第6話 大切な弟子
「ノール君は、ハンターズに置いてある神具を使って魔石を奉納してるよね。それがどんな効果があるのか、正確に把握してるかい?」
リコは喋りたくて堪らないとばかりに、早口でまくし立ててくる。
研究者としての一面を持つリコは、時折思いついた事を説明せずにはいられなくなることがあるんだが、今がその時らしい。
暴走する英雄を止める者は、この部屋にはいない。
「魔石を奉納することで、その魔物が持っていた魔素が抽出されて、それを使って奉納した人間の魂を強化するんだったか。」
「その通り。良く知ってるね。魔素は魂のかけらとも言えるかな。魔物の魂のかけらを使って人間の魂を強化するわけだね。ただ魔素を取り込むたびに魂が強化されるわけではなく、一定量の魔素が集める必要があり、魂が強化されれば、肉体もそれに合わせて飛躍的に強化される。いわゆる魂の昇格ってやつだね。」
「・・・そういやあの神具、創世神話に出てくる創神クリスタリウスが天界に行く前に、取り残された眷属達が魔物に対抗できるように創り出したって話だったが、実際どうなんだろうな?」
「プラエマキナ教皇国はそう主張していたね。聖典にそう記載があるって。まあ、神話時代の話なんか確認しようがないけど、魂の操作なんていう芸当はこの僕にも不可能だし、神もしくはソレに等しい何かがあの神具を創ったんだと思うよ。」
そこでリコは一旦言葉を切って、淡々と続けた。
「話をレベルアップの件に戻すけど、どれくらいの魔素を集めればレベルが上がるかは、個人差が激しいんだ。最弱の魔物って言われているレプスの魔石一個でレベルアップする人もいれば、最強クラスの魔物ドラゴンの魔石でもレベルアップしない人もいる。面白いでしょ?」
「レベルアップに個人差があるのは何となく知られている話ではあるよな。レベルアップが早い奴は神々に祝福されている、とかよく言うっけ。逆に遅すぎる奴は呪われているとも・・・」
リコはニヤリと笑う。
「僕はそれは逆だと思うんだ。レベルアップが早いのは最初は良いんだけど、統計的に能力の上がり幅も小さいし、限界レベルも低くなりがちなんだよね。最大能力が低くなるのは神々に祝服されてるって言うのかな?」
「・・・言わねぇな。」
「だよね。逆にレベルアップが遅い人たちは総じて能力も良くあがり、限界レベルも高い。僕は英雄なんて今は呼ばれてるけど、昔は全くレベルが上がらなくて周りからお荷物扱いされてたんだよ。」
「・・・師匠がお荷物なんて、ちょっと信じられねぇな。」
今はハンターを引退したとはいえ、世界的な英雄の意外な過去に思わず正直な感想がこぼれる。
「同じ耳長族の年寄りくらいしか知らない話だし、それ以外に知ってるのは今話をしたノール君ぐらいだよ。一応秘密ね。」
「お、おぅ。」
何故かご機嫌な様子でウィンクするリコに俺は生返事をする。
「君も色んな魔物をたくさん倒してるけど、その割にはレベルが低いでしょ。でも、シルバーランクな君は、そこらのゴールドランクと比べても身体能力で全然勝ってる。君には神々の祝福たるアレがあるから、レベルアップが遅い理由が呪いはあり得ないよ。それともう一つ!」
何故か対面に座っていた俺に詰め寄り、座ったままの俺のおでこに自分のおでこをコツンと合わせ、鼻を突き合わせるくらい顔を近付けて瞳をじっと見つめてくるリコ。
綺麗な翡翠色の瞳に吸い込まれるような感覚を覚える。
「君が武技を全く覚えられないのも、呪いのせいじゃない。断言できる!」
「・・・師匠。」
「根拠は神々の祝福だけじゃないよ?君はアレを使っている時の自分の動きが分かって無いかもしれないけど、幾つもの武技が組み合わさったような動きをしてて、そのどれもが元の武技より洗練されている。・・・君が武技を覚えられないのは、もう既に魂が覚えているから。アレをもっと使い続ければ、あらゆる武技を自在に使えるようになる。僕はそう考えているよ。」
そこまで言うとおでこを離して、リコは俺の隣に座る。流石に恥ずかしかったのかその顔は少し赤い。
「一部のハンター達から君が技無しと蔑まれてるのは僕も知ってるし、僕も色々と陰口を叩かれてる。自意識過剰かも知れないけど、ノール君は自分より僕が言われてる事の方を気にしてるんじゃないかな。・・・だけどね、正面切って言う勇気もないような腰抜けどもの言う事なんか気にしなくていいよ。」
「腰抜けって、英雄がそんな言葉使っていいのかよ。」
「僕は無慈悲な英雄だからね。僕が大事に思う人以外どうでもいいんだよ。・・・君がハンターズに入会してしばらくしたら、クズどもの戯言を気にしたのか、君は僕を意図的に避けるし、僕の思ってることも伝えられなかったから、今日はいい機会だったよ。」
毒を吐きつつも優しく微笑むリコを見て、どれだけ自分が大切に思われているのかを認識し、俺は心が救われていくような気がした。
「最後にもう一度。誰が何と言おうが、君は僕の大切な弟子だよ。それを忘れないで。」
俺の手をギュッと握って想いを伝えてくるリコを見る俺の視界の端で、いつの間にか書類の雪崩から抜け出したコリンズが「イチャつくなら他所でやって下さいよ。」と呟くのが聞こえ、顔が熱くなったような気がしたが、リコも俺も彼の事を無視をする事にしたのだった。
リコ姉さんが勝手に動き出しました。おでこコツンとか無かったのに