第22話 ガウェイン対ノール
王都リーディアルガは大国の首都に相応しい大都市であるが、ただ大きいわけではない。世界一の港湾都市であると同時に、大陸随一の経済力を持つ豊かな都市でもあった。
リディア川を通して集められる大陸南部の様々な品は、砂糖に群がるアリの様に大陸中の商人達を集め続けており、取り引きされる物品が、それを求めて集まる大勢の人種達が、莫大な富を生み出し続けているらしい。
因みにセプトアストルム帝国の首都、帝都フルゲンステッラも人族至上主義に走る前は大陸北部の経済の中心地であり、王都リーディアルガに負けず劣らずの栄華を誇っていたが、人族以外を排斥したことで経済は停滞し、今は見る影もないらしい。
まあ、全てリコからの受け売りなのだが。
そして、繁栄する王都の富と権威の象徴として現在の国王であるバルトゥム王が若かりし頃に王都の南区に作らせたのがこの闘技場ということだった。
時には大陸奥地に生息する珍しい魔獣同士の戦いを。
時には高名な人種同士の戦いを。
時には人種と魔物の命を賭けた戦いを。
多種多様な戦いが繰り広げられ、王都の民を、王都外からやって来た人種達を熱狂させてきた。
高ランクの人種や魔物が戦う事もあるため、戦いが行われる広場を取り囲む観客席には王城の物ほどではないにしろ、強力な魔力障壁を張ることが出来るようになっている。
この為、この闘技場は緊急時の避難場所になっているわけだが、王都に訪れたこの未曾有の危機にも関わらず、観客席の方には誰1人として人種は見あたら無かった。
代わりに観客席の下の広場中央には大柄な人族の男性が、6体の人形を後ろに従えて腕を組んで立っており、その存在を誇示するかのように隠すことなく魔力を晒している。
あれがノウェム。・・・雰囲気は大分変わってはいるが、間違いない、ガウェインだ。たった数ヶ月間の交流でしかなかったが、彼の顔を見間違うはずがない。
「ノール。間違いない。ガウェインだ。」
「そうか。・・・取り敢えず人質を解放させないとな。どうしたもんか。」
ノールが視線を送る先には、人形によって拘束された人族の男性の姿があった。
私達は今観客席の端から密かに広場を覗き見ているが、男性は人形に背後から羽交い締めにされており、何故か左頬を大きく腫らしてグッタリしている。とても自力で動けるような状態ではない。
観客席から広場はそれなりの高さの柵で隔たれており、広場の中央まではかなり距離がある。遮蔽物も無いことから、これ以上は近づく事も出来ない。
これでは仮に奇襲をしたとしても人質を無傷で救い出すことは困難だろう。まあ、
元よりそんな事をするつもりは無いのだがな。
「ガウェインは私が来たら人質を解放すると言っているんだろう?何も悩む必要は無い。行くぞ、ノール。」
「ちょっ!ちょっと待て、ミク!!」
呼び止めるノールの声を無視すると、私は観客席と広場を隔てる柵を軽く飛び越えて広場に降り立つと、堂々と正面からガウェインへと近付いていくのだった。
背後からノールが慌てて駆け寄ってくる気配を感じながら、私はゆっくりとガウェインへ近付いていく。
遠目から久しぶりに見るガウェインは、私が大きくなったからだろうか、もしくは、私が身長190メルのノールを見慣れたせいだろうか、前見た時よりも身長的には小さく思えた。
だが、身体の肉厚さは増しているようで、以前には無かった禍々しい魔力と合わせて、研究施設にいた頃は決して私に向けらることがなかった凄まじい威圧感を感じる。
「嬢ちゃん。久しぶりだな。脱走したと聞いたが元気にしてたか?」
「ああ、久しぶりだな。ガウェイン。貴方は死んだと研究員に聞かされていたから、まさか会えるとは思っていなかった。それで、貴方の呼び掛けに応じて私はやって来たわけだが、人質は解放してもらえるのだろう?」
「ああ、もちろんだ。俺もこんなおっさんには用事はねぇ。此処に嬢ちゃんが来た時点でコイツは用無しだからな。ほらよ。」
私の言葉にガウェインが頷くと、人形が羽交い締めにしていた人質を片手で吊り上げたかと思うと、ノールの方へ無造作に投げ捨てる。
「解放するにしても、もうちょっと丁寧にしてくれ!」
「すまねぇな。ソイツの事、気に入らなくてつい雑になっちまって。」
宙に放り出された男性をキャッチしたノールが不満気に言うと、ガウェインは肩をすくめながらそんな返事をしてきた。
「気に入らない?」
「ああ。気に入らない。闘技場が避難所になっていたのは知ってるだろう?そのおっさんは小さな子供から配給された食料を奪い取ろうとしていてな。俺の胸糞が悪くなるから殴ったんで気絶なった。で、そのまま人質にって訳だ。・・・まあ、避難民を追い払った俺が言うことじゃないがな。」
私の問いに頭を掻きながら、苦笑いをするガウェイン。・・・脳裏にガウェインと初めて出会った時の事が思い浮かぶ。
「ガウェイン。多少雰囲気は変わっているような気がするが、出会った頃の優しいままの貴方だと私は思う。何故帝国の言いなりになっているのだ?」
「・・・ガウェイン、か。さっきも思ったが、その名で呼ばれるのも久しぶりだ。帝国の奴等は俺の事を番号としか呼ばないからな。」
ガウェインの深紅の瞳は、ひどく懐かしいものを見るように私を見て・・・いや、私を通して過去を見ているのか。昔の記憶を思い出しているのだろう。
「嬢ちゃんは俺を優しいと言うが、それは違う。俺はデノデラのクソジジイに契約魔法で縛られていてな。我が身の可愛さに、言うのも憚られるような酷い事もしてきている。・・・ああ、これは警告だが。」
そこで言葉を切ったかと思うと、ガウェインはおもむろに懐から黒いナイフを取り出して、何も無いように見える空間に投げ付ける。
するとカキンと音がしてナイフがあらぬ方向に弾き飛ばされ、虚空から黒い装束に身を包んだクロの姿が現れた。
「どういう原理で姿を消しているか知らんが、それ以上俺の近くに寄らないことだ。俺に奇襲は通用しないぞ。この世からサヨナラしたいなら別だがな。」
「チッ。やっぱり無理か。」
私は気付いてなかったが、いつの間にかクロが近くに潜んでいたらしい。レフォルマに戻っていたはずだが、ノールが呼び寄せたのだろう。
それにしても、光学迷彩を使って気配を消したクロをあっさりと看破するとは、恐るべき察知能力だ。
「クロ。来てくれてありがとな。で、早速ですまんが、このおっさんを安全な所まで運んでくれ。」
「一緒に戦わなくていいのか?目眩し程度なら出来ると思うぞ。」
「・・・いや、いい。多分通用しないだろうしな。」
「了解、リーダー。・・・悔しいが俺もそう思うしな。」
そう言ってクロは気を失っている男性抱えると、闘技場の出口に向かって小走りに走って行く。
一方のガウェインは、その言葉の通りに人質に興味が無かったようで、逃げて行くクロに対して何ら妨害をするわけでもなく、ただ眺めていたのだった。
「さて。そろそろ用件を済ますとするかな。嬢ちゃん。昔、俺がアンタとした約束、覚えているか?」
クロが完全に闘技場から姿を消した後。ガウェインがそんな質問をしてくる。
「もちろんだ、ガウェイン。『私を施設から救い出して、身体を治して、一流の戦士に育てる』、貴方はそう言っていたな。自分の将来に絶望していた私にとって、貴方の言葉は本当に心の支えになっていた。・・・本当に感謝している。」
「・・・そこまで言ってもらえて嬉しいが、結局俺は嬢ちゃんを助け出すことができていない。他の約束は言わずもがなだ。」
ガウェインは自嘲気味に笑うと、言葉を続けた。
「それにな。今回、俺がデノデラのクソジジイから受けた命令は、嬢ちゃんを捕まえて来いってことだ。契約魔法で縛られている以上、俺は従わざるを得ない。」
「・・・・。」
私を見つめるガウェインの深紅の瞳に力が籠り、身震いするような膨大な魔力がガウェインの身体の中で高まっていくのが感じらる。
体格でいえば先程の巨塞獣リノケルヌアクトゥスとは比べようも無く劣っている。だが、魔力量はガウェインの方が多いように思えた。
フォディーナ王国でデノデラと遭遇した時、デノデラは私に研究素材として興味を持っていたように思う。
ガウェインがデノデラに契約魔法で縛られていると聞いた時に、このような命令を受けているのではないかと考えなかった訳ではない。
だが、実際にガウェインから敵意を向けられると、研究施設での思い出がフラッシュバックして、私はガウェインと戦える気がしなかった。
「ミク、しっかりしろ!」
半ば呆然としていた私に気付き、ノールが叱咤の声が掛けると共にアダマンタイト製のロングソードを構えながら、庇うようにして私の前に立つ。
ガウェインの方を見れば、既に私に向かって黒い刀身のロングソードを構えており、いつでも攻撃可能な状態だった。
ガウェインと私達の距離は800メルほど離れているが、此処にいる誰もが常人ならざる存在だ。私やノールはもちろん、おそらく格上のガウェインも一息で距離を詰めることが可能だろう。・・・ノールがカバーに入らなければ、私は致命的な一撃を浴びていたかもしれない。
「後もう少しそこの小僧のカバーが遅かったら、嬢ちゃんを斬り伏せられたんだがな。お前がノールとかいうもう1人のリコの弟子か。」
「だったらどうしたってんだ。」
「・・・俺はお前みたいな小僧に用はねぇ。そこを退くなら何もしないが、立ち塞がるなら邪魔者として排除するだけだ。」
「誰が退くか。やれるものならやってみやがれ!」
「ああそうかい。威勢がいいこったな!」
そう言うと同時にガウェインの上体がブレて、次の瞬間には大上段に黒いロングソードを構えたガウェインがノールの正面に現れていた。
ガキン、と耳障りな音を立てて、どうにか反応できたノールが振り下ろされたガウェインの剣を受け止める。
そのまま鍔迫り合いに発展したものの、ノールは苦しそうに顔を歪めていた。
「くっ、くそ!」
「どうした小僧。力が足りねぇんじゃねぇか?」
丸太のように太い腕に濃密な魔力を込めて、ガウェインは手に持つ剣でノールの持つ剣ごと断ち切って、その刃をノールに振り下ろそうとしていた。
完全に力負けしているノールは徐々に押し込まれていく。ガウェインの持つ黒剣の刃がノールの持つアダマンタイト製の剣の刀身に僅かに食い込み、その食い込みが少しずつ深くなっていた。
このままでは完全に剣が破壊され、それどころかノール自身も真っ二つにされてしまう!
そう思って慌てて私が助けに入ろうとした瞬間。遂にガウェインの黒剣がノールの剣を断ち切ってしまう。
「・・・ノールっ!」
思わず悲鳴のような声を上げた私の目には想像と違った光景が映る。
刃が振り下ろされた先にノールの姿はなく、ガウェインの剣は闘技場の硬い地面を穿っていたのだ。
おそらく剣が断ち切れる瞬間、ノールは身体を捻って半身になる事によってギリギリで迫り来る刃を躱したのだろう。
力を込めて剣を振り下ろした状態の隙だらけなガウェインに対して、ノールが新たな剣をバックパックから取り出して斬り付けようとしたその時。
「いい動きだが甘めぇな。『アースランス』!」
ガウェインが力ある言葉を唱えると、黒剣から流れ出した魔力が地面に流れ、何も無かった平坦な地面が波打ち、鋭い土の槍がノールに向かって襲い掛かる。
「ぐっ!」
予想外の攻撃にノールは剣を振るって土槍を薙ぎ払う。その隙をついて、ガウェインがいつの間にかノールの真横に回り込んだかと思うと、その大きな掌をノールの脇腹に当てて腰を捻り、足を勢いよく踏み込んだ。
「ぐはっ!!」
ドン、という衝突音と共にノールの大きな身体は馬に蹴り飛ばされた兎のように高く遠くに飛ばされると、やがて地面に斜めから激突してごろごろと転がっていってしまう。
「ノール!」
吹っ飛ばされていったノールの方に向かって叫ぶと、僅かに身じろぎしていることから、どうやら一応は無事らしい。
「さて。邪魔者は居なくなったが、嬢ちゃんはいつまで震えたままでいるんだ?」
ほっとしたのも束の間。私の背後には音も無く近寄ったガウェインがいつの間にか立っていて、私の首筋に剣を当てていたのだった。
少々イレギュラーですが、更新が遅れ気味でしたので、この時間に更新させていただきます。
先ずは私の拙い作品にどなたかから評価をつけていただけたみたいで、物凄く嬉しく思っています。それはもう、小躍りしたいくらいに。
また評価をいただけるように頑張りますので、第3章も終盤ですが、最後までお付き合い頂けると幸いです。
それでは次は近いうちに更新します。いや。出来たらいいなぁ




