第21話 約束
「ノール。少し私の昔話を聞いてくれるだろうか。」
ヒナギクは通信で、ノウェムが「私が『出来損ない』と呼ばれていた頃にした約束を果たす」と言ったと伝えてきた。
つまりノウェムは私が研究施設にいた時のことを知っていることになる。
そして、『出来損ない』の私とまともに会話をしたのも、約束をしたのも、たった1人の人種だ。
地獄のような研究施設での生活の中で、唯一の安らぎがあった時期を、私は記憶のフタを開けて思い出していく。
「おい。『出来損ない』。ちょっとこっちに来い。」
急いで荷物を運ぶように研究員から命令されていた私は、その途中で別の研究員から呼び止められる。
「す、すみません。今、急いで荷物を運ぶように命令され・・・。」
私は最後まで台詞を言うことが出来なかった。何故なら、呼び止めた研究員が右腕を振り上げ、私の左頬をガツっと音を立てて力一杯殴りつけたからだ。
当時の私の身長は140メル程度で身体能力も普通の耳長族にすら劣るほどに貧弱だった。そんな私が成人した人族男性の全力の打ち下ろしに耐えられるはずもない。
私はあっけなく吹き飛ばされて廊下の壁に叩き付けられる。当然、持っていた荷物、書類は床にぶちまけられてグシャグシャになった。
「いいから黙ってこっちに来ればいいんだよ!この『出来損ない』が!」
「も、申し訳ありま・・・あぅ。」
痛む左頬を押さえながら立ち上がる私の髪を掴むと、男は力づくで私を引き寄せる。
「お前は黙って俺達の言うことを聞いてればいいんだよっ!」
髪を引っ張られて吊し上げられると、今度は右頬を同じ様に殴られる。一瞬頭の中で星が飛び、私は書類が散らばった床にベシャッと倒れ込んだ。
口の中が切れたのか、それとも歯が折れたのか、ダラダラと口から流れ出る血が白い書類を赤黒く染めて、血溜まりを作っていく。
「ちっ。つまらねぇ。お前は生命力と再生能力しか売りが無い『出来損ない』なんだから、これくらいでへばってんじゃねぇよ。」
実のところ最初に殴られたケガも、その後に殴られたケガも、もう再生していて口から流れ出ていた血も止まっていた。
だが、ここの所、以前より激しさを増してきた暴力に対して嫌気がさしており、私は立ち上がる気力が湧かなかったのだ。
立ち上がらない私に業を煮やした男は私の頭を踵で踏みつける。
「お前は元々劣等種の耳長族だったわけだが、その亜人ですらなくなった何かであるお前をわざわざ飼ってやってるんだ。さっさと立ち上がって俺の役に立ちやがれ!」
男が理不尽に激昂して、頭を踏みつけていた脚を上げて、思いっきり踏みつけようとしたその時だった。
「ちょっといいか、そこのアンタ。」
男の声よりも高い位置から、野太い声が聞こえてくる。ふと見上げると、私の頭を踏み付けようとする男の脚を右手一本で止めている黒髪の大男の姿があった。
「どんな事があったかは知らんが、小さな女の子にそこまでしなくていいんじゃねぇか?」
「お、お前は!新しく入ってきた実験体の!?」
厳つい顔をした大男を見て男の顔は青ざめる。
「ああ。そうだ。ここに来る時にデノデラって爺さんから自由に行動していいって言われててな。アンタのやり口が気に食わないから、好きにさせてもうぜ。」
そう言いながら、大男は右腕を振り上げる。
「ひっ。な、なにを?」
「なにって、アンタがさっきこの子にしたことと同じ事をするのさ。ほらよっ!」
言うが早いか、ブンっと風切り音を立てながら右拳を振り下ろす。
「ぐへぁっ!」
グチャっという何か潰れる音と共に、男は壁に叩きつけられると、そのまま床にずり落ちてピクリとも動かなくなる。
「ふん。次は左拳だったんだが、アンタはこの子より根性がないな。」
あれだけ恐ろしかった研究員の男が、顔面が潰れ、見るも無惨な姿になっている。倒れた状態から上半身を起こした私は目の前で起こった光景をただ呆然と眺めていた。
「嬢ちゃん。大丈夫か?」
気が付けば大男が私に近寄り手を伸ばしてくるのを見て、私は衝撃に備えて反射的に身構える。この研究施設で私に手を伸ばしてくる者は、皆暴力を振るってくるからだ。
「あっと。すまねぇな。別に嬢ちゃんを傷つけるつもりは無いんだが。」
だが、伸ばされた右手は暴力を振るうどころか私に触れることはなく空をかくと、所在なさげにした後で頭をかくと、大男はただただ困り顔をしている。
大きな身体に不釣り合いにオロオロしている姿を見ていたら、私は何だか可笑しく思えてきた。
「お。ようやく笑ってくれたな。」
嬉しそうにそんな事を言ってくる大男。
「・・・私、笑っていた?」
「ああ、笑ってた。・・・ほんの薄っすらだがな。俺の名はガウェイン。しがない傭兵をやってた。よろしくな。」
そう言って大男はニカっとした笑顔を見せる。すると、強面のはずのガウェインが私には何故かひどく優しく見えたのだった。
「ん?ガウェインってノウェムと名前違うじゃないか。」
「ああ、そうだな。だが、研究施設にいた頃に何かを約束した人種はガウェインしかいないぞ。」
徘徊するハイゾンビと人形を倒しつつ、私達2人は南区にある闘技場に向かっていた。
本当は落ち着いて話をしたいところだったが、王都中にこんなものが徘徊しているし、エルガオン侯爵が行方不明という不安要素がある中では、ゆっくりする程には時間がないからだ。
「クロはノウェムのことを番号持ちと言っていたな。」
「ああ、そうだな。」
「ノウェムは古代語で9番目という意味があるだろう?名前ではなく称号のようなものじゃないのか。」
「・・・つまり、9番目のガウェインってことか。」
そう言ってノールは納得した様子だったのだが、並走するその顔をながめていると、急に不機嫌な表情になり、襲ってきたハイゾンビの頭を手甲で苛立たしげに殴り飛ばした。
「それにしても、その研究員はムカつくな。子供と言ってもいいくらいの年齢のミクに、そんな理不尽な暴力を振るうなんて。今そいつが目の前に居たら、俺もノウェム同様、殴り飛ばしただろうよ。」
私の過去の境遇について怒り、憤慨した様子のノールを見ながら、私は胸の中が何か暖かいものに覆われていくのを感じる。
・・・ノールだけではなくて、リコやトリス、エリも私の為に怒ってくれるのかもしれない。
研究施設にいた頃に比べたら、随分と周囲に恵まれていると思う。・・・あの頃、そんな人種はガウェインしか居なかった。
私は更に過去を思い出していく。
「嬢ちゃん、今日も元気そうだな。研究員達に何かされてないか?」
ある日の昼下がり。研究施設内の休憩スペースで、ガウェインからそんな声を掛けられる。
「大丈夫。最近は何もされていない。・・・多分、ガウェインのおかげ。ありがと。」
ガウェインがあの研究員を殴り飛ばした後、何回か同じ様に暴力を振るわれそうになった。
しかし、その度に何処からともなくガウェインが現れて有無を言わさずに暴行しようとした相手を殴り付ける、という事を複数回繰り返したところ、誰も私に手を出そうとしなくなっていた。
「礼を言われる程の事はねぇ。嬢ちゃんを傷つけようとする馬鹿をたまたま見かけただけだ。嬢ちゃんみたいな子供が殴られるのは胸糞が悪くなるからな。放っておくと、俺の心が気持ち悪くなるから、俺の為に叩き潰しただけだ。」
「それでも、ありがと。」
私がそう言うと、ガウェインは照れくさそうに顔を背ける。
・・・私が暴力を振るわれそうになる度にガウェインが出てくるのだ。たまたま、などではなく何処からか見守っているのだろうと思うのだが。
因みに最初はガウェインのことを、おじさん、と呼んでいたのだが、おじさん呼びに何やら衝撃を受けたらしい本人から猛烈に反対された為、呼び方は普通に名前に落ち着いていた。
「そう言えば、嬢ちゃんは戦闘訓練を全く受けてないんだよな?」
「私、身体能力は低いし魔法は使えない『出来損ない』だから。そういった教育にかけるコストが無駄であると判断したって誰かが言ってた。だから、戦闘訓練は受けた事がない。」
私がそう答えると、ガウェインは感心した様な顔になり、その大きな手で私の頭をクシャクシャっと撫でてくる。
最初は手を向けられることに恐怖を感じていたが、今はすっかり慣れて、むしろ心地良くすらなっていた。研究員達の手は嫌いだが、ガウェインの大きくて暖かい手は大好きだ。
「俺と嬢ちゃんが初めてあった時、遠くからだったが、あの研究員が殴るところ見たわけだ。嬢ちゃんは誰に教えられたわけでもないのに、殴られた衝撃を逃すために、殴られた瞬間に自分から後ろに飛んでいたのが、凄いと思ってな。」
「私、そんなことした覚えはない。」
ガウェインは何故か私を褒めてくるが、身に覚えが無かった為、私は首を振って否定をする。
「こう見えても、俺はわりと名の知れた傭兵でな。見間違いでは無いぞ。・・・しかし、まあ。結構な高等技術何だが、そんな物を無意識にやってるなんて、嬢ちゃんは戦いの才能があるのかもしれねぇな。」
「とてもそんな才能があるとは思えない。それに・・・。」
「それに?」
「私、多分この研究施設から一生出ることが出来ないし、その内ここの連中に殺されると思う。私は『出来損ない』で、人種ではない別の何か。ヤツらの中で生かす価値すらないとなったら、躊躇いはないと思う。」
私は物心ついた時から、この研究施設に居て一度も外に出たことが無い。また、脱走できるような能力も無い。
私が生かされているのは、もう随分前に血魔石を体内に埋め込んでいるのに、ソレによる侵食が見受けられないサンプルとしての価値があるからだ。
仮に血魔石による侵食を完璧に抑える技術が確立されたのであれば、私は早晩に用済みになるだろう。
そう思って、私は将来に絶望していた。なのに・・・。
「確かに今はここを出るのは難しいかもしれないし、俺も血魔石を埋め込まれた訳だし、いつ暴走するとも分からない身だ。だがな。まだ諦めるには早いんじゃねぇか?」
なのに、諦めた者にはあり得ない輝きをもって、ガウェインの黒色の瞳は私の姿を射抜く。
「俺は諦めていねぇ。血魔石の侵食がそれほど酷くないのなら、この研究施設は出れるらしい。なら、外でこの忌々しい身体を治す方法を調べて、元の身体に戻るつもりだ。」
私は生き抜いて足掻こうとするガウェインの迫力に押されて押し黙ってしまう。
「その時は、嬢ちゃん。俺がアンタをこのクソみたいな施設から救い出して、身体を治して、一流の戦士に育て上げてやるよ。」
「・・・そんなこと、出来るわけがない。」
「やってみないと分かんねぇだろ?なんなら命を賭けてもいいぜ。そんなことをやるなら、どっちにしろ命懸けだしな。はっはっはっは!」
つまらない言葉遊びをしてから豪快に笑うガウェインを見て、先程まで絶望していたはずなのに、ほんの少しだけ希望を持てるような気がしてくる。だから、
「じゃあ、期待しないで待っておく。ガウェイン。」
「そこは期待しろよ、嬢ちゃんよ!」
雲を掴むような夢物語に僅かな希望を持てるように。詳細なことは話をせずに、最後はお互いに茶化して話を終わらせたのだった。
「約束とは、この時の会話のことだと思う。『私を施設から救い出して、身体を治して、一流の戦士に育てる』とな。結局この会話の後、しばらくしてからガウェインは研究施設を出て行き、私は彼と2度と会うことは無かったのだがな。」
「・・・なるほど。そんな事があったのか。」
私の過去を聞いて何を考えているのだろう。相槌を打ったノールはしばらく沈黙する。
「そして、研究施設が襲撃される少し前。私はガウェインが死んだと研究員から聞かされた。荒唐無稽だと思っていたガウェインとの約束は思ったより私の心の支えになっていたらしい。ショックが大き過ぎて、襲撃が無かったら、絶望して自殺していたかもしれない。だが、襲撃は起き、私は施設を逃げ出すことが出来た。」
道の脇から突如として襲いかかってきたハイゾンビを斬り捨てながら、私は話を続けた。
「その後は前に話した通りだな。強くなる為に無茶な戦いをしながら、ファリーナまで南下してきて、ノール。貴方に出会った。今の私は研究施設にいた頃からすればあり得ないほどに周りの人種に恵まれている。・・・人生とはどうなるか分からないものだ。」
ガウェインが死んだと聞いていたから、私は彼を探さなかった。死んだと聞いていなければ、彼を探して旅をしただろうし、その場合はノールやリコと出会うことも無かっただろう。
研究施設が襲撃されて、混乱に乗じて逃げ出せそうだと分かった時、ガウェインが死んだと聞いて絶望していた私の背中を押したのは、それもまた彼の言葉だったように思う。
ガウェインは言っていた。私には戦いの才能があると。だから私は強さによって、自分自身の存在を証明しようと思ったのかもしれない。
「俺もミクと出会えて良かったと思ってるぜ。だから、その心の支えになっていたノウェム・・・ガウェインに感謝しても仕切れないくらいだ。さて、ようやく着いたな。」
考え事をしながら走り続けていたら、いつの間にか闘技場に着いてたらしい。
ノールの言葉に顔を上げると、円形状の巨大な石造りの建物が目の前に現れていた。
・・・中から強大な魔力が漏れてきている。まるで隠す気がないそれは、自分の存在を誇示するために態とやっているように思えた。
「なかなか手強そうだが、行こうかミク。」
「ああ、行こう。ノール。」
こうして私達は闘技場の中に入って行くのであった。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
最近流行りのマイコプラズマ肺炎に家族がかかりまして、ここの所、書く時間をあまり取れなかったので遅くなってしまいました´д` ;
エタらずに、且つ、面白いお話を書けるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。




