第5話 リコ・キサラギ
公になっている事を並べるとこうだ。
リコ・キサラギ。アエルニタス大陸の南の大国リーベルタルス王国の主要都市ファリーナのハンターズ支部長。
500年ほど前に起こった魔王との戦争でも活躍した耳長族の英雄。
100年ほど前にハンターは引退したが、現役当時は大陸に数人しかいないとされるオリハルコンランクのハンターで魔法剣士。
魔法剣士というスタイル自体もリコが作り上げたと言われており、剣も魔法もその腕は超一流。
更にはアブノーマル種発生のメカニズムや、魔素と魔力の関係についてなど、様々な研究の第一人者。
こうやって事実を並べるとまさに超人である。
肩上で綺麗に切り揃えられた栗色の髪、その奥から覗く翡翠色の瞳は好奇心を刺激されているのかキラキラしていた。
短い髪からピンと横に伸びた大きく尖った耳が、彼女を耳長族であることを示しているが、人族で言うと見た目は20代前半くらいにしか見えない。
小柄で150メルくらいの身長しかなく、種族的にも華奢である為、見た目では歴戦の英雄とは誰も思わないだろう。
しかし、大都市のハンターズ支部長が弱いはずはなく、ハンターを引退して100年は経ったとは言え、ファリーナ支部で一番強いのはリコだろう。
俺が8歳の時にファリーナ近郊にあった俺の故郷は魔物によって壊滅した。
その際にハンターズファリーナ支部長として魔物討伐の指揮を執ったのがリコだった。
長年の経験から適切な指示を出す様子と、個人として他のどのハンターより強く早く魔物を殲滅する姿に、もっと早く村に来てくれればという悔しい想いと、弱い自分と比べて強いその姿に対する強烈な憧れと、複雑な感情を抱いた幼い俺はリコに対して当たり散らした。今思えば完全な八つ当たりだ。
そんな俺に対して、リコは「間に合わなくて御免なさい」と一言謝罪を述べた後に俺が落ち着くまでただ黙って抱きしめてくれた。
リコの腕の中でいつの間にか眠りに落ちた俺が次に目を覚したのはファリーナの病院で、怪我癒す為にしばらく入院する事になった。周りに顔見知りは誰も居ない。村の生き残りは俺ただ一人だった。
そうして天涯孤独の身になった俺は、退院して孤児院入れられる所だったのを、何を思ったのかリコはハンターズに入れる14才まで養育してくれたのだ。
人を守れる力を身につけたいと強く思った俺は、ハンターになる為に必要な知識や技術を、必死に頼み込んでリコに教えてもらった。
リコは英雄と呼ばれているが、決して慈悲深い性格ではなく、どちらかと言うと自分に関係の無い人物には冷たい人間だ。子供が好きと言うわけでもない。
だからこそ、なぜ手間のかかる子供だった俺を引き取ってくれたのか分からないし、未だに理由を聞けないでいる。
遠い昔を思い出しながらふと思う。500年前の戦争で活躍出来たのなら、寿命が1000年と言われる耳長族の基準では、リコはすっかりおばさ・・
「・・・ノール君。何か良からぬことを考えてるでしょ?」
読心術でも使えるのかよ!リコの背中にドス黒いオーラを幻視した俺は冷や汗を掻きながら
「師匠。キノセイダヨ」
と、白々しく答えるのだった。
「まあ、いいよ。先ずは呼び出しをした用件を済ませようか。」
そう言って、リコは禍々しい雰囲気を霧散させる。
「話をする前に昨日君が運ばせたシルバーデビルの死体を見たんだけど、見事な切断面だったね。硬いシルバーデビルの肉を物ともせず、綺麗に切り裂いている。素晴らしいよ。」
「・・そいつはどうも。」
「だけど、ノール君。君が倒したのは多分首を跳ね飛ばした方のやつだけだよね?アレを使ったんだろうけど、君が持ってた武器、アイアンソードくらいじゃ、もう一体の死体みたいにたくさん斬るまで武器自体が持たないだろうし。それに二体の魔石はどうしたんだい?無くなってたけど。」
「・・・。」
ニルは偽名を名乗るくらいだし、あまり自分の存在を晒したくはないのだろうと考え、俺が黙ってるとリコはため息をつきながら言葉を続けた。
「もう一人、あそこに誰か居たんでしょ?そして君はその人に助けられたんじゃない?武器を所持している君はシルバーデビルに負けないだろうけど、大方1匹目を倒した時点で丸腰になって、2匹目が現れたってとこでしょ。今は予備の剣すら持ってないみたいだし。」
まるで見ていたかのように的確な推理を披露するリコに、何でそこまで分かるんだと、思わずため息が出る。
「・・・大体合ってるみたいだね。君はその人の存在を隠したがってるみたいだけど。支部長としてシルバーデビルの件で事情を聞きたいのは確かだけど、可愛い弟子を助けてくれたんだ。悪いようにはしないし、どちらかと言うとお礼を言いたい気持ちの方が強いかな。」
そう言ってにっこりと微笑むリコを見て、俺はニルの事を話すことにする。
「もう一人現場にいたのは耳長族の女性だったよ。見た目は俺より少し下、15〜16歳くらいだと思う。身長は170メル程度で、背は高かったな。あとは背中くらいまで伸ばした長い銀髪に金色の瞳をしていた。」
「あらら。同族かぁ。妙に細かく見てるけど、美人さんだったのかな?」
ニヤニヤと笑いながら聞いてくるリコに俺は頬が赤くなるのを感じる。リコに聞かれたからなのか、ニルを思い出したからなのか、理由は分からない。
「それは話の本筋と関係ないだろ!・・・まあ、とんでもない美人だったとは思う。」
「ふぅん。君が容姿についてそんなこと言うのは珍しいね。・・・僕より美人だった?」
「英雄が何を張り合ってんだ。比べる物じゃないしノーコメントだ!」
揶揄うように言ってくるリコに言い放ち、俺はそのまま言葉を続ける。
「武器はこっちじゃかなり珍しい刀を使ってたな。かなりの業物だと思う。武技を使った様子もないのに、速すぎて斬撃が見えなかったし、シルバーデビルをスパスパ斬ってたから、使い手も相当な腕前だったよ。」
「それは凄いね。耳長族でそこまでの剣技が使える子はなかなか居ないんじゃないかな。種族的に魔法に頼りがちだからね。」
リコのそのセリフを聞いて、今更気付いたことがあった。
「そういえば、その子は全く魔法を使っている様子が無かったな。体格は華奢なのに身体能力も高そうだった。」
「ふぅん。耳長族の純粋な剣士?しかも女性ならますます珍しいね。・・・それで、君は名前を聞かなかったの?」
やっぱり聞かれるか。
「ニル、と名乗っていた。名字も名乗らなかったから、偽名だと思う。」
「古代語で、無もしくはゼロ、か。洒落た偽名だね。」
「あと本人曰く、北の方から来たとか、レベルが足りなくてアイアンランクのハンターだとか、言ってたな。」
「あれ?・・北、耳長族、銀髪、刀?最近そんな話を聞いたような気がするね。」
そう言って、リコは執務机の上にあった書類の山をいじり出し、数枚の書類を取り出した。
結果、書類の山は雪崩を起こし、書類の山に埋もれそうだった作業中のコリンズが、本当に書類に埋もれてしまう。・・・後で助けるからな!
「あったあった。最近ファリーナより北にある街の複数のハンターズ支部から、報告が来てたんだよ。『刀を扱う所属不明の銀髪の耳長族が、ゴールドランクを含めた魔物を次々と狩り尽くしている』ってね。」
「これって、ニルのことか?」
「十中八九、そうじゃないかな。刀を扱う推定ミスリルランク以上の実力の耳長族なんて、聞いたことないよ?僕なら出来ないこともないけどね。」
「そういえば、ニルは魔石を欲しがってたな・・・。」
「魔石はニルちゃんが持って行ったのね。・・・魔石と言えば奉納と魔素変換。そして、レベルかぁ。」
しばらく思案顔だったリコを眺めていると、急に翡翠色の瞳をキラキラ輝かせながら、その綺麗な顔を上げてくる。
「いい機会だ。ノール君。僕の考察、聞いてくれるかな?」
重要キャラのリコ姉さん登場です。あくまでもお姉さんです。