第4話 少女達のお茶会
「・・・ノール。」
フォディーナ王国からファリーナへ帰りの道中、ノールに褒められるトリスを見ていたら、私は何故か無性に腹が立っていた。その為か、ノールへ掛けた声の調子はおかしかったかも知れない。
「な、なんだ?ミク?」
錆びたオモチャのようにぎこちない動きで首を動かして、此方を向いたノールの顔はどこか焦った様子だった。
その様子が更に私を苛立たせる。
「トリスは褒めるのに、私の事は褒めてくれないのだな。」
私は苛立ちをそのままに思いついた言葉をノールに吐き出した。そして、言いながら私はノールに褒められたトリスが羨ましいと嫉妬していた事に気付く。
私は自分の事を冷静だと思っていたが、どうやら違うようだ。ノールが関わると途端に情緒が不安定になって、今みたいに感情が抑えられなくなることが度々あるのだから。
「で、では。私には何か言うことはないのか?」
嫌われたらどうしようと頭の片隅で考えながらも、口は勝手に動き思わぬセリフを吐いてしまう。
「ミクの銀髪は、太陽の光よりも月の光の方が映えると思うぞ。綺麗なのはもちろん、なんか神秘的な雰囲気がするんだよな。」
あれこれ考えている間に、ノールがそんな事を言ってきた。私の髪が神秘的で綺麗??
その言葉を理解した瞬間、顔が熱くなり、私の心は喜びで支配されて、まともには何も考えられなくなる。ノールが何か話しかけてきたような気がするが、何を話したのか全く頭に入って来なかった。
私がようやく正気を取り戻した時、いつの間にか椅子に座らされていた。大きな木の木陰に4人掛けようの小さなテーブルと3脚の椅子が置かれており、私の対面には赤い顔でぼんやりした様子のトリスが座っている。
コトっと音がたったので其方を見れば、上品なデザインのカップが置かれていた。カップの中には美しい琥珀色の紅茶が注がれており、柑橘系の爽やかな香りが漂っている。
「ミク様。気分を落ち着けるためにしばらくお茶会を楽しみましょう。リラックス出来る茶葉で淹れましたので。」
紅茶を淹れてカップを置いてくれたであろうエリからそんな提案があったので、冷静さを取り戻したかった私は無言で頷いた。
「お嬢様。そろそろ目を覚まして下さい!」
いつまでもぼんやりしているトリスに業を煮やしたのか。エリは肘を曲げて右手をトリスの背中に添えると
「ふんっ!」
掛け声と共に一気に右腕を突き出し、衝撃がトリスの背中から胸まで突き抜ける。
「ふぐっ!エリ、いきなり何すんのよ!」
ビタンとテーブルに額を打ちつけたトリスは軽く悲鳴のようなものを上げた後に、抗議の声を上げた。
「いつまでも惚けているからです。お嬢様も紅茶をお飲み下さい。」
そんな主従のやり取りを視界の端に入れながら、一口紅茶を飲むと爽やかな香りが鼻を抜けていき、段々と気持ちが落ち着いてくるのを私は感じていた。
「お二人とも少々お疲れのようですので、しばらくここで休憩することにしましょう。」
言いながら滑らかな手際でクッキーを配るエリ。取り出した様子は無かったから、袖に四次元収納でもついてるのだろうか。
「まだオデコが痛いんだけど。アタシ、エリの主人じゃなかったっけ?ん。これ美味しいわね。」
「お嬢様は間違いなく私の生涯の主人ですよ。あと、それは私の手作りですから美味しくて当然です。」
額をさすりながら文句を言うトリスに柔かに答えるエリ。普通の側仕えは気付のためとはいえ、主人に掌底を当てない気がするのだが。
「まあ、いいけどさ。・・・ん?そういえばノールはどこ?」
「ノール様ならアチラです。」
ノールが居ないのは私も気にはなっていた。エリの指差す方を見ると、少し離れた場所にある石に腰掛けているノールの後ろ姿があった。何だか肩を落としているし、大きいはずのノールの背中が妙に小さく見えるな。
「なんであんなところに居んのよ?」
「今からお話することは、ノール様の前では話し難いことかと思いますので、適当にあしらって離れていただきました。」
「話?一体何の話だ??」
一体何の話をするというのだ?心当たりがないのだが。トリスも何のことか分かっていない様で、怪訝な顔をしている。
「この際、ハッキリさせておこうかと思いまして。お嬢様。ミク様。お2人ともノール様のことをどう思っているのですか?」
エリがそう言った瞬間、ピシリと場の空気が固まり、まるで時が止まったにトリスや私の動きが止まるのだった。
「トリスお嬢様。アレから2週間ほど経ちましたが結論は出ましたか?」
「な、何の話よ?」
沈黙を破ったのはエリだった。その質問にトリスは心当たりがあるようで、目を逸らしながら答えをはぐらかしている。
「ノール様を好きかどうか。異性として好意を抱いているか、ということです。」
・・・トリスがノールに、異性として好意?
「・・・。この2週間くらいで色々考えたわ。坑道での戦いは色々と危険だったから、いわゆる吊り橋効果ってやつで、直後に抱いたあの感情は勘違いかも知れないとも思った。」
一口紅茶を飲んで、トリスは言葉を続けた。
「だけどね。いつまで経ってもあの夜にエリに話した想いの熱は冷めないわ。・・・さっきもそう。ちょっと褒められたくらいでアタシは舞い上がっちゃってたし。」
「お嬢様。それでは?」
トリスがノールの事をどう思おうとも、私には何の関係もないはずだ。
なのに、何故トリスの想いがこんなにも気になるのだろうか。
「ええ。アタシは、ノールのことが好き。・・・今、口に出しても違和感が無いわ。はは、間違いないみたい。」
何故私は頬を赤くしながら苦笑するトリスにこんなにもショックを受けているのだろうか。
私は私の感情がよく分からない。いつの間にか、先程まで美味しいと思っていた紅茶の味もよく分からなくなっていた。
「・・・それでは、ミク様はノール様の事をどう思っているのですか?」
「私か?私は・・・よく分からない。」
トリスとエリの会話はいつの間にか終わっていたらしい。エリが私に話を振ってくる。
「知っての通り、私は研究施設を脱出してファリーナに到着するまで、自分の存在を証明する為に強さだけを求めてきた。」
『暁の明星』の皆には私の出自はある程度説明している。デノデラが管轄する帝国の研究施設から逃げ出した話をすると、トリスとエリは何故か謝罪をしてくれた。帝国人として申し訳ないからと言うが、2人は関係無いだろうに。
「2人が帝国人であることと、私に謝罪することは関係ないと思うのだが。トリスはトリス、エリはエリだろう?」
私がそう言うと、トリスは「ごめんね。ありがとう。」と私を抱きしめてくれた。以後は私はかなり優しくしてもらっているような気がする。
「ファリーナでノールと出会い、私はノールから様々な恩義をうけたのだ。グリフォントゥルスから命を救ってくれたことや、生きる希望を失った私を元気づけてくれたこと。名前を付けてくれたこと・・・。」
過去の出来事が昨日のことのように脳裏に蘇る。
「私はノールに深く感謝している。だが、ノールの事を異性として好きのかどうかは分からないのだ。」
私が絞り出すようにそう言うと、それまで真剣な表情で私の話を聞いていた何故かトリスは呆れ顔になり、エリもため息をついていた。
「アレだけ分かりやすく態度に出ているのに、まさかとは思ってましたが、ミク様が自覚をしていないとは。」
「ミクの育った環境が特殊なのもあるだろうけどね。じゃあ、ミク。アタシの質問に答えてくれる?」
「・・・ああ。私に答えられることなら。」
私がそう答えると、トリスは私の様子を探るような視線を送りながら口を開いた。
「多分ミクもノールから褒められたら、すごく嬉しくならない?アタシもそうなんだけど、それだけで幸せになるような感覚はなかった?」
「・・・ああ。確かに嬉しいな。何だか心の奥が暖かくなるような感じがして、ふわふわと幸せな気分になっていた気がする。」
「じゃあ、目の前でノールが命の危険に晒されていたらどうする?自分がどうなろうとも助けようとするんじゃない?」
そう聞かれて脳裏に浮かぶのは、トリスを抱き止めてあまり身動きが取れないノールが今まさに地鎧竜に噛み砕かれようとしている映像だ。あの時の私は・・・
「・・・そうだな。もしノールが危ないのなら、地鎧竜の時のように躊躇なく命を賭けるだろう。」
身体への負荷のことなど完全に頭の中から抜けていて、ノールを助けることしか考えていなかったな。
「アタシを抱き止めたノールを助けたんだから、アタシも助けた事になるわ。改めてありがとう、ミク。」
「・・・気にするな。」
ノールを助けるのが主な目的だったわけで、人から感謝されるのは何だかむず痒い。
「では、私からも質問させていただきます。例えば、ノール様に好きな人ができてミク様と離れ離れになることになったらどう思いますか?そんな予定はありませんが、お嬢様と恋仲になり、帝国に移住するとしたら?」
「な、なんてこと言うのよ!エリ!」
トリスの慌てたような声はほとんど耳に入らずに、私は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
ノールと一緒に居れなくなることなど考えてもみなかった。エリが言ったようなことで、私の下を去ることは十分に考えられるのだ。だが、私はその可能性があることを分かりながらも無意識に考えなかったのかも知れない。
一度その可能性を認識して考え出すとマイナスの方向にばかり思考が向かってしまう。ノールが居なくなる?そんなことは・・・
「それは・・・嫌だ。私はノールと離れ離れになどなりたくはない。」
ようやく答えを絞り出した私だが、今どんな表情をしているのか自分でも分からない。しかし、エリはそんな私に優しく微笑んでいる。
「例えばお嬢様に限らず、女性がノール様と手を繋いだり、抱き合ったりしたらどう思いますか?または、自分がそれをしたいと思いませんか?」
「・・・先程、トリスがノールから褒められた時、私は羨ましいと少し嫉妬していた。仲間と思っているトリスでさえそれだ。トリス以外の女性がエリが言うようなことをノールとするのであれば、浅ましい私は激しい嫉妬に駆られると思う。・・・元々実験体であった私だ。人種がどうかも分からない私とそれらをすることなど、ノールは望んでないだろう。」
私は既に純粋な人種と言えない存在だ。そんな私が万が一、ノールの伴侶になったとしたら迷惑ではないだろうか。もし、ノールから拒絶されたら。そんな事が頭をよぎる。
「したいと言う気持ちは否定しないのですね。ノール様の帝国人であるお嬢様や私への接し方などの普段の言動からして、人種かどうかなんて気にしてないと思うのですが。・・・それに、ミク様ご自身で仰ったではありませんか。帝国人かどうかは関係なく私は私であると。それと同じことです。それともノール様はそのような差別をする人種でしょうか?」
エリの台詞にトリスも大きく頷いている。
「・・・ノールは、そのようなことはしない。」
私の全てを知った上で人種として受け入れてくれた男だ。そんなことはしないだろう。
「そんなことをノールがしたなら、アタシが神の炎をぶち込んであげるわ!」
「私も剛力で思いっ切り殴ります。」
私を励ますためか、物騒なことを言う2人に少しだけ気分が晴れやかになる気がした。
「もう、結論は出ているのではないですか?ミク様はノール様だから色々と気になるのでしょう。それはお嬢様と同じく・・・。」
ノールだから褒められて嬉しい。
ノールだから危険があれば命を賭ける。
ノールだから嫉妬もするし離れ離れになりたく無い。拒絶されたらと臆病になる。
ああ。そうか。私は・・・
「・・・私はノールを愛してるのだな。」
自分の口でそれを言った瞬間。私は今までのモヤモヤが晴れて
、ストンと腑に落ちたような気がしたのだった。
この3人のお茶会はファリーナに帰還するまでの間、度々開催され、鈍すぎるノールに対する愚痴や恋愛小説(トリスが貸してくれた)について語り合ったり、他愛もない世間話をする貴重な場となった。
トリスとエリは口下手な私の話を焦らずに聞いてくれるため、話をしやすいし、主従2人の掛け合いは見ているだけでも面白い。今までこの様に会話を楽しむという行為をしてこなかっただけにすごく楽しいひと時となった。
因みにトリスとエリから見れば、私のノールに対する行動は好意に満ちた物だったらしい。エリから見ればトリスも私と同様だそうだ。
そんな分かりやすい行動をしているはずなのに、エリの見立てではノールは私達2人の好意に気付いていないらしい。
私やトリスが思い悩んでいる間、あの男は平常心でのうのうと過ごしていたかと思うと、少しだけ怒りが湧いてくる。トリスも同様のようだ。
そんな私達の怒りを発散する機会はファリーナに到着してしばらくしてから訪れることになるのだが、そんな事はこの時の私達に分かるはずもなかった。




