第12話 ウルビスへ向かって
「ほ、本当に大丈夫なんスか?リコ様が中央区の施設を破壊して貴族を襲って捕まったとかで騒ぎになってたっスけど。」
レフォルマの出航準備をしながら、エンデが不安気に質問してくる。
「大丈夫だ、エンデ。リコがそんな事をするわけ無いだろ?」
俺の言葉に怪訝な顔をするエンデ。実際にリコは捕まっていないわけだし、そんな顔をするのも当たり前だな。
まあ、貴族は襲ってはいないが施設・・・貴族院議事堂を結果として破壊したのは本当だしなぁ。俺の言葉自体にもどうにも力が入らないから説得力もない気がするわ。
ヒイロの屋敷で打ち合わせをした後、俺、ミク、クロの3人は南区のハンターズ専用の桟橋に停泊していた魔法船レフォルマに乗り込み、リディア川を遡上してエルガオン侯爵領の領都ウルビスを目指そうとしていた。
普通の場所に停泊していたのであれば、レフォルマはとうの昔に貴族達に接収されていたとは思う。だが、停泊場所がハンターズ専用の桟橋だ。
既にリコは捕まえてる上に、お供の俺とミクも王都の城壁外に逃げ出している状況(実際には戻ってきているが)では、国際的組織であるハンターズに喧嘩を売るほど重要ではないと放置したのだろう。まあ、周辺を巡回する兵士は多少多かったが。
「ところで、さっきから船室で寝込んでる人は何なんスか。」
エンデのうろんげな目線の先には、クロが寝ている船室がある。
クロはレフォルマに到着したと同時に光学迷彩の連続使用で限界に達したのか気を失ってしまっていた。
ちょうどエンデの目の前で光学迷彩が解除されたため、エンデからは何も無い空間から俺達3人が急に現れたように見えただろう。
力尽きたクロはエンデとは初対面であるが、当然挨拶を交わすことなど出来るわけはなく、そのまま俺が肩に担いで運び、リコ特製の魔力回復薬兼疲労回復薬を口の中にねじ込んで船室に放り込んでいる。
「アイツは俺のパーティー『暁の明星』のメンバーの1人でクロっていうんだが、ちょっと魔力を使い過ぎてな。まあ、気にしないでくれ。」
「さっきリコ様が捕まったことは否定しなかったっスね。あっしとしては厄介事に巻き込まれたくないんスが。」
俺の返事に渋い顔をするエンデ。
側から見れば、3人の内2人は貴族を襲って捕まったらしい人物の弟子で、もう1人は気を失った堅気じゃない雰囲気の男(クロはグリフォントゥルスの素材で作った武具をフル装備している)だ。
こんな3人には誰だって関わりたくはないし、俺がエンデの立場でもやはり関わりたくはないだろう。だが、エンデにはウルビスまでレフォルマを操舵してもらわないと俺達が困る。リコ救出の為にはあまり時間がないからだ。
さっきヒイロの屋敷で話し合いをしている途中で、ヒイロの部下から急報が入ってきた。貴族院議長エルガオン侯爵の名前で王都の民向けに大々的に発表があったと。
曰く『魔物を操り、我が王国を崩壊させようとした罪で、堕ちた英雄リコ・キサラギを明日正午に王城前広場で死刑に処す!』だとさ。よくこんな嘘を並べられるもんだ。
因みに発表者の名前がリーベルタルス王国の王であるバルトゥム王でないのは、俺たちが王都に到着する1週間ほど前から王は床に臥せっているらしく、リコの一件はエルガオン侯爵が全権委任を受けているから、らしい。怪しすぎる。
俺としては心配で堪らないのだが、自分から捕まりにいってるわけだし、リコなら放っておいても逃げ出すことは出来るだろう、というのがヒイロの見立てだ。
だがしかし、だ。仮に死刑が執行されようとして、それから強引に逃げ出した場合は、流石にファリーナで今まで通りの生活を送ることは困難になるだろう。
そもそもエルガオン侯爵の言う罪は全くの濡れ衣であって、嘘の罪の為に不便な生活を強いられるのは我慢ならない。そこで、俺達は死刑執行前にエルガオン公爵が働いている悪事の証拠をできる限り集めて突き付ける事にしたのだ。
俺、ミク、クロの3人はエルガオン侯爵領の領都ウルビスに。ヒイロは王都のエルガオン侯爵の屋敷に。それぞれが強制的に調査をする事になっている。
ウルビスは通常の船で王都から丸1日は掛かる場所にある為、普通の船に乗っていては間に合わない。だからレフォルマに乗って行くしかないわけだ。
「確かに師匠は捕まったが、貴族が言うような罪は当たり前だが犯してない。貴族院議事堂でアイツらは言ったよ。証拠は後から作ればいいってな。つまりは完全な濡れ衣だ。」
「・・・。」
沈黙するエンデに俺は畳みかける。
「師匠の・・・リコの無実を証明するためにも、ウルビスに行きたいんだ。それも出来るだけ早くな。だから、エンデにレフォルマを操舵して欲しい。出来る限りの報酬はさせてもらうが、確かに下手をすればエンデが貴族達に罪を問われて捕まるかもしれない。その時は俺に脅されて操舵したとでも言えばいい。・・・それでも駄目か?」
俺の心からの願いにエンデはしばらく間をおいてしっかりと頷いた。
「・・・了解っス。あっしは元々貴族が好きじゃないし、そこまで言われて何もしなかったら海の男が廃るっス。全力で事に当たらせてもらうっス。」
カッと見開いた目に闘志を宿らせたエンデは力強く舵輪を握ると
「ウルビスに向けて出航っス!」
と、高らかに宣言するのであった。
『そこの帆無しの船よ。それは大罪人であるリコ・キサラギが所有していた代物だ。王都から出航することは許可していない。誰が操舵しているかは知らぬが、直ちに停船し船を降りるのだ。』
とまあ、ようやく出航したわけだが、桟橋から動き始めて直ぐに偉そうな声の横槍が入る。音源はどうやら王都から大陸沿岸部への出入り口である水門のあたりに陣取る大きな帆船のようだ。拡声の魔導具でも使っているのだろう。
帆に何かの紋章が刺繍されていること、所々に見栄え重視の装飾が施されていることなどから、どこかの貴族の船なんだろうが、この声、聞き覚えがあるな。
「ノール。この声は貴族院議事堂にいたスキンヘッドの貴族のものだと思うのだが。」
ミクの言葉で俺もようやく思い出す。名前は知らないが、確かにあの貴族の声と同じだな。
『こら!止まらぬか!止まらぬのであれば、その船ごと貴様を海の藻屑にしてやるぞ!』
真っ赤な顔が思い浮かぶくらいに大きな怒声が港中に響き渡る。だが、それを無視してエンデは淡々とレフォルマを動かしていく。そして、おもむろに何かのスイッチを押して、舵輪のすぐ側にある管に口を寄せると、声を張り上げた。
『うるせーハゲっス。こっちにはアンタみたいな強欲収賄野郎の命令を聞く義理は無いっス。海の藻屑にする?ヤレるものならやってみるがいいっスよ。デカい図体の割に小さな肝っ玉で出来るならっスがね。』
スイッチは外部への拡声器のものだったらしい。スキンヘッドの貴族に何か恨みでもあるのか大音量で罵詈雑言を浴びせるエンデ。
港は一瞬静寂に包まれ、次の瞬間、先程の比ではないスキンヘッドの貴族の怒声と、それを掻き消すほどの歓声が港中の船乗り達から上がっていた。
・・・あんな罵詈雑言に歓声がつくなんて。アイツ、船乗りから嫌われ過ぎだろ。
「アイツは、港の運航管理をしているオウム伯爵っス。船を停泊させるのに、ことあるごとに賄賂を要求してくるクソ野郎なんスよ。見ての通り嫌われ者で、あっしが貴族を嫌いな理由のうちの一つっス。」
「さっきまで、巻き込まれるのが嫌とか言って無かったか?」
「それはそれ、これはこれっス。やるからには全力っスよ。まあ、あのハゲは嫌いだし、いい機会なんで言わせてもらったっス。」
『オノレェエエエ!・・・良いだろう。望み通りその奇妙な船ごと沈めてやる。撃てぇえい!!』
そんな呑気な会話をしていると、とうとうハゲ貴族は切れたらしい。掛け声と共に魔導砲で増幅された火魔法がレフォルマに向かって放たれてくる。だが・・・
『そんな鈍間な魔法は当たらないっス!』
『なっ!躱しただと!』
何故かオウム伯爵が乗る船に船首を向けるエンデ。途中で急加速をして火魔法の着弾地点を置き去りにして行く。
「エンデ殿。そういえばレフォルマは何か武装をしているのだろうか?」
急加速に身体を後ろに持っていかれながらも何とか耐えた俺の耳に、ミクのそんな質問が聞こえてくる。そういや普通の戦闘艦にあるような魔法を増幅して放つ魔導砲みたいな武装は見てないような・・・。
「そんな物ないっスよ。」
「ならば、何故あの貴族の船に真っ直ぐ向かっているのだ!?」
間近に迫るオウム伯爵の船を見ながらミクが叫ぶが、エンデは余裕の態度を崩さなかった。
「リコ様が言うには、レフォルマは水の抵抗を少なくする為に、速度を上げるとアダ何とかっていう魔物の素材由来の魔力障壁?を自動で展開するらしいっス。船首部分には水を切り裂くように槍の穂先見たいな形の魔力障壁を張ってるらしいっすよ。つまり・・・。」
そこまで言ったところでオウム伯爵の船の船腹にレフォルマの船首が突き刺さり、魔力障壁の刃がメキメキと音を立てながらその船体を真っ二つに引き裂いていく。
『き、貴様ぁ!覚えてろぉー!』
「こういう事っス!リコ様が言うには衝角は船のロマンらしいっスからね。」
オウム伯爵の捨て台詞にニヤけながらも、そう言って胸を張るエンデ。つまり魔力障壁を槍のような形にして船首に展開し、昔の戦闘艦に積まれていたっていう体当たり用の武器である衝角代わりにしたってことか。
アダ何とかってのは多分アダマンティスマトゥラのことだろうし、それなら魔力障壁の硬さも折り紙付きだ。そんな物がレフォルマのスピードでぶつかれば、そりゃあ他の船は真っ二つにもなるだろう。ロマンかもしれないが、無茶苦茶過ぎる。
オウム伯爵の船を沈めたエンデは悠々とレフォルマを水門前でターンさせると
「改めて、ウルビスへ出発っス!」
そう言いながら、船首をウルビスのある北東へ向けるのだった。
王都での海上戦から約6時間後。俺達は特に妨害を受けることもなくウルビスの港にレフォルマを接岸させていた。
海上から街の様子を伺った時から分かっちゃいたんだが、ウルビスは明らかに異常な状態だった。
少し古びてはいるが立派な港には活気が無いどころか、視界に入る範囲で全く人影が見当たらなかった。また、夜の7時だというのに明かりも全く灯っていない。
「・・・こりゃ酷いな。なあ、クロ。前に来た時もこんな感じだったのか?」
「いや。もう少し人気はあったはずだぞ。たった2、3日の間に一体何が・・・。」
ウルビスに到着するまでの間にすっかり回復したクロは首を傾げて、何故か少し悲しそうな顔をしながらそんな事を言ってくる。・・・前に来た時に何かあったのか?
「2人とも。ここでいつまでもじっとしていても仕方あるまい。早速だが見慣れない余所者が出入りしているという話があった廃坑に行くとしよう。・・・幸い、それが何処なのかハッキリしているしな。」
言いながらミクが見つめる視線の先には、山肌にぽっかりと空いた穴・・・廃坑への入り口が煌々と照らし出されていた。
薄っすらと見える市街地には全く明かりがついておらず、街は暗闇に覆われているが、そんな中でポツンと輝く廃校への入り口はかなり目立っている。
「まるで誘われているみたいだな。」
その様子が誘蛾灯のように見えた俺は、思わずそんな言葉を呟きつつ、廃坑へと向かって歩みを進めるのであった。




