが、記憶の中よりも暖かく心地良い手だ。私の涙はますます止まることなく流れ出ていく。
「気にすんな、ミク。どのみち俺は血魔石の侵食が進んでいてな。もう長くなかったんだ。」
私の頭を優しく撫でながら、ガウェインは言葉を続けた。
「デノデラのクソジジイに道具として使い潰されるくらいなら、ミクとの約束に手掛かりを残して、才能を見込んだ相手と戦ってその糧となるのも悪くねぇ。」
「だが、私は!」
流れる涙に構わずに顔を上げた私に、ガウェインは指で涙を拭って微笑む。
「あの無表情だったミクにこんなに泣いてもらえるとは光栄だが、俺のことは気にするな。・・・短い付き合いだったが、娘や妹のように思っていたアンタの役に立って死ねるのなら本望だ。」
「・・・どういう事だ?」
「ぐっが、が、あああぁぁあ!」
私が尋ねると同時に突如としてガウェインが苦しみ出す。ガウェインの中で異様な魔力が急速な勢いで膨れ上がる。
「ぐっ。はあ、はあ。契約魔法に抵触したらし、い。強制的に化け物に、か、変えて、ぼ、暴走させよ、うってことだ。」
「私は何をすればいい!」
「があぁああ。な、何もしない、でいい。そ、そこで、見ていて、くれ。」
「どうするのだ!」
「ぐぅうう!こ、こうする、んだよ!!」
そう言って、苦しみながらも無理矢理動いたガウェインは右手に魔力を集めると自らの左胸を貫き心臓と、赤黒い大きな魔石を取り出したのだった。




