第11話 リコの思惑とヒイロの怒り
貴族院議事堂から脱出した俺とミクは、東に向かって飛んでいき、王都の立派な城壁を飛び越して近くの森へと着陸していた。
「ミク。なんでリコを助けなかった!」
飛んでる時はスピードがあり過ぎて風圧で喋れなかったため、着陸した今になって俺は感情のままにミクに言葉をぶつけた。
「・・・リコ殿に事前に言われていたのだ。合図をしたらノールを連れて逃げるように、とな。」
俯いたミクはゆっくりと感情を押し殺すようにそう言った。僅かに見えるその表情は優れない。
「この空を飛ぶ魔導具は2人までしか飛べないらしい。『僕は自分で飛べるからいいし、何があっても必ずノール君と一緒に逃げるんだよ?』と念押しをされたのだ。私だって大恩あるミク殿を置いて行きたくは無かったのだ。私にもっと力があればこんな事にはならなかっただろう。・・・すまない。」
ミクの満月色の瞳が涙で潤んでおり、その悔しさがいやがおうにも伝わってくる。
その顔を見て俺はハッとする。力があればって下りは俺も同じだし、ミクに八つ当たりして俺は何してんだ。自分で自分が嫌になる。
「・・・ミク。俺の方こそすまん。力が足りなかったのは俺も一緒だし、今のは完全に八つ当たりだった。」
「そんな事はない!私のせいで・・・。」
「ミク。お互い自分を責めるのは無しだ。今はリコを助ける為に出来ることは何でもやらなきゃいけねぇ。」
尚も自己否定を続けようとするミクに俺は何か行動を起こすべきだと伝える。まあ、何かプランがある訳でもなく、言った後もどうするか考えてるんだが。
「・・・それもそうだな。」
「ところで、この森に着陸したのは何か意味があるのか?ここを目指して真っ直ぐ飛んで来たように見えたが。」
落ち着きを取り戻したミクにふと疑問に思ったことを尋ねてみる。そうなのだ。貴族院議事堂からこの森に辿り着くまでの間、ミクはどこに行こうかと全く迷うそぶりが無かったのだ。
「それは、リコ殿に逃げ出した後はこの森を目指すように言われていたのだ。理由は聞いても教えてくれなかったのだが。」
「・・・それってどういう?」
リコの奴、嫌に準備がいいような。ミクへの念押しといい、まさか最初から自分が捕まる前提で動いていたのか?・・・だが何の為に??
「何者だ!」
思考の渦に巻き込まれていた俺だが、ミクの怒声に気付いて声のした方を見れば、雷帝を抜き放ったミクが何もない空間を睨み付けていた。
ミクの視線の先をよく注意してみれば、何もないように見える空間に僅かに違和感を感じる。・・・魔力の流れが周りと少し違う??
「俺だ、俺。クロだよ。よく分かったな、ミク。」
そう言いながら何も無かったはずの場所にスゥっと現れたのは両手を上げた黒髪の人族、クロの姿だった。
「クロ!なんでこんな所にいるんだ?」
「何故って、リコの命令で迎えに来たんだが、本人から何も聞いてないのか?」
何も聞いてねぇ!大体リコは貴族院で捕まったはずなわけで、一体どういうことだ??
「聞いたも何も、つい先程までリコ殿と私達は貴族院議事堂にいて、貴族どもが強引に拘束しようとしてきたので、私とノールは2人でここまで逃げてきた所なのだ。・・・リコ殿を1人残してな。」
「だから、リコはそのまま捕まっていると思うんだが、クロはどこで命令を受けたんだ?」
空中へ飛び上がった後、魔法陣から生えたおびただしい数の金の鎖にリコが拘束される様子を思い出して、俺は奥歯を噛み締めた。
「そうか。俺が命令を受けたのは昨日の夜の事なんだが、通信でやり取りをしていただけだし、捕まることは言ってなかったな。・・・なるほど。魔力が遮断されるような場所にいるのか、通信も今は繋がらないみたいだ。」
どこかに小型の通信機でも持っているのか、今は通信が繋がらなかったようで、クロは淡々と報告してくる。
「・・・クロはリコのことが心配じゃないのか?」
あまりも平然とした様子につい怒りが込み上げて、それを抑えるために硬い口調で俺はクロに尋ねた。
「心配?そんなものは全くしてないな。」
「クロ!お前・・・!」
何故心配するのか理解できないと言った様子のクロに怒りが爆発しそうになるが、クロは落ち着けと言わんばかりに俺に向かって手を突き出した。
「ちょっと待て、ノール。落ち着け。昨日の夜、リコに命令を受けた時、ここにお前達2人を迎えに行くように命令されたわけだが、リコ自身はどうするのか聞いたらな、『僕は行けないからよろしくね』、と言われたんだ。だから最初からワザと捕まるつもりだったんじゃないのか?」
クロの推理は俺がクロが現れる少し前に考えていたことと同じだった。やはりそういう事なのか?
「だから、捕まった後のことも多分考えていると思うんだがな。なんでわざわざそんな事をしたのかはさっぱり分からんが。それにそんな話が無くても俺はリコの心配は全くする必要がないと思っている。」
「何故だろうか?」
「アイツは人種の皮を被った本物の化け物だからだ。それこそグリフォントゥルスや地鎧竜アダマンティスマトゥラが可愛く思えるくらいのな。大方、高ランク魔物用の魔導具で拘束してきたんだろうが、アイツがそれくらいでどうにかなるとは俺には思えないんでな。」
ミクにそう返事をするクロの顔には何かを思い出してるのか僅かに恐怖が滲んでおり、それがクロの言葉に妙な説得力を与えていた。
しばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはクロだ。
「取り敢えずはリコの命令通りの場所に行くぞ。」
「何処に行くんだ?」
「ハンターズのリーベルタルス王国本部長、ヒイロ・ミナヅキの屋敷だ。」
それを聞いた俺は、リコが捕まったと聞いたヒイロの反応を想像して少しだけ憂鬱になったが、その想像を振り払って王都に逆戻りをすることになったのだった。
「待っていましたよ、ノール君、ミク君。黒髪の彼はリコ様が言っていたクロ君ですね。」
そして約2時間後、俺達3人はヒイロの屋敷の執務室にやって来ていた。
「・・・おや?クロ君は随分と疲弊している様ですね。」
ヒイロの視線の先にいるクロは執務室に到着した途端に床に崩れ落ちて、両手をつき肩で息をしている。正に疲労困憊といった様子だ。
何故クロがこんなにも疲れているのか。それにはもちろん理由がある。
クロと合流した後、俺達は出来るだけ身を隠しながら王都の東区にあるヒイロの屋敷に向かっていた。
そうして、東区へ1番近い入り口である東門に到着したわけだが、貴族院議事堂を爆破した犯人一味として俺とミクは既に指名手配されていたのだ。
隊列を組んで俺達が着陸した森の方へ向かう兵士達を眺めつつ、民の陳情にはなかなか動かないくせにこういう時だけ無駄に仕事が早い貴族達に俺は怒りを覚えた。
入り口の一つであり、且つ、俺達が着陸した森に近い東門の警備はかなり厳重だったため、変装や荷物に紛れるといった手段では到底通り抜けられそうには無かった。
流石に正面突破をするわけにもいかない。そんな事をすれば直ぐに兵士に取り囲まれて王都を逃げ出すことになるだろう。
そこで登場したのがクロのギフトである光学迷彩だ。というか、クロってギフテッドだったのか。
周りの景色と完全に同化し姿を消す事が出来るそのギフトは、以前は自分1人にしか使えなかったらしいが、リコの厳しい指導の下で使い続けて、複数人同時に姿を消すことが出来るようになったそうだ。
因みに複数人発動の場合は手を繋ぐなどして最終的に身体がクロと繋がっている必要(例えば俺とクロが手を繋いで、俺とミクが手を繋いだら、ミクは俺を通してクロと繋がってるので、全員で光学迷彩を発動可能)があり、且つ、人数が増えれば増えるほど魔力消費が跳ね上がるようで、3人なら稼働時間は5分も保たないらしい。
光学迷彩を使って東門を潜り抜け、人気の無い所まで行って解除、巡回の兵士を避ける為に発動、再び人気の無い所で解除と魔力回復薬による魔力回復、発動・・・と度重なる光学迷彩の使用はクロを徐々に疲弊させていった。
日頃からリコを礼賛しているであろうヒイロは要警戒対象なのだろう。その屋敷周辺は特に巡回する兵士が多く、最後の方は常時発動しっぱなしだったので、クロは一気に疲労困憊状態になったわけだ。魔力回復薬は魔力は回復するが、魔力を行使することによる精神的な負担は回復しないからな。
それにしても、和かに挨拶をしてくるヒイロの様子にかなりの違和感を感じる。頼んでもいないのにリコの情報を調べる狂信者のことだ。貴族院議事堂での件は既に把握しているだろうに。
「あー、ヒイロは怒ってないのか?貴族院議事堂の件は知ってるんだろう?」
「愚かな貴族どもから濡れ衣を着せられて、リコ様が捕まったことはもちろん分かっています。ですが、リコ様が捕まることを望んだわけですから、私が怒る理由にはなりませんね。」
ヒイロは落ち着き払った様子でそんな事を言ってくる。
「それは、どういう事だろうか?」
「簡単な事です。昨日君達がハンターズを引き払った後にリコ様から通信魔法で連絡があったのですよ。曰く『明日、貴族院で僕は捕まるから、ヒイロは麻薬の調査を進めてくれるかな。』だそうです。」
「やっぱりリコはわざと捕まったのか。だが、どうしてそんな事をしたんだ?」
俺の呟きにヒイロが眼鏡の位置を調整しながら答えた。
「リコ様の崇高な考えの全てを私は理解できている訳ではありませんが、捕まった理由は何となく分かりますよ。リコ様がグリフォントゥルスの時にやったことと同じでしょう。」
「・・・それって。」
あの時のリコはファリーナを離れて王都に出向くという隙を敢えて見せる事で敵を炙り出して叩こうとしていた。ということは・・・
「つまり、リコ様は自らを囮にして敵対する勢力を叩こうとされているのでしょう。そう言えば、麻薬の調査についてですが少々進展がありました。」
「進展?」
「ええ。昨日麻薬の調査を優先するようにリコ様が仰っていましたので、ハンターズ総出で調査をしました。結果、思っていたよりも被害は広がっていることが分かりましたよ。その範囲は王都全域です。被害が多いのは一般市民が多い西区や南区ですが、この手の話には珍しく中央区の貴族達や東区の富裕層も少なからず被害を受けているようですね。そして、王都で起きた事件の記録を漁ったところ、今回の麻薬の1番最初の被害者らしき人種を見つけましたが、それはエルガオン侯爵の関係者でした。」
「なっ!」
思わず驚きの声を上げる俺をチラリと見て、ヒイロは話を進める。
「約1ヶ月前の話です。エルガオン侯爵の屋敷に勤める庭師の男が、自宅で潰れたゾンビのような姿の変死体として発見されました。当時は今ほど麻薬が蔓延していませんでしたから、不審死として処理され余り騒ぎにはならなかったようです。」
鬼気迫る様子で証拠など作ればいいと言った貴族の顔を思い出す。まさか自分の使用人に麻薬を投与した?アイツなら何をしてもおかしくは無いが・・・。
「更に、麻薬の流通ルートを調べたところ、中央区から各地区へ流入している事が分かっています。中央区の何処からかまでは分かっていないのですがね。」
「・・・エルガオン侯爵は麻薬に関わりがあるということか?」
「断定はできませんが、その可能性は高そうですね。」
ミクの質問に答えたヒイロの言葉を聞きながら、俺は頭の中で今回の件を整理していた。
帝国が関与している可能性が高い麻薬。
その麻薬の王都最初の被害者はエルガオン侯爵の使用人で、麻薬は中央区から他地区へ流入するなど、エルガオン侯爵は麻薬への関与が疑われている。エルガオン侯爵と帝国は繋がっている?
そして、リコが王都に来るだけで怯えるくらいの小心者だったはずのエルガオン侯爵は、そのリコすらも強引に排除しようとしている。
そういえば貴族院議事堂を脱出する前。哄笑と共に魔導具で俺達を拘束しようとしたエルガオン侯爵の様子はかなりおかしかった。真紅の瞳に禍々しいと感じる魔力の質と、一瞬感じただけだがそれなりに強くなったはずの俺が怯むくらいの魔力量があった。とてもヒイロから小者という評価を受けた人物とは思えない。
凶暴性と能力の大幅な向上。そして、別人のようになった侯爵。それってもしかして侯爵は・・・。
「あー、それなんだが。エルガオン侯爵については一つ追加の情報があるぞ。」
考え込んでいると、疲労でダウンしていたはずのクロがいつの間にか復活して、そんなことを言い出した。
「実はエルガオン侯爵の領地を調査するようにリコから言われていてな。王都からリディア川を船で遡って1日くらいの場所にある領都ウルビスに行って来たんだが・・・。」
「ウルビスというと、昔は鉄やウーツの鉱石が豊富に採れた鉱山の街でしたね。今は鉱石を採り尽くしてしまって廃鉱になっていると聞いていますが。」
エルガオン侯爵家はウルビスの豊富な鉱物資源を背景に、王国貴族の中でもかなり豊かな貴族家だったらしい。
だが10年程前に鉱山が廃鉱になったことで状況は一変する。収入が激減したのにも関わらず、豊かだった頃の贅沢三昧をエルガオン侯爵家は止めることが出来なかったのだ。人種は一度覚えた贅沢の味を忘れられないって言うしな。
こうしてエルガオン侯爵家の財政状況は急激に悪化し、過去の蓄えを殆ど吐き出した結果、今では侯爵家としての体面を保つのが精一杯という状態になっているそうだ。
しかし、ここ1ヶ月くらいは急に金回りが良くなったようで、昔のような贅沢三昧を再開しており、その財源をどうしているのか貴族の間では噂になっていたこと、エルガオン侯爵がまるで別人のように強気になったことなどを不審に思ったリコがクロに調査を命じたとのことだった。
「ウルビスに到着した俺は早速調査を開始したんだが、何というか街の様子がおかしくてな。街の住民の殆どに活気が感じられなかった。まるでフォディーナ王国で戦ったクグツのように。」
「・・・それって麻薬の!」
「ああ、そうだ。僅かに残ったまともな住民に聞き取りしたんだが、1ヶ月半くらい前から急激に今王都で流行っている麻薬と同じ症状が広がったらしい。それから、同時期に廃坑に見慣れない余所者が出入りをするようになったという証言もあったな。」
「クロ。それはつまり、ウルビスで麻薬を製造している、ということか?」
ミクの問いかけに、クロは渋い顔をしながら答える。
「多分な。・・・本当は廃坑まで入ってソレを確かめたかったんだが、中にかなりヤバい奴が居るのが見えたんで、直ぐに引き返して王都に戻ってきたって訳だ。」
「ヤバい奴?」
「デノデラのクソ野郎の直属の部下に番号持ちっていう精鋭がいるんだが、その内の1人のノウェムって奴が居たんだよ。番号持ちはメンバー全員がハンターでいえばオリハルコンランク相当の強さを誇るって言われている化け物揃いの精鋭だ。まあ、リコほどじゃ無いがな。」
肩をすくめながら軽口を叩くクロだったが、俺は戦慄していた。オリハルコンランクってアエルニタス大陸に数人しか居ないって言われてなかったか?
「なるほど。番号持ちは1人だけでしたか?」
「ああ。ノウェムだけだ。他にも他国・・・帝国人らしき人種は居たが、実力は大した事なさそうだったぜ。」
オリハルコンランクって本来は畏怖の対象だと思うんだが、何でヒイロやクロは平然としてるんだ?
「では、何とかなりそうですね。それではそろそろ今からどうするのか話を詰めましょうか。私はリコ様が捕まった事については怒っていませんが、リコ様に対する貴族達の度重なる暴言や蛮行については怒っています。さあ、彼等に地獄を見せてあげましょう。」
そう言ってニヤリと笑うヒイロに、俺は軽く恐怖を感じるのであった。




