第16話 大切なもの
クロが王都に旅立ち、12の月に入って数日過ぎた頃。私とノール、リコの3人はリコが作った新しい船、魔法船レフォルマに乗って王都を目指していた。
私にとっては生まれて初めての船旅だ。船窓から覗く海面は太陽の光を反射してキラキラと輝き、まるで宝石のように見える。それが私の新たなる旅を歓迎してくれているように思えて私は上機嫌だったんだが・・・。
私は急激な目眩と頭痛に襲われて立つことすら困難になってしまう。船酔いになったらしい。
具合が悪くて自分の船室で寝込んでいるとノールが酔い止めの薬を持って来てくれた。船酔いで動けなくなったことに落ち込む私を励ましてくれるノールはやはり優しい。
心が暖かくなって、ふと私の口は思わず前々から気になっていたことをノールに聞いてしまう。すなわち、リコのことをどう思っているのか?と。
ノールにとってリコは育ての親でありハンターとしての師匠でもあるらしい。側から見ていて実際2人は仲が良いとは思うのだが、何と言うか、こう、距離感が近過ぎではないだろうか。親と子、師匠と弟子、というよりもまるで恋人のような・・・。
私の質問に俯いて考えているノールの顔を見ていたら、猛烈な眠気が私を襲ってきた。
その睡魔に抵抗する間もなく、ノールが返事をするよりも早く私は意識を手放してしまい、結局答えは聞けずじまいとなってしまう。
その後、私の身体は慣れて船酔いも治ったが、思わず口が滑ったから出来たわけで、もう一度同じ質問は出来そうにない。
何故なら、私は恐ろしいからだ。・・・もし、ノールがリコの事を好きだったら。そう思うと胸が苦しくなる。
ハンターズのリーベルタルス王国本部で本部長であるヒイロ・ミナヅキと会った後、私達3人はハンターズが運営する上級ハンター用の高級宿屋に宿泊した。
1人ずつ部屋を取るかと思っていたが、私はリコとの同部屋になるらしい。
「同部屋にしてすまないね、ミクちゃん。1人一部屋でも良かったんだけど、偶にはこういうのもいいかと思ってね。」
豪華な部屋の豪奢なソファーに座りながら、にこやかに微笑むリコがそんなことを言ってくる。
肩上で切り揃えられた艶のある栗色の髪に、人の目を惹きつける綺麗な翡翠色の瞳。
程よい高さのスッとした鼻筋に、ぷっくりとした瑞々しい唇。
ソファーに座るその肢体は豊かなプロポーションをしていて、耳長族には有り得ないくらいに豊満な胸をしているのに、それでいて腰は細くくびれている。
私はその育ちから、それほど多くの人種に接している訳ではないが、私が知りうる中では1番の美女といえる人種だ。容姿の面で言えば私など勝負にならないだろう。
「・・・それは全く構わない。他の人種であればともかく、リコ殿との同部屋を断る理由などない。」
そんなリコをノールが好きであれば?そして、リコもノールを好きだとしたら?
そんな疑問が胸中を渦巻き不安が押し寄せてくる。・・・私は顔に出さずに上手く喋れているだろうか。
「不安そうな顔をしているね。明日の査問会。僕の心配をしてくれているのかな?それとも、僕にノール君を取られないかと思って心配しているのかな?」
おどけるように上目遣いでノールを取られないかを尋ねてくるリコに私は胸が締め付けられる。
私は・・・リコの心配なんかしていない。自分の欲ばかり優先する私自身に嫌悪感が湧き出る。今の私の顔は涙で汚れ、おそらくは醜く歪んでいるだろう。
そんな私をリコは立ち上がって優しく抱きしめてくれる。ソファーに座ったままの私の顔はリコの豊かな胸に埋もれて、薄汚い涙がリコの服を汚したが、そんな事にはお構いなしにリコは私を抱きしめ続けた。
「ああ。ミクちゃん、泣かないで。少しからかおうってだけで、そんなつもりで聞いたんじゃないんだ。この際、ハッキリ言っておくけど、僕はノール君の事を大切に思ってはいるけど、決して男女の仲としての好意を抱いてるわけじゃないよ。」
私の背中を優しく撫でながら、リコは続ける。
「ミクちゃん。君は・・・ノール君のことを愛しているんだね?」
リコの質問に私はその胸の中で素直に頷いた。
「・・・そっか。いつだったか僕は言ったね。今まで感じた事の無い感情を抱いたのなら、それは精神的に成長した証だって。愛情を感じるくらいに君が成長した事を僕は喜ばしく思うよ。」
リコが私をギュッと更に力強く抱きしめてくる。
「他人への愛は生々しくてドロドロしたものだからね。僕への心配なんか二の次になっても仕方ないさ。ミクちゃんはその想いを大切にして、後悔がないようにきちんと伝えるんだよ。・・・僕は随分と後悔したからね。」
昔、何かあったのだろうか。いつも飄々としているリコからは普段感じないような深い情念を感じながらも、私はただ優しく抱擁してくるリコに身を委ねるのであった。
「ミクちゃん。落ち着いたかい?」
「・・・ああ。すまない。もう大丈夫だ。」
不思議なものであれほど荒れ狂っていた私の感情は、リコの胸で泣き続けることでスッカリおさまっていた。
実はもう少し前から泣き止んでいたが、リコが私の頭を両腕で包んで離さなかったので今ようやく離れることができたわけだ。
しかし、泣きじゃくる自分の姿を見られたかと思うと、今更かもしれないが少々恥ずかしいな。
「先程、他人への愛はドロドロしていると言っていたが、リコ殿もそうなのだろうか?私は自分の愛欲ばかり優先して、恩人であるリコ殿の心配すらしていない自分自身が嫌になったのだが。」
恥ずかしさを誤魔化すために、私は口早にふと気になった事を尋ねてみた。
「そうだねぇ。愛に限らず人種の感情なんてドロドロしたものだよ。そうは見えないかもしれないけど、僕もそう言う部分はあるからね。」
微笑みながら私の頭を撫でるリコの手つきは本当に優しい。
「僕には昔からの目標があってさ。それを成し遂げるために今まで生きてきたと言っても良いくらいなんだ。君やノール君が大切なのは本当だけど、その目標達成の為に必要なら、多分君達であっても僕は切り捨てると思う。」
私の頭を撫でるのをやめてそう言い切ったリコは何かを思い出すように虚空を眺めており、その顔には楽しさや寂しさ、悲しさや嬉しさといった感情が入り混じったなんとも言えない苦しげな表情が浮かんでいた。だが、それも一瞬で。
「要は優先順位の問題だよ。ミクちゃんの中でノールくんへの愛欲の方が、僕への友愛より優先されるってだけさ。ミクちゃんの中で何が大切か見失わないようにね。」
次にリコが口を開いた時にはそんな顔は幻の様に消え去り、私の事を慈しむような優しい表情に戻っていた。
「ありがとう。リコ殿。肝に銘じよう。」
そんなリコの翡翠色の瞳を見つめながら、その言葉、私の中で何が大切なのか見失わないようにする事を、私は胸の中に刻み込むのであった。
「僕は僕で君らより自分の目標を優先するんだからお互い様だよ。・・・ああ、そうだ。明日の査問会の事で話したい事があるんだったよ。」
「なんだろうか。」
「明日、多分貴族達は僕を捕まえようと強引な手段を使ってくると思うんだ。君達も査問会には連れて行こうと思ってるんだけど、もし拘束されそうになったら僕が必ず逃げ出す為の活路を切り開くから、この飛翔の魔導具を使ってノール君を連れて逃げてくれないかな。」
そう言って、リコは黒い箱のような物をテーブルの上に置いた。2本の革紐がついており、どうやら背負うものの様だ。
「逃げるのはいいのだが、その時リコ殿はどうするのだ?」
「その魔導具は2人までしか使えないんだよね。僕は自分で飛べるからいいし、何があっても必ずノール君と一緒に逃げるんだよ?君にとって何が大切なのか。分かってるよね?」
「大切なものは今日までで嫌でも分かったのだが。・・・確かに私にとってノールが1番大切だが、リコ殿もまた大切な存在である事は忘れないでくれ。」
私は右腕のブレスレットを撫でながら、これを貰った時の事を思い出していた。
血魔石の侵食が怖くて精神的に不安定だった時、優しく慰めてくれた上に、このブレスレットまでプレゼントしてくれたことで、どれだけ私が救われたか。
今回だって自分の目標を優先すると言いながらも、私の事を気にかけて優しい言葉を掛けてくれている。
私は、全てにおいて優先するくらいにノールを愛しているが、リコが私を大切に思ってくれているように、やはり私もリコを大切に思っている。
「ふふ。ありがとう。面と向かってそんな事を言われると何だか照れるね。ミクちゃん、安心してよ。何が起きても僕は大丈夫だから。」
嬉しそうに微笑んだリコに魔導具の操作方法を教わった後、他愛もない雑談でその日の夜は更けていった。
「僕はちょっと魔力を使い過ぎて飛べそうにないから、ここに残るよ。・・・ミクちゃん、よろしくね!」
翌日の査問会。リコの予想通りに貴族達は私達を強引に捕えようと捕縛用の魔導具で不意打ちをしてきた。私とノールは早々に動けなくなったが、リコが魔法で魔導具を無効化した上で、言葉と共に私に目線を送ってくる。『分かっているよね?』そう言われている気がした。
私にとって何が大切なのか。昨日話したばかりだ。忘れるはずもない。だが、そうするとリコは・・・。
『何があっても必ずノール君と一緒に逃げるんだよ』
『安心してよ。何が起きても僕は大丈夫だから。』
昨日の会話が脳裏に浮かぶ。私は・・・。
「ミク!離せ!!」
「ノール、すまん。リコ殿の意志だ!」
一瞬の逡巡の後、私はノールを羽交締めにしてリコが貴族院議事堂に開けた穴を通り抜けて王都を脱出する。
事前にリコに言われていた森に着陸した途端に、それまで黙っていたノールが食ってかかってくる。
「ミク。なんでリコを助けなかった!」
ノールにとってリコは育ての親であり、ハンターとしての師匠だ。当然の反応だと思う。
だが私とて平然と見捨てた訳ではない。リコの言う通りに私の大切なものを優先しただけではある。だが、リコもまた私にとっては大切な存在なのだ。両方助けられるならそうしたかったが、私の力ではそれが出来なかった。
「・・・私にもっと力があればこんな事にはならなかっただろう。・・・すまない。」
ノールを連れて逃げていなければ、全員捕まっていたはずだから逃げたこと自体には後悔はない。だが、私の力が足りなくてリコも助けることが出来なかった事が悔しくてたまらない。
私がもっと強ければ、リコも一緒に助けれたはずなのだから。
その後、クロと合流しヒイロと打ち合わせをした後、私、ノール、クロの3人は麻薬製造の証拠を掴む為に、エルガオン侯爵領の領都ウルビスへ乗り込むことになる。
王都の港で少々トラブルはあったものの、エンデが操舵する魔法船レフォルマは順調に帆を進め、夜7時くらいにはウルビスの港に接岸していた。
だが、明らかに様子がおかしい。もうあたりは暗くなっているというのに街に一つの明かりも灯っていないし、人種の気配が全くしない。クロによると数日前までは少ないながらも人種が居たというのに。
私達は街全体で唯一明かりが灯っている廃坑を目指し、警戒しながら進んで行くが、結局誰1人遭遇することも無く、廃坑への入り口に辿り着く。
「こうまで誰とも遭遇しないとは。・・・ここに居た住民達は一体どこに行ったのだろうな。」
「分からないが、嫌な予感しかしないな。フォディーナ王国の一件といい俺達はよほど坑道に縁があるらしい。」
私の呟きに廃坑の中を覗き込みながらノールが返事をしてくる。廃坑の中は点々と魔導具による光源が設置されており、奥が見えないくらいには長い坑道が続いていた。
だが、現役の坑道だったフォディーナ王国のものとは違って、10年前に廃坑となったウルビスの場合は随分と劣化が進んでいるようで、通路を支えるための木枠が所々で腐り落ちている。
物陰から敵が出てきていつ襲われるとも限らない状況だ。クロが先頭に立ち、敵と崩落の両方を警戒しながら進んで行く為、その進行速度は遅々としたものとなっていた。
そうやってどれくらいの時間がたったのだろう。慎重に警戒しながら進んで来た為、掛かった時間に比べて距離的にはそれほど進んでないと思われるが、私達はこの廃坑のおそらく最奥と思われる場所に到達していた。
大きな広間のようになったそこは、そこら中にツルハシやトロッコなど採掘に使うのであろう道具が地面の所々に放置されてボロボロに朽ち果ている。
だが、そんな物より目を引く存在がこの広間には存在していた。広間の中央に居るソレは全長2,000メルを超えるであろう巨大な肉の塊だった。
様々な人種が溶けて混じり合って生まれたツギハギだらけの異形な怪物は、その体表に苦悶の表情に満ちた顔が張り付いて、それぞれの顔が蠢いている。
「これは・・・フレッシュゴーレムか!!」
フォディーナ王国で私やクロ、エリの3人で討伐した化け物だ。あの時のデノデラは100体ほどゾンビを合成して作ったと言っていたが、確か全長は1,000メルくらいだったはずだ。コイツはそれよりも遥かに大きい!
「ミク達がフォディーナ王国で相手をしたっていうアレか!」
「ああ、その通りだ。あの時より随分と大きいが一体どこから材料となる人種を・・・まさか!」
ノールの問いかけに答えながら私はハッとする。ウルビスに到着した時からここに辿り着くまでの間、私達は誰1人として人種に会っていない。つまりウルビスの住民は・・・。
「そのまさかだな。見知った顔がフレッシュゴーレムに張り付いていた。つまりは帝国と侯爵のクソ共は・・・。」
フレッシュゴーレムのある一点を凝視しながら、クロはその声に明らかな怒気を纏わせて言葉を続ける。
「この街の住民を犠牲にしてコレを作ったって事だ!」
『グルゥオオオオオオオオ!』
クロの声と同時に、巨大なフレッシュゴーレムが空気を震わせるような咆哮をあげて、私達に襲い掛かってくるのであった。




