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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第3章 深紅の魔人
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第2話 リコ対トリス

 ファリーナ郊外にあるリコの屋敷は一個人の屋敷としてはあり得ないほどの広大な敷地を有している。

 1番大きい建物は屋敷の本館なのだが、幾つかある建物の中でも一際目立っているのが戦闘魔法実験棟だ。

 外壁のほぼ全てが対魔法対物理強化ガラス張りであり、角度によっては太陽の光を反射しているように見えるその異様は、明らかに普通の建物とは異なっているからだ。


 そもそも普通のガラスも生産量がそれほど多いわけではなく高級品だ。強化したガラスがどれ位の値段になるのか一度リコに聞いたことがあるが、材料は全て自分で調達した物だし、強化ガラス自体もリコが作った物だから、分からないらしい。

 世界的な研究者且つ世界一とも言われている魔導士が手ずから作ったというだけで物凄い値段がしそうな気がするがな。


 戦闘魔法実験棟は元々はリコが開発した魔法を試射する為の場所で、万が一でも魔法が漏れ出さないように、強化ガラスの外は目に見えない超強力な結界で幾重にも覆われていたりする。

 フォディーナ王国に行く前に鍛練場として俺とミクがよく利用した場所でもある。

 その戦闘魔法実験棟兼鍛練場で、赤いローブに身を包み、大きな赤い魔石が先端に嵌め込まれた戦闘用の杖を構えたトリスと、緑色をメインに白い色の差し色が所々に入ったワンピースを着た自然体のリコが対峙していた。

 トリスは完全に戦闘用の装備だが、リコの方は何というかいつもの格好。・・・ようは普段着だな。だらんと垂れ下がった両手にはなんの武器も持ってないし、とても今から戦闘を開始する様な姿には見えない。


「さあ、好きに魔法を撃ってきなよ。僕はここから動かないからさ。」

「本当に魔法を撃っていいのね?アタシの魔法は制御はともかく威力は高いと思うんだけど。」

 的になると言わんばかりに両手を広げながら言うリコに対して、トリスは怪訝な顔になる。

「いいからいいから。()()()()()()()()()、どうとでも出来るからさ。」

「・・・分かったわ。」

 フォディーナ王国の一件で、多少制御に不安があるとはいえ自分の魔法に対する自信を取り戻したトリスは、ヘラヘラと笑いながら手招きをするリコに、流石に怒りを覚えたのだろう。その声色にはかなりの怒気を含んでいる。


「リコ様は大丈夫でしょうか。見たところ普段着のようですし、事前に説明のあった不死の魔導具も装着されていません。制御面はともかく、お嬢様の魔法はかなりの威力だと思うのですが。」

 体内で魔力を練り上げて魔法の準備をするトリスを横目に、エリがミクに話しかけている。

「リコ殿なら大丈夫だ。」

「ですが・・・。」

 断言するミクに不安な様子を見せるエリ。確かにトリスの魔法はかなりの威力を誇っている。

 神の炎(メギドフレイム)なんて、あのアダマンティスマトゥラの魔力障壁を紙のようにあっさりぶち破ったし、魔法を撃たれる側の心配をするのが普通だろう。

 だが、相手は英雄リコ・キサラギだ。普通なわけがない。


「・・・そうだな、エリ。私とノール、戦士としての力はどの程度だと思う?」

「ミク様とノール様ですか?ミク様は優れた身体能力と刀を扱う卓越した技量で圧倒的な攻撃力を持つ剣士だと思います。ランクにすればアダマンタイトランク以上でしょうか。」

 加えて言うなら強化(ブースト)を使ったミクなら、一瞬とは言え更に攻撃力が跳ね上がるしな。

「ノール様は武技を使わずに武技以上の攻撃を繰り出すことが出来ます。ミク様以上の技巧があり、攻撃はもちろん防御に関する高い技術をお持ちです。悔しいですが能力は本物ですし、私が本気で戦っても勝てないでしょう。」

 勝てないの部分を本当に悔しそうに語るエリは、言葉を続ける。

「ギフトであるウェポンブレイクを使えば、武器次第ですが技量と身体能力は更に跳ね上がりますし、ノール様も優にアダマンタイトランクを超えているかと。」


 認められているのは嬉しいんだが、エリは俺と敵対する前提で考えてないか?俺が何をしたってんだ!

「エリ。高い評価をありがとう。・・・だが、リコ殿は本気の私とノールを2人同時に相手にしても、軽くあしらってしまうのだ。()()()()でな。」

「なっ!」

 エリが驚くのも無理はない。ミクは突然変異的に身体能力が高いが、一般的に耳長族は全人種の中で圧倒的に身体能力が劣っていると言われているからだ。

 推定でアダマンタイトランク以上の実力がある戦士系のハンター2人を相手に、耳長族であるリコが魔法を使わずに剣士として圧倒するというのは普通は想像出来ないだろう。

「・・・リコ様は魔導士や魔法剣士として有名ですが、純粋な剣士としてお2人を圧倒するのは正直意外です。」

 エリの呟きにミクは微笑みながら話を続けた。

「さて、ここでエリに問題だ。・・・剣士として私とノールを圧倒するなら、種族的に得意な魔法であればどうなるのだろうな?」

 ミクの言葉にハッとした様子でエリは視線をトリスとリコの方へ向ける。その紅玉色の瞳の先には、今まさに魔法を放とうとするトリスの姿があった。


「行くわよ!『フレイムアロー』!」

 トリスの力ある言葉と同時に、リコを取り囲むかの様に蒼く燃えさかる数十本の矢が宙に出現する。

「へえ。蒼い炎か。しかも一度にこれだけ沢山の矢を作り出すなんて、まあまあだね。」

 現れたフレイムアローをみて、リコは感心したように声を上げる。加護なしの魔法士が放つフレイムアローは5本程度が限界と言われているため、見たところ10倍以上の本数で、かつ赤いモノより火力が高い蒼い炎の矢だ。賞賛に値する魔法だろう。

「さあ、取り囲んだわ。観念なさい!」

「いいから撃ってきなよ。()はここから動かないから。」

「怪我しても知らないわよ!発射(シュート)!」

 手招きをするリコに対して、イラつきながらもトリスはフレイムアローをリコに向かって一斉に発射する。


『青氷光輪』

 だが、それと同時にリコの魔法が発動する。リコの身体から薄い青色の光が全方位に広がっていき、光に触れたフレイムアローを爆発させていく。そして、爆発がおさまった後にはフレイムアローはただの1本も残っていなかった。

「なんですって!」

「氷属性の魔法で迎撃させてもらったよ。仕留めてもいないのに勝ち誇らないことだね。相手に対処する時間を与えるだけだよ。」

 楽しそうに笑いながらトリスにダメ出しをするリコ。

「くっ!ならこれはどう!『フレイムランス』」

 トリスの力ある言葉に応えて蒼炎を纏った槍が現れると、悠然と構えるリコに向かって凄い勢いで飛んで行く。

 地鎧竜の魔力障壁を数枚突き破った時よりも槍のサイズは小さいが、見た感じでは内包される魔力量はかなり多くなっているため、威力はこちらの方が高いと思われた。

 対するリコは何の魔法も発動することなく、回避行動もせずにただ突っ立っていたが、眼前までフレイムランスが迫ったところで、無造作にその穂先を右手で掴んで受け止めてしまう。もちろん何の装備もしていない素手の状態でだ。

「そ、そんな!」

「別に魔法を発動しなくても、こうやって魔力を纏えば素手でも対処できるよ。ノール君もよく剣に魔力を込めてやってるよね?」

 言いながらリコが魔力を更に込めて穂先を握りしめると、めり込んだ指からフレイムランス全体にひび割れが広がり、最終的にはバリンと音を立てて消滅してしまった。

 確かに武器に魔力を込めて魔法を弾いたり、かき消したりすることは良くあるが、普通は素手でやろうとは思わないな。込めた魔力量が足りなくて失敗したら、触ったところにもろにその魔法を喰らうわけだし。


「さて。別に何の魔法を使ってもいいけど、生半可な魔法では僕には通用しないのが分かったかな?」

 腕組みをして余裕の表情で胸を張るリコに、魔力を消耗しすぎたのか肩で息をするトリス。

 フレイムランスの後にもトリスは色々な魔法を繰り出していたが、そのことごとくがアッサリとリコに対処されていた。

 フレイムピラーは発動する前に魔力を込めた足で地面を打ちつけて掻き消され、フレイムスネークはリコがミヅチと呼んだ水の蛇と相打ちになり消滅、大技のフレイムトルネードはリコが地面から巨大な水柱を吹き出させて消火されてしまっている。

「・・・そのようね。」

 疲労が激しいのか、ゆっくりとした動作で顔を上げるトリス。

「だから、君の最大火力である神の炎(メギドフレイム)を僕に見せてくれるかい?」

 目を輝かせながら自らの願望を伝えるリコ。言いながらその手に持った小瓶をトリスに向かって投げて寄越した。


「これは?」

「僕が作った特別製の魔力回復薬兼疲労回復薬だよ。トリスちゃんが酷い目にあった疲労回復薬と違って副作用もない。希少な材料を使ってるから数はないけどね。」

 トリスはキャッチした小瓶をしばらく無言で見つめると、蓋を開けて一気に中身をあおる。

「・・・分かった。やってやるわ。でも、後悔しないことね!」

 勢いよく言うと、トリスは目を瞑り、体内で大量の魔力を練り上げていく。時折溢れ出そうになる魔力を必死に押し込めるその姿に俺は軽い恐怖を覚える。以前見た時よりも扱われている魔力量が多くなっていたからだ。

 だが、暴走気味の魔力は次第に落ち着いていき、トリスの杖の先に収束され、やがて以前よりも一回り大きく見える金色の炎が出来上がる。

「これが神の炎(メギドフレイム)よ。・・・喰らいなさい。」

 ゆっくりと藍玉色の瞳を開けながらトリスが呟き、そしてリコを指差した。


発射(シュート)!」

 金炎は地鎧竜の時と同じく金色の矢に姿を変え、リコに向かって飛翔していく。

 俺の脳裏に、あれだけ硬かった地鎧竜の魔力障壁を神の炎(メギドフレイム)が簡単にぶち抜いた光景が思い浮かぶ。

 リコの強さは重々分かっているつもりではあるが、ふとリコのことが心配になり俺はその名を思わず叫んでいた。


「・・・リコ!」

 神の炎(メギドフレイム)がリコに接触した瞬間、何故か白い煙が鍛練場の中に充満し、その姿はよく見えない。この煙は・・・水蒸気か?だが、何故急に出てきた?

「僕のことを心配してくれたのかい?嬉しいよ、ノール君。」

 俺が疑問に思っていると、いつもの飄々としたリコの声が聞こえてくる。煙がようやく晴れてきて見えたリコの姿は、服も含めて傷一つないものであり、俺は密かに胸を撫で下ろした。

 そして、ニコニコと機嫌が良さそうなリコの手元には水色の膜のような物で包まれた神の炎(メギドフレイム)らしき物がある。

「・・・そんな。アタシの神の炎(メギドフレイム)が閉じ込められた?」

 信じられない物を見たかのように、トリスが呆然とした様子で呟くのが酷くハッキリと聞こえてくる。あの地鎧竜を仕留めた絶対の自信を持つであろう魔法が全くの無傷で防がれたのだから、トリスの精神的ショックは大きなモノに違いない。

 力なく項垂れたトリスは膝をついて地面に倒れ込みそうになるが、いつの間にか側に来ていたエリによって抱き止められる。

 それと同時に集中力が切れたのだろう。膜の中にあった神の炎(メギドフレイム)はボンっと音を立てて爆発したようで、少しだけ膜が揺れた後、中には何も残っていなかった。



「・・・あぁ。もっと観察したかったのに。」

 名残惜しそうに何もない膜の中身を見つめ、そう呟いたリコは本当に残念そうな顔をしていた。

 またもや気を失ったトリスはエリによって客室へ運ばれていき、ミクもそれに付き添って鍛練場を後にしている。この為、今この鍛練場には俺とリコの2人きりだ。

 リコの見立てでは、トリスは軽度の魔力欠乏症で直ぐに目覚めるらしいし、まあ、大丈夫だろう。

 俺も付き添ってよかったんだが、少しリコに聞きたい事があったので残ることにしたのだ。


「で、師匠。満足したか?何でそこまでして神の炎(メギドフレイム)を見たかったんだ?」

 実はトリスは実力を見る為に模擬戦をしたいというリコの主張には納得していたが、神の炎(メギドフレイム)をリコに向かって撃つことには模擬戦を始める前に拒否をしていた。人種に向かって撃つような魔法じゃないし当然とも言える反応だ。

 まあ、結局はリコが挑発に挑発を重ねて撃たせていたが。だが、そこまでして何故リコがそれを見たかったのかが気になったのだ。

「そうだね。・・・まあ、必要な()()は済んだから、満足したよ。」

「解析?」

 解析って神の炎(メギドフレイム)をか。一体何のために?


「この間、フォディーナ王国から封印神具のレプリカを貰ってきたでしょ?」

「あくまでも借りただけだがな。」

 貸与されているだけで決して貰ったわけではないので訂正をしておく。こんな事を小人族に聞かれたら救国の英雄の座は地に落ちて、袋叩きにあうような気がして冷や汗が出るわ!

「細かいことは気にしたらダメだよ。」

「全く細かくねぇ!」

 反射的にツッコミを入れる俺を無視して、リコは言葉を続ける。

「普通の魔道具は魔力を通せば作動するんだけど、神具はどうも違うみたいでさ。魔力を通してみても、うんともすんとも言わなくてね。」

「それと神の炎(メギドフレイム)が何の関係があるんだ?」

「神と付いているくらいだし、神の炎(メギドフレイム)をエネルギーにすれば、封印神具のレプリカを動かせる気がしてね。僕が神の炎(メギドフレイム)を使えるように解析したってわけさ。」


「何でそこまでして、レプリカを動かしたいんだ?」

 俺が尋ねると、リコは頬に指を当てながら答える。

「レプリカと言っても、実は破壊神ストルティオの封印に使われた封印神具の試作品らしくてね。実物と同じように封印機能があるんだよ。それを使ってしたい実験があるんだけど、内容を聞きたい?・・・ちょっと耳を貸してくれるかな。」

 興味をそそられたため、ニコニコ笑いながら手招きをするリコに従って耳を寄せると、リコは耳元に口を寄せてきた。

「その実験はね・・・。」

「その実験は?」

 距離が近過ぎるせいか、いつもは感じないリコの香水が鼻腔をくすぐり、俺は何故か胸がドキドキしてくるのを感じた。


「ヒ・ミ・ツ!」

 タップリ間を開けて耳元に聞こえてきた台詞にリコの方を振り向けば、リコは既に鍛練場の出口に到達しており、俺の側には居なかった。いつの間にあんなところに!

「あそこまで焦らしたんだ。教えやがれ!」

「まだどうなるか分からないから無理だね。結果が分かったら教えるから。じゃ、失礼するよ。」

 俺の怒声に聞く耳を持たずに去っていくリコ。

 鍛練場に取り残された俺は、リコが言う実験にモヤモヤしながら、1人寂しく自室に向かって歩いて行くのであった。

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