第19話 巨塞獣リノケルヌアクトゥス
王都リーディアルガは大国であるリーベルタルス王国の首都であり、その城壁はそれに相応しくかなり巨大な物になっている。 ファリーナの城壁も高さ1,000メルと大きい方だが、王都のものはそれを超えた1,500メルであり、それがファリーナより遥かに広い王都を囲っているのだから、空から見ても圧巻の眺めだった。
そう。俺とミクは今、例の飛翔の魔導具を使って空を飛んでいる。巨塞獣リノケルヌアクトゥスが想定以上に王都に接近していたため、レフォルマに乗ったままでは巨塞獣の東門到達までに俺達が間に合わないと判断して、飛翔の魔導具で先行したって訳だ。
因みにクロもリコから飛翔の魔導具を支給されているらしく、俺とミクとは別で、東門を預かる守備隊長の所に向かって文字通り飛んでいっている。
今から俺とミクで巨塞獣の討伐を試みるわけだが、そこを守備隊に俺達ごと攻撃されても困る。
クロが守備隊長に会う第一の目標は守備隊長に俺達が攻撃する事を伝え、攻撃しないようにしてもらうこと。
第二の目標は、出来れば俺達が攻撃する際のサポートをしてもらうこと。
そんなクロだが、飛ぶ為に背後からミクに抱きかかえられた俺の姿を見て妙に羨ましがっていたな。曰く「俺ばかりズルい!」だそうだが、アイツは何を言いたのやら。
「ノール。そろそろ奴が攻撃範囲に入るぞ。」
「ああ。分かってる。しかし、デカいな。巨大な要塞のような獣、で巨塞獣とはよく言ったもんだ。」
ミクの言葉に答えながら俺は近付いて来る化け物の姿を覗き見る。
高さは東門より少し高いくらいだろうか。大体2,000メルはありそうだ。全長4,000メル、幅は1,000メルはあるだろう。間違いなく今まで遭遇した魔物の中で1番大きい相手だ。
基本的には動物のサイを大きくしたような魔物だが、1〜2本しか角が生えない普通のサイと比べ、巨塞獣は鼻の頭に巨体の割には小さめの角が、人種でいえば左右のこめかみの辺りに長い立派な角が顔の正面に向けて伸びているため、3本の角が生えていた。あんな角で突進されたら、東門はひとたまりも無いだろうな。
地鎧竜アダマンティスマトゥラの様な魔力障壁を展開してはいないものの、その巨体は全身が暗灰色の分厚く弾力がある皮に覆われており、魔力障壁を抜きにした素の防御力ではかの地鎧龍を上回っているのではないかとも言われている。
「グリフォントゥルスや地鎧竜も大きかったが、コイツはその比ではないな。地鎧竜の時はトリスの神の炎で倒せたが、私達に倒しきれるだろうか。」
「確かにな。だが、あんな奴が東門を壊して城壁の中に入ったら王都はそれこそとんでもない事になる。そんな事は絶対にさせられない。だから、俺達でアイツを何とかするぞ、ミク。」
「・・・ああ、そうだな。私も最善を尽くすとしよう。」
俺の答えに少しだけ間をおいてミクはそう答えると、ミクは飛翔の魔導具を操作すると高度をどんどんと上げていった。
「この辺りでいいだろう。」
飛翔の魔導具でいける限界まで高度を上げたところで、ミクは通信の魔導具を取り出した。
『クロ。そちらの状況はどうだ?こちらは既に上空で待機している。』
『・・・ミクか。こちらの話はついた。ご厚意でサポートもしてもらえるそうだ。いつでも始められるぜ。』
『そうか。感謝する。では、始めてくれ。』
ブツっという音と共に通信が切れると、足元の景色に変化が起きる。
なんの動きも見せていなかった王都の東門から弓や魔法での攻撃が雨あられとなって巨塞獣リノケルヌアクトゥスに降り注ぎ始めたのだ。しかし、巨塞獣が王都へ向かう進行速度に変化は見られず、足止めにすらなっていないように見受けられる。
だが、それでいい。これで大きかった王都と巨塞獣が少し小さく見えるくらいには高い場所までやって来た俺達の存在に、巨塞獣はますます気付きにくくなるだろうしな。
「準備はいいか?ノール。」
同じ光景を目の当たりにしたミクからそんな声を掛けられる。
「ああ。やってくれミク。サポートは任せたぞ。」
「それは任せておけ。・・・では行くぞ。」
言うが早いか。ミクは身体を傾けると巨塞獣の背後の遙か上空から急降下を開始した。そして、狙いを定めると巨塞獣の身体に向かってかなりの高度から俺を投げ付ける。
ミク自身は更に加速すると俺を追い抜いていき、手にした天帝を高らかに掲げて派手に紫電を纏わせると、一気にその首を撥ね飛ばしにいこうと後頭部から襲いかかる。
巨塞獣はその巨体から俊敏性に乏しく、回避する事は無かった為にミクの奇襲は成功したかのように見えたが、紫電の刃が当たるであろう箇所の皮膚が瞬間的に何百倍にも分厚くなり、その刃をめり込ませていく。
神速とも言えるミクの斬撃の速度はみるみる内に低下し、まだ3分の1にも到達しない内にその刃を完全に止めることになる。
ミクは首を両断することを諦めて雷帝を素早く引き抜くと、空中で身体をくるりと一回転させてから巨塞獣の正面に立つ形で着地するのだった。
巨塞獣は全身にある分厚くたるんだ皮膚を流動化させて、自由に操作をする事が出来る。
今の攻防の様にその反応速度はかなり早く、危険な攻撃が当たる箇所に流動化して集めた周囲の皮を傘増して分厚くし、瞬間的な防御力を激増させてしまう。
・・・つまり、たるんで余った皮が地鎧竜における魔力障壁の役割をしている事になるわけだ。
皮自体が魔法に対する防御力よりも物理攻撃に対する防御力に優れている為、俺やミクの様な純粋な物理アタッカーの剣士には巨体も相まって滅法強い。
ミクの「雷火滅閃」なら倒せる可能性はあるが、あんなにタメに時間が掛かって且つ魔力がだだ漏れになる技ではおそらくタメ時間を確保することが難しいだろう。
王都からの攻撃には全く意に介していなかった巨塞獣だが、ミクの斬撃には脅威を覚えたのだろう。巨塞獣は顔側にある暗灰色の皮を水のように波立たせると、針のようにして一斉に射ち出してミクを攻撃する。
もちろんミクも黙ってやられるはずはなく、紙一重で躱しながら、時折雷帝を振るっては飛んでくる針を破壊していた。
・・・よし。巨塞獣の意識は完全にミクにいっているな。現在も巨塞獣の背中に向かって真っ逆さまに落下中の俺には見向きもしていない。
俺はバックパックから長さ300メルを超えるアダマンタイト製の大剣を取り出しその柄を握る手に力を込める。
高位の魔物になればなるほど魔力には敏感になると言われている。最初に王都からの攻撃で巨塞獣の気を逸らし、あわよくばミクの攻撃で首を刎ねようとしたが、想定通りにそれは失敗した。
ミクは雷帝を手にして日が浅く、そのスキルの使用にはまだまだ不慣れなところがある。だから外に漏れる魔力を抑えることは出来ずにだだ漏れ状態になっている為、それを感知されて防御されてしまったのだ。
では、小さい頃からウェポンブレイクに付き合っている俺はどうか。
最初はウェポンブレイクを発動するのにもかなりの時間がかかっていた。だが、使っていく内に扱いに慣れ、リコの屋敷に居候する様になってからは、特に使用回数も増えた。
だからだろう。今では何のタイムラグもなく思うだけで発動できる。そして、ウェポンブレイクは発動した瞬間から、その武器の最大火力で攻撃を繰り出すことが可能だ。
つまり、攻撃の瞬間まで魔力を察知される事なく奇襲することが出来るってわけだ。
これが理由で、最初から本命の攻撃は俺がやる事になっていた。・・・後は俺の攻撃で巨塞獣の防御をぶち破るだけだ。
数ある大剣の武技の中で「岩砕き」という高所からの落下エネルギーに自重と腕力、魔力の全てを合わせて繰り出す威力抜群の大技がある。
武技が使えない俺には「岩砕き」は使えないが、今から繰り出す一撃はその「岩砕き」を真似た技にはなる。
もっとも、広大な王都が小さく見えるくらいの高度からこんな技をやった奴はいないだろうし、高度の分だけ威力は桁違いで最早別物と言っていい技だろうな。
眼前に迫り来る巨塞獣の大きな背中をギリギリまで引きつけて、俺はウェポンブレイクを発動する。
「ルイン」
たった一振りで全耐久力を消費するかわりに絶大な攻撃力を得るウェポンブレイクの派生スキル、ルインを追加で発動し更に攻撃力を上げていく。
高高度からの落下エネルギー、俺自体や武器の重さ、ウェポンブレイクによる身体能力強化、ルインによる武器自体の攻撃力極大化。これが今の俺が出来る最大火力だ。
「喰らえぇぇえええぇえ!!」
俺は気合いと共に青白い光に包まれた長大な大剣を力一杯に巨塞獣に背中に叩き付ける。
インパクトの瞬間、ほんの少しだけ皮が波打ったが、ミクの奇襲の時とは違ってその厚みが増すことはなく、巨塞獣の防御は明らかに間に合っていない。
叩き付けた大剣に一瞬だけわずかな抵抗を感じたが、ブチンという皮を突き破る感触と共に、大剣は目の前のあらゆる障害、骨や筋肉、内臓などを剣圧で消し飛ばしながら、巨塞獣の体内の奥深くまで入り込む。
そして、攻撃の反動で砕けた両腕の痛みに気付いた頃には俺は柔らかい地面に着地しており、アダマンタイト製の大剣は青白い光の残滓を残して今まさに消え去ろうとしていた。
俺の周囲は「岩砕きもどき」の衝撃波で全てが消し飛んでいるようで、直径1,000メル弱くらいはありそうな何もない巨大な空間が広がっている。
『グルゥオァオォォオオォオ!』
巨塞獣の悲鳴が響き渡ると、俺が踏みしめている柔らかい地面がグニャグニャと大きく揺れだし、視界の端に映ったピンク色の壁からドクドクと大量の血が吹き出して、ビチャビチャと俺の足元を濡らしていく。
察するに俺は「岩砕きもどき」で巨塞獣の身体に穴を穿ち、その穴の底、つまりヤツの体内にいるらしい。
見たところ背骨が500メル以上は何処かに無くなっているし、身体の2〜3割くらいは吹き飛んでいるはずなのに、よく生きてるな。
だが、このまま暴れようとするのをわざわざ見過ごす事はないだろう。俺はあらかじめ口の中に含めていたリコ特製の回復薬を飲み込んで砕けた腕を回復させると、新たな大剣を取り出して手当たり次第に攻撃を始める。
さすがに体内まで防御力が高いということはないようで、肉や内臓は柔らかく、あっさりと斬り刻む事ができた。
そうやってひたすらに体内から攻撃を加えていると、暴れ回る巨塞獣の動きは徐々に緩慢なものとなり、やがて完全に停止をする。ようやく死んだらしい。
しかし、10分くらいは攻撃し続けていた気がするわ。どんだけタフなんだ、巨塞獣。
血や肉片などでドロドロになりながらも俺は出口を探すがそんなものは当然見当たらない。そりゃそうだ。背中をぶち破って強引に体内に侵入しただけだからな。
仕方なしに俺は疲れた体に鞭を打ち、魔力を込めて手近な壁を斬りつけると、あんなに弾力のあった皮まであっさりと斬れて俺が通れるくらいの穴ができる。
穴から外に出て俺の目に飛び込んできたのは、地面に、城壁に、引き連れていた魔物達に、至る所に暗灰色の針が突き刺さった凄惨な光景だった。
大量に倒れた魔物達をよく見れば、巨塞獣の放った針だけではなく、矢や魔法による攻撃で絶命しているヤツも多い。東門の守備隊が周囲の魔物を攻撃してくれていたようだ。
・・・そんなことよりミクは無事だろうか。ミクに限ってまさかは無いと思うんだが。
そう思って周囲を見渡していると、視界の端に見慣れた銀髪が映る。
その方向を見れば、地面に垂直に突き刺さっている暗灰色の針、といっても人種基準で見れば槍のような大きさのそれに背中を預けてもたれかかっているミクの姿があった。
「ミク!無事か!!」
俺が声を掛けると俯いていたミクの顔が俺の方を向いて、安堵の表情を浮かべた。
よく見るとミクの腕や脚には幾つかの大きな傷が出来ており、俺が巨塞獣の中にいる間の戦闘の激しさを物語っていた。
「・・・私は大丈夫だ。少々傷を負ったが、人種ならざる私にとって、この程度であれば今後の行動に支障はない。それよりも、ノール。貴方こそ大丈夫なのか?血塗れに見えるのだが。」
満月色の瞳で俺を舐め回すように眺めた後にミクはそんな事を尋ねてくる。
「俺の方は大丈夫だ。血塗れに見えるのは巨塞獣の体内を攻撃してて血を浴びただけだしな。だが、ミクは大丈夫じゃないだろう?その傷の深さは割と大怪我の部類だと思うぞ。」
「私は大丈夫だと言っているだろう?」
「行動に支障が無かったとしても、痛そうだしな。俺が傷の心配をしたらダメなのか?」
「そ、そのような事はない。・・・全く貴方という人は。」
顔を赤らめて俯きながら呟くミク。ミクはぷるぷると震えていたが、しばらくするとにじり寄ってきて、何故かぴたっと俺に抱きついてくる。
「ミ、ミク。なんで抱きついてるんだ?」
「貴方は大丈夫だというが、私も貴方が心配だからな。だから抱きついて無事なことを確かめている。何か問題があるか?」
恥ずかしそうにしながらも、ニヤリと笑いそんなことをのたまうミク。
「い、いや。巨塞獣の血やら何やらで、今の俺は汚れてるし。」
「そんなものは関係ない。それこそ貴方が頑張って巨塞獣を倒した証だろう?」
ミクの腕に込められた力は緩むことはなく、俺は巨塞獣の死骸の目の前で、しばらくの間ミクに抱きつかれたまま押し問答を続ける事になるのであった。
因みに、巨塞獣に大きなダメージを与えた俺の「岩砕きもどき」は後に星をも砕くという意味で「星砕き」という大層な名前をつけられて、その光景を見ていた王都のハンターや警備兵から王都中に広まることになる。
俺自身は巨塞獣殺しの英雄にして『星砕きのノール』なんていう妙な二つ名を付けられて恥ずかしさのあまりに悶絶することになるのだが、それはまた後の話である。
今回は難産で時間が掛かってしまいました。遅筆な自分を恨めしく思うばかりです。
第3章も終盤ですので、これから加速して執筆出来たらなと思う




